第50話 お父様の許可
「娘婿だぁ……?」
その声は、低く響いた。さっきまで騒がしかった宴会場の空気が、ぴんと張る。
禁断の『娘婿』発言をした隊員は、ビールの杯を持ったまま固まっていた。
この場にいる全員が思っている。それは言っちゃまずいだろう、と。たぶん、モーサムさん本人も思っている。
「ナオえもん」
モーサムさんが、ゆっくり僕を見た。
「おめぇ、ビアンカと出会ってまだ半月ってとこか?」
「いや、僕はその、なにも……」
僕は本当に何もしていない。いや、正確には何もしていないわけではない。ドキメモ作戦はしている。名前呼びもしている。一緒に帰る設定に浮かれていたこともある。
だが、娘婿と呼ばれるようなことは、まだ何もしていない。お着替えを覗いたことすら一度もないんです。
「あの、僕は今、テント暮らしですし」
「ビアンカが王都に来たのも、僕が呼んだわけではないですし」
「その、好きは好きですけど、それは村の皆さんも好きというか……」
「ですから、本当に、僕から何かやましいことなんて、してないわけでして......」
「ちょ、お父さん!」
ビアンカが慌てて立ち上がった。
そして、一瞬止まって少し赤くなった顔で僕の方を見る。
「好きは好きって……」
なんでなの!! やめて。今、この状況で、どうしてそこだけ拾えるんですか?普通その後半の部分に反応して、落ち込むところじゃない?
このポジティブ娘は!
お願いだから今、こっち見て変なデレ感を出さないで。
僕は、このままビアンカを見ていると、事態がますます悪化していきそうだと直感し、すぐに視線をそらす。すると、バリューさんと目が合った。しかし、その目は『お前はおそらく悪くない。だが今、助けに入ることはできない』と言っているようだった。
「娘婿なんざ、100年早いわい!」
モーサムさんは、ドンと机を叩きながら言った。その声はさっきまでより大きく、周囲に響いた。周りのお客さんもこちらを見る。
「うちのビアンカを嫁に取るだぁ?どの口が言っとるんだ、バカ野郎!」
モーサムさんは隊員の皆さんを見回しながら言った。どうやら、まだ少し冷静な部分は残っているようで、僕にというより、隊員たちに『これ以上はやし立てるな』と言いたいようだ。
それでも僕の背筋はピンと伸びた。自然と両手もお膝の上に揃う。
あの、僕は何も言ってませんし、してません!怒るなら娘婿発言した、そちらの隊員さんへお願いします。
「まだまだ修行ってもんが全然足りん。ひょろひょろのへなちょこじゃ、守るもんも守れねぇぞ」
モーサムさんは視線を落とし、自分の手元のビールカップを見ながら言った。
はい。その通りです。怒れるお父様に反論などございません。
僕は思わず無言で頭を下げた。
周りの隊員たちも、さっきまでの勢いは完全に失っている。
誰も茶化さない。
茶化したら、次に燃えるのは自分だと分かっているのだろう。
モーサムさんは、もう一度視線を上げ、僕をじっと見た。
その目はただ怒っているだけではない気もした。
「だが……」
モーサムさんは、そこで少しだけ声を落とした。
「今回、実戦で見事な男っぷりは見せてもらった。ビアンカに変なことしねえって誓えるなら、しょうがねぇ、彼氏ってのはまだだ。彼氏候補、と呼ばれるくらいは、見逃してやろう」
え??
一瞬、誰も声を出さなかった。
僕も、ビアンカも、隊員たちも、たぶん全員が同じことを考えていた。
彼氏候補?それは、少し、いや結構認められたってことでいいんですか?
ちょっと難しい表現なんですが。
その沈黙を破ったのは、やはり酔っ払いの隊員だった。
「おおおおーーーーーー」
「許可が出たーーーーー」
「やったなナオえもん、お父様の公認だぁーーー!!!」
え?ええーーーー????
今の発言、そこまで進んでましたか?候補ですよ。候補と呼ばれるくらいは見逃す、という変な回答でしたよ?
「きゃーーーっ!!!」
「お父さんたらーー!!!」
ビアンカが、立ったまま両手を胸の前で組み、小さく跳ねた。
その顔は、さっきより明らかに赤い。
反応具合も、少し大きい。
いつものビアンカより、感情が前に出すぎている。
僕の視界の端には、空になったビールジョッキが見えた。
なるほど。
酔ってますね。
「もう♪」
「お父さんたら、明日からパパって呼んじゃう♪」
「ちゅっ♡」
投げキッスまで飛び出した。
「おおおーーーーー」
周囲がまた盛り上がる。
「バ、バカ。ビアンカ。パパだと?」
モーサムさんは顔が真っ赤になっている。
怒っているというか、嬉しそうだ。いや、とっても嬉しそうだ。
パパって呼ばれるのって、そんなに嬉しいの?
「ビアンカ、そしておめぇらも勘違いするんじゃねぇぞ!」
「ナオえもんが彼氏なんてことを認めたわけじゃねぇ!彼氏候補と呼ばれるくらいは、見逃してやると言っただけだ!」
「おおおおおーーーーー!」
「やっぱり彼氏公認だーーー!」
「見逃し公認だーーー!」
「実質公認だーーー!」
見逃し?
実質?
何なの、この法解釈。
「バカ野郎、おめぇら、違っ」
モーサムさんは、必死に抵抗しようとするが、声にさっきまでの芯がない。完全に場の空気に押されている。先ほどまでの迫力は完全にない。これが、パパ効果なの?
彼氏候補って呼ばれるだけの許可から、一瞬で彼氏OKに変換されてるみたいだけど大丈夫なの?
「ナオ!」
ビアンカが、にこにこしながら僕を見る。
「よかったね!」
その笑顔は、酔っているせいなのか、いつもより少し幼く見えた。
からかっている感じもなく、本当に、嬉しそうだった。
あくまでドキメモ作戦上の『よかった』なのでしょうか?
それとも、本当に喜んでくれてたり?
僕には今、足元の床が抜けて、フワフワ浮いているようにしか感じられません。
第50話 完
【ナオえもん:お父様の許可をもぎ取られた男のリザルト】
〇娘婿認定時の危機度:95
(隊員の一言で、宴会場が氷点下へ突入。モーサムさんの父親モードが開門)
〇彼氏公認っぽさ:70
(彼氏候補呼称OKというよくわからない許可だったが、周囲は完全に公認扱い。見逃し公認という謎の宴会法解釈が成立)
〇パパ効果:100
(どうやらパパって呼ばれたいらしい)
〇ドキメモ作戦進捗度:120
(だから早すぎだって!)




