衝撃
ゆっくりと、砂埃が晴れていく。
目の前に表示が現れた。
[通知:任務を完了しました。]
[「アルナフの熊」を討伐しました――ランク:B+。]
俺はその文字を見つめた。
――本当に……あの化け物を倒したのか……?
正直、あの作戦が成功するかどうかなんて、まったく分からなかった。
俺は長く息を吐いた。
――ふぅぅぅ……。
大きな安堵が押し寄せてくる。
――よかった……。
本当に……。
俺は、生き残った。
だが、そのことを理解するよりも早く、別の通知が現れた。
[これよりユーザーの昇格および戦闘報酬の付与を開始します。]
[処理を実行中……]
――そうか……。
本当なら、この報酬を早く見てみたかった。
だが……。
――あああああっ!
身体の奥から叫び声が飛び出し、その声が洞窟の壁に反響した。
――俺の身体……。
胸に手を当てる。
――まるで……。
――あああっ!
身体を折り曲げる。
――壊れていくみたいだ……。
――はぁ……はぁ……はぁ……。
まともに息を吸うことさえできない。
胸が激しく上下し、どうにか空気を取り込むことしかできなかった。
――ゴホッ……ゴホッ……ゴホッ!
動きが止まる。
口から何か温かいものが流れ出るのを感じた。
震える手を、ゆっくりと持ち上げる。
そして、それを見つめた。
――これ……俺の血……?
――ゴホッ! ゴホッ! ゴホッ!
痛みが、さらに強くなる。
――なんだ……これ……?
胸を強く押さえる。
――ただ……一度だけ、息をしたかっただけなのに……。
心臓が激しく鼓動している。
視界がぼやけ始める。
自分の身体さえ、まともに見えなくなっていく。
――ああっ……。
痛みが全身へと広がっていく。
そのとき、表示が現れた。
[通知。]
[スキル「生存意志」の副作用が発現し始めました。]
――副作用……?
――ああああっ!
再び、悲鳴が漏れた。
――それでも……こんなに酷いとは思わなかった……。
――ゴホッ……ゴホッ……ゴホッ!
痛みと、身体を焼くような感覚。
――嫌だ……。
声が震える。
――こんなの……。
目を閉じる。
――こんなに……痛いなんて……思ってなかった……。
周囲の音が、少しずつ遠ざかっていく。
そして、また別の表示が現れた。
[警告。]
[「生存意志」と相互作用する逆相状態の影響を検知しました。]
俺は、霞む視界でその文字をどうにか見つめた。
――逆相……状態?
新たなメッセージが表示される。
[影響源を特定中……]
そして――
[影響源を特定しました。]
[ユーザーは死亡する直前の「アルナフの熊」から呪いを受けています。]
目を見開いた。
――呪い……?
最後のメッセージが表示された。
[呪いが、現在のユーザーの身体状態と強く相互作用しています。]
俺は一瞬、黙り込んだ。
そして、かすかな声を漏らす。
――これ以上、何があるっていうんだ……。
周囲の光が、少しずつ消えていく。
目を開けていることさえ、難しくなってきた。
――呪い……。
――化け物から……。
――死んだ……。
――ゴホッ!
――はずなのに……。
確か……あの瞬間だった。
俺の身体が地面に触れた、その直後。
何か鋭いものが、すぐ横を通り過ぎたような感覚があった。
俺は一瞬、凍りついた。
――何……?
俺は化け物の死体へ目を向けた。
――くそ……。
どうにか、もう少しだけ頭を上げる。
――あの化け……。
最後まで言葉にすることはできなかった。
目の前から光が消えた。
そして、すべてが……。
闇に沈んだ。
――この馬鹿……!
……何?
――私は、自分の命を守ろうとしていたんだ。
あいつらの命を守ろうとしていたんじゃない……。
……。
また、あの声を聞いた。
誰の声なんだ……?
これも、任務に含まれていた質問の一つだった。
どうやら、この少年はかなり苦労しているらしい……。
この声を聞くたびに、やっていることといえば愚痴ばかり。
だが……。
これ以上、俺の人生が悪くなるのかどうかさえ、もう分からない。
目を開けた。
暗闇。
また……。
この暗闇だ。
俺は小さく息を吐いた。
――ここは……一体、どこなんだ?
もし夢を見ているのなら、夢の中でここまで意識を保ち続けているなんて考えにくい。
だが、死んだとも言い切れない。
だから……。
今できる最善のことは、落ち着いて、この先何が起こるのかを待つことなのかもしれない。
ただ、一つだけ問題があった。
もし、前と同じように意識を失っているのだとしたら……。
それには、いくつかの利点がある。
まず第一に、自分の身体を感じない。
これは、いいことだ。
あの痛みを、もう一度感じずに済む。
そして二つ目……。
今、俺の身体はおそらく、あの洞窟の中に放置されたままだ。
そう。
俺は死体のように、そこに倒れている。
もしかしたら今頃……。
どこかの化け物にとって、最高の食事になっているかもしれない。
……
長い沈黙が続いた。
その間、俺の耳に届いていたのは、どこから聞こえてくるのかも分からない波の音だけだった。
すると、ふと思いついた。
――待てよ……。
もし俺の身体が、あそこに意識を失ったまま転がっているのだとしたら……。
これは、俺にとって都合がいいことなのか?
それとも……問題なのか?
……。
まあ、考えすぎても仕方ない。
俺はここにいる。
そして、身体はあそこにある。
そもそも、俺は物事をあまり深く考えるのが好きじゃない。
だから、一つだけ試してみることにした。
――ゴホン……ゴホン……。
――おい、システム……。
いや、何て呼べばいいのか分からないが。
――俺の声、聞こえてるか?
……。
返事はない。
聞こえるのは、波の音だけだった。
――そうか……。
どうやら、答える気はないらしい。
すると突然――
目の前に表示が現れた。
――おおっ!
本当に反応した!
一瞬、ここを支配しているのは自分なんじゃないかという気分になった。
――ゴホン、ゴホン……。
もちろん、冗談だ。
――おい、そこの画面。
それとも、何て呼べばいいんだ……。
俺は今、具体的にどこにいる?
答えが表示された。
[現在、ユーザーの意識は身体から分離しており、現実と夢の狭間に存在しています。]
――ふーん……。
正直、何を言っているのかよく分からなかった。
いわゆる明晰夢のようなものだろうか?
周囲を認識することはできるが、完全に意識があるわけではない……。
あるいは、自分の意識の一部だけを保ったまま見る夢なのかもしれない。
まあ、いい。
――それじゃ……。
もっと重要な質問がある。
――そもそも、どうして俺はこの世界にいるんだ?
それだけは、どうしても知る必要があった。
想像してみてほしい。
店で何かを買おうとして目を覚ましたら……。
そこには、コンビニどころか、店そのものが存在しない場所にいたとしたら。
正直……。
今でも、俺はこれがただの夢なんじゃないかと思っている。
目が覚めたあとには、今見ているものが本当に起きたことなのか、それともただの昼寝の夢だったのかさえ分からなくなるような……そんな夢。
確かに、痛みは本当に感じた。
だが、答えが表示された。
[ユーザーは、特殊任務を遂行するために選ばれました。]
[任務:ユーザーの世界と並行する世界に存在する重要人物を救出せよ。]
[そして、ユーザーは同意し――]
――あっ!
思い出した。
確かに、そんなことに同意した。
だが……。
俺は大きく息を吸い込んだ。
そして叫んだ。
――俺が同意したのは、夢だと思ってたからだぞ、このポンコツ画面!
……。
うん。
これで少しだけ気が楽になった。
新たなメッセージが表示された。
[ユーザーは任務に同意しました。]
[任務を取り消すことはできません。]
[この状態を終了するには、任務を完了する必要があります。]
――最高だな。
そして今度は、完全に無視された。
――ふぅ……。
まあ、いい。
――おい、そこの画面。
その重要人物って、誰なんだ?
どうやって助ければいい?
それに……どうして俺なんだ?
答えが表示された。
[現在のユーザーレベルでは、任務の詳細を開示できません。]
[ユーザーは、任務の基本事項を理解するために、一定のレベルに到達する必要があります。]
表示された文字が、俺の目の前で現れては消えていく。
まるで、夜の街で光っては消える看板を眺めているようだった。
――今は、何も教えてもらえないらしいな。
なら……。
――俺は、いつになったらここから目を覚ます?
それに……分かってると思うけど。
もし先に化け物に食われたら、任務を実行できる保証なんてないぞ。
すると、画面の中に円が現れ、くるくると回り始めた。
――なんだ、これ?
――まさか……ロード中か?
しばらくして、答えが表示された。
[ユーザーは1週間の昏睡状態に入ります。]
[目的:レベル上昇によって生じた変化に、ユーザーの身体を適応させるため。]
――ふーん……。
一週間、か。
正直、俺にとって一番嬉しい展開は……。
次の瞬間に目を覚まして、ゲーム機の前で眠っていた自分を発見することだ。
表示はしばらくの間、目の前に残っていた。
やがて、それも消えた。
……。
しばらくすると、新たな通知が現れた。
[以前の質問への回答。]
――ん?
任務についての質問だ。
でも……。
任務の詳細は開示できないんじゃなかったのか?
そこに表示されたのは、たった一つの言葉だった。
[理由:死。]
俺は、その文字を見つめた。
――死……?
その瞬間、他のことがすべて頭から消えた。
そして、好奇心が一気に膨れ上がる。
誰が死んだ?
なぜ?
そして……なぜ俺が、その人物を救わなければならない?
考えようとした。
だが、次の質問を口にするより先に……。
周囲のすべてが消え始めた。
闇が……。
音が……。
そして、あの画面さえも。
やがて、意識そのものが再び消えていった。
一週間後――。
そこは静かだった。
聞こえてくるのは、洞窟の天井から落ちる水滴の音だけ。
一滴……。
そして、また一滴。
ゆっくりと……。
俺の意識が戻ってきた。
指が……。
動く。
視界は、はっきりしている。
身体は……。
痛くない。
――ふーん……。
なるほど。
どうやら、うまくいったらしい。
身体を動かそうとする。
そして、ゆっくりと目を完全に開いた。
だが……。
――待て。
俺は天井を見上げた。
――天井……大きくなってないか?
まあ、いい。
一週間も眠っていたんだ。
もしかしたら、何かの影響で洞窟の形が変わったのかもしれない。
きっと、それが理由だ。
立ち上がろうとする。
――ふぅ……。
立てた。
だが、立ち上がった瞬間、別のことに気づいた。
――なんで……地面がこんなに近いんだ?
周囲を見回す。
何もかもが……。
大きく見える。
それに、身体には妙な重さがあった。
その一方で、身体の内側を何かが流れているような感覚もある。
エネルギー……?
分からない。
だが、感覚が……。
以前とは違っていた。
水の音が、ずっと鮮明に聞こえる。
目の前の池に落ちる小さな水滴。
その水滴が落ちたときに生じる、わずかな振動まで感じ取ることができた。
そして、耳に入ってくる音は……。
まるで、その音の発生源まで頭の中に映し出してくれるように伝わってくる。
――変だな……。
そのとき、喉がひどく乾いていることに気づいた。
――あ……あ……。
声を出すことさえ、やっとだった。
まあ、いい。
水が必要だ。
俺は池へ向かって歩き出した。
足取りは、まだ不安定だった。
――これが、レベルアップによる変化のせいなのかは分からない……。
でも、きっと普通なんだろう。
さらに進む。
そして、ようやく水際まで辿り着いた。
身体を屈める。
その瞬間――
――……。
何かがおかしい。
水面を見る。
そして顔を上げた。
右。
左。
上。
何もない。
もう一度、池へ視線を戻す。
――ふーん……。
水面に何かが映っている。
反射……。
だが、俺の姿じゃない。
――熊?
一瞬、身体が固まった。
そう。
そこに映っていたのは……。
あの熊に似た顔だった。
アルナフの熊。
――なんで、ここに……?
少し考える。
そして、思い出した。
――あ……。
くそ。
画面は言っていた。
あの熊は、死ぬ直前に俺へ呪いをかけた。
これが……その呪いなのか?
どこに行っても、あいつの顔が見えるとか?
それとも、幽霊になって俺を追いかけてきたのか?
もしかしたら、復讐するつもりなのかもしれない。
でも……。
どうして、俺が動いたときだけ動く?
――……。
これは、かなり鬱陶しい。
俺は手を伸ばし、水面を叩いた。
――おい!
反射が一瞬、消える。
――あっちへ行け、この幽霊!
もう一度、水面を叩く。
――俺たちは正々堂々と戦ったんだぞ!
俺はお前に、正面から勝ったんだ!
――だから、もう成仏、成仏……。
俺は動きを止めた。
――行け!
そして――
――行けぇぇ……。
言葉が止まった。
俺は自分の手を見た。
……。
これは、俺の手のはずだ。
なのに……。
毛で覆われている。
――……。
指を動かす。
三本の爪。
――待て。
自分の腕を見る。
――これ……前からこんなだったか?
……。
いや。
そんなわけがない。
俺は腹に触れた。
毛。
自分の身体を見る。
小さい。
毛で覆われている。
それから、頭に触れた。
――……。
何かがおかしい。
頭の両脇に手を当てる。
少し大きな耳……。
そして、それも毛で覆われている。
――おい……。
動きが止まる。
――おい、おい、おい、おい!
これは、ちょっとした問題なんかじゃない!
俺は勢いよく顔を上げ、水面を見た。
そこには……。
はっきりと、自分の姿が映っていた。
小さな熊。
完全な熊。
俺は一歩後退した。
――……。
水面に映る自分の姿を、ただ見つめる。
そして――
――うおおおおおい!
――一体、ここで何が起きてるんだよ!?




