本当にとんでもない始まり
カツ……カツ……カツ……。
ああ……。
小さな足で、洞窟の地面を歩いていた。
でも……。
これを本当に「小さな足」と呼んでいいのだろうか?
洞窟の岩の間を歩きながら、自分の足を見下ろす。
いや、実際のところ……。
小熊の足と言ったほうが近かった。
……。
あの日から、そろそろ一か月が経つ。
そう……。
丸々一か月だ。
この一か月、俺がなぜ姿を消していたのか、不思議に思う人もいるかもしれない。
だが、信じてほしい……。
俺には、受け入れなければならない重要なことがあった。
正直なところ、それは簡単なことではなかった。
目を覚まし、自分が小熊になっていることに気づいたとき……俺はすぐに現実を受け入れられなかった。
むしろ、その逆だ。
発狂しかけた。
叫んだ。
何度も何度も、自分の体を確かめた。
そして、これはただの夢なんだと、自分自身を説得しようとした。
自分の体を噛んでみたことさえある。
痛みがあれば、目が覚めると思ったのかもしれない。
だが……。
これは夢ではなかった。
俺は本当に、熊になっていたのだ。
小熊に。
そして、これが……。
問題の始まりにすぎなかった。
ようやく落ち着き、現実を受け入れたあと……。
今度は、別の疑問が浮かんできた。
今でも答えの見つからない疑問だ。
――これから、どうすればいい?
どこへ向かえばいい?
そもそも、俺がこの世界へ送られた目的はどうなる?
そして……俺が救わなければならないはずの人物とは、一体誰なんだ?
……。
実を言うと……。
俺は何も知らなかった。
だから……。
この一か月間、自分が何をすべきなのかを考えていた。
まあ。
一か月のすべてを考えることに費やしていたわけではない。
だが、間違いなく努力はした。
少なくとも、最初のうちは。
実際……。
そんな疑問よりも、もっと重要な問題があった。
何だと思う?
そうだな。
少しだけ、あの日に戻るとしよう。
……。
俺は池の縁に座り、自分の新しい姿を眺めていた。
そして、やるべきことをすべてやったあと……。
持てる力の限り、叫んだ。
なぜなら……。
まあ。
そうする必要があったからだ。
そうしなければ、つまらなくなる。
ゴホン……。
ゴホン……。
目の前にウィンドウが現れた。
【通知】
【《アルナフ・ベア》を撃破したことにより、ユーザーが昇格しました】
【ユーザーは報酬を獲得しました】
――報酬?
俺はもう一度、自分の体を見下ろした。
どう見ても、ぬいぐるみのような姿だ。
この問題を、今は無視しろってことか?
うーん……。
まあいい。
ひとまず、横に置いておこう。
――さあ、インターフェース。
その報酬を見せてくれ。
別のウィンドウが現れた。
【身体能力がAランクに上昇しました】
――なるほど……。
体が強くなったのか?
もう一度、自分の姿を見下ろす。
……。
そもそも、これを「体」と呼べるのか?
まあいい。
次は?
【魔法使用スキルを獲得しました】
俺は動きを止めた。
――本当に?
これで俺も、魔法が使えるようになったのか?
続けて文字が表示される。
【土魔法を獲得しました】
……。
――それだけ!?
待ってみた。
だが、それ以上は何も表示されなかった。
――まあいい。
新たなウィンドウが現れる。
【スキル《アルナフの毒》を獲得しました】
――アルナフの毒?
【このスキルは、敵に幻覚を引き起こします】
ああ……。
あの熊が俺に使ったのと同じスキルか。
――耐性を獲得できていて、本当によかった。
そうでなければ……。
今ごろ俺は、あの化け物の食事になっていただろう。
ふぅ……。
まあいい。
役に立つかもしれない。
ただ、自分自身に使わないよう注意しなければならないな。
新たなメッセージが現れた。
【《アルナフの鎧》を獲得しました】
――鎧?
自分の体を見下ろす。
――どこに鎧がある?
俺が身につけているのは、毛皮だけだぞ。
すると、答えが表示された。
【《アルナフの鎧》は、ユーザーの毛皮および外皮です】
【エネルギーを付与された武器の影響を受けません】
――ふーん……。
そういえば……。
あの熊の皮膚は、確かに硬かった。
ほとんど傷をつけられなかったほどだ。
だが、結局のところ……巨大な岩があれば、それを貫くには十分だった。
俺は顔を上げた。
洞窟の天井には、尖った岩が今もいくつもぶら下がっている。
……。
急に不安になった。
――歩く場所には気をつけよう。
新たなウィンドウが現れる。
【ユーザーは《アルナフ・ベア》の固有スキル――B+ランクを獲得しました】
――これは……?
俺は待った。
……。
うん。
ここまで見てきた限りでは……。
なぜ俺がこんな姿になったのか、説明できるものは何もなかった。
すると、目の前にメッセージが表示された。
【この変化は、《アルナフ・ベア》の呪いによるものです】
――呪い、か……。
少し考える。
――元の体に戻ることはできるのか?
【現在は不可能です】
……。
――あの熊め……。忌々しい小細工ばかりしやがって。
うーん……。
これは、まったくいい知らせじゃない。
俺は地面に寝転んだ。
――これからどうすればいい?
このまま永遠に、小熊の体に閉じ込められるのか?
周囲を見回す。
この場所にいるだけでも、十分に不安になる。
――そもそも、こんな小さな俺がここで生き残れるのか?
前の体では、まともに動くことすらできなかった。
それなのに今は……。
この体で生き延びろってことか?
ポタ……。
ポタ……。
ポタ……。
洞窟の天井から、水滴が落ちていた。
まあいい。
同じ場所に留まり続けるのは、あまりいい考えではないだろう。
出口を探すべきかもしれない。
あるいは、身を隠せる場所を。
少なくとも、自分の状況を理解するまでは。
すると……。
新たなウィンドウが現れた。
――今度は何だ!?
【ユーザー名を設定してください】
目の前に入力欄が現れる。
【ユーザー名:_____】
【入力】
――ユーザー名?
どういう意味だ?
何かの冗談か?
……。
もちろん。
誰も答えてはくれなかった。
だが……。
まるでゲームを始めるときのようだった。
名前を決めて……。
それからゲームを始める。
もっとも、それにしては少し遅すぎる気もするが。
――さて……。
どんな名前にすればいい?
「流星」?
いや。
「鷹」?
うーん……。
「支配者」?
それとも……。
「殺し屋」?
候補なら、いくらでもある。
すると、メッセージが表示された。
【一度名前を設定すると、変更することはできません】
――ああ……。
なるほど。
これは話が変わってくるな。
少し考えたあと……。
俺は本当の名前を使うことにした。
口を開く。
だが……。
……。
動きが止まった。
俺の名前……。
待て。
俺の名前って、何だった?
勢いよく立ち上がった。
――おい。
――おいおいおい!
これって普通なのか?
人間が自分の名前を忘れるなんてことがあるのか?
ショックのせいか?
それとも恐怖?
あるいは、見知らぬ世界へ転移したせい?
思い出そうとした。
必死に頭を絞った。
もう一度。
そして、もう一度。
だが……。
何も出てこない。
待て。
俺の名前って、何だった?
……。
俺は名前の入力欄を見つめた。
そして、長い間……ただそれを見つめ続けた。
――うん……。
これは、どう考えても普通じゃない。
もしかすると……。
名前を思い出すまで、名無しのままでいたほうがいいかもしれない。
そうだ。
そのほうがいい。
……。
――こうして、あの奇妙な過去への振り返りは終わる。
見てのとおり……。
俺はこの一か月間、この洞窟の中を歩き回っていた。
岩から岩へ。
水たまりから、また別の水たまりへ。
そして、それに加えて……。
この一か月の間、ずっと自分の名前を思い出そうとしていた。
だが、無駄だった。
ふぅ……。
俺は岩の上に立ち、周囲を見渡した。
正直なところ……。
そろそろ、この場所に飽き始めていた。
この一か月、新たな敵とは一度も遭遇していないにもかかわらず。
その理由は……。
まあ。
化け物を見つけるたびに、俺が隠れていたからだ。
怖かったからではない。
……。
まあ。
怖さも、理由のほんの一部だったかもしれない。
だが、俺はまだ……この小さな体で、あの化け物たちと戦えるのかどうかさえ分かっていなかった。
何しろ、小熊の俺にとっては……。
ほとんどすべてのものが巨大に見える。
だから、隠れていた。
草むらの中に隠れることもあれば……。
岩陰に隠れることもある。
時には、水たまりの中へ潜らなければならなかったことさえあった。
そして、そんな生活を続ける中で……。
いくつか新しい発見もあった。
この洞窟には、薬の材料として使える草が生えている。
どうしてそれが分かったのかって?
もちろん、インターフェースのおかげだ。
一方で、あの光る水については……。
今でも謎のままだ。
この一か月、ずっと飲んでいるのだが、インターフェースは今のところ十分な情報を教えてくれない。
そして、何より奇妙なのは……。
俺が、存在しない誰かと話すようになっていたことだ。
この一か月を、どう過ごしてきたのか説明したりしている。
……。
どうした、俺?
ついに頭がおかしくなったのか?
それとも、孤独が俺に影響し始めている?
俺はその場で立ち止まった。
……。
いや、待て。
自分自身と話すことに、何か問題があるのか?
だって……。
俺は一か月もの間、この洞窟に一人でいるんだぞ。
もう、ほとんど普通のことになっている。
――そうだ。
俺は自分の言葉に納得しながら、うなずいた。
――俺は絶対に正気を失っていない。
ポタッ。
……。
俺は動きを止めた。
周囲を見回す。
水滴か?
たぶん、そうだ。
――まあ、問題ない。
再び考え始める。
――それで、さっきの話だけど……。
ポタッ……。
今度の音は、水からではなかった。
俺は顔を上げた。
だが、何も見えない。
――まさか、幻聴まで聞こえ始めたんじゃないだろうな……。
ポタッ。
足元の岩が、わずかに揺れた。
……。
――おっと。
俺は動きを止めた。
下を見る。
そして、周囲を見回す。
すべてが静止していた。
だが……。
何かがおかしい。
洞窟が、ゆっくりと揺れ始めた。
最初は、とても小さな揺れだった。
普通の人間なら、気づかなかったかもしれない。
だが、新しく得た感覚は、それをはっきりと捉えていた。
……。
俺が今……。
化け物になったから。
一瞬、思考が止まる。
……。
いや。
今は、そのことを考えるのはやめよう。
揺れが強くなっていく。
洞窟の天井から、わずかな砂埃が落ちてきた。
俺はゆっくりと顔を上げる。
頭上にぶら下がっていた岩が、動いている。
――おおおい……。
一歩、後ずさった。
――おおい、おおい……。
顔から笑みが消え始める。
これは……。
どう見ても、まずい。
そのとき――。
【警告】
【特殊な敵を検知しました】
俺はその場で固まった。
……。
――は?
次の瞬間――。
ドォォォン!
目の前の地面が割れた。
俺は固まった。
だが、目が何かを捉えるよりも早く、体が動いた。
俺は素早く後方へ跳んだ。
そして、次の瞬間……。
巨大な何かが、地面から姿を現した。
俺は、それを見つめる。
……。
ミミズだ。
巨大なミミズ。
その口は、絶えず回転するノコギリのようだった。
そして、その体は……。
巨大で、長い。
おそらく、全長は七メートルほど。
――おい……。
――おいおいおいおいおい!
何だよ、これ!?
目の前にウィンドウが現れた。
【確認:《ナメクジワーム》】
……。
――何だ、そのふざけた名前は?
笑えばいいのか?
それとも何なんだ!?
俺はそのミミズを見た。
そして、自分自身を見た。
もう一度、ミミズを見る。
……。
――逃げるべきだな。
しかも、一刻も早く。
だが、俺が動き出す前に……。
赤いウィンドウが目の前に現れた。
【生存クエスト】
……。
俺は洞窟の天井を見上げた。
そして……。
顔に、かすかな笑みが浮かぶ。
――くそ……。
よりによって、今度はこれかよ。




