五 観測データから弾き出す、私の成すべきこと
『経理部のニコ』。
そこまでいけば断定は早い。
――【調査対象名:ニコライ・メルニク】
経理部所属、三級文官。勤務歴二年半。
メルニク子爵家の三男。家族構成は祖父、父、母、兄二人。メルニク家は長男でなく次男が後継となっている。といってもそれは長男が商家に婿入するため…と。
ニコライ自身は貴族学校卒業後、採用試験を受けて文官として採用…と。
そこで調査書類から目を上げる。
人がみれば取るに足らない経歴だ。
だがしかし。
「…ニコライ・メルニク…」
その名前を指でなぞる。
そうか、家名はメルニクというのか。
小さい声で、名前を口で転がす―口角が、上がる。
「…む…」
ぷるぷるとかぶりを振る。
―浮かれるな。浮かれるために調べたわけではない。
まずは相手の確実なデータを。何を旨とし、何を否とするか。
撃ち落とす為には、必要だ。
続きの内容に目を落とす。
「…同僚の評価は、悪くない、な」
私の目は確かだったわけだ、とひとり悦に浸る、が。
…ひとつ、理解不能な文言。
「…数字、信仰…?」
なんだそれ。
「…ですからこの会計処理にはならないはずです、二週間前の資産計上されてた備品が205です。なんでそこから増えてるんですかありえないじゃないですか」
「…そ、れはぁ、だから数え間違いとか!あるだろ!」
「数えまちがい?数えまちがいですか、数えまちがいならその時点でズレてるはずなんですよ見てくださいここで貸方借方あってるでしょうあってるってことはここは間違いないはずなんですよなんでここから増えるんですか」
「こいつ、めんどくせぇ!!!」
なるほど。
……これは面倒くさい。
結局追加購入した備品の会計の申告漏れだったらしい。つまり彼の主張は合っていた、合っていたわけだが。
「二度と来るなよ!」
「ぶ!」
顔にファイルを叩きつけられている。
…ばらりと音を立てておちる書類たち。
それを。
「…会計書類を雑に扱うなよな…」
ブツブツ文句をいいながら、拾い上げる猫背の男。
そこじゃない、そこじゃないと思うぞ。
私自身、機微に疎いと言われるがここまでじゃない、これは酷い。
そして悟る。
――こいつは、とんでもない変人だ、でも。
「……ズレてるところも、いい……」
ぼそりと呟く。
文句言いながら背中丸めて拾ってる姿。
なんかげっ歯類が一生懸命エサ集めてるみたいじゃないか?好ましい。
あ、書類が綺麗に揃えられてむふー!て満足げにしてる。くっ…かわいい、かわいいぞ…!
目の前のげっ歯類は胸元からリストを取り出して確認を始める。
「あとは…あ…魔道具開発部か…」
あそこ消耗品関係多いからなぁ、とぼやく。
…まだ行くのか?大丈夫なのかその対人処理能力で??
というかあの上司、人がいいようでとんでもない狸ではないか?適材適所というものがあるだろうに…!
内心ハラハラしながら見守る…といっても。
「経理部です、提出書類について確認があり参りました」
『了解した。入室を許可する』
名乗った彼のみ、扉の向こうへ消える…
魔道具開発は秘匿事項が多い。無闇矢鱈と部外者が立ち入れる場所ではない。
致し方ないと近くで待つ…つもりだった。
『魔道具開発の浪漫を解さない愚か者めッッッ!!!二度と来るなッッッ!!!』
どかん!!!!という爆発音と共に弾き出される想い人。
…なぜか煤まみれになって頭にアヒルのおもちゃがついている。
「浪漫より何より!!正しい数字と書類を出してくれっつってるんですよ!!!」
そう叫ぶ頭に。
――ごいんッ!!!
「いっだ!!」
落ちてきた金盥と、舞い散る書類。
――あまりの惨状に額を抑えた。
その後も観測して分かったことがある。
彼は――正確な数字と、それに伴う書類を愛している。いや、あれは確かに最早信仰かもしれない。
書類…というか、数字への執着心が凄まじい。それに関してならどれだけ大声でも強い姿勢でも保てるらしい。
にも関わらず。
「……あ、の、このランチ…頼んだのと、ちが…」
「ああ?!なんだいハッキリいいな!」
「ひい!今日もおいしいですありがとうございます!!」
「当たり前だよ!とっとと列進みな!!」
食堂の調理員に負けて、すごすごと背中を丸めている。
………
率直に言う。
情けない。心底情けないと思う。
が。
「……愛い……!!!」
職務中とのギャップが凄まじい。そこが愛い。
というか、普段がそれだとしたら職務中スイッチが入って気が強くなるのか。それはそれで凛々しいと言えるのでは??
…思考がそれた。
とりあえず。
分かった。
彼の人物像は
【数字信仰者】
【整合性のあるものを好む】
【ロジックが破綻しているものを厭う】
そして。
【付属物で人物評価をしない】
ちらりと目線をやる――その先に。
背中がまるまっていた彼の、背が伸びた姿。
「デミドフさん」
「ん…ああ、経理部の」
「先日の補足書類の提出ありがとうございました」
「役に立ったか?」
「ええ、とても」
親しげに会話を交わす相手は―『せむし男』と揶揄される男。
…確か有力な伯爵子息だが、病気が元でその風貌を、嗤われていると聞く。
が。
「前から思ってたんですが」
「ん?」
「デミドフさん、経理部に異動しませんか。デミドフさんの几帳面な性格、絶対うち向きだと思うんですよ」
「はは!随分かってくれるなぁ。だけど今の通信部、居心地いいんだよ。お誘いありがとな」
「…そうですか…残念です…」
目に見えてしゅんとしている。
「…経理の、メルニクだったか、変わってるなぁあんた」
「…よく言われます、この数字狂いと…」
「いやそこじゃなくてな?…よく自分なんかに声かけるな、なんてな。最初見た目にビビってたろ」
「え、ああご不快でしたらすいません。…確かに見慣れないですし、最初は、正直、はい。…あと知らない人は怖いです…」
「そこかよ!」
「でもデミドフさん、丁寧だし、話ちゃんと聞いてくれますし。数字で質問ぶつけてもファイル飛ばしてこないし、盥もふってこないし、はい」
「…あんたどんな環境で仕事してんの…」
「…なんでこうなってるんですかねぇ…」
「…このフライ、ひとつ食べるか?最近油ものがきつくてな…」
「…ご厚意、ありがたくちょうだいします…」
哀愁漂う背中、それにほんの少し笑って。
――ひそかに、胸をあたためる。
彼は、彼にとっては。
恐らく、容姿も、功績も。
人物の一部であって、『その人そのもの』ではない。
当たり前だ、当たり前のことだ、でも。
英雄と、化け物と揶揄される自分は知っている。
そんな『当たり前』は全くもって『当たり前』ではないことに。
「うん」
目を閉じる…いい男だ、そう。
―――私が撃ち落とすに値する。
改めて確信し、口元を歪めた。
……その様を目撃され、『ドラグノワの悪魔が嗤っていた』『あの血鬼、次の戦いの戦略を練っているに違いない』など。
好き勝手な噂が流れたらしいが、全くもって知ったことではなかった。
さて、目標に対する観測は出来た。
集まった情報により、今後私が取るべき対応は彼が好ましい思う『数字』をアピールすること。
つまり。
「…私の部隊の書類不備の削減、締め切りの厳守…いや」
それは勿論好ましいだろう、好ましいだろうが。
「……それは私の『部隊』の数字なのでは…?」
言葉にして確信する。そうだ、私が訴えるべきは、砲撃として使うべきは私自身の数字。
「私自身の数字…私自身の数字…?」
そして天啓がおりた。
「つまり撃沈数か」
「ドラグノワ少将絶好調みたいだぞ〜今回も完勝。個人で通信艦と巡洋艦の2艦、自身の魔法砲撃で落としたってよ」
「別世界の話みたいだねぇ」
「はは、ぼくたちからしたら別世界ですねぇ」
――この二ヶ月後、痺れをきらした私が初の求婚をすることになった。
まったくもって遺憾の意である。




