第5話 お茶の味は覚えていた
お読みいただきありがとうございます。
恐怖心を忘れてきた男は、記憶まで失っていました。
しかし、本人はどこまでも冷静。その「冷めた自分」に、一番恐怖を感じているのは自分自身かもしれません。
今回は、そんな「化け物」になりかけの男が、ある飲み物に救われるお話です。
「……おいおい、名前まで忘れちまったのか?」
おじさんの声。
「ほんとかい?ちょっと深呼吸してみな?」
おばさんの声。
僕は僕で何が何だかわからない。
名前が分からない。
他には?
......そうだ、じゃ年齢......も、わからない。
頭の中に何もない。
これが、記憶喪失ってやつなのか。
いや、でも記憶が何もかも全く無いわけじゃないぞ。
大好きな漫画はドラ〇ンボール!
ゲームならド〇クエだってわかる。
僕は鳥〇先生の絵が大好きだ。
他にもあるぞ。
信〇の野望。
マルチプレイが出来たころのやつは、友達と延々とプレイしてたじゃないか!
友達?
だれだっけ?
えーーとほら、あいつだよ。
いつもつるんでたじゃないか...
バカなあいつだよ...
あいつの名前は……確か『こ』から始まる......こ、こ、こ……。
次の音がどうしても出てこない。
まただ。
また急に霧に溶けるみたいに遠ざかっていく。
待ってくれ!
行かないでくれ!!
僕の「友達」は消えていってしまった。
ちくしょう!!!
思い出せ!誰でもいい!
消えてしまう前に掴みとめるんだ!!
家族は? 先生は?? 恋人は???
僕は次から次へと思い出そうとする。
消えないように、消えてしまう前に...
どれくらい考え込んでいただろう。
5分か?10分か?
僕の中には、何もなくなってしまった...
本当になにも...
「ちょっと、ほんとに大丈夫かい?」
「ほら、お茶でものみな」
奥さんが僕の顔を覗き込みながら
水筒から飲み物を出してくれた。
湯気が立っている。
温かそうだ。
お茶かな。コーヒーかな。
それとも僕の知らない飲み物だろうか。
・・・ふふ。
まただよ。
友達も家族も、みーんな消えていったのに、僕はまた冷静だよ。
怖くねーよ。。。
名前も、年齢も、家族も、友達も、なんにもわからないってのに!
もう目の前の飲み物について冷静に考えてる。
心の切り替えが早すぎるだろ。
これは正しいのか? 間違ってるんじゃないか?
確かに恐怖が無ければ、魔王?には立ち向かえるだろう。
死にそうな修羅場であっても逃げたりなんてしないだろう。
...さぞ、英雄的に進んで行けるだろう...
恐怖を乗り越えて進んでいく人の姿は素晴らしい!かっこいい!
でも恐怖を感じずに、ただ進んでいくやつがいたとしたら
そいつは違うだろ。
怖いだろ?不気味だろ?
それは絶対、化け物じゃないか...
周りは称えてくれるのか?賞賛してくれるのか?ついていけるのか?
見た目は応援していても、内心怯えてるんじゃないのか?
僕は恐怖を感じない。
でも、どうやらそれは隠さなければならないようだ。
僕は称られたり、賞賛されたいわけじゃない。
ちょっとはあるけど...
でもぜったい怖がられる存在にはなりたくない!
みんなは怯えて、僕には何も言ってこない。
僕が喜ぶ、都合のいいことしか言ってこない。
そんな風にはなりたくない。
みんなと同じように怖がるときは怖がらないといけない。
怖がってるふり、耐えてるふりをしなければ...
「ほら、冷めちまうよ?」
おばさんの優しい声で僕は我に返った。
「あ、すいません。いただきます」
ズズッ
僕は慎重にすすってみる。
「お茶だ!!」
「これ、お茶だよ!!!」
思わず、大きな声を出してしまった。
「うわっ」
「なんだい急に。ビックリするじゃないか。」
「いや、だって、おばさん!これ、お茶ですよね!!」
驚きと嬉しさで、自分でもびっくりするくらいのテンションでおばさんに
話しかけていた。
「そ、そうだけどそんなに珍しいのかい?」
だってお茶の味を覚えてる!!
覚えてるぞ!!
うれしーな。覚えてるってうれしーな!!
「えへへ」
お茶だぁー。
知っますよー。
これは緑茶ですよー!
おじさんとおばさんは、突然嬉しそうにはしゃぎ出した僕を
怪訝そうに見つめている。
いけないいけない。
我ながら情緒が不安定だな。
「すいません。お茶は覚えてて」
「つい、嬉しくてはしゃいじゃいました」
僕は座り直し、気持ちを落ち着かせた。
お茶がある。
ってことは、ここは日本なのか。
おばさん、おじさんは中世ヨーロッパ風な感じ?もするが、日本語を話してる。
でも異世界では、魔物、エルフ、人間すべてが言葉が通じるのも常識だ。
でも、このお茶。この味。
ここは日本が舞台、もしくは日本感がある世界だ。
そうか!そうか!
思ったより身近な世界観だぞ!
ハハハ!やったぜーー!!!
どうです?おばさん!ぼくと踊りませんかー?なんちって。
「すいません」
僕は、自分を取り戻して、座りなおす。
「そ、そんなにお茶がうれしいのかい?」
おばさんは、目をまん丸にして驚いている。
その後ろでおじさんは引いている。
「おい」
小声でおじさんが言って、おばさんの袖をひっぱり、ひそひそ話始める。
「ありゃぁ、大丈夫なのか?」
「さぁ。どうだろうね。まぁ悪い子じゃなさそうよ?」
「まぁお尋ね者にゃぁ見えねえな」
「でもこのまま村まで連れてくのか?。。。」
「はは。そうさねぇ。いまさら、追い出せないわよ?。」
「まぁ、そうなるわなぁ。。。」
おじさんはこっちを向き直ると、少しぶっきらぼうな調子で言った。
「おれぁモーサムってもんだ。」
「あたしはドーラ。よろしくね。」
おばさんはにこっと笑った。
「あんた、行くとこないんだろ?」
「しばらくうちにいるといいよ」
おばさんがやわらかい声で言った。
「乗りかかった船だ。遠慮なくついてきな」
おじさんがぶっきらぼうに言った。
こうして僕は、モーサムさんとドーラさんの住む村へ連れて行ってもらうことになった。
記憶はない。服もない。
でも、とりあえず行き先だけはできた。
第5話 完
【第5話終了時点の僕の脳内】
・漫画、ゲーム覚えてる度100
・友達の名前(「こ」から始まる誰か): ロード中(0%)
・緑茶の安心度 120
・おじさんとおばさんの優しさ: プライスレス
第5話をお読みいただき、ありがとうございました!
ついに自分の立ち位置(半分異世界)と、今夜の宿(モーサムさんの家)が決まりました。
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