この冬、舞踏会へは行きますの? (1)
2026.10/18 文言の微修正(内容は同じです)
「ロザリンデなら来ませんわよ」
舞踏会当夜、控室でオウレリアはごく端的に婚約者にそう告げた。
ルシウスは、予定の時間よりもだいぶん遅れて来た。
ほぼギリギリ。もう何処にもいないロザリンデを、探し回っていたのに違いない。
「えっ⁈」
あら。そんなに驚くこと?
「わたくしは別に、何もしておりませんけれど?」
婚約者の視線の意味を察して、オウレリアは先手を打っておく。
「そうそう。ただ、ドレスを返しておいてくれとは頼まれておりましたわ」
「えっ……」
「お持ちしましょうか?」
明らかにルシウスの顔が青くなる。
「ああ。お預かりしているのは未着用の分だけ。前回の夏用ドレスはそのままで、よろしいですわね?」
ルシウスの顔は蒼白だった。
なんて気の小さい。なら、最初からよしておけばよいものを。
とうにネタは上がっていた。
ルシウスには前科まであった。
既に一度、前期末の舞踏会にもロザリンデにドレスを贈っていたのだ。
『ロザリンデの実家では誂えるのが大変だろうから』
わざとらしい理由付けをするから、見かねた側近に密告される破目になる。
下位貴族であるとか、一定数の生徒達にとって期末舞踏会の衣装を用意するのが負担になっているのは、いずれ王家に嫁ぐ身としてオウレリアも把握していた。
彼女のように毎回新しいドレスを着用できる令嬢の方が少ないのだ。
侯爵家という体面もあるし、彼女が現状で王太子の婚約者である以上、そこの出費は致し方なかったのだが。
なのでたいていは、一晩だけのドレスを身近で調達するものらしい。
親戚筋、主に本家からおさがりを回して貰い、それに手を入れて装うのが一般的なのだと聞いている。最低でも三、四人目くらいまでは回るそうだ。
また状態が良いいまま売りに出された中古ドレスの掘り出し物を見付けて、それを買ったりもするようだ。確かに中古衣装市場は貴族相手にも活況を呈している。そして直しを請け負う内職は、王都の平民女性達の貴重な収入源にもなっていた。
さらに昨今では、貸衣装店なる新業態だって登場している。
だから学院でちょっと仲良くなった相手にドレスを拵えてもらうのは、ある種の反則行為。良家の子女にあるまじき、恥知らずな振舞いだとされていた。
はっきり言うと、顰蹙ものである。
本来、身に付ける品は婚約した間柄になって初めて許される贈り物なのだから。
それで、かねて眉を顰めていたエクトルから実は……と注進があったのだ。
姉のカミーユ経由で、そうっとオウレリアの耳に入れてくれた。なかなかに繊細で心利いた騎士の姉弟である。
「残念でしたわね。今回のは着ていただけなくて。とても可愛らしいドレスでしたのに」
別に嫌味ではなかった。事実としてそういう趣のドレスだったのだ。
淡いピンクに青のリボン、フリルが多めで、レース遣いは惜しみなく。いわゆる、男性が見て「女の子らしい」と思えるドレスだろうか。
だが機能的ではなかった。装飾過多の分、とても重い。あんなのを着て踊ったら、ほんの数曲でヘトヘトになるだろう。
「え、ええと。その、君は――」
「ええ。わたくし、人とお揃いは好みませんの」
『お揃い』の単語に反応したのか、ルシウスの顔色はいよいよ白くなった。
今宵、オウレリアは自分で選んだドレスを着ている。
侯爵家で仕立ててもらえるのもあと僅かだろうから、好きな素材を選んで好きなように誂えて貰った。
リボンもフリルも最小限。上質な素材を生かすあっさりとしたデザインで、その分、手の込んだ金糸の刺繍が施されている。彼女の趣味に適う衣装だ。
色の基調も白に金。彼女に似合う色だった。差し色にも一切、青なんて使っていない。
「あら。褒めてはくださいませんの?」
装飾品はルビーにした。蜂蜜のように輝くブロンドに、琥珀に近い黄金色の瞳。金の姫オウレリアには赤が良く映える。
真紅のルビーは同じモチーフの細工で耳飾りと首飾り、一番大ぶりな石を指輪に仕上げている。フォン・オーレ侯爵家の家宝で、すべて母から借り受けて来た。
「指輪――」
ようやくルシウスも気付いたらしい。
王家から贈られた婚約指輪を、あえてオウレリアは外していた。
「ええ。もう要らないかと思って」
にっこりとオウレリアが笑い掛けると、ルシウスはダラダラと汗を掻き始めた。
たぶん冷や汗だ。もしくは脂汗?
「ああ。何でしたら、あれはお返し――」
「あああっ! 本当によく似合うよっ。ドレスも宝石も、とても美しい‼」
いかにも取って付けたような賛辞。しかも褒めるのは衣装と宝飾だけ。
かえって失礼ではなくて?
「こんなカードまで認められましたのにねえ」
オウレリアは、王太子がロザリンデのドレスに添えたカードを取り出した。
せっかくなので、蝶の羽根のごとく軽やかにひらひらさせてみる。
羽根ならば、いっそここで二つに引き裂くべきかしら?
「‼……ッ⁈」
「王太子殿下御自ら。ダンスの申し込みまでされましたのに。何と不敬なことでしょう」
あら、そんなお顔を。それほど衝撃? ならば、さらにもう一押し。
「王冠か自分、どちらかを選んでくれと迫られたのでしょう?」
オウレリアは勿体を付けたりしなかった。爆弾は即、投下する。
ルシウスの心臓が止まり掛けたのが、この目に見えるようだった。
「どっ、どっ‼ どうしてっ、それを……ッ⁈」
「内緒の睦言なら、人目の無いところで交わされませんと」
「………」
「とても情熱的ですこと。もっとも、誰も真似など致しませんけれど」
「―――……」
ここいらだな。オウレリアは中締めに掛かった。




