第60話 一休の提案
「さて、今日はもう遅い。詳しいことは、明日、また話すことにして、あなた方2人はお帰りなさい。ここには私が残ります。なに、一休様はおそらく問題ありますまい。そんなにやわな方ではありませんので」
六休さんにそう言われて、僕たちは宿に帰ることにした。
帰り道は人通りも少なく、とても静かだった。僕とビアンカの会話は、ポツリ、ポツリと途切れがちだった。才子ちゃんが現れてからの怒涛の展開に、まだ頭が追いついていなかったのだと思う。
気づくと宿の前まで来てしまっていた。
ビアンカが腕を組んでくることはなかった。そりゃそうだ。あれだけ、変態だの破廉恥だの言われたあとなのだ。当然だ。『だったらお前が手ぐらい繋いであげろよ』と言われそうだが、それは無理だ。僕はそういうことができる人間ではない。
せめて、もう少し散歩したい思いもあったが、時間も結構遅い。途中で、モーサムさんに出くわす、またはモーサムさんが先に帰ってきてしまったら大変だ。僕たちは大人しく部屋に戻ることにした。ビアンカはもちろんモーサムさんの部屋に戻る。
今日は、もういろんなことがありすぎた。僕はベッドに寝転がると、すぐに眠ってしまった。
モーサムさんが帰ってきたのは、結局朝方だったらしい。
ちなみに、モーサムさんの部屋も1人部屋だった。ビアンカがベッドですやすや寝ていたので、モーサムさんは床で寝たらしい。娘の父親とは悲しいものだ。
翌朝、モーサムさんは用事があるらしく出かけて行った。朝食後、僕たちはとりあえず、診療所に向かった。到着すると、ちょうど一休さんが診療所を出るところだった。
六休さんに肩を支えられながら、一休さんは松葉杖をついていた。
脚。
それはあれですか。
才子ちゃんの足払いですか?
そしてよく見ると、羽織っている服の下に、肋骨を固定するガッチリしたコルセットのようなものまで付けている。
それ、おそらくビアンカの……。
「だ、大丈夫ですか?そ、そんなに重症なんですかっ」
僕は思わず声を上げた。
「……」
ビアンカは、声も失っているようだ。
僕たちは駆け寄ると、まずは必死に頭を下げた。
一休さんは自分が勝手に間に飛び込んだせいだと笑ってくれた。だが肋骨に響くらしく笑いながら顔を引きつらせていた。
「お二人とも。ご心配をおかけしました。一休様は命に別状はないようです」
い、命に別状って。あの2人から一撃ずつくらっただけなのに、そんなことになるんですね。
やはり2人とも、只者じゃない。
「背中へのあの一撃は相当なもので、普通なら内臓にも危険が及んでいたそうですが、そこは一休様。背中からの衝撃を、みごとな『受け』の技で分散させたようです。しかし、あまりに衝撃が強く、肋骨全体にヒビが入ってしまったということです」
ビアンカはもう顔が真っ青になり、歯がガクガク鳴る音まで聞こえてきそうだ。
かわいそうに。
でもそんなかわいそうな加害者に、被害者の前でなんて声をかければいいのか。
こっちを立てれば、あっちが立たない。僕は黙ってビアンカの背中をポンポンッと叩くことしかできなかった。
「さすがは一休様。わたしなら、この世にいなかったかもしれませんね。あっはっは」
「これ六休。いや、ホント気にしなさんな。逆にわしはビアンカちゃんの強さが味わえてうれしいほどなんだよ。わっはっは……がっ……ぐっ……」
「だ、大丈夫ですか。無理しないでください」
僕は思わず、和尚さんを支えるように前に出た。
「……」
ビアンカはまだ固まっている。
「あ、脚は? 脚は大丈夫なんですか?」
僕はもうビアンカを見ていられなくて、才子ちゃんにすまないと思いつつ、話題を脚へと振った。
「ややっ。脚の方はですね、足首の少し上で、すっぱり骨折しているらしいですが、きれいに折れているので、治るのも早いとのことです。こちらもこちらで見事なものです」
「これ六休。もうよいというに。まったくこやつは空気が読めんで、困っぐっがべっ」
「だ、大丈夫ですか。もう話さないでください」
ビアンカはもうずっとはわはわしている。
とにかく、病人をこんなところで長居させるわけにもいかない。僕たちは和尚さんを、静かに静かに宿の部屋まで送り届け、ベッドに横になってもらった。
横になるとずいぶん楽になったようで、そのまましばらく雑談していた。
和尚さんは、お殿様に呼ばれ、六休さんを連れてこの城下町へ来る予定だったらしい。しかも、そのついでに僕とビアンカにも声をかけるつもりだったという。
なんで?
怪しすぎるので、けっこう問い詰めぎみに聞いたのだが、和尚さんは目を泳がせながら、『ビアンカは評判の美人だから』とか、『僕は初めてだろうから』とか、要領を得ないことばかり言って、結局そのまま話を流してしまった。
僕はすでに、モーサムさんの手伝いでここへ来ることが決まっていたので問題なし。それで当日の朝、モーサムさんたちが出発したあと、和尚さんはビアンカも誘おうと思ったらしい。お父さんも向こうにいるし、ちょうどいいと思ったそうだ。
ところが誘いに行ってみると、ビアンカはすでに旅支度を整え、何やら怪しげに動いていた。
事情をバーラムさんに話すと、
『あの子は聞かないから、お願いします』と頼まれ、そのままビアンカも一緒に来ることになった。
和尚さんはこの城下町に着くと、六休さんをこの町の寺に預け、一人でお城での用事を済ませたとのこと。
夕方、六休さんを迎えに行き、そのあと僕とビアンカに会おうと宿を訪ねたところ、祝勝会に参加していると聞き、同じ会場の別の場所で食事をしながら、僕たちを待っていたらしい。
2人が帰ろうとしていたので話しかけようとしたのだが、なにやら甘酸っぱすぎる雰囲気になっていたため、声をかけ損ねた。そうしているうちに才子ちゃんが出てきて戦闘に。ビアンカの空気が変わったので止めに入り、『この通り』ということだった。
甘酸っぱいの見られてたんですね。モーサムさんには内緒でお願いします。
しばらく話したあと、僕たちが一旦部屋を出ようとしたとき、
「そうそう、君たち今日の午後から時間あるかね?」
僕はビアンカをチラっと見たあとで答えた。
「あ、はい。大丈夫です。何かありますか? 買い物とか届け物とかありましたらなんでも言ってください。本当に遠慮なく」
「いやいや、わしのことではないんじゃがな。午後から、六休を含めた3人で飛騨の殿様に会っておいで。話はついとるから」
和尚さんは、軽いおつかいを頼むような様子で、さらっととんでもないことを言い出した。
「殿様に会う? なんですかそれ?」
「大したことじゃないんじゃ」
「いや、あるでしょ! 殿様って、この国のお殿様ですか? なんなんですか?」
「いやいや、その、殿様は殿様なんじゃが、大丈夫じゃ。話はついておるから」
「いやいやいや、話をつけてあるってなんですか? お殿様に? なんで話つくんですか?」
「いや、まぁ、はっはっは。大したことはない。昔いろいろあってな。軽ーく話をしておいで」
「な、何のためにですか? 僕たち何かしましたか?」
これか? これなのか!?
これのために僕たちをこの城下町まで?
駄目だ。嫌な予感しかしない。
何が軽―くだ。軽いわけないじゃないか。殿様ですよ殿様。村長とはもうレベルが違いますよ? 村長で戦神でしたよ? あの人と同じ時代を生きてきた殿様って、もうぜったい変身とかするでしょ。
正体はなんですか?
あ、わかった。ヒュドラだ。
首がいっぱいある。
もしかして僕たち、いきなり捕らわれるとかですか? もしくはその場で食べられちゃいます?
バレてます?
いきなりいろいろバレてます?
転生反対ですか、この国は!
「ナオえもん。とっても危ない目をしておるが、何やら勝手な妄想してないかい? たぶん違うから安心しなさい。せっかく飛騨の城下町まで来たんだ。六休は京都帝国から来た身で、あちらでも少し名が知られておるし、ビアンカちゃんは、鉄心が認める天才少女だ。美人だし殿様も喜ぶだろう。ナオえもんは、記憶もないんだろ? 殿様に会っといて悪いことはない」
その理由、さっきも聞いたぞ。1ミリも安心なんかできない。まともな理由を言ってるつもりだろうが、殿様がわざわざ僕たちに会う理由が何も話されてない。
怪しい。
怪しすぎる。
横を見るとビアンカも顔を青くしている。今日はもうずっと顔が青い。倒れなきゃいいけど。
次に六休さんを見ると、こちらも青い。この人、こんな表情することあるんですね。
一応、人だったんですね。
第60話 完
【ナオえもん:加害者の付き添い人だったはずが、気づけば当事者へ昇格した男のリザルト】
〇一休様の重症度:95
(松葉杖&コルセットの絶賛重症中。一晩で退院させてしまう半分異世界の医療事情に不安を覚える)
〇お城への片道切符度:97
(行ったが最後、ボス戦になる可能性が高い。なんとか逃げられたとしても、お尋ね者。今までの生活にはおそらく戻れない)
〇六休さんの人間度:65
(殿様案件で顔を青くしたことで、六休さんを人類カテゴリーへ仮登録)




