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金の姫の舞踏会  作者: vientoverde


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12/21

そして、冬 ~騎士エクトル、その剣は誰がために?


 「こんにちは。ご苦労様、エクトル」 


 ――どうぞ呼び捨てになさってください。


 そう言い出したのはエクトルからである。

ほんの数日前のことだ。オウレリアが姉の主になるからという理由だった。


 卒業まで一週間を切っていた。


 彼の敬愛する姉カミーユは、滞りなくフォン・エーレ侯爵家での面接を済ませていた。出仕は来週から。オウレリアが本格的に実家に戻るのに合わせて、護衛騎士としての勤務を始める予定になっていた。

 

「これは、オウレリア様――」


 恭しく礼をしつつ、エクトルは扉の内側を気にしていた。


 学長室の中にはルシウスがいる。今日は卒業式典の打ち合わせだ。

中にはデレクと入れ替わりに来た、もう一人の護衛騎士が入っていた。

学生達の成績の話題も出ているから、エクトルは学長室の扉の前で控えている。


「ああ。殿下に用事があるのではないの」   


 ルシウスは卒業生代表として謝辞を述べる予定である。

 それは最終的に年間首位の成績を勝ち得たオウレリアが、その栄誉をルシウスに譲ったからだった。もちろん計算済みだ。


 案の定、期末考査での王太子の成績はさんざんだった。

心の動揺が試験結果に直結するあたり、残念未熟だと言わざるを得ない。

 学院最後の首位は、ありがたくオウレリアが頂戴した。

もう婚約者の成績に合わせて手を抜いてやる義理はなかったし、一位常連のデレクもいなかったからだ。ルシウスの評した鋼の心臓。オウレリアの方は、言い掛かりに罵られる理不尽くらいで動じるわけがなかった。


 ――こんな廊下で、立ち話にしたい内容ではないけれど。


 扉は少しだけ開いている。オウレリアは中から見えない角度に立った。

 本当ならゆっくり語りたいところだが、もう機会がない。

エクトルがルシウスに張り付いていない、貴重な時間はおそらくこれが最後だ。


「どうしてもあなたに御礼が言いたくて。お姉様のこと、口添えをしてくれてありがとう」


 エクトルが目に見えて恐縮した。


「あなたも聞いてくれたでしょう? 来週から、あなたのお姉様がわたくしの護衛に付いてくださるの。とても嬉しいわ」

「――私もです」


 エクトルも笑った。普段は鋭い、その目だけで。

いっそこういう笑い方こそが好ましい。

 無邪気な笑顔は魅力的だが、同じだけ無防備でもある。つまり危うい。


「あなたは王太子殿下の騎士。さらにお姉様がわたくしの騎士になってくださる。これほど頼もしいことはないわ」


 エクトルの頬が紅潮した。

彼は王宮で近衛になる。彼の自慢の姉と共に。姉弟揃って近衛騎士。

 晴れがましいと、目が誇らかに輝いている。


「では。楽しみにお待ちしていると、あなたから伝えて」


 上出来だ。エクトルにこんな表情までさせられれば。


 カミーユを護衛騎士に起用するのは、オウレリアの前からの構想だった。

周到に根回しをして、王家の許可も取れていた。実家のフォン・エーレ侯爵家の方も事前に了承済だ。

 ただ、いつ言い出すのかだけをオウレリアは見計らっていた。

 おそらく。この時期が最適だったのだ。

それもエクトル以外に人を介さず、ほぼ直に自分の意向を伝えるのが。


 これでエクトルはわたくしを裏切らない――決して。


 エクトルは生粋の騎士である。

それが王宮近衛になる。ルシウスの友ではなく、王家に仕える騎士になるのだ。

 いずれルシウスの個人的な要請のために、無茶をして体を張る人間ではなくなるはずだ。


 栄えある王宮近衛。

 その名誉を重んじる限り、愚かな企てには加担しないだろう。

以降はルシウスに友人として何事かを持ち掛けられたとしても、弟エクトルが逡巡すれば、必ず姉カミーユ経由でオウレリアの耳まで入って来る。

 マルタン姉弟の絆は固い。

ここまで計算してはいなかったけれど、今後カミーユがオウレリアに齎してくれるものは予想外に多そうだった。オウレリアが王家の望ましい嫁でさえあれば、彼等姉弟は誇り高くも忠実な騎士達なのだ。


 ――たぶん育ち方が重要なのだわ。


 血の絆だけではないのだろう。容易には説明し切れない、姉弟の強い繋がり。

 それはルシウスには最も縁遠かったものだ。決して得られなかったものであり、これから先も得られないであろう種類の関係。

 

 侯爵家の一人娘、オウレリアには兄弟姉妹はいない。不運だと感じたことはない。いとこ達と育ったせいもあるだろう。

 だがルシウスには、いとこもいなかった。


 子のない不幸、子のある不幸とはよく耳にするが、おそらく逆もあるのだ。

 それは、兄弟姉妹にも同じことが言えるのかもしれない。


 特に王家を、そしてルシウスを見ているとつくづくそう思う。



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