第47話 外堀を埋められゆく男
「ナーーオッ」
「戦って、なぁーに?」
ビアンカは少し甘いような声で話しかけてきたが、その目は完全に据わりきっている。
やっぱり戦、駄目だったの?でも僕は巻き込まれただけで、僕から仕掛けたわけじゃないんですよ? もしかしてあれ? 聞いてないわよ的な? 危ないことしちゃ駄目っていうお母さん的なやつ?
でも、それ、少し嬉しいかも。あくまでこの場が平和に終わるならだけど。
とにかく、あまり聞かせない方がいいみたいだ。この子のことだ。巡り巡って「そんな危ないこと、勝手にするんだったら、もう結婚します」なんていう、嵐の中を猪突に爆走しかねない。ドキメモ作戦終着駅はまだ早すぎる。
「いや、途中ちょっと、ちょっとだけ野盗に襲われちゃってね……」
「ほら、その……」
僕が小声で「もごもご」と言い訳を並べていると、またしてもバリューさんが助け(?)に入ってくれた。
「どうした相棒。その若さで早くも完全に尻に敷かれているようだが? 困りごとか? 彼女さんもそんな怖い顔してどうしたんだい?」
「では、ナオは当てにならないので、バリューさん?にお聞きします」
「戦ってなんですか?」
ビアンカは僕から聞き出すのを諦めて、バリューさんへと向き直った。
「おや? 聞いてないのかい?」
「だから何をですか?」
「おいおい相棒っ! あんなに大活躍したってのに、彼女さんに自慢してないのかい?」
「男だねぇーーー!! ますます気に入った!!」
そう言って、バリューさんはガシッと僕の肩を組んでくる。
「あは、あははは……」
じぃーーーー。
ビアンカは据わりに据わりきった目で、僕を凝視している。
お願い、猪突だけはしないでね……。
「おい、みんな!ここにいるナオえもんは、あんなに活躍したのに、そのことを彼女さんにまだ何も言ってないらしい! 心配をかけたくなかったんだとよ!」
え?
いや、そうじゃなくて、なんて言うか、言いそびれたと言うか、タイミングっていうか、今となっては言うと逆に危ないというか、ええーーと、勝手に美談に仕立て上げないでくださいっ!
僕は口があわあわと動くだけで言葉が出てこず、必死に目で抗議する。
「まかせろ相棒。今日はお前がどれほど凄かったか、ここにいるみんなで彼女さんに証明してやるさ!」
頼むから任せたくない。
バリューさんはそんな僕の絶望を「照れ」と受け取ったのか、バチコーンと力強くウィンクを飛ばしてきた。
違う、やめて、これ以上変な方向からビアンカに戦のことを伝えないでっ!!
あの目、嫌な予感しかしないんですけど、僕っ!!!
しかし、僕の心の悲鳴など届くはずもなく、乾杯の時からはしゃいでいた隊員がドカンとジョッキを置いた。
「よっしゃ! では事の始まりから、この俺が語ってやる!」
「「「おおーーっ! 頼むぜ! ナオえもんの武勇伝を聞かせてくれーー!」」」
逃げ場は、なくなった。
本人の意思とは完全に裏腹に、会場のボルテージは最高潮に達してしまったのだった。
「じゃあ、まず最初だ! 俺たちは3台の馬車で王都に向けて村を出た。俺は先頭の馬車を操縦していたから、始まりは全部見てたぜ!!」
おうおう!と全員がジョッキを掲げて盛り上がる。
「風も穏やかないい天気だった。こりゃ順調にいくだろうなって思った矢先よっ!」
「いきなりだ。まだ出発してから30分ほどしか経ってねえ。前から中年の男女が大きめの荷物を背負って歩いてきやがった」
「そこで、モーサム隊長の警戒の口笛が『ヒュイッ』と響いたわけだ」
全員の視線が、一斉にモーサムさんへ集まる。
「いや、な……あの街道を来たってことは、王都から来たんだろ。それであの場所ですれ違うってのは、王都をまだ暗いうちに出発してなきゃ計算が合わん。おかしいだろう?」
「ということで、俺たちは、馬車を止めて、その二人が通り過ぎるのを全員でガン見した訳だ。特におかしな動きはしなかったが、怪しいのは間違いなかった」
「2人をやり過ごして、俺たちは警戒モードで街道を進み始めた」
「おう!動き出してすぐ、俺は一番後ろを歩いていたナオえもんと配置を交代したわけだ」
バリューさんがジョッキを持った手を挙げて言葉を挟む。
「おう、そうだったな。バリューから、後ろ回ると合図があったな」
「そしたらよ!!少し進んだところで、ナオえもんが『敵襲っ』て叫んだんだ。俺は、何を言ってるんだと思ったね。俺たちが警戒している中で、何も感じてねえのに、こんな素人が『場』を乱しやがって、と怒りすら覚えたくらいだ」
「ま、一応前方と森に向かって武器は構えたがね」
「そしたらよ……、しばらくしたら、森からほんとに敵が出てきやがった。人数はざっと12人だったな」
「どうやら、待機場所まで用意した完全な待ち伏せだったようだ」
そうなのだ。やはりそこが気になる。あれは計画性のある奇襲だった。それなのに、村を出てまだ30分ほどしか経ってないところで、あの奇襲はきた。村から近すぎる。狙うなら、普通はもう少しあと。気が緩んでくる場所で、襲い掛かるんじゃないだろうか。だが、経験豊かなみんなが、そこを気にしている様子はない。
「いやぁナオえもん様様よ!あそこで奇襲をくらってたら、もうどうしようもなかった。どうやって、あれを見抜いたんだい?」
僕が考えているうちに、語り役の隊員さんが話を進めてしまいそうになる。しかも、この先は話の第一盛り上がり箇所だ。このままでは、聞けなくなる。
僕は、場の流れを止めるのを覚悟で聞いた。
「あの、その前に1つだけ。あの奇襲は村を出てすぐだったじゃないですか。そこは、みなさん、変に思わなかったんですか?」
「いい質問だ。実は俺たちはこの祝勝会前に、輸送の雇い主も含めて、あの襲撃について軽く検証した。今後のためにもな。そこで、ひとつ答えが出た。試しに、お前の考えはどうだ」
バリューさんが聞いてきた。
「そうですね。やはり、地形、ですか?」
「ほう。続けろ」
「王都までの道のりで、あの場所以降は、道幅がせまくなり、下り道になります。あそこは、平坦で、道幅が広い最後の箇所だったように思います。人数の有利さを発揮できる場所です」
うん。自分でも的を射ていると思う。あの先の道幅では、せいぜい2人。いや、3人が横に並んで剣が振れる幅になる。それでは、3対3の戦いになる。実際に、街道の外側に回り込もうとした敵もいたし。
この場にいるみんなの表情が明るくなった。頼もしい若者だとでも言いたげだ。ただ1人、ビアンカを除いて。
「やるじゃないか。上出来だ。だが、もう一つ重要な要素があった。わかるか?」
もちろんバリューさんの表情も明るい。どこか誇らしそうな雰囲気まで伝わってくる。
「あとは、そうですね……。あのなだらかなカーブ……ですかね」
さっきまで笑っていた隊員さんたちの顔から、少しだけ軽さが消える。
「あのなだらかなカーブは、ある程度視界を確保できて、ある程度視界を遮ってもくれます。奇襲の2人もカーブで見えなくなったところで準備していましたし。僕たちを襲い終わったあとも、動きやすいでしょう」
「その通りだ。よくわかっているじゃないか。王都までのあの街道で、あんな団体様の野盗が出るなんて初めてだ。今後の警戒箇所に指定されるようだ」
隊員さんたちの顔から、もう一段、軽さが消えた。
あれ? なにかまずかったかな? 場の温度がすっと下がってしまった。みんなの少し目を細めた注目が僕に集まっている。隣にいるビアンカの視線も痛い。
予想外に、変な空気になってしまった。あまり、高評価を受けても良くない。ただでさえ恐怖心がないことで苦労してるのだ。これ以上、なにか思われて、いいことなど1つもない。ヘタすりゃ怪しい。ひっ捕らえろ。一度くわしく調べる、なんてことになったら大変だ。
「そうなんですね。指定されるんですね。それは今後のためにも良いですね。僕の場合は、終わったあとでそれっぽく言ったことが、たまたま当たっちゃっただけですけどね。ビギナーズラックですね。やだなー、バリューさんも、みなさんも」
「いや、たまたまって……」
「結構……」
「なぁ?」
みんなが顔を見合わせている。
みなさん、違いますよ。そこは立ち止まらなくてもいいじゃないですか。次。次に行きましょう。
僕は、みんなの戸惑いの『間』を完全無視して突き進む。
「それで、何でしたっけ? 良い子の奇襲の見分け方でしたよね? 僕の見せ場ですね。ビアンカも含めてしっかり聞いてくださいよ」
「いいですか。実はあれはですね。僕が連れている手乗りドラゴンが、変な動きをし始めて。それでおかしいな、と思っただけなんです」
「本当、それだけで、褒められるようなことは何もしてないんですよ」
「にしてもだ。それだけの理由で、あの緊迫した状況の中、敵襲だと叫ぶことができたのか?」
さっきまでとは違う隊員の一人が、感心しきった声を出す。
よし。危ないところは乗りきったようだ。
「あ……いや、間違ってたら後で謝ればいいかな、なんて。間違っていてくれーって祈ってたんですけど、当たっちゃって……」
「はははっ。まぁいい! 間違いなくお前の手柄だ。なかなかできることじゃないぞ、相棒っ!」
バリューさんがバシバシと僕の背中を叩く。
「そうだ。普通は日和って声が出ねえ。大したもんだ!」
「どうだい? お嬢ちゃん、ここまでの彼氏さんの活躍は?」
か、彼氏じゃないです!!モーサムさんもいるんですよ!!! でもってビアンカにこのタイミングで話を振らないでよ。今、あのドキメモ猪突が発動されたら、僕の命が危ない!
僕は慎重にそちらを覗く。
「んんー、そ、そうですね。彼らしい頑張りで、ステキだと思います。」
「!!!」
か、か、か、彼? 僕、彼?
違う違う。あれだよね。HEの彼。SHEじゃない方の彼。そうだよ。ビックリしたー。
あれ、褒めてくれた……? ということは? 許してくれ……あ、だめだ。目はさっきのままだ。
「「いいねいいねー」」
「「彼女さんも惚れ直すってもんだ」」
場が盛り上がる。ビアンカったら空気がわかってらっしゃる。でもね、その、彼氏系の盛り上がりは危ないから!いつお父様の火が付くかわからないから!! いや、すでにもう僕、あっち見れないから。
「そうだ!お嬢ちゃん!!若いのになかなかわかってるじゃないか!君の彼氏は自分にできることを現場でしっかりやったんだ」
彼氏。
また出た。
もうダメだなこりゃ……。
「こういう価値がわかるお嬢さんがナオえもんの彼女だと思うと、ますます嬉しくなるな!」
もう好きにして……。
隊員たちは、それぞれ楽しそうに好き勝手言っている。
「モーサム隊長の育て方じゃないな。たぶん奥さんが素晴らしい!」
「間違いねぇ!ガハハハハ」
隊員たちはモーサムさんに絡みだす。
「なんだとう?がははは」
よ、良かった。奥さん方面に流れた。最大の地雷であるはずの「彼氏ワード」に、全く反応していない。
モーサムさんは楽しそうだ。
本当に、本当に良かった……。
第47話 完
【ナオえもん:武勇伝ショーにより精神的包囲網に閉じ込められた男のリザルト】
〇祝勝会におけるビアンカの立ち振る舞い完成度:98
(怒りの尋問官でありながら、他人の前では「ステキな彼氏」として完璧に立ててみせる恐ろしいまでの正妻ムーブ)
〇有能評価やめてほしい度:90
(これ以上、身に余る評価を受けると危険と判断。奇襲されたタイミングについてプロの意見を聞いてしまったミスが大きい)
〇味方による外堀埋立度:100
(バリューさんたちが善意で武勇伝を証明してくれるほど、僕の逃げ道が消えていく)
〇お父様前・多重彼氏認定度:99
(お父様の前で、何度も彼氏扱いされる大事故が発生。隊員たちの祝福ムードの中、本人は終了フラグの乱立に厳戒態勢へ移行)
備考:はやくも帰りたい。
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