冬の決戦 ~舞踏会の直前に
金の姫オウレリア。
彼女はただ待っていた。
彼女にとっての『待つ』とは、打つべき手を全て打ち、予期された反応が返ってくるかを見定めるという意味である。
色々なことを同時進行で考え、組み立てていく。
おそらく女性の脳の方が、こうした作業には向いている。
「やはりもぬけの殻のようです。お嬢様」
慌ただしい身支度の合間に、オウレリアの許にその日何度目かの報告が届いた。
学院寮へ使いに出したメイドのニケが戻ったのだ。予測通りだった。
「あら。部屋の中を見られたの? よく入れたわね」
「あんな鍵。チョロいものです」
「ニケ。その特技はあまり外では誇らない方がいいわよ。わたくしはとても素晴らしいと思っているけれど」
ロザリンデの部屋は、本来は二人部屋だ。
上位貴族の子女に用意される個室ではないから、鍵自体お粗末だったらしい。
入学時にはルームメイトがいたはずだが、前期終了を待たずに部屋替えを希望して他所へ移っていた。将来王妃になるオウレリアの不興を買いたくなくて、自発的に憚ったようだ。
――結局、友人らしい友人もできなかったわね。
同室者が離れて行ったのと根本的には同じ理由で、ロザリンデの周りにはロクな人間が寄って来なかった。何かと面白がって囃し立てる野次馬か、さもなければ腹に一物ある連中ばかり。
しかし、最初からそうではなかったはずなのだ。
「君の仕業だろう⁈」
なのに、何故かルシウスは殊更にオウレリアを責めた。
「何を――でございますか?」
「ロザリンデだ。彼女を孤立させてッ!」
「はい?」
「……私のせいだとでも言いたいのか」
ええ。あなたのせいです。
あなたがきちんと守らないから。
わたくしは彼女に近寄る胡乱な輩を遠ざけただけ。
露骨に興味本位で煽り立てる、無責任な野次馬達。混じり気のない悪意で不穏な謀を目論む、排除すべき小悪党共を。
その上で「まともな」友人ができないのは、疑う余地なくあなたと彼女の自己責任。
――バカバカしい。
もう、わざわざ不快なことを思い出している暇はなかった。
「そう。もう戻らないような様子だったの?」
「部屋自体は、一見してそうとはわからないのですが」
いわゆる『大事なモノ』がすべて消えていたと、ニケは説明した。
卒業式典を終えて、王都内に邸のある卒業生は皆実家に戻っている。
寮に残っているのは半数以下だろう。そして、どの部屋も退寮の荷造りに忙しい。他人の部屋を偵察するには、もってこいの状況だった。
オウレリアお嬢様の個室まで忘れ物を取りに。もっともらしく適当な口実を拵えていたから、ニケが多少大胆に行動しても何ら警戒はされなかった。
「寮付きの家政婦の一人に心付けを渡して、後から片づけを頼んでいたようです。
学院が冬期休暇になってから、次の人が入れるように掃除をお願いしたいと。手の空いた時、一番後回しで構わないからと」
なら、帰省ではなくて退学だ。おそらくは自主退学。
高くついたなと、オウレリアは思う。泡沫の恋の代償は大きかったようだ。
だが、なかなか賢明な身の処し方ではある。
ロザリンデは王都から去った。半永久的に。
ベルンシュタイン男爵家は王宮に招かれるような家格ではない。
おそらく彼女が王宮に足を向けることは、生涯ないだろう。
「それは……本人から?」
「まさか」
ニケはカラカラと笑った。
「妹さんが来たみたいです」
やっぱり。
後を託せる友人など、ロザリンデにいはしなかった。
親身に相談に乗ってくれる友人はとうとう得られなかったのだ。
思えば、いつも白薔薇姫は一人でいたような気がする。
王太子といるか、でなければロザリンデは独りきり。
つまらない男……もとい、王太子にさえ引っ掛からなければ、それなりに親しい友も作れたろうに。遥々王立学院まで来て、やっと一年。ベルンシュタイン男爵は相当無理をして王都に出したのだろうが、何の甲斐もなかったことだ。
「どうせ掃除はするのに。わざわざ駄賃をはずんで貰えたと、家政婦さんが喜んでましたよ。そのぶん、まだ人には言わないでねと念を押されたそうで」
「言ってるじゃない」
「ですよねえ」
どの道、いないことはすぐにバレる。
人の噂にのぼるのは、帰省する生徒達のバタバタが一段落してからだろう。
その頃にとうに冬季休暇に入っているわけだから、時間稼ぎとしては十分だ。
ならば、もう深追いはすまい。
「お伝えしてまいりました、お嬢様」
王宮へ遣った執事の方も、すぐに報告に戻った。
「早かったのね。先方は何て?」
「承知しましたと」
こちらは婚約者である王太子ルシウスに、予め侯爵邸への迎えは不要ですと伝えに行かせていた。オウレリアは実家の侯爵家の馬車で会場入りする予定である。
それで『後程、学院の専用控室でお会いしましょう』と口上を述べさせておいた。
この期に及んで『エスコートしない』とは言われていない。
ルシウスもオウレリアと一緒に、今夜の舞踏会に出るつもりではあるのだろう。
「そう。ご苦労様。他に何か気が付いて?」
「――明らかにホッとされていたような」
フッ。思わず笑みが漏れる。勿論、失笑だ。
捻出した時間で、まだ逃げたロザリンデを口説くつもりか。この期に及んで?
「学院の専用控室の方も、先に押さえてございます」
「ありがとう。いつもながら手際がいいわね。助かるわ」
若い執事は嬉しさを目の色だけで現した。
満面の得意顔にならないのは、執事長オットーの教育の賜物だ。
オウレリアは、適宜人を褒めることに決めて実行している。いつもではない。
たまにするからこそ効果がある。労いの言葉は、支出を伴わない報奨になる。
わたくしはきちんと見ていますよ、という格好のアピールでもある。
誰に習うでもなく身に付けた技術だが、これは王太子にはない素養だった。
『彼等は給金を貰って働いているのだ。その仕事に労いが要るのか?』
『なんで仕える者達に、こちらからご機嫌取りをせねばならない?』
(新しいモノやヒトにはパッと飛び付くのに。頑固で頭が旧いのね)
ルシウスには、人を使うに外せない大事な要所が理解できない。もうオウレリアは断念してしまっていた。十年かけても伝授は叶わなかったのだ。
――アレを、わたくしが引き取るのか。
あら。どうしよう。
この期に及んで、ルシウス王太子殿下のいいところがひとつも浮かばない。
今宵これからの工程が、早くも面倒に思えてきた。
これ以上ルシウスの相手をするのに、嫌気が差したのかもしれない。
だが、決めたことだ。後戻りはしない。
細工は流々、仕上げを御覧じろ。既に打てる手は打ち尽くした。
(まさか、当のロザリンデが降りるとは思わなかったけれど……)
否、違う。
あれはフィオレンティーナだ。賢い妹が姉に言い聞かせたのだ。それで姉が目を覚ました。それは勿論、ロザリンデ自身も王太子という人間に疑念を抱きだした為でもあるのだろう。
フィオレンティーナ・ベルンシュタイン。
まだ十三歳の少女。あの妹なら、わたくしの温情を忘れない。
恩も情も、それに値する者だけに掛けるものだ。報いるということを知らない人間に与えても、何の意味もなさない。
ベルンシュタインを潰す必要はない。
この時点で、オウレリアはそう決断した。
あれしきの領地、召し上げたところで管理が面倒なだけだ。
それに辺境領界隈に直轄地なんぞ置こうものなら、エルンストが黙ってはいまい。
ミカエルの報告にもよるが、その方針で良いだろう。
退場した姉ロザリンデにはもう用はなかった。
だが、フィオレンティーナは先々に何かの形で呼びたい。聡い妹娘の方ならば、きっと役に立つ。
オウレリアはフィオレンティーナの白い顔を思い出していた。
母親も――さぞ美しかったに違いない。
嵐が吹き荒れなければ、永くその美しさを留めていられたはずだ。
だが彼女の忘れ形見の娘は、身に降りかかる危機をひとつ回避できた。
空の彼方で、母も安堵しているのだろうか。




