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第59話 危険な善人

「え……?」

一瞬、何を言われたのかわからなかった。

六休さんからは、もう戦う気配は感じない。

ビアンカもようやく構えを解き、地面に座り込んだままの僕のそばへしゃがみ込んだ。


「ナオ、脚、大丈夫?」


「う、うん。それより、ビアンカの腕は?」

さっき、六休さんの蹴りを2度もまともに受けている。僕の脚なんかより、そっちの方が心配だ。


「大丈夫。ちょっと痛いけど」

ビアンカは少し腕をさすりながらそう言った。ひとまずお互い無事らしい。

僕たちは改めて六休さんを見た。


「ほ、本当に? あなたが? その、ごめんなさい。何か証拠でもあるの?」


ビアンカは、まさかの事態についていけていないようだった。

僕も同じだ。頭が追い付かない。それは、その、どういう……。ってか、九人のことなんて、すっかり忘れていた。


あの『声野郎』は、確かに9人の僕がいるみたいなことを言っていた。その一人がついに目の前に。しかも、それがこの六休さん?? あれ?こんな感じ?こんな普通な感じなの?もっとこう、シンパシー的なものを感じたりとなかいの?

よくわからないけど、同じ僕であるにしては、六休さん、キャラ、濃すぎない?見た目も全然……。


「あっ!!」


思わず声を上げてしまった。


確かに。確かに僕は、六休さんの顔を何度も見ている。なのに、その都度、顔の印象が残っていなかった。あまり興味がないというか、ちょっと変わった人だったので。

なので、顔が思い出せなくても、あれ?どんな顔だったっけ? まぁいいか、くらいで済ませていたが、そうだ。僕は、六休さんの顔がイマイチわからない。

いや、記憶に残らないのだ。


気付くとビアンカは、地面に腰をついている僕に寄り添ってくれている。僕の脚も心配そうにしながら。優しい。でも僕なんかよりビアンカの腕の方は大丈夫なのだろうか。


「ま、まさか、六休さんも僕の顔が記憶に残らないんですか?」

僕は恐る恐る聞いてみた。


「そうです。私も、他の私に会ったのは初めてでしたので、最初は特に気にしていませんでした」

六休さんは、静かにうなずいた。


「ただ、お寺で、あれほどの破廉恥をしてくれた少年のことを思い出そうとしても、顔が出てこない。そこで、はっと気づいたのです。まさか、と」


破廉恥してくれた少年。

その呼び方、やめてもらえませんか。


「そう考えると、自然にビアンカさんのことも思い出しました。あの時、私がこの世界に飛ばされてきたときに、確かにその場にいたと」


「わ、私が?」

ビアンカが目を見開く。


「ええ。もっとも、すぐに時空の爆発のようなものに巻き込まれてしまいましたが」


時空の爆発。僕が原因だというアレですね。


「その話からして、どうやら本当に、あなたもナオと同じみたいね。でも、どう? この世界に来た目的は覚えているの?」

ビアンカが慎重に尋ねる。


「ええ、もちろん。あの『声の主』が正気かどうかは疑わしいですが、魔王を倒せと言っていましたね。また、詳しくは案内人に聞け、とも」


「あなたも、あの『声』と話をしたのね……」


「あれ? ビアンカ、どうかした?」


「あ、うん。大丈夫」


「そうなの?」

ビアンカは何か引っかかってそうだが、それは、あとだ。今は六休さんだ。


「その、正気かどうか怪しい『声の主』を知っていて、案内人も知っていて、お互いの顔を認識できない……。もう、間違いないみたいですね」

僕は六休さんをじっと見た。


見ている今この瞬間に違和感はない。六休さんは六休さんだ。キリッとした目をしてて顎のラインもシャープだ。坊主頭だが確かにイケメンだ。だが、六休さんを思い出そうとすると顔の印象がぼやける。


「でも、あなたは何でしたっけ? 一休さんの弟子の三休さんの、さらに弟子なんですよね。それは、どういう経緯なんです?」


「そうですね。それもお話ししなければなりませんね」


六休さんは、あれはそう、と小さく呟いたあと、静かに語りだした。

六休さんは、今19歳。物心ついたときには、親はおらず、京都帝国の寺で育てられたという。

子どもの頃から、周りから少し距離を置かれていたような感じはしたが、おおむね普通に成長していた。


周りの人と少し距離があったというところが、いかにも六休さんらしいと言えば六休さんらしい。


武術と禅が得意だったらしい。特に禅は、何の苦労もせずに無になれた。師匠の三休さんも驚くほどだったとか。


そして、いよいよ六休さんの「無」が新たな域に達したように感じた三休さんは、これ以上は自分では導いてやることができないと考え、師匠である一休さんに、六休さんを預けてみることにした。それが、1ヵ月前だったらしい。


色々と思い出すきっかけは、川で泳いでいた時だったという。突然、暗闇の中で何かと話している光景が、頭によぎったらしい。その時は特に気にしなかった。だが、徐々にそういうことが増えていった。


ビアンカと同じだ。


そして先日、僕たちをお寺で見たあと、すべてが繋がり、思い出した。そうだ。自分は、この世界の人間ではない。


真の我とやらが用意した、9人のうちの1人なのだ、と。


「結構、思いっきり最近なんですね」


「そうですね。確かに最近です」

六休さんは、あっさりとうなずいた。


「それで、あなたたちはどうなのですか? 見たところ、長年魔王退治に勤(いそ)しんでいるようには見えませんが」


嫌なところを見抜きますね、六休さんは。

確かに僕たちはまだ、魔王退治に向けた動きはほとんどできていない。何をしていたかと問われれば、お恥ずかしい限りである。

ビアンカも同じ思いのようで、目が合った。


だが、この状況で適当な嘘をついたところで意味がない。

さて、どう話したものか。

そう思っていると、ビアンカが僕に向かって小さく頷き、話し始めた。


ビアンカがこの世界に2番目に飛ばされてきたこと。次々に飛ばされてくる人たちを見ていたこと。


けれど、みんなに話しかける前に、六休さんと同じように時空の爆発のようなものに巻き込まれ、17年前に飛ばされたこと。その後、少しずつ記憶を取り戻し、魔王退治の旅の準備を始めたところに、僕が現れたこと。


次は、僕の番だ。

僕は半月ほど前にこの世界へ飛ばされてきた。ビアンカや六休さんたちとは違い、時空の爆発には巻き込まれず、今に至る。年は15歳。そういえば、六休さんとビアンカは同じ時空事故で飛ばされたのに、飛ばされた先の時間が少し違う。あれは思った以上に複雑な事故なのかもしれない。


それは今はいい。

とにかく今は、魔王退治の第一歩として、まずはビアンカのご両親や周りの人たちに認めてもらおうと頑張っているところだ。これがとても難しいのだと強調しておいた。


「なるほど」


六休さんは深くうなずいた。


「あの変態的ないちゃつきは、その作戦の一部だったということですね」


「「へ、変態的……」」


僕とビアンカの声が、きれいに重なった。


「それなら、納得できなくもありません。少々不純異性交友ぎみでしたが……。しかし、17年も育てていただいた方々に何の恩も返さず、突然出て行く。そういう不義理は、私の好むところでもありません」


六休さんは、静かに僕たちを見た。


「よろしい。私も協力しましょう」


い、いや、いいです。

是非、ご遠慮させてください。


あなたのことはまだあまり知りませんが、おそらくあなたが関わると、話がバッドエンド方面に突き抜けてしまうと思います。


ビアンカも、顔を青くして苦笑いしている。

僕たちは、できるかぎり穏便にお断りした。


「そうですか」

六休さんは、少し寂しそうに目を伏せた。

「まあ、いいでしょう。お2人の色恋沙汰ですから、2人でやり遂げることも筋でしょう」


色恋沙汰……。こっちにもいろいろ事情があるんです。現在、見逃し公認中なんです!

だが、ここはめんどくさいので流すことにした。


「ましてや私は、恋愛事情というか、人付き合いというものがイマイチわからない。気が付けば、なぜか1人になっていることが多いのです」


僕とビアンカは、心の中で涙した。


そうでしょうね。

あなたは、おそらく、みんなのために正義を貫いていたのでしょう。ただ、その結果がいつもマイナスだっただけです。

あなたは悪くない。

たぶん。


「ビアンカ、六休さんは悪い人じゃないよね?」

僕の目には涙がたまる。


「ええ。もちろんよ」

ビアンカは、少し涙ぐんだ顔でうなずいた。

「それに、六休さんはもう、1人じゃないわ」


「お、お2人とも、どうしたのですか。いきなりそんな、私を褒めだして。褒めても何も出やしませんよ」

そう言って、六休さんは少し嬉しそうな表情を見せた。


それを見た瞬間、僕たちはもう、現実の涙を止められなかった。


こうして、六休さんが仲間になった。


僕とビアンカは、まずは旅に出る許可を得ることが必要なのだと伝えると、六休さんは深くうなずいた。案内人であるビアンカが、魔王退治については急ぐ必要はないらしいと説明すると、六休さんは、目を瞑ってうなづいている。そして目を開くと、ご両親の許可が出るまで修行しながら、ドキメモ作戦に陰ながら協力し、何年でも待つと言ってくれた。


何年でも。

その言葉が六休さんらしくて、少し引いた。


第59話 完


【ナオえもん:危険な善人を仲間にした男のリザルト】


〇六休さん同類確定度:100

(顔が記憶に残らない、声の主を知っている、案内人も知っている。証拠が揃いすぎて、逃げ道なし。根幹系マジ暴露僧侶を、正式にこっち側認定)


〇変態的いちゃつき認定ダメージ:85

(これまでのビアンカとの青春ドラマが、まさかの変態的いちゃつき扱い。そんなに悪いことしましたか、と心から訴えたい)


〇善意の被害予測度:99

(この短期間で、才子ちゃん、ビアンカ、そして僕まで、関わった者は全員が何かしらの六休弾を被弾。また、『何年でも待つ』という重すぎる協力体制も相まって、未来の胃痛は確定した)


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