第76話 風を配る(挿絵有)
翌朝。
良樹は、作業場の中央に魔導空調服・試作一号機を置いていた。
見た目は、はっきり言って不格好だった。
良樹の作業着を元にした上着。
背中の腰上あたりに取り付けられた小型ファン二基。
腰には魔力石を差し込むためのホルダー。
胸元には回転数を調整するための小さなつまみ。
ファンの外側には、ノーラとケーンが突貫で作ったフィンガーガード。
ガードを外すと魔力線が切れて回らなくなる簡易インターロック。
格好良くはない。
英雄譚の絵に描かれるような道具ではない。
剣でもない。
杖でもない。
鎧でもない。
背中に、小さな風車を二つ背負った作業着。
それが、今の魔導空調服だった。
「……改めて見ると」
リシアが腕を組んで言った。
「かなり変ね」
「変なのは認める」
良樹は否定しなかった。
「だが、動く」
「そこは昨日見たわ」
リシアは、試作一号機の背中を覗き込んだ。
「服の中に風を入れて、首元や袖口から抜く」
「外から扇ぐのとは違う」
「汗を乾かして、熱を逃がす」
「ああ」
「理屈は分かるわ」
「でも、やっぱり見た目は変ね」
「見た目はこれからだ」
良樹は魔力石ホルダーを確認しながら言った。
「まずは動くこと」
「次に壊れないこと」
「その次に使いやすいこと」
「見た目はそのあとだ」
「その順番、女物だと揉めるわよ」
「揉めるのか」
「揉めるわ」
リシアは即答した。
カレンは、試作一号機を少し離れた位置から見ていた。
昨日、良樹が初めてそれを着た。
服がふくらみ、首元から風が抜けた。
良樹は「涼しい」と言った。
それは、カレンにも分かった。
ただ風を起こす道具ではない。
服の内側を風が通る。
暑さで身体が壊れる前に、少しだけ余裕を作る服。
魔導空調服。
良樹の、第二発明。
そして今日は、それをガレスへ見せに行く。
その前に、良樹はもう一度確認したがっていた。
「男物ベースだからな」
良樹は言った。
「俺が着るだけなら、昨日の確認でいい」
「だが、町で使うなら体格も違う」
「衛兵も、治療所の人間も、職人も、荷運びも、全部同じ体格じゃない」
「それに――」
良樹は少しだけ言葉を止めた。
「女が着る場合もある」
その言葉で、リシアが良樹を見た。
クラリスも微笑んだまま、少しだけ目を細めた。
カレンは、なぜか背筋を伸ばした。
「そこで止まるのね」
リシアが言う。
「そりゃ止まるだろ」
「何で?」
「考えることが増える」
良樹は真面目だった。
「胸元、腰、裾」
「男物と同じ風路じゃ駄目かもしれねえ」
「服の形が違えば、風の抜け方も変わる」
「動きにくいなら不良だ」
「見た目が嫌で着なくなるなら、それも不良だ」
リシアは少しだけ目を丸くした。
それから、ふっと笑う。
「そこまで分かってるならいいわ」
「まだ分かってねえ」
「だから試したい」
良樹は三人を見た。
「誰か、一回着てみるか」
「もちろん低速からだ」
「変だったらすぐ止める」
「暑い、寒い、苦しい、背中が当たる、動きにくい」
「全部報告してくれ」
リシアが口を開くより早く。
「は、はい」
カレンが手を上げていた。
「私が着ます」
リシアとクラリスが、同時にカレンを見る。
良樹も少しだけ意外そうにした。
「カレンでいいのか」
「はい」
カレンは胸元で両手を握った。
「試す必要があるなら」
「誰かが着ないと、分からないので」
リシアが少し目を細める。
「ずいぶん即答ね」
「そ、そうでしょうか」
「そうよ」
リシアは苦笑した。
「でも、カレンらしいわ」
クラリスも静かに頷く。
「はい」
「怖いところを見に行くのは、カレンの役目ですから」
「こ、怖いところというほどでは……」
カレンは少しだけ赤くなった。
けれど、下がらなかった。
良樹は短く頷く。
「分かった」
「じゃあ、カレン」
「まずはそのまま羽織ってくれ」
「締めるところは俺が見る」
「変に当たる場所があったら言え」
「はい」
◇
カレンは、魔導空調服を羽織った。
良樹の作業着を元にしているため、少し大きい。
肩幅も、袖の長さも、腰回りも余る。
背中には、二つの小さなファン。
腰には魔力石ホルダー。
胸元には、回転数調整つまみ。
いつものカレンの服とはまるで違う。
可愛い服ではない。
綺麗な服でもない。
どちらかと言えば、無骨で、実用一点張りの服だった。
それでも。
良樹が作ったものを、自分が最初に試している。
そう思うと、胸の奥が少しだけ熱くなった。
「重さはどうだ」
良樹が聞く。
「少し、あります」
「でも、動けないほどではありません」
「背中のファンは当たるか」
カレンは肩を回した。
「立っているだけなら大丈夫です」
「座る時は、少し気になるかもしれません」
「記録だな」
良樹はすぐに紙へ書いた。
カレンはその様子を見て、少しだけ笑いそうになった。
自分が着ているのに。
良樹はすでに紙を見ている。
良樹さんらしい。
「腰は?」
「少し、余っています」
「男物ベースだからな」
「仮で軽く締めるぞ」
「はい」
良樹は、腰のベルトを調整した。
触れ方は慎重だった。
必要なところだけに手を置き、余計なところには触れない。
それが少しだけ寂しいと思ってしまい、カレンは慌てて自分の考えを振り払った。
これは試験。
魔導空調服の試験。
変なことを考える場面ではない。
「よし」
「起動する」
良樹は魔力石ホルダーへ小さな魔力石を差し込んだ。
向きは一方向にしか入らない。
カチリ、と小さな感触。
「逆差しなし」
良樹が呟く。
「低速から行く」
「苦しかったらすぐ言え」
「はい」
カレンは少しだけ身構えた。
良樹が胸元のつまみを最小から少しだけ回す。
ぶうん、と小さな音がした。
背中の二つのファンが回り始める。
「ひゃ……っ」
カレンは思わず声を漏らした。
服が、ふわりと膨らんだ。
背中。
脇。
腰。
袖。
首元。
布の内側へ、風が入ってくる。
「……あ」
カレンは首元へ手をやった。
風が抜けている。
外から当たっているのではない。
服の中を通って、首元から出ている。
袖口にも、少しだけ空気が流れる。
背中に張りついていた布が、肌から離れている。
「どうだ」
良樹が聞く。
「中を……風が通っています」
カレンは、少し驚いたまま答えた。
「外から当たるのと、違います」
「服が、くっつきません」
「背中が……楽です」
「それに」
一度、息を吸う。
「呼吸も、少し楽です」
クラリスがカレンを見る。
「肩の力も少し抜けています」
「呼吸は浅くなっていません」
「悪くない反応ですね」
リシアも興味深そうに近づいた。
「本当に服の中を風が通るのね」
「見た目は変だけど」
「見た目は後だ」
良樹はまた言った。
「でも、これは気持ちいいです」
カレンは素直に言った。
「暑い場所なら、かなり違うと思います」
「そこが肝だ」
「冷やすというより、こもった熱を抜く」
「汗を乾かす」
「ただし、水は飲む」
「涼しいからって、休憩なしにする道具じゃねえ」
「はい」
カレンは頷いた。
服の内側を風が通る。
首元から抜ける。
背中が張りつかない。
それは、不思議で。
気持ちよくて。
少しだけ、楽しかった。
◇
「でも」
リシアが腕を組む。
「やっぱり、女物はこのままじゃ駄目ね」
良樹がカレンを見る。
「サイズか」
「サイズもだけど」
「それだけじゃないわ」
リシアは、カレンが着ている魔導空調服を指で示した。
「肩が余ってる」
「腰も余ってる」
「袖も長い」
「それに、腰を締めたら風の通り方が変わるでしょ」
「確かに」
良樹はカレンの腰回りを見た。
すぐに紙へ書く。
「腰の絞りで風路が変わる」
「胸元、脇、首元の抜けも確認要」
「胸元」
カレンの肩が小さく揺れた。
良樹は気づかない。
クラリスは静かに言った。
「胸元に風が溜まりすぎると、動きにくいかもしれません」
「それに、見た目の問題もありますね」
「見た目も機能だ」
良樹は真面目に頷いた。
「嫌で着なくなるなら不良だ」
「現場で使う道具は、使われなければ意味がねえ」
「良いこと言ってるのに、見てる場所が危ないわね」
リシアが半眼になる。
「服の構造を見てる」
「でしょうね」
リシアはため息を吐いた。
そのまま、良樹とリシアとクラリスは、女性用魔導空調服の形について話し始めた。
肩幅。
腰の絞り。
裾。
袖。
風の抜け道。
見た目。
動きやすさ。
カレンは、その話を聞きながら、少しだけ意識が別のところへ行っていた。
服が膨らんでいる。
魔導空調服の風が、服の内側を通っている。
お腹のあたりも少し膨らんでいる。
腰のあたりも、ふんわりしている。
普段の自分とは、少し違って見える。
少しだけ、大きく見える。
カレンは、周囲が話しているのを確認してから、そっと自分の腹のあたりを押さえた。
「……」
お腹を押さえる。
そこから下は、あまり膨らまなくなった。
腰の下。
裾のあたり。
さっきまで空気を含んでいた部分が、押さえられて落ち着く。
だが。
その分、風は上へ逃げた。
胸元の布が、空気を含んで持ち上がる。
ふにふに。
「……」
カレンは、自分の胸元を見下ろした。
これは空気。
ただの空気。
良樹が作った魔導空調服の風が、服の内側を通っているだけ。
分かっている。
分かっているけれど。
ふにふに。
カレンは、もう一度そっとお腹を押さえた。
やはり同じだった。
お腹から下は、膨らまない。
お腹から上は、膨らむ。
そう。
膨らむのだ。
カレンは、じっと自分の胸元を見た。
もちろん、自分が急に変わったわけではない。
これは服だ。
風だ。
空気だ。
でも。
もし。
もし、自分が、もう少しだけ。
もう少しだけ、リシアよりも――。
◇
狭い通路だった。
良樹が前を歩いている。
カレンは、その後ろを通ろうとした。
十分に距離を取ったつもりだった。
ぶつからないように。
邪魔にならないように。
良樹に迷惑をかけないように。
けれど。
ぽよよん。
「……カレン」
良樹が振り返った。
「当たったぞ」
カレンは両手を胸元に当て、慌てて頭を下げる。
「す、すみません」
「かなり離れたつもりだったんですけど……」
そこで、妄想の中のカレンは、さらに慌てた。
「す、すみません」
「すぐ足元が、胸で見辛くって!」
言った瞬間、妄想の中の良樹が固まった。
「……胸で」
「ち、違います」
「違わないですけど、違うんです」
「その、見えなくて」
「下が、その……」
良樹は、ものすごく困った顔で視線を逸らした。
「……それは」
「大変だな」
「はい……」
「大変、です」
妄想の中のカレンは、胸元を押さえたまま真っ赤になっていた。
けれど、少しだけ。
ほんの少しだけ。
良樹が困っていることが、嬉しかった。
良樹さんが、私を。
ちゃんと、女の人として。
◇
場面が変わった。
今度は、街を歩いている。
カレンは良樹の腕に、自分の腕を絡めていた。
婚約者だから。
不自然ではない。
たぶん。
きっと。
おそらく。
そして。
カレンは、自分の胸で良樹の腕を挟み込んでいた。
ぎゅむ。
良樹の腕が、少しだけ固まる。
「良樹さん?」
「……何だ」
「どうかしましたか?」
「いや」
良樹は前を見ている。
けれど、耳が赤い。
明らかに意識している。
妄想の中のカレンは、現実の自分では信じられないくらい、少しだけ余裕のある笑みを浮かべた。
「もう」
「良樹さんってば、見過ぎですよ?」
「……悪い」
「謝らなくてもいいです」
「婚約者、なので」
言ってから、妄想の中のカレンも少し照れた。
けれど、良樹は小さく息を吐いて。
「その」
「魅力的でよ」
そう言った。
「〜〜〜っ」
◇
現実のカレンは、そこで完全に停止した。
魔導空調服のお腹を押さえたまま。
胸元だけが、空気を含んで少し膨らんだまま。
「……胸で」
小さく、口から漏れた。
「カレン?」
リシアの声がした。
カレンは跳ねた。
「な、何でもありません!」
「足元は見えます!」
リシアが、一拍置いて瞬きをした。
「……誰も聞いてないわよ」
「見えます」
「ちゃんと、見えます……!」
カレンは必死だった。
良樹は真面目な顔でカレンを見る。
「足元が見えにくいのか?」
「見えます!」
「いや、でも重要だ」
「腹を押さえた時、風が上へ逃げただろ」
「胸元が膨らみすぎると、下方向の視界が悪くなる可能性がある」
「作業用なら危ない」
カレンは、胸元を押さえたまま固まった。
「そ、そういう話では……」
「いえ、そういう話、ですけど……」
リシアが口元を押さえた。
「ふうん」
「足元が、ね」
「リシア……?」
「何でもないわ」
「ただ、カレンも色々考えるのねって思っただけ」
「考えてません……!」
クラリスは、清楚に微笑んでいた。
「大丈夫ですよ、カレン」
「クラリス……」
「カレンは普段から、足元も周囲もよく見えています」
「少なくとも、今のところは」
「今のところ、って言わないでください……!」
リシアが肩を震わせる。
「まあ、将来的に見えにくくなる可能性は、本人の希望としてはあるのかもしれないけど」
「希望してません!」
クラリスが小さく首を傾げた。
「していないのですか?」
「……してません」
「少しだけ?」
「……」
「カレン?」
「……少しだけ、です」
リシアが吹き出しかけた。
カレンは、両手で顔を覆った。
「言わせないでください……!」
良樹は、なぜか真剣に頷いていた。
「なるほど」
「成長や体型差も見る必要があるのか」
「女物はサイズ展開が要るな」
リシアとクラリスが、同時に良樹を見る。
「……良樹」
「そこだけ正解に辿り着くの、何なの」
「必要な話だろ」
「必要だけど」
クラリスは、にこりと微笑んだ。
「はい」
「必要な話です」
「ただ、今のカレンには少し刺激が強いだけです」
カレンは、小さく言った。
「刺激が強いのは、私の頭の中です……」
「何か言ったか?」
「何でもありません……」
良樹は紙に書き込んだ。
女性用。
男物流用不可。
腰の絞りで風路変化。
腹部を押さえると風が上へ逃げる。
胸元に溜まりやすい。
足元視界、動作、見た目に影響。
体型差対応。
サイズ展開。
風の抜け道を首元、脇、背中側へ逃がす。
変に膨らませない。
嫌で着なくなるなら不良。
リシアが横から覗き込む。
「最後、良いこと書いてるわね」
「大事だろ」
「暑さ対策の服なのに、恥ずかしくて着られませんじゃ意味がねえ」
カレンは真っ赤なまま、胸元を押さえた。
「あ、あの」
「できれば」
「あまり、膨らまない方向でお願いします……」
「切実ね」
リシアが言う。
「はい」
「とても切実です」
クラリスが頷いた。
良樹は真面目に頷く。
「ああ」
「女物は別設計だ」
「同じ風を通すにしても、同じ服じゃ駄目だ」
「腰、胸元、裾」
「風の逃がし方を変える」
「あと、変に膨らまないようにする」
そこで良樹は、一度カレンを見た。
「助かった」
「着た奴じゃないと分からない問題だった」
カレンの胸の奥が、跳ねた。
恥ずかしかった。
ものすごく恥ずかしかった。
頭の中も、だいぶ変だった。
けれど。
役に立った。
良樹に、必要な問題を見つけさせることができた。
「……はい」
カレンは小さく頷いた。
「よかったです」
◇
ギルドへ着くと、ガレスは奥の部屋で待っていた。
いつものように椅子へ雑に腰掛けている。
机の上には書類が積まれ、壁際には何本かの剣と槍が立てかけられていた。
良樹が魔導空調服を抱えて入ると、ガレスは眉を上げた。
「……お前、今度は何を背負ってきた」
「暑さ対策だ」
「武器じゃねえのか」
「武器じゃねえ」
「だから大事なんだよ」
ガレスは、良樹を見た。
次に、リシア、カレン、クラリスを見る。
カレンはまだ少し顔が赤かった。
ガレスはそれを見て、何かを察しかけたような顔をしたが、何も聞かなかった。
賢明だった。
「説明しろ」
「ああ」
良樹は魔導空調服を机の上に広げた。
「背中のファンで服の中に風を入れる」
「外から扇ぐんじゃない」
「服の内側を風が通る」
「首元、袖口、裾から抜ける」
「汗を乾かして、身体の熱を逃がす」
「冷やす魔法じゃねえのか」
「違う」
「冷やすんじゃねえ」
「逃がす」
「熱と湿気を溜めない」
ガレスは腕を組んだ。
「着れば分かるか」
「分かる」
「なら着る」
良樹は一瞬だけ止まった。
「いいのか」
「俺に見せに来たんだろ」
「俺が分からねえと話が進まねえ」
「助かる」
ガレスは立ち上がり、魔導空調服を羽織った。
体格が良い。
カレンの時とは違い、男物ベースの服はまだ合っている方だった。
「重いな」
「ファンと魔力石ホルダーがあるからな」
「軽量化はまだだ」
「背中に当たる」
「座る時と、転んだ時は要確認だ」
「注文が多そうだな」
「多い」
「少ない方が怖い」
ガレスは鼻で笑った。
「お前らしい」
良樹は魔力石を差し込んだ。
「低速から行く」
「ああ」
胸元のつまみを回す。
ぶうん、と小さな音がした。
背中の二つのファンが回る。
ガレスの上着がわずかに膨らむ。
首元から風が抜けた。
ガレスは、最初は渋い顔をしていた。
それから、黙った。
肩を少し動かす。
首元に手を当てる。
背中をひねる。
「……外から風を当ててるんじゃねえな」
「ああ」
「服の中を通ってる」
「そこが肝だ」
「背中に張りつかねえ」
「首から抜ける」
「なるほどな」
ガレスは胸元のつまみを少し見た。
「これで強さを変えるのか」
「ああ」
「ただし、上げすぎると風が荒れる」
「汗を乾かすにはいいが、冷えすぎや乾きすぎにも注意だ」
「冷えすぎ?」
「氷系の魔力石を使った場合は特にだ」
「気持ちいいからって長時間やると、身体を冷やしすぎる」
「それと、水は飲ませる」
「涼しいからって水を飲まないのは駄目だ」
クラリスが頷いた。
「汗が乾くということは、水が身体から抜けているということです」
「喉が渇く前に飲ませる必要があります」
「休憩も必要です」
良樹は続けた。
「これは働き続ける服じゃねえ」
「休むまで保たせる服だ」
ガレスの目が、少しだけ細くなった。
「そこを勘違いする奴は出るな」
「出る」
「絶対に出る」
良樹は即答した。
「涼しいならまだ行ける」
「倒れてないから大丈夫」
「休憩を削れる」
「そういう馬鹿が出る」
「いるな」
「いますね」
クラリスが静かに言った。
「いるわね」
リシアも頷く。
「い、います……」
カレンも小さく頷いた。
ガレスは短く笑った。
「全員一致か」
「だからルールがいる」
良樹は言った。
「使用時間」
「水を飲んだ回数」
「休憩時間」
「気分が悪くなったか」
「魔力石の残量」
「ファンに異物が入らないか」
「座った時に邪魔にならないか」
「転んだ時に危なくないか」
「全部記録だ」
「多いな」
「少ないくらいだ」
ガレスは、魔導空調服を着たまま部屋の中を少し歩いた。
首元から風が抜ける。
背中に布が張りつかない。
しばらくして、ガレスは真顔になった。
「夏場の門番」
「長時間の見張り」
「防具を着た衛兵」
「治療所で倒れる治療役」
「荷運び」
「鍛冶場」
良樹は頷く。
「ああ」
「武器じゃねえな」
「武器じゃねえ」
「だが、防衛線には効く」
「そういうことだ」
ガレスは、魔導空調服を脱いだ。
机の上に置く。
背中のファン。
腰の魔力石ホルダー。
胸元のつまみ。
不格好な試作品。
だが、ガレスはそれを軽く見なかった。
「まず三着だ」
良樹が眉を上げる。
「三着?」
「門番に一着」
「治療所に一着」
「ノーラの工房に一着」
「妥当だな」
「戦闘用じゃねえ」
「長時間、暑い場所に立つ奴で試す」
「記録を取る」
「勝手に広めさせねえ」
「助かる」
リシアが、そこで口を開いた。
「魔力石への充魔力は、見習い魔導士に任せられるかもしれないわ」
ガレスがリシアを見る。
「戦闘に出せねえ魔導士見習いはいる」
「魔力はあるが、魔法が荒い奴もな」
「そういう人でも、魔力石に魔力を込める仕事ならできるかもしれません」
良樹はすぐに首を振った。
「最初から仕事にするな」
「まずは試験だ」
リシアは苦笑した。
「言うと思ったわ」
「容量のばらつきがある」
「込めた魔力が弱い石もある」
「属性で回り方が変わる可能性もある」
「誰が込めても同じ時間動くか確認しないと駄目だ」
「交換目安もいる」
「色分けもいる」
「容量違いを間違えない形もいる」
ガレスが額に手を当てた。
「お前、本当に夢を壊すのが早えな」
「事故る夢なら壊す」
ガレスは、少しだけ笑った。
「だろうな」
◇
話は、その場で一気に運用へ進んだ。
ノーラとケーンには、追加で三着分の固定枠とガードを相談する。
服の部分は、別途服飾職人を探す。
男物、女物、衛兵用、治療所用、鍛冶場用。
全部同じ形にはしない。
女性用については、リシアとクラリスが良樹に釘を刺した。
「胸元の話をするときは、言葉を選びなさい」
「構造の話だろ」
「構造の話だからこそよ」
良樹は納得しきれない顔をした。
カレンは、まだ少し赤かった。
「カレン」
良樹が呼んだ。
「は、はい」
「今日の試着、助かった」
「女物は別設計にしなきゃ駄目だと分かった」
「お前が着てくれなかったら、見落としてた」
カレンは一瞬、言葉を失った。
それから、胸元で両手を握る。
「……はい」
「役に立てたなら、よかったです」
「ああ」
「かなり」
その一言で、カレンの顔がまた赤くなった。
リシアが少しだけ笑う。
「よかったわね、カレン」
「はい……」
クラリスも微笑む。
「足元も、ちゃんと見えていましたね」
「クラリス……!」
「褒めています」
「褒め方が、少し……!」
良樹は首を傾げたが、追及しなかった。
そこに触れない程度には、成長していた。
あるいは単に、別の記録で頭がいっぱいだった。
◇
ガレスは、魔導空調服を机の上に置いた。
背中の二つのファン。
腰の魔力石ホルダー。
胸元の調整つまみ。
不格好で、無骨で、英雄譚の絵にはならない道具。
だが、ガレスはそれを軽く見なかった。
「良樹」
「何だ」
「これは、町で預かる」
「まだ試作品だ」
「だからだ」
「試す」
「記録を取る」
「使い方を決める」
「勝手に広めさせねえ」
ガレスは、魔導空調服を見た。
「これは武器じゃねえ」
「だが、防衛線に効く」
良樹は静かに頷いた。
敵を倒す力ではない。
門を破る力でもない。
英雄を飾る力でもない。
ただ、倒れる前に一息つかせる風。
その風を、誰に渡すのか。
どう使わせるのか。
どう守るのか。
良樹の第二発明は、その日から、町の道具になり始めた。




