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第95話 好きなら止めろ

「そんなに怖えか」


 良樹の声は、低かった。


 街の門前。

 半透明の巨大な魔導自立盤が、良樹の背後に立っている。


 三つの端子台。

 三つの個別インバータ。

 三系統共通ブレーカー。

 その奥で、淡い魔力線が低く鳴っていた。


 端子台から伸びた三本の線は、リシア、カレン、クラリスへ繋がっている。


 リシアの背には、まだ完全には開かれていない飛翔翼の輪郭。

 カレンの剣には、形状を変える薄い光。

 クラリスの腕には、手甲のような淡い輪郭。


 そして良樹の右腕には、巨人の腕のような打撃腕。


 ただし、誰も動いていない。

 誰も撃っていない。

 誰も斬っていない。

 誰も殴っていない。


 力はある。

 力を出せる。

 だが、まだ出していない。


 だからこそ、門前の空気は重かった。


「自分が、別の世界から来たことを知られるのが」

「自分の力が、与えられたものだって認めるのが」

「助けた後の責任を見るのが」


 良樹は、アルフを見据えていた。


 アルフ・レイノルズ。

 付与術師。

 苦しんでいる人を助けるために旅をしている、と言った男。


 そして、おそらくは。

 自分や藤田と同じく、別の世界から来た男。


 アルフは唇を動かした。

 何か言おうとしている。


 だが、言葉にならない。


 その時だった。


「さっきから聞いてれば、何なんですか!」


 アルフの背後から、リナが前に出た。


 細い身体。

 まだ若い顔。

 だが、その目には明確な怒りがあった。


「まるでアルフを悪者みたいに!」

「アルフはいい人です!」

「私を助けてくれた!」

「人間の姿にしてくれた!」


「そうです!」


 別の少女も声を上げる。


「私たちは皆、アルフに助けてもらったり、優しくしてもらったりしたから好きになって、ここにいるんです!」

「それの何が悪いんですか!」


 良樹は、少しだけ眉を寄せた。


 違う。


 そこを責めているわけではない。

 助けられたこと。

 好きになったこと。

 一緒にいたいと思ったこと。


 それ自体を、良樹は否定していない。


 複数の女に好かれていることを断罪したいわけでもない。

 良樹自身、三人の妻を持つ男だ。


 ただ、好意をどう預かるのか。

 救った後をどう見るのか。

 そこを聞いている。


 だが、リナたちにはそう聞こえていない。


 彼女たちにとっては、アルフを責められている。

 自分たちを救ってくれた人を、悪者にされている。


 だから守ろうとしている。


「いや」


 良樹は口を開いた。


「俺は、アルフと話が――」


「良樹さん」


 カレンの声が、その先を遮った。


 いつものような、おどおどした声ではなかった。

 硬い。

 けれど震えてはいない。


「ここの方たちの相手は、私たちがします」


 良樹は振り返った。


 カレンは、胸元で手を握っていなかった。

 剣に手を添え、リナたちをまっすぐ見ている。


 怖がっていないわけではない。

 怖いものは見えている。


 それでも、退いていない。


「あら」


 クラリスが一歩前に出る。


「私が一番お姉さんになりますね」


 白い法衣。

 清楚な微笑み。

 だが、その足運びは静かに前へ出る者のものだった。


 リシアは、杖を軽く握り直した。


「あんたじゃ、この子たちの相手は無理でしょ」

「任せて」


 良樹は一瞬、言葉を止めた。


 無理。


 それは、戦力の話ではない。


 良樹は女の子相手に、どうしても変に止まる。

 敵なら止めるべきだ。

 危険なら止めるべきだ。


 それは頭では分かっている。


 だが、身体の奥に染み付いたものがある。


 女に手を上げるな。

 弱い者に感情で力を振るうな。

 力の差がある相手を、雑に扱うな。


 十鉄に叩き込まれた、古くて、面倒で、合理的ではない部分。


 それでも、それが良樹だった。


「女の子相手だと、あんた変に止まるもの」


 リシアは、良樹を見ずに言った。


「任せて」


 良樹は、短く息を吐いた。


「……頼む」


「任されたわ」


「はい」


「承りました」


 三人が前に出る。


 良樹とアルフ。

 三人妻と、アルフ側の少女たち。


 構図が分かれた。


   ◇


 最初に口を開いたのは、カレンだった。


「あなたたちが」


 カレンは、リナたちへ向き直る。


「アルフに助けられたことは、否定しません」


 リナの目が鋭くなる。


「好きになったことも」

「一緒にいたいと思ったことも」

「それ自体を、悪いとは言いません」


「だったら――」


「でも」


 カレンの声が、静かにその言葉を止めた。


「助けてくれたから」

「優しくしてくれたから」

「好きだから」

「だから、その人がすることは全部正しい」


 カレンは、剣の柄に添えた手へ少しだけ力を入れる。


「そう言うなら」

「それは、違います」


 リナたちが言い返そうとする。


 だが、カレンは続けた。


「良樹さんは、私を助けてくれました」

「怖い場所を見る私を、役に立つと言ってくれました」

「私が見ているものを、無駄だと言いませんでした」


 カレンの声は、少しだけ柔らかくなる。


 あの日から、ずっとそうだった。


 怖い場所を見ること。

 危ない方向を見つけてしまうこと。

 他の人が笑って通る場所で、立ち止まってしまうこと。


 カレンにとって、それは弱さだった。

 臆病で、足手まといで、嫌いな自分だった。


 だが良樹は、それを役目だと言った。

 無駄ではないと言った。

 怖い場所を見てくれるから助かると、本気で言った。


 だから、好きになった。


 だが。


「でも」


 カレンは、目を逸らさなかった。


「良樹さんが間違えたら、止めます」

「無理をしたら、止めます」

「誰かを壊しそうになったら、止めます」


 リナが息を呑む。


「どうして……」


「好きだからです」


 カレンは、すぐに答えた。


 胸の奥に、あの背中が浮かぶ。


 オーガ戦。


 倒れた自分。

 倒れたリシア。

 倒れたクラリス。


 そして、それを見て壊れかけた良樹の背中。


 優しかった。

 強かった。

 怖かった。


 良樹は、自分たちを守ろうとした。

 守ろうとして、壊れかけた。


 あの背中を、ただ格好いいと言って見送ることなど、カレンにはできない。


 良樹はいつも、カレンを止めてくれた。

 怖い場所へ踏み込みすぎないように。

 斬る場所を間違えないように。

 自分が自分の怖さを嫌いにならないように。


 だから、今度は自分が止める。


「好きな人を」

「ただ褒めて」

「好きだって言うだけなら」

「その人が間違った時に」

「怖いところへ行こうとしている時に」

「止められないのなら」


 カレンは、そこで下唇を噛んだ。


 けれど、言葉を逃がさなかった。


「それは」

「人形と、何が違うんですか」


 門前の空気が、凍った。


「違う!」


 リナが叫んだ。


「私たちは人形なんかじゃない!」

「アルフは、私たちを救ってくれたの!」

「だから、私たちは――」


「はい」


 クラリスが、静かに前へ出た。


「救われたことを、否定はしません」


 その声は、柔らかかった。

 柔らかいまま、逃げ道を塞ぐ声だった。


   ◇


「良樹くん、ごめんなさい」


 クラリスは、リナたちを見たまま言った。


「ちょっと、怪我をします」

「お叱りは後で、いくらでも」


「は?」


 良樹の声が裏返った。


 次の瞬間。


 クラリスは拳を大地へ叩きつけた。


 ボゴン、という鈍い音がした。


 土が沈む。

 ひびが走る。

 小石が跳ねる。


 白い法衣の袖が、わずかに揺れた。

 清楚な微笑みは崩れない。


 ただ、叩きつけた拳だけが、赤く染まっていた。


「――おい、クラリス!」


 良樹が声を荒げる。


「お叱りは後で、と」


「そういう問題じゃねえ!」


 クラリスは振り返らなかった。


 痛みはある。

 血も出ている。


 けれど、顔はいつもと同じだった。


 それが、余計に異様だった。


挿絵(By みてみん)


 リナたちの顔が引きつる。


「さて、お嬢さん方」


 クラリスは、穏やかに言った。


「これが、かつての私です」

「どうですか?」


「……頭がおかしい以外に、何があるのよ」


 少女の一人が、震えた声で言った。


 クラリスは、くすりと笑う。


「そう、なのでしょうね」

「きっと、皆さんも私をそういう風に見ていたのでしょう」

「あるいは」

「怖いものを見るような目で」


「当たり前じゃないの」


 別の少女が声を上げる。


「何を言ってるの、アンタ……」

「自分で自分を傷つけて、そんな顔で笑って」

「普通じゃないわよ」


「はい」


 クラリスは頷いた。


「普通ではありませんでした」


 彼女は、自分の血のついた拳を見た。


「私は、自分の身体を道具のように扱っていました」

「治せるから」

「壊れても戻せるから」

「痛みは後で消せるから」

「そう思っていました」


 良樹は、苦い顔でそれを聞いていた。


 初対面に近い頃のクラリス。

 僧侶用の杖を折り、それでも拳で魔物を殴り飛ばした。

 手首や膝の負荷も、後で治せばいいと言い切った。


 その時、良樹は本気で怒った。


 治したから大丈夫ではない。

 壊れた事実は消えない。


 身体は道具ではない。


 それを、ほとんど初対面だったクラリスに言った。


「そんな私を、ある時」


 クラリスの声が、少しだけ温かくなる。


「本気で叱ってくれた人が現れました」


 良樹の眉間に皺が寄る。


「優しくされたわけではありません」

「助けられたわけでもありません」

「綺麗だと褒められたわけでもありません」


 クラリスは、ほんの少しだけ微笑んだ。


「胸倉まで掴まれて」

「ほとんど初対面の私を」

「真剣に、叱ってくれました」


「……お前な」


 良樹が低く呟く。


 クラリスは聞こえないふりをした。


「とても怖かったです」


 一拍。


「でも」

「嬉しかった」


 リナたちの表情が揺れる。


「良樹くんは、私を救ってくれたわけではありません」

「私を、綺麗な僧侶としてだけ扱ったわけでもありません」

「私の壊し方を見て」

「私の危うさを見て」

「それは駄目だと、止めてくれました」


 クラリスは、血のにじむ拳を胸元へ寄せた。


「だから私は、今ここにいます」


 助けられたから好き。

 優しくされたから好き。

 褒められたから好き。


 それだけではない。


 叱られたから、救われることもある。

 止められたから、生き直せることもある。


「助けてくれたから、正しい」

「優しくしてくれたから、正しい」

「好きだから、正しい」


 クラリスは、静かに首を振る。


「それだけでは、危ういのです」


 少女たちは言葉を失っていた。


「本当に大切なら」

「その人が壊れそうな時」

「その人が誰かを壊しそうな時」

「止めなければなりません」


 クラリスは、微笑んだ。


「たとえ」

「嫌われるかもしれなくても」


「クラリス!」


 リシアが声を上げた。


「あんたも、本当に無茶するんだから!」


「あら」


 クラリスは少し困ったように笑う。


「ごめんなさい、リシア」


「ごめんなさいで済むと思ってるの?」


 リシアは、クラリスの拳を取った。


 風と水の魔法が、淡く走る。


 土を払い、血を流し、傷口に余計なものが入らないようにする。

 冷やす。

 汚れを浮かせる。


 治療ではない。

 応急処置だ。


 治すのは、クラリス自身の回復魔法に任せる。


「ったく」

「よし、これでいいわ」

「後は、あなたの回復魔法でなんとかなるわよね」


「ええ」

「ありがとうございます、リシア」


 カレンが、少しだけ目を伏せた。


「クラリス」

「良樹さんに怒られますよ」


「でしょうね」


「でも――」


 カレンは、リナたちを見る。


「伝わったと思います」

「あの子たちにも」

「良樹さんにも」


 良樹は、苦い顔で立っていた。


 怒っている。

 心配している。

 今すぐクラリスの拳を確認したい。


 だが、割り込まない。


 クラリスが何を伝えたのかを、分かっているからだ。


   ◇


 リシアが、一歩前へ出た。


「私は」


 その声は、カレンやクラリスとは少し違っていた。


 強い。

 けれど、どこか自然だった。


「この子たちみたいに、特別な理由なんてないわ」


 リナたちがリシアを見る。


「初めて会った時から裸を見られて」

「変な奴だって、ずっと思ってた」


 良樹の眉が動いた。


(――おい)


「今もそう思うところは、多々あるけど」


(――おい)


 リシアは、振り返らなかった。


「ただ」

「それから何となく一緒にいて」

「少しずつ、一緒の時間が増えて」

「気がついたら」


 一拍。


「好きになってた」


 良樹の呼吸が、少しだけ止まる。


 リシアは続けた。


「それだけよ」


 救われたからではない。

 選ばれたからではない。

 特別な恩があったからではない。


 最初は事故だった。

 最初は最悪だった。

 変な男だった。

 面倒な男だった。


 それでも一緒にいた。

 喧嘩した。

 怒った。

 笑った。

 試験した。

 失敗した。

 改善した。

 キスもした。

 妻になった。


「特別な理由なんかない」


 リシアは、アルフ側の少女たちを見据えた。


「私は、良樹が良樹だから好き」

「それ以外に、理由なんて要らないわ」


 その言葉は、単純だった。


 だから強かった。


 救ってくれたから好き。

 優しくしてくれたから好き。

 特別な力で変えてくれたから好き。


 そういう理由の外側に、リシアは立っている。


「だから、っていうのも変だけど」


 リシアは、杖を握り直した。


「良樹に、あんたたちが何かするなら」

「それは全部、私たちが引き受ける」


 飛翔翼の輪郭が、背で薄く広がる。


「私たちは」


 一拍。


「良樹の妻だから」


 クラリスが、くすりと笑った。


「リシアに、美味しいところを持っていかれましたけど」


 カレンも、小さく頷く。


「私たちも、同じですから」


 リシアは肩をすくめた。


「なんだ」

「やっぱり私たち」

「男の趣味が悪いのは、一緒ね!」


 三人は笑った。


「おい」


 良樹が低く言う。


 三人は振り返らない。


 今は、良樹に構う場面ではない。

 目の前の少女たちを止める場面だ。


「後で聞いてあげるわよ」


 リシアが言う。


「聞く前提なのか」


「ええ」


 リシアは、笑ったまま答えた。


「私たちは、あんたの妻だから」


 カレンは剣を構える。

 形状可変剣が、静かに鳴った。


 クラリスは拳を開き、閉じる。

 袖口から淡く顕現した手甲が、血の跡を隠すように光を帯びる。


 リシアの背に、飛翔翼の輪郭がさらに広がる。


 三人は、笑っている。


 怯えではない。

 盲信でもない。

 救われた者の依存でもない。


 自分たちで選んだ男のために。

 そして、その男が間違えた時には止めるために。


 笑いながら、構える。


「良樹に用があるなら」


 リシアが言う。


「まず、私たちを越えてください」


 カレンが続ける。


「ただし」


 クラリスが微笑む。


「怪我は、なるべく少なく済ませましょう」

「私たちは、あなた方を壊したいわけではありませんから」


   ◇


 アルフは、そのやり取りを聞いていた。


 駄目だ。


 そう思った。


 このままでは、空気を持っていかれる。


 リナたちが、あの三人の言葉に揺らされる。

 リナまで、何かを考え始めている。


 駄目だ。


 考えさせてはいけない。


 考えれば、揺れる。

 揺れれば、離れる。

 ようやく自分を必要としてくれた人たちが、また遠ざかる。


 それだけは嫌だった。


「皆!」


 アルフが声を張った。


「陣形を!」


 リナたちは、はっとしたように振り返る。


 戸惑いながらも、アルフの周囲へ集まる。


 今まで何度も使ってきた形だった。


 アルフが力を与える。

 彼女たちが前に出る。

 アルフが支える。

 皆で人を助ける。


 そのはずだった。


 良樹は、低く言った。


「――何をしているのか、分かってるのか」


 アルフが睨む。


「何がですか」


「戦ってでも喋れないことがある」


 良樹は、打撃腕を纏った右腕をわずかに上げた。


「そう、自分で言ってるのと同じだぞ」


「うるさい!」


 アルフの声が荒くなる。


「あんたこそ」

「なんで、そんなに聞こうとするんだ!」


「お前が危険な奴だからだ」


 アルフの顔が、わずかに揺れた。


「僕が……危険?」


「ああ」


 良樹は頷く。


「悪人じゃねえのは、何となく分かった」

「お前が人を助けたことがあるのも、多分本当だ」

「お前に救われた奴がいることも、否定しねえ」


 アルフの唇が震える。


「だったら――」


「だからこそ、危ねえ」


 良樹の声が、アルフの言葉を断った。


「悪意で壊す奴は、分かりやすい」

「止める理由も、周りに伝えやすい」


 一拍。


「けどな」

「善意で壊す奴は、自分が壊してることに気づかねえ」


 アルフの周囲で、リナたちが息を呑む。


「自分の怖さを分かってねえ奴を」

「この街に入れる訳にはいかねえ」


 良樹は、一歩も退かなかった。


「次から次へ旅をして」

「助けたと言って」

「感謝されたと言って」

「その後を見ねえ奴に」


 打撃腕が、門前の進路を塞いでいる。


「この街の門は、潜らせねえ」


「僕は人を救ってきた!」


 アルフが叫んだ。


「救われた人はいるんだ!」

「僕がいなければ、苦しんでいた人たちがいるんだ!」


 良樹は、すぐには否定しなかった。


「ああ」


 短く答える。


「いるだろうな」


 アルフの言葉が止まった。


 良樹は、真っ直ぐにアルフを見ていた。


「そこは否定しねえ」

「お前の善意も」

「お前に救われた奴がいることも」

「間違っても、否定しねえ」


 良樹は、低く息を吐いた。


「だが、アルフ」


 一拍。


「そのあとを知ってるか」


 アルフの目が揺れた。


「……え?」


「お前が、何でも切れる術を施したナイフは」


 良樹の声は、静かだった。


 静かなまま、逃げ場がなかった。


「鞘ごと切って、持ち主の脚に刺さった」


 アルフの顔から、色が引いた。


「お前が、水が湧き続けるようにした井戸は」

「水害を起こした」

「集落の連中は、毎日何度も水を川に捨てる重労働をしねえと」

「その井戸を使えなくなった」


「そんな……」


 アルフの声は、かすれていた。


 良樹は止まらない。


「お前が」


 その声が、わずかに沈む。


「良かれと思って人の姿に変えた亜人たちは」


 リナの肩が跳ねた。


「人間の世界で、“元亜人”と差別された」

「元の姿にも戻れねえ」

「亜人の集落に戻っても」

「自分で自分を裏切り者だと責めながら暮らしてる」

「周りも、何も言ってやれねえ無力さに打ちひしがれながらな」


 リナたちが、息を呑んだ。


 誰も、すぐには言い返せなかった。


 アルフは、ただ立っていた。


「違う……」


 小さく呟く。


「僕は、そんなつもりじゃ……」


「ああ」


 良樹は頷いた。


「そうだろうな」


 アルフが顔を上げる。


「お前の善意は否定しねえ」

「お前が誰かを助けたことも、否定しねえ」

「間違っても、そこは否定しねえ」


 良樹は、打撃腕を纏った右腕を下ろさなかった。


「だが」


 半透明の魔導自立盤が、良樹の背後で低く鳴る。


「後を見ねえ善意を」

「この先も続けるなら」


 リシアの飛翔翼が、薄く震える。

 カレンの形状可変剣が、静かに鳴る。

 クラリスの手甲が、淡く光る。


 三人は、良樹の前ではなく、良樹の隣にいる。


 止めるために。

 守るために。

 間違えさせないために。


「俺がお前を止めるしかねえ」


 良樹は、アルフを見た。


「それが」


 一拍。


「この世界に生きると決めた」


 もう一拍。


「上村良樹の覚悟だ」


 アルフは言葉を失っていた。


 門前に、重い沈黙が落ちる。


 力はある。

 力を出せる。


 だが、まだ誰も飛び出さない。

 誰も撃たない。

 誰も斬らない。

 誰も殴らない。


 止まっている。


 止まっているからこそ、怖かった。


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