Singer-Actress 第二話
---三人称視点---
アメリカのカルフォルニア州のロサンゼルス。
そのロスでも有数の高級ホテルの一室で二人の男女が向かい合って立っていた。
一人は中下すずであった。
そしてもう一人の男は、五十歳を過ぎた男性だが、
見た目はまだまだ若々しくて、四十代前後にも見えた。
ロングの茶髪を左右に分け、パーマで動きをつけたヘアスタイル。
そして黒いサングラスをかけて、男は不適に笑っていた。
そうこの男こそが彼の有名な大物プロデューサーYASHIKIであった。
「君が中下すず……さんかい?」
「はい、そうです」
心なしか、すずの声がうわずっていた。
それも無理もない話だ。
何せ「チャイルド・メタル」は『HI-GROW』の音楽性に強い影響を受けている。
すず自身、『HI-GROW』の音楽は大好きだし、
一人のアーティストとして、YASHIKIの事も尊敬していた。
そんな憧れの人物が目の前に立っているのだ。
緊張するな、というのがどだい無理な話だ。
「そう、緊張する事はないさ。
こうして君に会うのは初めてだな。
俺は君の事をよく知っている。 ライブ映像も良く見てるよ」
「そうなんですか、ありがとうございます」
「で俺は長ったらしい駆け引きとかは嫌いだ。
だから単刀直入に云う。
中下すずさん、君を俺の手で日本の芸能界に逆輸入させたい。
厳密に言えば、君を日本の女優業に挑戦させたいと思う」
「えっと……」
すずが言葉を濁す。
無理もない、即答出来る類いの話ではない。
だがYASHIKIは気にする事無く、言葉を続けた。
「俺は個人的に日本の芸能事務所とコネクションがある。
クリスタル・エデンという会社だが知ってるかね?」
「ええ、知ってます」
すずも日本の芸能畑出身者。
当然クリスタル・エデンの名前は知っている。
良くも悪くも話題になる大手芸能事務所だ。
「そこの俳優兼監督業をしている伊達賢治という男が
今度、自身で監督を務めて、また自身も俳優として
出演する映画を企画しているとの話だ。
その映画に君を是非出演させたいと思う」
「……そうですか」
トントン拍子に話が進む中、
すずも少なからず困惑していた。
だから曖昧に答えつつも、
条件によっては、きっぱり断るつもりだった。
彼女も今回の逆輸入には興味あるが、
自身のアーティストとしての矜持は棄てるつもりはない。
それは相手が憧れのYASHIKIであっても同じだ。
「まあ形式的には、俺のプロデュースという形で、
君にはクリスタル・エデンに一時的に在籍してもらう事になるが、
向こうに行ったら、基本的に伊達賢治に指示を仰ぎたまえ、
あの男は多少癖があるが、非常に頼りになる男だ」
「はあ……」
「だから俺が君を後押しするのは、
君自身にきっかけを与えたい、と思っている。
逆説的に言えば、俺はきっかけしか与えない。
その後にチャンスを掴むのも、掴まないのも君次第だ」
「はい……」
「それでは君自身の率直な感想を聞かせて欲しい」
そう言って、YASHIKIがすずを見据える。
なんだか色々と見透かされている気がする。
そういう雰囲気をこの目の前の男は漂わせていた。
「内容次第では日本行きを了承しても良いと思います」
「そうか、何か条件はあるかい?」
「そうですね、今回の日本での再デビューに私自身も
身を粉にして頑張るつもりですが、
私は今後も「チャイメタ」、チャイルド・メタルのメンバーでありたいし、
私自身のアーティストのイメージにそぐわない演出や演技などは、
正直やりたくない、というのが私の本音です」
「ふむ、君はなかなか自分を冷静に自己分析出来てるね。
そりゃそうだ、君自身にとって「チャイメタ」は人生そのもの。
それを汚されるような真似はしない、と俺はここで約束するよ」
「ありがとうございます」
「それ以外、何か条件はあるかい?」
「そうですね、強いて言えばセクシー路線の売り方もNGにしたいです」
「そりゃそうだ、それも俺が約束しよう、他には?」
「いえ今のところはそれぐらいです」
「そうか、じゃあ日本への逆輸入を承諾してくれるのかね?」
「はい、至らぬ身ですがよろしくお願いします」
そう言って、すずは綺麗な姿勢でお辞儀する。
それを見ながら、YASHIKIが僅かに口の端を持ち上げた。
「では君に幾つか質問するよ。
でも答えたくない時には拒否権を与えよう」
「はい、極力答えるようにします」
「そうか、じゃあ中下すずさん、君は将来結婚するつもりかい?」
「えっ……」
予想外の言葉に言葉を詰まらせるすず。
「どうなんだい?」
「い、いえ……将来的には考えてる。
といったくらいですね」
「でも君ももう二十八歳という年齢だ。
近年は晩婚化が進んでいるが、
三十五歳までには結婚しておきたいところだろう」
「あの一つ良いですか?」
「何だね?」
「これってセクハラじゃないですか?」
するとYASHIKIが「くっ」と小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
これにはすずも流石に頭にきたようだ。
「……何がおかしいんですか?」
睨めるような視線でYASHIKIを見るすず。
だがYASHIKIはまるで気にするそぶりを見せない。
「いやね、何でもかんでもセクハラになる時代なんだね。
勿論、今の時代、コンプライアンスは重要さ。
でもそれに囚われて不自由になるようじゃ本末転倒だよ」
「確かに、一理ありますね……」
「それにさっきの質問はとても大事な話だよ。
君は今、二十八歳。 ここから先、日本で女優業をするにしても、
ブレイクするまで最低二年はかかるだろう。
二年後は君は三十歳、ここで女優業とアーティスト業をどうするか、
色々考えると、君にはもうそんなに時間はないと思うよ」
「……かもしれません」
妙に納得してしまったすず。
この目の前の男は何処か胡散臭いが、
物事の本質を捉える目を持っている、そういう印象を受けた。
「すずくん、世の中で大事な事の一つが取捨選択だ。
自分の現状を冷静に分析して、
何を取って、捨てるか。 それを自分自身で見極める必要がある。
だから君がアーティスト業や女優業を選べば、
その代償に何かを捨てる必要がある、かもしれない」
「確かに代償なしに何かを得られないですよね」
「でも君を日本に逆輸入させたら、さぞ周囲は騒ぎ立てるだろうな。
その光景は是非直に見たいものだ。
そして君を日本で売り込んで行く際には、演出が大事だ。
俺の、俺達『HI-GROW』もかつては、
日本のあるバラエティ番組に「今時の少しおかしいバンドマン」。
みたいな感じでテレビに取り上げられたんだよ」
「そうですか」
この話は何処かで聞いた事がある。
確か何処かの食堂で『HI-GROW』のメンバーが
演奏してて、ギターの「HIDETO」が口から火を吐いたり、
ボーカルの「TOKI」が「食えっ!」とかシャウトしている動画を
ヤウチューブか、なんかで観た事がある。
「最初は皆、俺達の事を馬鹿にしていたさ。
でも俺はこれはチャンスと思ったよ。
当時はまだネットも携帯もなくテレビの力は絶大だった。
だからそのバラエティ番組に出演しつつ、
自分達の曲を演奏したら徐々にファンが増えてね。
気がついたら紅白歌合戦に出場する事となったんだ」
「凄い話ですね」
すずは率直な感想を述べた。
するとYASHIKIはまたニヤリと笑った。
「だからすずくん、君もこの機会を生かしたまえ。
その上で何を選び、捨てるかを考えるんだ」
「はい」
「では俺のコネクションでこの話を進めておくよ。
そして困った事があれば、俺に言いたまえ。
俺のやれる範囲で君を助けるよ」
「ありがとうございます」
「俺が君にしてあげれる事はこれくらいだ。
後は自分の足で行きたい所へ行くが良いさ」
「はい、頑張ります」
こうしてすずとYASHIKIの話し合いは無事に終わり、
すずは逆輸入という形で、海を越えて日本へ渡る事となった。




