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七 帳尻合わせ

 いるはずのない人物の来襲。

 そして唐突なエスコート依頼。

 一瞬の沈黙、そして。



「無理です?!」

 思わず叫んだ。

「無理ではない、本人が直々に依頼している」

 返す声は反して冷静だった。

「そうではなく…!」

 そこまで言って――ハッとして顔を上げる。

 面白い玩具を見つけた経理部(がいや)の視線。


「と、とにかくっ!外へ!!」





「…改めて…申し上げますが」

「無理ではないぞ」

「先回りはご遠慮ください?!」

「…何が無理だと言うんだ…」

 むすり、とぶすくれた顔。いや、そんな顔をされましても。

 ――どこか人のいない場所へと思えば「ならば私の執務室にいけばいい」と先を歩かれた。いや今日あなたオフって言ってませんでしたか。

「ここなら貴殿と私が話をしていても問題あるまい。…外に連れ出してもよかったが、貴殿は職務中にそういった行動をとるのは好かんだろう」

 思考を先回りされる。…こういう機微も、理解もできる方なのに。

「あの。やはりお受け出来ません」

「…理由を聞いても?」

「…ぼくは、いえ、『私』は、末端子爵家の三男です。メルニク家はドラグノワ家の寄り子でもありません」

「…続けてくれ」

「…それは、個人間の話ではすみません」


 息をつく。


「…あなたの名誉を、傷つけることにもなりかねません」


「…そもそもの前提事項が大分異なっているようだ」

 静かな応えがあった。

「貴殿は『貴族令嬢』の私に相応の価値があると思っているようだが、そこが大きな誤りだ。私は家にとって『令嬢』としての価値はない」

 淡々と。

 作戦立案の摺合せを行うような温度でそんなことを言う。

「…六大侯爵家の、令嬢ですよ?!」

「関係ないな。私は家の中ではある意味独立した存在だ。家は嫡男である兄が継ぐ。それに私は顔を損ない、婚姻札としては使いづらい。今まで通り『主砲』として働かせた方が家の利益になる。むしろ下手に政略結婚させれば、戦働きに支障が出る可能性すらある。ゆえに」

 

 そこで真っ直ぐに見つめ返される。


「対抗派閥などでなければ、私が誰を伴おうと問題にならん」


 むしろ力関係がハッキリしている分、肯定的かもしれんな、と。

 自嘲するように、口元を歪める。


「…」

 口にすべき言葉を悩んでいるうちに、相手は逆に安心したように微笑んだ。

「…よかった」

「…なにが、ですか」

「貴殿の断る理由が、私への好悪ではなかったからだ」

「…」

「すまない。わかっていると思うが、先ほど貴殿の生い立ちを聞いてしまった。盗み聞きのようなことになってしまい申し訳なく思う」

 だが。

「…話を聞いて、納得した。だからこそ貴殿は人そのものを見るのだろう。…安易にいい顔をする者、厳しい顔をする者…言葉がわからないからこそ、本質をみて、こども時代を過ごしたのだな。そこに数字が介入するだけで」

 私も観測データを元に人をみる癖があるから、似たようなものだな、なんて。

 …なんで。

 なんでそんな風に、柔らかく笑うんだ。

「私はそんな貴殿を、君を好ましく思う。そして私のカードは提示した」



「依頼は、撤回しない。だが強要はしない」



 もう一度だけ、と。

 静かに。



「…話を聞いたうえで、もう一度だけ。考えてみてほしい」



 ――真摯な願いが、そこにあった。









 それから二日――未だ答えを、返せていない。

 …いや、だって。

 思考が堂々巡りをする。なかなか無い体験だ。だからといってありがたくはない。

 単純に考えたら。

 ――やはり受けることはできない話だ。

 いくら本人がああ言ったとしても、家がどういうスタンスであっても、夜会でエスコートをするという意味は大きい。

 夜会は――結局社交界の縮図だ。

 これまで何の関わりもない、嫡男でもない末端貴族令息がヴァレンティナ・ドラグノワという女性(ひと)をエスコートする。

 それは好奇の、侮蔑の視線を招くだろう。

 

 あんなに。


 柔らかく笑うひとを…そんな目に合わせていいわけがない。

 なのに。

『もう一度だけ。考えてみてほしい』

 あの真摯な声を、そんな考えで振り切っていいものか。

「……わっかんないな……あだっ!!!」

 余計なことを考えすぎて壁にぶつかった。

 周囲の視線が痛い。

 …いや本当。

 ぼくじゃだめだろ!!! 

 鼻を赤くしながら、改めて確信してしまった。

 …断ろう。いい加減開催日を考えれば今日にでも返事をしなければ。

 ――今日の仕事が、終わったら。

 決意を新たに、足を進めた。




「…今日は、ここが最後か」

 軍務儀典部――式典の軍部窓口となる部門。

 貴族との調整が多い分交際費が多いんだよな〜、でもまぁきっちりした性分の人多いからあんまり問題ないけど。

「失礼します、経理部です。提出書類に捺印漏れがありましたので伺いました」

「はい、お待ちくださ……おや」

「?」

 ――対応に表れた男は、線の細い神経質そうな男だった。

「…経理部のニコライ・メルニクです。先週交際費として提出いただいたこちらの書類なのですが…」

「…ミハイル・エレメンコです。はい、ああこれ担当者が別の者ですね。…そうですね、あと20分もすれば戻ると思います。良ければそこの席でお待ちください」

「…ですがご迷惑では」

「出直すほうが非効率的でしょう。席をひとつお貸しするくらいなら問題ありません。どうぞ」

 …なんだろうか。

 丁寧な扱いだ。普段されている対応に比べたら天と地ほどの差がある。

 けれど。

 うすく笑うその目がのせる感情は――嘲笑。

 …腹の底が冷える感覚が、あった。


「…」

「よければどうぞ、お茶です」

「…お構いなく」

「自分の休憩ついでですので…あとそうですねこちらは『お噂の方』への労りですよ」

「…噂…」

「ええ、噂です。…最近は随分ご苦労されているようで」

「…仕事は常に、大変なものですから」

「そちらではなく、【英雄】さまの対応ですよ」

「…」

「あの方、今度のバルトワ家主催の夜会に参加するとか。…兵器(ぐんじん)としては有能ですが、あの風貌ではね…儀典部としても悩ましいのですよ」

 心底困った、とでもいうように苦笑してみせる。その、言葉に。

 ―拳を。

 知らず握っていた。

「…どういう意味でしょう。あの方には正式に夜会のお誘いが来ていたと思いますが」

「それはそうでしょう、あの方は【英雄】です。来ていただくだけで話題になる」

「…」

「だからといってねぇ、己の使い方を勘違いされても困る。せめて仮面でもつけていただければ軍部としても扱いやすいのですけど」


 その目がこちらに向く。

 


「貴方もつきまとわれて大変だったでしょう」



 気遣うような言葉裏の――毒。



「…大変、ですか」

 大変と言うなら大変だ。

 彼女のアピールは強烈が過ぎる。直裁的なプロポーズ。撃沈数と平時任務稼働率を聞かされて、どうときめけというのだ。



 彼女はズレている。

 だが。



「…ぼ…いえ、『私』の苦労などたかが知れているでしょう。戦場で命をかけるあの方に比べたら」


「…は?」


「私は仕事が、数字が好きです。ですが私が…貴方がこうして数字や儀礼の正しさを語れるのは、前線があるからです」


 目線を落とす。自分の手、手元のお茶。

 ――香り高いそれを手に入られる恩恵。


「守られている我々があの方の価値をはかるなど、烏滸がましい」


 ――勘違いと言うならお前の方だ。

 その言葉だけは、かろうじて飲み込んだ。



「…ッ随分清廉な物言いをなさる…!ですが、伺ってますよ、エスコートを依頼されて断ったのでしょう?」


「…っそれは、」 


 言葉に詰まる。それを相手は見逃さなかった。

 せせら笑うように続ける。

「ッそうでしょう、別に恥じる必要はない。結局貴方だって、躊躇われたんでしょう」

 私と同じ理由で、と小さく続けられた声に。



 我慢がならなかった。



「…それは事実です。私は躊躇いました、でもそれは不適格だと思ったからです」 

「…不適格?」

 聞きたい答えではなかったのだろう、相手の眉が寄る。

「ええ。嫡男でもない…婚約者でも寄り子ですらない子爵家の男子が、高位貴族の女性のエスコートをする。前例はほぼないでしょう。多角的に見て非合理だ」

 ですから。

「『行かない』のが適切だと、思っていました。いまこの瞬間まで」

 ―話しながら思い出す。―エレメンコ家。 穏健派閥の名だ。ドラグノワ家とは、決して近くない。言葉に潜む棘に納得する、が。


 ――受け入れるかは、別問題だ。


「私ごときが身を引くことで、逆にあの方を貶められるなど、釣り合わない」


 行っても、行かずとも損が出るならば。

 …少しでも帳尻を合わせなければ、気がすまない。



「ですので」

「行きます」


 すました顔で茶をすすってやる。…器越しに歯ぎしりする顔が視界に入る。

 ―ここも出入り禁止令がでるな、なんて思っていると。



「そうか、受けてくれるか!」

 


 喜色で弾んだ声が、聞こえた。



「「?!」」



「面倒だと思ったが…直接私が出向いてよかった。大当たりだったな」



 ニコニコと、常にない笑みを顔を貼り付けて。

 ――ヴァレンティナ・ドラグノワその人がいた。


「な、なななななんであなたがここにいるんです?!」

「なに、バルトワ家の夜会だが。…家と軍部、参加要請が重複してな。軍部の方は私個人を指定している訳ではなかったし、今回私はドラグノワ家から出るから別の者をたてろと言いに来たんだが」


 予想外の収穫だ、と笑みを深める。

 …そんな彼女の背後には、青筋をたてている年嵩の文官の姿。

 それをみて嫌味男の顔色が悪くなる。


「そこの」

「…っは、い」

「彼はこのまま連れて行く…どうせ書類があるんだろう。そちらから経理部に整えて届けろ」

「…は、い」

「私は気分がいいからな」




「今は羽音くらいは気にならないんだ」




 一瞬よぎる獰猛な女王の顔。

 思わずぼくも顔色を悪くする。




「行こう」

 そう言って退出を促される。

 …扉が閉まった瞬間におちた雷は、聞かなかったことにした。




「貴殿が受けてくれて本当に嬉しい。衣装なら心配しないでくれ。さすがに今から作るのは間に合わないがいくらでも用立てはできる」

「…あの」

「…ふふふ!夜会がこんなに楽しみなのは初めてだ。嬉しい。寮の方に衣装は届けさせるし、当日はうちから迎えをよこすから安心してくれ」

「…えっと」

「ニコライ」

「はい」



「ありがとう」



 ほんのりと。

 その目元を染めて、そんな風に笑うから。



(すいません完全に勢いでした!やっぱり行くのやめていいですか?!)


 …その一言は…



「…がんばり…ます…」



 ――そっと沈めるしかなかった。

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