第48話 戻ってきた親指
「さぁて、本番はこっからよ!」
「こっちはナオえもんをいれても10人。馬車を守りながら戦わなきゃならねぇ」
「対する敵は、目の前に12人。おまけに、さっきやり過ごしたあの2人も、タイミングからして確実に仲間だ。つまり敵は合わせて14人。後ろは2人だけとはいえ、背中を気にしながらじゃ前に集中できねぇ。かなり嫌な形だった」
「そうだ」
「あれは、かなり分が悪い勝負だった」
端に座っている護衛剣士さんがしみじみと言った。
それを聞いたビアンカの表情が、少しだけ固くなった。
なんか後で怒られそうな雰囲気だ。
ほら、こうやって生きているんだから、そんな顔をしないでよ。
「まず、護衛5人で前列を作った」
「俺を含む馬車の操縦士3人は、いつでも出られるようにしておいて、馬車で構える」
「そして、後ろからの奇襲はバリューにすべて任せることにした」
「街道の幅を考えると、一度に斬り合えるのは5、6人が限界だ。それが、唯一の俺らの利点だったな」
「しばらく、睨み合いが続いたあと、向こうはやはり道幅的に限界の6人で勝負してきやがった。斬りかかってきては下がり、斬りかかってきては下がりってのを、5度ほど繰り返したな」
「ま、小手調べの様子見だな」
「しかし、次の攻撃は違った」
「一気に行くぞっていう空気が、肌にひりひり伝わってきやがった」
「俺たち操縦士3人も前に出る。後ろを任せておいたバリューも前に出てきた」
「いわゆる陣形に厚みを持たせたってとこだ」
「全員で睨み合ったまま、3分くらいは一歩も動かなかったと思う」
「そこで、ふっと空気が沈んだんだ」
「来る! そう思った瞬間、敵の6人が一気に斬りかかってきやがった。しかも、その後ろには、さらに2人が続いている」
「それだけじゃねぇ。街道の外へ飛び出して、横から回り込もうとする奴が2人」
「敵の残りの2人は、どうとでも動けるよう、待機していた」
「そこからは、完全に乱戦になった」
「やつらは野盗だったが、何人かはただの野盗じゃねぇ動きだった」
「一旦引こうとする奴に、見事に呼吸を合わせて、入れ替わり前に出てくる奴」
「こちらが押し込もうとすると、逆に奥へ誘うような動きをする奴」
「暴れに暴れて、お互い一旦距離を取った」
「その時には、敵は2人倒れ、味方は1人が腕をやられていた」
「そして、再び睨み合いに入る」
「まだまだ不利な状況は変わらねぇ」
「さぁ、ここからは俺が話そう」
今まで静かに聞いていたバリューさんが、威勢よく言葉を発した。
「きたきた!」と、再びみんながはやし立てる。
「おいバリュー、俺はまず、後ろを任されていたはずのお前が、なんであの時前線にいたのかが聞きたいねぇ」
「そうだ。気づいたら隣で戦ってやがったから、俺もあれ?っと思ったんだよ」
みんなそれぞれ、聞きたいことはいろいろあるようだ。
「ははは。わかったわかった。落ち着けお前ら。今からその辺も含めて話してやる」
バリューさんは、不敵な笑顔を浮かべてチラリと僕を見る。
お願いですからあまり話を盛らないでくださいよ……。
僕は、そこからビアンカの方へ視線を移すと、目が合った。何とも言えない表情をしている。
取り調べ官のような。
保護者のような。
恋人のような。
いや、最後のは僕の願望だろう。
とりあえず機嫌がいい様子ではなさそうだ。
その時、背中をバンッと叩かれた。
「相棒、ここからの話はお前の武勇伝だぞ!」
僕は恐る恐る、バリューさんを見上げた。
「はぁ、お手柔らかにお願いします」
僕は頭をかきながら、謙遜でなく、本気でそう答える。
「さぁ、みんな。」
「『敵襲』と叫んだ、ナオえもんだが、敵が出てくると、しっかり馬車の後ろに隠れた」
「ハハハハ」
「こいつは戦闘員ではないから、それでいい。奇襲を見破るという大金星を挙げたんだ。あとは俺たちに任せて、堂々と隠れていればいい」
うんうんとみんなが頷く。
「だが、この相棒は違った」
バリューさんが、そこでニヤリと笑った。
嫌な予感がする。
「こいつは突然、俺の横に来て言いやがった」
「後ろの二人の対応に向かう、少しでも奴らが参戦してくるまでの時間を稼ぐ、とな」
場が少し静かになった。
「おそらく何か策があるのだろうが、実戦経験のない、15、6の青二才ができることなどたかが知れている」
「いつ戦闘が始まるかわからない瞬間に、そんな話に付き合っている暇はない」
バリューさんは、僕の方を見た。
「だから俺は言ってやった」
「行きたきゃ行け。ただし何かあっても助けは来ない。自分で何とかしろ、とな」
はい、言われましたね。
かなり冷たく言われましたね。
「本当は、くだらんことを言ってないで黙って隠れてろ、と思っていたんだが、こいつは面白いことを言い出した」
「向かう先で、失敗すれば斬られる。でも運が良ければ逃げれると。任務に失敗したら逃げてもいいか。なんてことを聞いてきやがった」
ざわり、と周りの空気が動いた。『言うじゃねぇか』といった雰囲気だ。
「命がけなのはわかっている」
「それでも任務に挑む」
「だが、任務と心中するつもりはない、ってことを言ってきやがったんだ」
「小賢しい」
「だが、あの状況で、そこまで言えれば大したものだ」
「だから俺は、言ってやった『失敗したら逃げろ』とな」
「するとこいつは、一息だけついて、すぐに後ろの二人のところへ向かいだした」
かっこいい。
あの時も自分でそう思っていたけど、他人から聞くとこの上なくかっこいい。
初めは話を盛らないでと懇願していたが、話は盛られていない。概ねその通りだ。
OKです。バリューさん。
「その時、俺はこいつは正気じゃないんじゃないかと疑ったさ。まさか、そんなに淡々と行動に移すなんてな」
「俺はさっきまで、行きたきゃ行けという態度だったが、やはり止めようかと迷った。成功するとは思えない。無駄死にするに決まっている。だが、その遠ざかっていく背中からは、妙な雰囲気が漂っていた。見ているうちに、こいつなら『もしや』と思えてきた」
「そうこうしているうちに、前線が動く気配に満ち始めた」
「俺は、前線に出た。状況は不利だ。ならこのナオえもんが少なくとも一拍は稼いでくれる方に賭けてみようと思った。そしてその一拍の間だけでも、前線で暴れてやろうとな」
「そして斬り合いが始まった」
バリューさんは、そこで一度酒を飲む。
「しばらくして、敵も味方もいったん距離を置いた。全員、息が上がっている。状況の確認もある。しばらくまた、睨み合いが続きそうなので、俺は、後ろの警戒に戻ろうとした」
「その時だ。相棒が走ってきやがった」
みんなの視線が、僕に集まる。
「今にも転びそうなヘロヘロな状態だった。そして俺と目が合うなり、親指を立てやがった」
「まさかと思った」
「本当に戻ってきやがった」
「しかも、一度目の乱戦が終わったというのに、後ろの二人はまだ来ない。その時点で、こいつは十分に時間稼ぎも果たした」
誰も相槌をうつこともなく、みんな黙って聞いている。
「俺は何がどうなっているのかわからないまま、とりあえず、あとどれくらいで2人は来るのかと尋ねた」
「すると、なんと、撤退させたという。信じられんが、嘘を言っているようにも見えない。実際にやつらは来ない」
バリューさんは、今度はモーサムさんの方を見た。
「その瞬間、俺はこの戦は勝ったと思った。前線の敵は明らかに挟み撃ちを待っていた。だが、それが来ない。来るはずの奇襲部隊が来ないとなると、敵の士気は落ちる」
「俺がモーサム隊長に報告に行こうとすると、相棒がさらに言った」
バリューさんは、また僕を見る。
「2人は変装していて、実際は20代の男女です、と」
全員が息をのんだ。
「これで勝ちは確実だと思った」
「そのあとは、全員が知っての通りだ。その情報で、敵が崩れた。そして俺たちは大勝利だった!」
誰も騒がない。さっきまであれほど賑やかだった宴会の席が、しんと静まり返っていた。全員が、固まっている。
「どうだ、俺の相棒はすごいだろう」
バリューさんだけが、楽しそうに笑っている。
少し間があった。
「いや……」
「すげーなんてもんじゃねーぜ」
誰かが、ぽつりと言った。
「その中身、いったい何が詰まってるんだ?」
「普通じゃねぇ」
「何者なんだよ……」
全員が、囁くように言葉を漏らし始める。
「で、聞かせてくれ」
「実際あの2人どうやって引かせたんだ?」
第48話 完
【ナオえもん:宴会場で英雄視された男のリザルト】
〇自慢気な自己肯定感:90
(他人から聞くとこの上なくかっこいいお話だった。『OKですバリューさん』と、バリューさんの講談レベルにも大満足)
〇親指度:99
(今にも転びそうなヘロヘロ状態からの会心の「サムズアップ」。情けなさとカッコよさが奇跡的なバランスで同居した名シーン)
〇ビアンカ取り調べ予告度:90
(みんなが褒めれば褒めるほど、横にいるビアンカの表情が固くなる。武勇伝の裏で、次の尋問準備が進行中)
総評:本人は「話を盛らないで」と願っていたが、盛られていないのに十分盛れていた。




