表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

91/114

第89話 便利なものほど止め方を見る

 古砦から戻った良樹たちは、その足でギルドへ向かった。


 本来なら、一度拠点へ戻って装備を解き、泥を落とし、飯を食い、休むべきだった。


 だが、ガレスから呼び出しが入っていた。


 古砦の報告。

 中継拠点として使えそうかどうか。

 井戸、石台、門、外壁の状態。

 魔物の残りがないか。


 そこまでは、良樹も予想していた。


 問題は、ガレスが奥の部屋へ四人を通した時の顔だった。


 いつもの軽さが少し薄い。


 機嫌が悪いわけではない。

 怒っているわけでもない。


 ただ、面倒なものを見つけた顔だった。


「お前らが外に出てる間に、少し妙な話が入ってきた」


 ガレスはそう言って、机の上へいくつかの品を置いた。


 靴。

 腕輪。

 金具のような部品。

 包丁。

 そして、最後に布に包まれた何か。


 良樹は、椅子へ腰を下ろしながら眉を寄せた。


「妙な話?」


「ああ」


 ガレスは机を指で軽く叩いた。


「市場で、妙な付与品が出回りかけた」


「出回りかけた?」


「売れ始める前でよかった」

「便利そうだからな」

「放っておけば、一気に広がってたかもしれねえ」


 リシアが机の上を見る。


「付与品、ね」


 カレンは、少し不安そうに良樹の横へ立った。

 クラリスは、腕輪を見た瞬間、ほんの少しだけ目を細めた。


 良樹は机の上の品を順に見た。


 見た目だけなら、どれも特別危険なものには見えない。


 靴は旅人用。

 腕輪は簡素な銀色。

 金具は荷車の部品らしい。

 包丁も、料理人が使う程度のものに見える。


「……便利そうな品ばっかりだな」


「ああ」

「便利そうだ」


 ガレスは頷いた。


「だが、どうにも嫌な匂いがする」


 良樹は短く息を吐いた。


「分かった」

「見る」


   ◇


 最初に良樹が手に取ったのは、靴だった。


 革靴。

 底は厚く、旅に使うには悪くなさそうな作りをしている。


 ただし、革職人の仕事というより、後から何かを付け足した気配があった。

 靴底と足首周りに、薄く付与の光が残っている。


「売り文句は?」


 良樹が聞くと、ガレスが答えた。


「疲れにくい靴、だそうだ」


「旅人や荷運びには売れそうね」


 リシアが言った。


「売れるだろうな」


 良樹は靴を机に戻した。


「俺でも、現場で一日歩き回るなら欲しくなる」


「便利そうなのに、嫌な顔してるわね」


「便利そうだから嫌なんだよ」


 リシアが眉を上げる。


 良樹は靴を指で押した。


「疲れない靴ならいい」

「だが、疲れにくいって言い方が嫌だ」


「どう違うの?」


「疲労を減らしてるのか」

「疲労を感じにくくしてるのか」

「そこが分からねえ」


 クラリスが静かに頷いた。


「疲労は、身体からの知らせです」


「ああ」


 良樹はクラリスを見る。


「疲れが消えたならいい」

「でも、身体は壊れてるのに、疲れを感じにくくしてるだけなら最悪だ」


 カレンが、少し顔を曇らせる。


「動けてしまうから、ですか」


「そうだ」

「警報ランプを黒く塗って、異常が消えたと言ってるのと同じだ」


 良樹は靴を見た。


「足は痛める」

「筋は壊れる」

「水も食い物も足りなくなる」

「でも本人は疲れてねえ気がする」

「付与が切れた瞬間、倒れるかもしれねえ」


 クラリスの声が、少しだけ低くなる。


「子どもや年配の方が使えば、危険ですね」

「荷運びの方も、無理をしてしまいます」


「ああ」

「使うなら、歩く時間の制限、休憩の指示、付与が切れた時の確認がいる」

「ただ履けば楽になる便利靴として売るもんじゃねえ」


 ガレスは腕を組んだ。


「なるほどな」

「便利そうだから売れる」

「売れるから危ねえ、か」


「そういうことだ」


 良樹は靴から手を離した。


「これは、疲れにくい靴じゃねえ可能性がある」

「疲れを見えにくくする靴だ」


   ◇


 次に、クラリスが腕輪を手に取った。


 銀色の簡素な腕輪。

 飾りは少ない。

 付与も派手ではない。


 だが、クラリスはそれを見た瞬間、微笑みを消した。


「これは、何ですか」


 ガレスは少しだけ顔をしかめた。


「痛みを感じにくくする腕輪だ」


 クラリスの指が、腕輪の表面を静かになぞる。


「……これは嫌いです」


 リシアも表情を変えた。


 カレンは、思わず自分の腕を押さえる。


 良樹はクラリスを見た。


「クラリス」


「はい」


「どう見る」


 クラリスは腕輪を机に置いた。


「痛みは、身体が壊れている知らせです」

「それを消すなら、誰が身体の限界を見るのですか」


 良樹は頷いた。


「その通りだ」


 ガレスが言う。


「売り文句は、怪我をしても動ける。戦闘中に便利、だそうだ」


 クラリスの目が、冷えた。


「治っていません」


 短い言葉だった。


「痛みを感じないだけです」

「傷は傷のままです」

「骨は折れたままです」

「筋は切れたままです」

「それでも動けてしまうなら、壊れ方がひどくなります」


 良樹は腕輪を指した。


「警報を切るなら、代わりの監視がいる」

「それがないなら、ただの危険物だ」


「監視?」


 ガレスが聞く。


「使う奴の身体を誰かが見る」

「何分だけ使う」

「どの怪我なら使っていい」

「どの怪我なら絶対に止める」

「戦闘後は必ず治療する」

「そういう運用が全部いる」


 クラリスは静かに続けた。


「痛みを抑えること自体が、全て悪いとは言いません」

「治療のために必要な時もあります」

「動かなければ死ぬ時もあります」


 そこで、クラリスは腕輪をもう一度見た。


「ですが」

「誰でも買える品として出すものではありません」


 良樹は短く言った。


「痛みを消す道具じゃねえ」

「痛みを預かる道具だ」

「預かるなら、誰が責任を持つのか決めなきゃならねえ」


 ガレスは、苦い顔で頷いた。


「こいつは回収して正解だったな」


「ああ」


 クラリスは、腕輪から手を離した。


「これは、人を壊します」


   ◇


 次は、荷車の部品だった。


 金具。

 車軸か、車輪周りに取り付ける補助部品らしい。


 リシアがそれを持ち上げる。


「これは?」


「荷物が軽くなる荷車部品、だそうだ」


 ガレスの説明に、良樹は眉を寄せた。


「荷物が軽くなる、ねえ」


「商人には売れそうです」


 カレンが言った。


「売れるだろうな」

「荷物を多く運べるなら、商人も運送屋も欲しがる」


 良樹は金具を受け取り、重さと形を見る。


「問題は、何が軽くなってるかだ」


 リシアが首を傾げる。


「荷物じゃないの?」


「本当に荷物の重さそのものが減るなら、まだいい」

「いや、それでも付与が切れた時の問題はある」

「だが、もっとまずいのは」


 良樹は金具を机に置いた。


「引く人間や馬が、軽く感じるだけの場合だ」


 リシアの顔が変わる。


「積みすぎる」


「ああ」


 良樹は指を折る。


「本当は荷車も車軸も車輪も重さを受けてる」

「荷台も限界がある」

「道も沈む」

「坂では止まらなくなる」

「でも引いてる奴だけが軽いと思い込む」


 カレンが息を呑んだ。


「付与が切れたら……」


「車軸が折れる」

「車輪が砕ける」

「馬が潰れる」

「引き手が巻き込まれる」

「坂なら、そのまま暴走する」


 ガレスは低く唸った。


「笑えねえな」


「笑える要素がねえ」


 良樹は金具を指差した。


「使うなら、重量表示がいる」

「積載上限がいる」

「付与が切れる前の警告がいる」

「切れた時に荷重を逃がす仕組みがいる」

「最低でも、荷車そのものの強度確認が先だ」


 リシアが小さく息を吐いた。


「便利に見えて、後が怖いわね」


「ああ」

「軽く運べることだけ見てる」

「重さが戻る時のことを見てねえ」


 クラリスが静かに言う。


「身体と同じですね」

「負担が消えたように見えても、消えていないかもしれません」


「そうだな」


 良樹は頷いた。


「軽くしたんじゃない」

「重さを見る目を潰しただけなら、最悪だ」


   ◇


 次に、ガレスは包丁を机の中央へ置いた。


 普通の包丁に見えた。


 柄は木製。

 刃はよく研がれている。

 肉屋や料理人が使うには、悪くなさそうな品だ。


「これは、切れ味が落ちない包丁だ」


 ガレスが言った。


 良樹は少しだけ眉を上げた。


「さっきまでよりは、まだマシそうだな」


 リシアが意外そうに見る。


「そうなの?」


「ああ」

「切れ味が落ちないこと自体は、そこまで変じゃねえ」

「包丁は切れるための道具だ」

「研ぎの手間が減るなら、料理人や肉屋にはありがたいだろうな」


「なら、これは良いのですか?」


 カレンが聞いた。


「運用次第だ」


 良樹は包丁を持ち上げない。

 机に置いたまま、刃の向きだけを確認した。


「使う人間が決まっている」

「保管場所が決まっている」

「子どもが触れない」

「使い終わったら必ず鞘か箱へ戻す」

「刃が欠けた時に分かる」

「そういう条件があれば、まだ使える可能性はある」


 クラリスが頷いた。


「管理者がいれば、ですね」


「ああ」

「ただし、誰でも買える露店に置くもんじゃねえ」


 リシアが包丁を見る。


「切れすぎるから?」


「それもある」

「だが、切れ味が落ちないとなると、使う側が刃を見る習慣を失うかもしれねえ」


「刃を見る習慣?」


「普通の包丁なら、切れ味が落ちる」

「研ぐ」

「刃を見る」

「欠けを見る」

「柄の緩みを見る」

「そこで異常に気づく」


 良樹は包丁を指で示した。


「だが、切れ味だけ落ちねえとなると」

「刃が欠けても、柄が傷んでも、使う奴が見なくなる可能性がある」

「切れるから大丈夫、になる」


 ガレスが顔をしかめる。


「切れればいい、ではねえわけか」


「道具はそういうもんじゃねえ」

「切れるかどうかだけじゃなく、どう壊れるかを見る」


 カレンは、包丁をじっと見ていた。


「剣も、同じです」

「刃こぼれを見ます」

「歪みを見ます」

「握りを見ます」

「切れるから大丈夫、ではありません」


 良樹は頷いた。


「そういうことだ」

「これは、管理できる職人に渡すなら可能性はある」

「でも便利品としてばら撒くなら、やっぱり危ない」


 リシアがまとめるように言った。


「使う場所と、使う人を選べば使えるかもしれない」

「でも、誰でも買えるようにするものではない」


「ああ」

「これは不合格だが、改善の余地はある」

「少なくとも、さっきの腕輪よりはマシだ」


 クラリスは腕輪を見た。


「腕輪は駄目です」


「そこは揺れないな」


「揺れません」


   ◇


 最後に、ガレスが布包みを机の中央へ置いた。


 それまでより、少しだけ扱いが慎重だった。


 良樹は、その動きで察した。


「大トリか」


「ああ」

「こいつは笑えねえ」


 ガレスは布を開いた。


 中から出てきたのは、短剣だった。


 刃渡りは長くない。

 護身用と言われれば、そう見える。

 柄も豪奢ではない。

 鞘も、安物ではないが特別な品には見えない。


 ただ。


 鞘に、切れ目が入っていた。


 革の鞘。

 金具。

 留め紐。


 その全部が、まるで最初からそこに線が引かれていたかのように、斜めに断たれている。


 カレンが、短剣を見た瞬間、表情を変えた。


「……これ」


 良樹はカレンを見た。


「どうした」


 カレンは、短剣そのものではなく、鞘の内側と柄の根元を見ていた。


「血がついていた跡があります」

「乾いて、拭き取られていますけど」

「ここに」


 ガレスが頷いた。


「ああ」

「人の血はついてた」


 部屋の空気が、少しだけ重くなった。


 良樹の声が低くなる。


「……誰か、切られたのか」


「いや」

「どうも違う」


 ガレスは、鞘の切れ目を指で示した。


「持ち主は、こいつを鞘に収めて腰に下げてたらしい」

「ところが、歩いているうちに鞘ごと切れてな」

「そのまま、持ち主の脚に刺さったそうだ」


 沈黙。


 リシアが、短剣を見たまま眉をひそめる。


 クラリスの目から、微笑みが消える。


 カレンは、唇を引き結んでいた。


 良樹は、しばらく短剣を見ていた。


 それから、低く言った。


「……笑い話にもならねえ」


「ああ」

「本人は命に別状なし」

「だが、太腿をざっくりやってる」


 ガレスはクラリスを見た。


「お前なら分かるだろ」


 クラリスは静かに頷いた。


「場所が悪ければ、死にます」

「太い血管を傷つければ、短時間で命に関わります」


 良樹は短剣を指差した。


「なんでも切れるってのは」

「敵だけを切るって意味じゃねえ」

「鞘も切る」

「服も切る」

「腰紐も切る」

「持ち主の脚も切る」

「間違って落とせば、床も足も切る」

「運ぶ箱も切るかもしれねえ」


 リシアが低く言う。


「鞘に入れても止まらないのね」


「ああ」

「刃を止めるものがない」

「収納状態が安全状態になってねえ」

「道具として最悪だ」


 カレンは、短剣を見つめたまま言った。


「これは、怖いです」


 そこで一度、首を振る。


「いえ」

「怖い、怖くない以前の問題です」


 カレンは、鞘の切れ目を見た。


「これは、どこだろうと切る場所にしてしまいます」


 良樹は黙って聞いていた。


「鞘の中でも」

「腰に下げていても」

「持ち主の脚でも」

「刃が触れた場所を、全部、切る場所にしてしまいます」


 カレンの手が、自分の剣の柄へ静かに触れた。


「私の剣とは違います」

「私は、斬る場所を選びます」

「斬らない場所を残します」


 そして、もう一度短剣を見た。


「これは」

「残す場所を、持っていません」


 良樹は、短く息を吐いた。


「……そうだな」


 良樹は短剣を見た。


「これは、切れ味が強いんじゃねえ」

「切る条件が壊れてるんだ」


 ガレスが、苦い顔で言った。


「売り文句は、護身用だったらしい」


 良樹は笑わなかった。


「護身用じゃねえ」

「持ち主まで切る刃物は、敵味方の区別がついてねえだけだ」


「なんでも切れる短剣、だそうだ」


「なんでも切れるなら、なんでも切れないようにする仕組みが要る」

「切れすぎるなら、鈍らせる仕組みが要る」

「刃を殺すんじゃねえ」

「使える形に落とすんだ」


 良樹の声は低かった。


「強いまま渡すのは、親切じゃねえ」

「使う奴に事故を押しつけてるだけだ」


 リシアは腕を組んだ。


「制御がないのね」


「ない」

「切る条件も、止める条件も、眠らせる条件もない」


 クラリスが言う。


「使っていない時に危険な道具は、常に人を傷つけます」


「ああ」


 良樹は、短剣を机の上で少しだけ押しやった。


「これは便利品じゃねえ」

「性能だけ上げて、運用を捨てた失敗作だ」


 ガレスは、しばらく黙っていた。


 それから、深く息を吐く。


「品評会の結果は?」


「悪口大会でいいなら言える」


「言え」


 良樹は机の上の品を見た。


「全部が全部、即廃棄とは言わねえ」

「包丁みたいに、使う人間と場所を決めれば、まだ運用できる可能性があるものもある」

「荷車部品も、仕組み次第じゃ改善できるかもしれねえ」

「靴も、疲労を本当に減らしてるなら使い道はある」


 そこで、腕輪と短剣を見る。


「だが、痛みを消す腕輪は駄目だ」

「使う人間の身体を見てねえ」

「この短剣も駄目だ」

「使ってねえ時に止まらねえ」


 リシアが言う。


「便利だけを見てる」


 クラリスが続ける。


「身体の知らせを軽く見ています」


 カレンは短剣から目を逸らさなかった。


「斬らない場所を、残していません」


 良樹は頷いた。


「ああ」

「だから嫌な匂いがする」


   ◇


 良樹は、短剣から目を離さないまま言った。


「こいつを売った奴の情報は何かあるのか」


 ガレスは、少しだけ言いにくそうに頭を掻いた。


「それがな」

「なんでも、女数人を侍らせた若い男だったらしい」


 部屋の空気が止まった。


 良樹。

 リシア。

 カレン。

 クラリス。


 四人は、ほぼ同時に顔を見合わせた。


「……」


「……」


「……」


「……」


 最初に目を逸らしたのは、良樹だった。


「……ガレス」


「何だ」


「一応、確認する」

「俺じゃねえよな」


 ガレスは、真顔で良樹を見た。


 それから、リシアを見た。

 カレンを見た。

 クラリスを見た。


 最後に、もう一度良樹を見た。


「違う」


「間が長えよ」


「いや」

「条件だけ聞くと、少しな」


「少しじゃねえだろ、今の間は」


 リシアが腕を組んだ。


「女数人を侍らせた若い男、ね」


 カレンが少し困った顔で言う。


「あ、あの……侍らせているわけでは……」


 クラリスは清楚に微笑んだ。


「妻ですから」


「クラリス、今そこを正面から補強しないでくれ」


 良樹は額を押さえた。


 ガレスは苦い顔で続けた。


「まあ、少なくともお前じゃねえ」

「そいつは町の市場で、妙な付与品をいくつも売り込んでいた」

「連れていた女たちも、どうやら護衛か仲間らしい」

「ただ、かなり目立っていたそうだ」


 良樹は短く息を吐いた。


「……目立つだろうな」


「お前が言うか」


「言う権利は薄いな」


 良樹は、額を押さえたまま言った。


「他に特徴は無えのか」

「女数人を侍らせた若い男、だけじゃ範囲が広い」


 ガレスは、少し考えるように腕を組んだ。


「そうだな……」


 それから、言いにくそうに視線を逸らす。


「見かけた若い衆たちは」

「あいつも爆発しろ、とか言ってたな」


 沈黙。


 良樹は、ゆっくり顔を上げた。


「……も?」


「も、だな」


「今、も、って言ったな」


「言った」


「誰と比較して、も、なんだ」


 ガレスは答えなかった。


 リシアが、そっと良樹から目を逸らした。


 カレンも、困ったように胸元で手を握った。


 クラリスだけが、清楚に微笑んでいる。


「良樹くん」

「世間の評価は、時に率直です」


「クラリス」

「今それを清楚に刺すな」


 リシアが咳払いした。


「でも、まあ」

「若い男が女数人を連れて歩いていたら、そう見られることもあるでしょうね」


「お前が言うな」

「お前らがいるからだろ」


「私たちは妻よ」


「だから爆発しろ扱いなんだろうが」


 カレンが小さく手を上げた。


「あ、あの……でも」

「良樹さんは、侍らせているわけではありません」


「カレン……」


 良樹が少し救われた顔をする。


 カレンは、真面目な顔で続けた。


「私たちが、勝手についてきています」


「救い方が不器用」


 クラリスが頷いた。


「はい」

「そして必要に応じて監視しています」


「補強するな」


 ガレスは肩を震わせた。


「まあ、安心しろ」

「お前らじゃねえのは分かってる」

「お前は妙なものを作っても、売る前にこの三人から袋叩きにされる」


 良樹は否定しようとして、机の上の付与品を見た。


 痛みを消す腕輪。

 疲れを隠すかもしれない靴。

 荷車部品。

 切れ味の落ちない包丁。

 そして、鞘ごと切れた短剣。


 否定できなかった。


「……否定できねえな」


 リシアは腕を組んだ。


「当然よ」

「こんなのを市場に出そうとしたら、まず私が止めるわ」


 カレンが頷く。


「この短剣は、絶対に駄目です」


 クラリスも静かに言う。


「痛みを消す腕輪もです」

「使う人が壊れます」


 良樹は、三人を見た。


 それから、ガレスへ視線を戻す。


「つまり」

「そいつが問題なのは、女を連れてることじゃねえ」


 ガレスが頷く。


「ああ」


 良樹は短剣を見た。


「止める奴が、隣にいねえことだ」


 部屋の空気が、少しだけ落ち着いた。


 良樹は続ける。


「そいつの外見とかの情報は無えのか」


 ガレスは腕を組んだ。


「爆発しろと言ってた若い衆によるとだな」


「その情報源、信用していいのか」


「嫉妬してる男の観察眼は、案外馬鹿にできねえぞ」


「嫌な信頼性だな」


 ガレスは、少しだけ目を細めた。


「どうも男の方は、ここいらの人間の服装じゃなかったらしい」


 そう言って、ガレスは良樹を見た。


 良樹は、自分の服を見下ろした。


 異世界に来た時からの作業用ツナギ。

 腰袋。

 安全靴。

 この世界の人間から見れば、かなり浮いた服装だ。


 リシアも、カレンも、クラリスも、自然と良樹を見た。


「……何で全員こっちを見る」


 リシアが腕を組んだ。


「ここいらの人間の服装じゃない若い男」


 カレンが小さく続ける。


「女数人と一緒にいる」


 クラリスが清楚に微笑む。


「若い方々から爆発しろと言われる」


 良樹は額を押さえた。


「俺じゃねえか」


 ガレスが頷いた。


「条件だけならな」


「頷くな」


「だが違う」

「お前じゃねえのは分かってる」


「分かってるなら最初からその目で見るな」


 リシアが、少しだけ真面目な顔になった。


「でも、ここいらの服装じゃないってことは」


「ああ」


 良樹の表情から、冗談が消えた。


「俺と同じ可能性がある」


 カレンが息を呑む。


「異世界から来た人、ですか」


「断定はできねえ」

「遠い土地の人間かもしれねえ」

「変わった服を着てただけかもしれねえ」


 良樹は、机の上の短剣を見た。


 鞘ごと切れた短剣。

 持ち主の脚を傷つけた、止め方のない刃物。


「でも」

「付与の内容が妙すぎる」

「便利そうな発想が、こっちの常識と少しズレてる」

「その上、服装まで違うとなると」


 ガレスが低く言った。


「お前と同郷か」


 良樹は、すぐには答えなかった。


 同郷。


 日本。

 前の世界。

 工場。

 父。

 盤。

 図面。

 安全靴。

 腰袋。


 それらが、一瞬だけ頭をよぎった。


「……分からねえ」


 良樹は短く答えた。


「ただ、会う必要は増えた」


 クラリスが静かに良樹を見る。


「良樹くん」


「大丈夫だ」

「期待はしてねえ」


 そう言った声は、少しだけ硬かった。


 リシアが、良樹の横顔を見る。


「本当に?」


「してねえよ」

「同じ世界から来た奴かもしれねえ、なんて」

「そんな都合のいい話に期待するほど、俺は若くねえ」


 ガレスがぼそりと言った。


「二十八は十分若いぞ」


「今そこじゃねえ」


 カレンが、そっと良樹の袖を掴んだ。


「でも」

「会って、確かめましょう」


 良樹はカレンを見る。


 カレンは少し不安そうだった。

 けれど、逃げてはいなかった。


「その人が、良樹さんと同じ場所から来た人でも」

「違っていても」

「この短剣は、危ないです」


 クラリスも頷いた。


「痛みを消す腕輪も、疲労を隠す靴もです」

「同郷かどうかと、危険かどうかは別です」


 リシアが言った。


「そうね」

「懐かしい相手かもしれない」

「でも、止めるべきものは止める」


 良樹は、三人を見た。


 それから、小さく息を吐く。


「……ああ」

「そうだな」


 良樹は短剣を指で軽く押した。


 鞘に収まっているはずなのに、鞘を切った刃物。


「同じ世界から来たかどうかは、会えば分かる」

「でも、今分かってることが一つある」


 ガレスが聞く。


「何だ」


 良樹は、低く言った。


「こいつは、止め方を見てねえ」

挿絵(By みてみん)

   ◇


「まあ、今日のところはこんなところだな」


 良樹は机の上の付与品をもう一度見た。


「まずは売った奴の足取り」

「作った奴が別なら、そこまで辿る」

「こっちの世界の服装じゃねえって話も、気にはなる」


 ガレスは頷いた。


「ああ」

「こっちでも人を出す」

「市場の連中にも聞かせる」

「お前らは一度休め」

「古砦帰りで、そのまま品評会だ。顔が死んでるぞ」


「悪口大会のせいだろ」


「品評会だと言った」


「どっちでもいい」

「笑い話にならねえもんばっかりだった」


 良樹がそう言った時だった。


 ガレスが、ふと思い出したように顔を上げた。


「あと、良樹」


「ん?」


「爺さ――」

「グランドマスターから、早文が届いてる」


 良樹の眉が動いた。


「藤田さんから?」


「ああ」

「俺の報告の返信に、くっついてきてた」


「早いな」


「早い」

「爺さん、年のわりに反応が軽い」


「それは本人の前で言え」


「言えるか」


 ガレスは机の引き出しから、封をした紙を取り出した。


 通常のギルド便とは違う。

 紙は薄いが、妙にしっかりしている。

 封にはグランドマスターの印が押されていた。


 良樹は、それを受け取った。


 リシアが横から覗き込む。


「何て?」


「まだ読んでねえ」


 カレンは少し緊張した顔になる。


「古砦の件でしょうか」


 クラリスは、机の上の付与品を一度見た。


「それとも、この付与品の件でしょうか」


「どっちもあり得るな」


 良樹は封を切った。


 紙を開く。


 そこには、藤田らしい、妙に達者な筆跡で、最初の一行が書かれていた。


 ――ちゃお、良樹。


 良樹の身体が、少しだけ傾いた。


「おっと」


 カレンが慌てて支えようとし、リシアが眉をひそめ、クラリスが目を瞬かせる。


 ガレスも、机の向こうで顔をしかめた。


「何が書いてあった」


 良樹は、紙を見たまま低く言った。


「……ちゃお、良樹、だとよ」


「爺さん、何やってんだ」


 ガレスが頭を抱えた。


 良樹は、気を取り直して続きを読んだ。


 ――まあ、そう転けるでない。

   ジョークというやつじゃ。

   ほっほっほ。


「……腹立つな、この爺さん」


「良樹」

「声に出ています」


 クラリスが静かに言った。


「出してんだよ」


 良樹は眉間を押さえながら、さらに紙へ目を落とした。


 ――しかし、ガレスの報告の方は、ジョークでは済ましてやれなさそうじゃ。


 部屋の空気が、少しだけ変わった。


 良樹の目も変わる。


 リシア、カレン、クラリスも、自然と紙を見る。


 ――覚えておるか、良樹。

   初めて会うた時に、儂がお主に言うた言葉を。


 良樹は、息を止めた。


 思い出す。


 グランドマスター。

 藤田吾郎。

 昭和二十年からこの世界に来た、もう一人の異邦人。


 初めて会った時、藤田は笑っていた。

 穏やかに。

 飄々と。

 けれど、その奥にある目は、まったく笑っていなかった。


 ――力を得て調子に乗った若造が秩序を乱すなら、潰すつもりで来た。


 そう言っていた。


 良樹は、紙を持つ指に少しだけ力を込めた。


 リシアが、横から小さく声をかける。


「良樹」


「大丈夫だ」


 良樹は短く答え、続きを読んだ。


 ――儂はもう、あまり動けん。

   仕事もじゃが、お主に魔導工廠を譲渡して以来、儂の力は衰えておる。


   じゃから良樹。

   お主が見定めてこい。


   お主だけでは、ちと不安じゃが。

   今は嫁さん達もおるから大丈夫じゃろう。


 良樹の視線が、そこで止まった。


 リシアが少しだけ目を伏せる。


 カレンは胸元で手を握る。


 クラリスは、静かに微笑んだ。


 良樹は、さらに続きを読んだ。


 ――あの子らは、いい女じゃ。


 良樹の喉が、少しだけ詰まった。


 藤田にそう言われると、不思議と重かった。


 技術者として。

 異邦人として。

 そして、長くこの世界を見てきた男として。


 藤田は、三人を見てそう書いた。


「……爺さん」


 良樹は、小さく呟いた。


 だが、手紙はそこで終わっていなかった。


 ――まあ、ワシの妻達には劣るがの。

   ほっほっほ。


 沈黙。


 良樹は、手紙をそっと机に置いた。


「最後で台無しにしやがった」


 ガレスが肩を震わせた。


「爺さんらしいな」


「らしいで済ませるな」


 リシアは腕を組んだ。


「でも、言いたいことは分かるわ」


 カレンも頷く。


「見定めてこい、ですか」


 クラリスは、机の上の付与品を見た。


「力を得て、調子に乗った若い方が、秩序を乱しているかもしれない」

「そういうことですね」


 良樹は、もう一度手紙を見た。


 ちゃお。

 ジョーク。

 ほっほっほ。

 妻自慢。


 ふざけた言葉はいくつもある。


 だが、その中心にあるものは冗談ではなかった。


 見定めてこい。


 潰すべきか。

 止めるべきか。

 教えるべきか。

 それとも、ただの誤解なのか。


 良樹は、机の上の短剣を見た。


 鞘ごと切れた短剣。

 持ち主の脚を傷つけた、止め方のない刃物。


 疲れを隠す靴。

 痛みを消す腕輪。

 重さを軽く感じさせる荷車部品。


 便利そうなもの。

 だからこそ、危ないもの。


 良樹は、静かに息を吐いた。


「……分かった」


 ガレスが見る。


「どうする」


 良樹は答えた。


「会う」

「同じ世界から来た奴かどうかは、会えば分かる」


 そこで一度、言葉を切る。


「でも、まず見るのはそこじゃねえ」


 リシアが頷いた。


「道具を作った人間として、見るのね」


「ああ」


 カレンが短剣を見つめる。


「この短剣を作った人として」


 クラリスが続ける。


「この腕輪を、人に渡そうとした人として」


 良樹は、藤田の手紙に指を置いた。


「爺さんは、俺に見定めろと言った」

「なら、見る」


 良樹は顔を上げた。


「そいつが、止め方を見てるかどうかを」


   ◇


 良樹は、しばらく手紙を見ていた。


 ちゃお、良樹。


 ふざけた書き出し。

 だが、その奥にある言葉は、軽くなかった。


 見定めてこい。


 良樹は、机の上の短剣を見た。

 鞘ごと切れ、持ち主の脚に刺さった刃物。


 痛みを消す腕輪。

 疲れを隠すかもしれない靴。

 重さを軽く感じさせる荷車部品。


 便利そうなもの。

 だからこそ、危ないもの。


 良樹は、静かに息を吐いた。


「ガレス」


「何だ」


「紙を一枚くれ」


 ガレスは眉を上げた。


「返事か」


「ああ」


 ガレスが紙と筆を渡す。


 良樹は、迷わなかった。


 短く書いた。


 折る。

 封はしない。

 そのままガレスへ差し出す。


 ガレスは少し目を丸くした。


「なんだ、もう書いたのか」

「早いな」


 良樹は立ち上がった。


「それで、あの人なら分かる」


 リシアも立つ。

 カレンも、クラリスも続いた。


 良樹は三人を見る。


「リシア」

「カレン」

「クラリス」


 三人は、すでに答える顔をしていた。


 良樹は言った。


「行くぞ」


「ええ」


「はい」


「はい、良樹くん」


 四人は部屋を出ていった。


 ガレスは、その背中を見送った。


 若い男。

 妻三人。

 異世界から来た技術屋。

 英雄候補ではなく、すでに英雄になった男。


 ガレスは、しばらくその背中を見ていた。


 そして、ふと手元の紙へ視線を落とす。


 良樹がサッと書いた返事。


 封もされていない。

 飾りもない。

 長い説明もない。


 だから、見えてしまった。


 ガレスは、そこに書かれた言葉を読んだ。


 そして、鼻で笑った。


「――ハッ」

「これまた、爺さんが好きそうな言葉だ」


 ガレスは、椅子の背にもたれた。


「爺さんがアイツに惚れ込むのも分かるぜ」


 紙には、ただ三行だけが書かれていた。


 やります。


 やれます。


 やってみせます。


 それだけだった。


 だが、それで十分だった。


 英雄になった男から。

 英雄だった男へ。


 見定めてこい、と託された若い技術屋が返した、誓いの言葉だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ