熊として生きるには?
さて、また会ったな。
現在、俺の名前は……。
名無しだ。
自分の名前を忘れてしまったからな。
正直なところ……。
人間が、こんなにも早く自分の名前を忘れるなんてことがあるのだろうか?
少し……いや、かなり恥ずかしい。
だが……。
今の俺が何をしているのかを見れば――。
そう。
走っている。
しかも、真剣だ。
全力で走っている。
ふぅ……。
はぁ……。
ふぅ……。
もっとも……。
あのミミズから見れば、少し事情が違うかもしれない。
あいつからすれば……。
俺なんて、その場でほとんど動いていないように見えている可能性がある。
――くそ……。
こんな小さな足で、どうやって逃げろっていうんだよ!?
背後で……。
ミミズの巨体が空中でうねった。
――うおおおおっ!?
そして――。
ブォォォン!
俺に向かって襲いかかってきた。
一瞬……。
あの巨人が出てくるアニメの中にいるような気がした。
巨大なものを前にしたとき、あの登場人物たちはこんな気分だったのだろうか?
俺は、ごくりと唾を飲み込んだ。
……。
まあ。
それを確かめるほど、長く生きられないかもしれないが。
ドォォォン!
――うわああああああああっ!
俺は持てる力のすべてを使って跳んだ。
次の瞬間――。
回転する口が地面に突き刺さった。
ガガガガァン!
土煙が一気に舞い上がる。
――ゲホッ!
――ゲホゲホッ!
俺は一瞬、動きを止めた。
想像してみてほしい。
小熊がくしゃみをしている姿を。
可愛いと思うか?
たぶん……。
可愛いんだろうな。
……。
いやいや!
今はそんなことを考えている場合じゃない!
少しずつ、土煙が晴れていく。
俺は前を見た。
……。
何もいない。
――どこへ行った?
あのミミズが消えていた。
これで終わったのか?
いや。
そんなはずがない。
あのウィンドウが、まだ何も表示していない。
つまり……。
まだ終わっていない。
それに……。
あのインターフェースは、俺に生存クエストまで受けさせた。
正直……。
まずは、俺と同じくらいの大きさの相手から始めるべきじゃなかったのか?
俺は、その場から離れ始めた。
時間が必要だった。
ただ、少しだけ。
この体に慣れるための時間が。
俺は、最初からこんな姿だったわけじゃない。
元は人間だった。
だが……。
俺は足を止めた。
あることを思い出した。
もしかして……。
これが、本当の理由なのか?
俺は、この一か月ずっと……。
隠れてばかりで、戦いを避けてきたんじゃないか?
……。
ああ。
もしかしたら……。
最初から、それが俺の問題だったのかもしれない。
だが――。
――だからって、こんな相手と戦わせる必要はないだろうが、システム!
ツク……。
ツク……。
俺は動きを止めた。
音。
足元から聞こえてくる。
……。
――いや。
地面が揺れた。
体から、血の気が引いていくのを感じる。
――いやいやいや。
ドォォォォン!
目の前の地面が爆発するように吹き飛んだ。
巨大なミミズの体が姿を現すよりも早く、俺は後方へ跳ぶ。
そして、同時に……。
目の前にウィンドウが現れた。
【生存クエスト】
【ユーザーは《ナメクジワーム》を討伐しなければなりません】
【残り時間:10分】
……。
俺は文字を見た。
次に、ミミズを見た。
そして……。
もう一度、文字を見る。
――……。
正直……。
この状況で、どんな顔をすればいいのか分からなかった。
ミミズが、再び俺へ向かって突進してくる。
ブォォォォン!
俺は身を低くした。
その巨体が、俺の頭上を通り過ぎる。
そして――。
洞窟の壁へ激突した。
ガガガァァン!
岩が、あたり一面へ飛び散る。
――くそおおおっ!
こんなものを、たった10分でどうやって倒せっていうんだよ!?
目の前に、カウントダウンが現れた。
09:47
すると……。
さらに別のウィンドウが表示される。
【制限時間内にクエストを達成できなかった場合、ユーザーには厳しい罰が与えられます】
――このクソシステムが!
そもそも……。
罰を受けるまで、俺は生きていられるのかよ!?
ドォォン!
再び、地面が揺れた。
――ああ、もう!
俺は横へ跳ぶ。
だが――。
ゴンッ!
逃げようとした瞬間、何かにぶつかった。
――うわっ!
俺の体が空中へ弾き飛ばされる。
そして――。
ドサッ!
俺は、光る池のそばへ落ちた。
何度か地面を転がり……。
ようやく止まる。
――うぅ……。
痛い。
だが……。
思っていたほどではなかった。
――待て……。
考える時間なんてなかった。
ツク……。
ツク……。
俺は素早く顔を上げる。
また、あの音だ。
――まさか……。
俺は池のそばから飛び退いた。
ドォォォン!
ほんの一瞬前まで俺がいた場所から、地面が爆発した。
そこから……。
巨大なミミズが姿を現す。
俺は地面の上を転がった。
――ゲホッ!
そして、起き上がろうとしたとき……。
俺の目が、池の水面を捉えた。
水面に映っていたのは……。
俺自身の姿。
……。
小熊。
一瞬、思考が止まった。
別に、自分の姿を眺めていたかったわけじゃない。
だが……。
ある考えが、頭の中をよぎった。
以前の体では……。
《アルナフ・ベア》と戦うことさえ、ほとんどできなかった。
だが……。
今の俺は、もうあの体ではない。
ツク……。
ツク……。
再び、地面が揺れる。
俺は顔を上げた。
――ああ、もう!
後方へ跳ぶ。
ドォォォン!
目の前の地面が爆発した。
俺は後ずさりながら、荒い息を吐く。
ふぅ……。
はぁ……。
ふぅ……。
だが……。
さっき頭に浮かんだ考えは、消えなかった。
俺は自分の爪を見る。
そして……。
自分の足を見る。
今の俺には、新しい体がある。
熊の……。
体だ。
再び、ミミズが俺へ向かって突進してくる。
ブォォォォン!
俺の体が、自然と低くなる。
爪を地面へ食い込ませた。
そして、初めて……。
俺は、どう逃げるかを考えていなかった。
代わりに考えていたのは……。
もしかすると。
俺は、人間だった頃と同じやり方で戦う必要はないのかもしれない。
ミミズが迫る。
目の前で、円形の牙が回転している。
――たぶん……。
俺は地面に爪を強く食い込ませた。
――これが、答えだ。
俺は顔を上げた。
ああ……。
熊として生きる方法を学ぶ時間だ!




