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四 あの時に『人』として足ることを知った

「距離は」

「距離1200」

 指を前に出す。

「1200…仰角へ0.5、右200あたりか?」

「仰角はそれだと行き過ぎかと。少将の砲撃なら0.3位が的確かと思われます」

「了解した」

 観測手との会話を終える。

 足先から脳天までパチパチと音を立てて体中を魔力が巡る。

 それは白銀(しろがね)の光を放って。



「撃つ」



 砲撃が敵艦隊を貫いた。









「ドラグノワの悪魔がまた戦果を掻っ攫ったってよ」

「やってられん、こっちがどんなに地道に命削ってもドカン!だドカン!…アイツひとり前線に放っちまえばいいんだ」

 耳を打ったのはよくある陰口だった。短く嘆息する。

 傷ついたからではない。こんなことでいちいち傷つくような甘ったれた精神は持ち合わせていなかった。

 嘆息したのは、いつなんとき上官に聞かれるともしれない廊下でこんな会話を繰り広げる軍の規律の乱れぶりについてだ。

 ――おそらく前回帯同した第三艦隊あたりか…

 さてどのような手順で落とし前をつけさせたものかと考えていると相手は更に増長していく。

「侯爵家のお嬢さんってなら顔の傷を恥じて引き篭もってりゃまだかわいいものを」

「そんなまともな精神もってんだったらあんなツラさらして歩かねぇだろ。あんな引き攣った傷跡そのまんまでさぁ」

「侯爵家ってのは案外金がねぇんだな?令嬢のつらに治癒師もつけてやれねぇんだから」

 ゲラゲラと下品な声を立てて笑う――うん、さすがにこれは無理だな。なんの酌量の余地もない。

 …貴族社会、そして六大侯爵家をここまで馬鹿にするとは。

 対抗派閥のボンボンか民兵なのだろう。いずれにしても厳罰が必要になる。

 顔を改めようと声を発しようとしたとき。






「――それって、なにか数字に関係ありますか」





 静かに。

 少し震えた声が、割って入った。 



「は?」

「…第三艦隊の、ザキエノフ少佐とお見受けします。書類に不備がありましたので探しておりました」

「…なんだ経理のガリか、そっちでそのくらい直しておけ」

「…」

「まったく…使えんなぁ」

「…第三艦隊は、」

「あ?」

「他の艦隊に比べて書類の締め切り超過が5%も高く、書類紛失、汚損も8%も多いです」

「は?!」

「…第一艦隊、も」



「第一艦隊も、ないわけではありませんが、締め切り遅延した場合には正規手順で再申請します。今期の非正規提出は、ゼロ、です」




「数字は嘘をつかない」




「第一艦隊は、ドラグノワ少将は、少なくとも正道を歩かれている御方と存じます」




「…こんな、陰で何か言われるに値するような方では、ありません!」


 虚を突かれた。

 まさか顔もよく知らぬ事務方に庇われるとは。

 と。


「きっさま…!!」


 場の空気が変わる。

 進み出ようとしたそのとき。



「ザキエノフ少佐、お疲れさまです〜」


 ゆるっとした声が割り込んだ。


「…貴官は…」

「経理部係長のピョートル・イサエフであります。部下が失礼をいたしましたようで〜」


 ぽよぽよと独特な音を立て近づく第三者。


「…経理部は部下の管理がなっていないようだな?上官に対しての物言いがなっていない!」

「ややっ…それは失礼いたしました!上下関係の徹底は組織において絶対でありますからな!所属が違うとは言え下級文官が海軍中佐殿に無礼な言動をとるなどあってはならないことです…」

「その通りである!…なかなか貴殿は分かっているではないか、まぁ私も鬼ではない。…そこの文官を少々貸し給え。私自ら()()することで手打ちにしてやろう」

「ははぁ…そういえば小耳に挟んでしまったのですが」



「ザキエノフ海軍中佐殿はドラグノワ侯爵家にご進言があるようで」




「…は…」

「いやいやドラグノワ少将もうら若き女性に相違ありません。その扱いに義憤から声を上げられるとは…なかなか出来ることではありますまい!」

「は、あ?!」

「しかし階級のお話でいいますと先ほどの言い方では誤解を招きましょう。我がイサエフ家の主家はドラグノワ家と懇意のスミルノフ家です。よければ正式な場にお繋ぎすることもできますが」


 ぽよ、と肉が揺れる音がした。



「…いかがいたしましょう?」



「――!結構だッ!よく部下を教育しておけよ!」

「はっよろしいので?寛大なご処置いたみいります〜」

 行くぞッ!と語気を荒げて艦隊の恥さらしどもがこちらへ向かってくる…角を曲がる、その刹那。

 ――す、と顔を上げてやる。

「―っひっ!」

 認識した途端、塵共は顔色をなくした…そんな顔をするくらいなら大口を叩かなければいいものを。

 

 ――失せろ。


 顎でしゃくって見せれば、ばたばたと見苦しい音を立てて去っていく。…名前と階級は抑えた。処理は落ち着いてあとでやればいい。

 それより。


「も〜〜ニコ君!だめじゃない慣れないケンカなんて売っちゃー!」

「す、すいません係長…ケンカを売ったつもりはなかったんですが…」

「…そのつもりであれは余計に怖いよぉ」

 気をつけてよね、との声。

 …あれはどう考えてもケンカを売ってたろう、基準がわからない。

 妙な文官だ、この時まではその程度だった。


「…でも本当に珍しいねぇ、きみがあんな風に怒るなんて」

「…ぼく、本当に嫌なんですよ…ああいう人の見た目にあれこれ言うやつ」

 ああ、と腹落ちする。

 成程、女性の顔に傷云々というやつか。自嘲の笑みが浮かぶ。

 ――初陣で大きく残った顔の傷。

 それを恥じたことはない。恥じるとすれば初陣時の己の甘さくらいで。

 …嘲る目線も、憐れむ目線も、いらない義侠心を振りかざす者も。

 どれも不要のものだ。

 ――何があったとしても。



「傷があったとして、そのひとを損なうものではないでしょう」



 吐き捨てるようなその声に。



 ――雷が落ちた。




「…そっち?」

「そっちってどっちです。ぼくは元々こういうスタンスです。ハゲてようが太ってようが有能な上司がいるように陽キャでイケメンで気が合わなくて心底気に入らなくても能力の高い同僚がいる。それと同じことです」

「…きみ本当生きるの苦労するタイプだよね…」

「え…あ…すいません」

「いやいいよぉ僕はニコ君のそういうところ割と好きだし」

「…つまり」


 こほん、と咳払いする気配。


「…全部ひっくるめてその人ですし。人格的欠陥ならともかく、外的要素でひとを貶めるって、心底気に食わないんですよ」


 ふん!と言い捨てられた言葉を最後に、文官たちは遠ざかっていく。

 私は。

 …動くこともできず、ただその場に立ち尽くしていた。










 執務室で。

 珍しく書類を進めるでもなく…机に突っ伏す。

 散らばった銀糸が視界を邪魔する。


 『気に食わない』


 思わず脳内でその声を反芻して。

「…ふ、ふふっ…!」

 …堪えきれず、笑う。

 声の主は。

 気弱で。

 空気が読めなくて。

 …口が悪くて。

 あと数字に対して少し異常な情熱がありそうだ。



『傷があったとして、そのひとを損なうものではないでしょう』



 …可哀想だとも。

 無様だとも。

 それすら美しいと賛美するものでもない。

 ただあるがままの。

 …そのままを。



『ああ…!助かった…砲撃王が来てくれた!』

『…あんなの人間の所業じゃない…化け物だッ』

『傷がなんだというのです、あの方の傷は戦場のもの…誉れ高いものだ!』

『顔にあんな引き攣った傷跡なんて…わたくしだったら耐えられなくて世を儚んでしまいそうですわぁ』

『我が国の英雄を讃えよ!』






『少なくとも正道を歩かれている御方と存じます』






 ―英雄を讃える声も、化け物となじる声も、傷跡を嘲る声も、過剰に讃美する声も。

 いくらでも聞いた、聞き飽きた。

 それは『砲撃王』か『稀代の傷物令嬢』に向けられた言葉。


 でも。

 あのときの、あの言葉は。

 …あれだけは。


 過剰な賛美でも何もなく。

 ただあるがままの私個人に向けられた言葉だった。


 ――はじめて。


 ただ他の何者でもなく。


 『ヴァレンティナ・ドラグノワ』に向けられた言葉。



 

「ニコ…」

 本名は何だろう。

 ニコライ、ニキータ…少し古いがニキフォルもあるか?

「情報が、足りない」

 どくどくと脈が打つ。

 それは戦い前の高揚にも似て。


 頭を起こす。



「……撃ち落とすなら、観測データが必要だ」



 自然、口元は笑んでいた。


☆ひとつでも構いませんので、よければ評価いただけますと嬉しいです!

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