第74話 信じられる腕(挿絵有)
一週間が経った。
良樹は、まだ完全に元通りではなかった。
身体の傷はクラリスの治療で塞がっている。
筋も骨も、日常の動きなら問題ない。
歩ける。
飯も食える。
工具を持つこともできる。
だが、魔力回路は違った。
目に見えるものではない。
触って分かるものでもない。
けれど、良樹自身には分かる。
まだ焼け跡がある。
強い出力を通せば、右腕の奥が少しだけ熱を持つ。
集中しすぎると、胸の奥の盤が鈍く重くなる。
寝起きには、右肘の奥に存在しない歯車が噛み合い損ねるような感覚が残る。
だから良樹は、一週間、動かなかった。
いや。
正確には、動かせてもらえなかった。
「今日はここまでです」
クラリスが言う。
「いや、今のは確認だけで――」
「今日はここまでです」
「まだ紙にまとめてない」
「紙は明日です」
「忘れる」
「忘れたら、思い出すところから始めてください」
クラリスはにこりと微笑んだ。
その横で、リシアが腕を組んでいる。
「良樹」
「何だ」
「あんた、昨日も同じこと言ったわよ」
「昨日とは別件だ」
「同じよ」
「別件って言いながら、全部同じ顔してるもの」
「顔で分かるのか」
「分かるわよ」
カレンは、少し困った顔で良樹の前に立っていた。
「あ、あの……良樹さん」
「お願い、です」
その言葉で、良樹の口が止まった。
カレンは胸元で両手を握り、少しだけ目を伏せる。
「今日は、もう休んでください」
「心配なので」
良樹は、言い返しかけた。
まだ少しだけなら大丈夫だ。
確認だけならできる。
紙に書くだけなら負荷は小さい。
そう言える。
言えるが。
カレンがこちらを見ていた。
リシアも、クラリスも。
命令ではない。
押さえつけでもない。
支配でもない。
戻るための灯り。
そう言われたものが、良樹の前に置かれていた。
良樹は、少しだけ息を吐く。
「……分かった」
「今日はここまでだ」
カレンの表情が、ほっと緩む。
リシアが小さく頷く。
クラリスは静かに微笑んだ。
「良い停止です」
「評価されるのか」
「評価します」
「必要なことですから」
良樹は、右手を開き、閉じた。
まだ、夢を見る。
最初の数日は、本当にただの悪夢だった。
三人が倒れている。
オーガが迫る。
カレンの剣が折れる。
リシアの魔法が間に合わない。
クラリスの白い法衣に血がつく。
自分がキレる。
右腕が変わる。
青白くもなく、綺麗でもなく、ただ怒りと出力だけで形になった腕が、何もかもを殴り潰そうとする。
止められない。
止め方がない。
また、壊す。
また、失敗する。
それを何度も見た。
だが、途中から夢は少しずつ変わった。
倒れた三人を見る。
オーガを見る。
キレた自分を見る。
そのあとに、線が見えるようになった。
どこで逃がすべきだったか。
どこで戻り線を置くべきだったか。
何を外してはいけなかったか。
どこで止めるべきだったか。
そして。
どこで、自分一人で抱えるのをやめるべきだったか。
良樹は、その夢から目を覚ますたび、しばらく天井を見ていた。
眠っていたはずなのに、仕事をしていたような疲れが残る。
最悪な残業だった。
だが、何も残らない悪夢ではなかった。
◇
その日、良樹は三人とともにギルドへ向かった。
正式報告。
ガレスに、オーガ戦の詳細を話すためだった。
ギルドの奥の部屋には、ガレスがいた。
いつものように椅子へ雑に腰掛けている。
だが、顔はいつもより少しだけ真面目だった。
「来たか」
「ああ」
ガレスは良樹を見た。
次に、リシア、カレン、クラリスを見る。
三人とも、良樹の少し後ろにいる。
だが、ただ付き添っている顔ではなかった。
リシアは良樹の魔力の流れを見るために。
カレンは危ない場所を見落とさないために。
クラリスは良樹の身体を止めるために。
そこにいる。
ガレスは、それを見て少しだけ口元を緩めた。
「座れ」
良樹は頷き、椅子に腰を下ろした。
三人もそれぞれ座る。
少しだけ沈黙が落ちた。
先に口を開いたのは、ガレスだった。
「良樹」
「何だ」
「まず、これははっきり言っておく」
ガレスは、良樹の目を正面から見た。
「お前は、俺の街を救った」
良樹は、すぐには答えなかった。
「防衛線を崩さずに済んだのは、お前たちがオーガを倒したからだ」
「あれを英雄の働きじゃねえなんて、俺は言わねえ」
ガレスの声は静かだった。
「そこは曲げるな」
「お前がどう思っていようが、俺はそう見る」
良樹は、視線を落としかけた。
だが、落とさなかった。
「……倒したのは事実だ」
「そこは誤魔化さねえ」
「ああ」
「でも、制御して倒したとは言えない」
ガレスは頷いた。
「聞こう」
良樹は、自分の右手を見た。
何も出していない。
普通の右手だ。
だが、その奥に、あの時の熱が残っている。
「三人が倒れてるのを見た」
「カレンも、リシアも、クラリスも」
「動けなくなってた」
三人は何も言わなかった。
良樹は続ける。
「オーガにキレた」
「でも、それだけじゃない」
「守れなかった自分にもキレてた」
右手が、わずかに握られる。
「藤田さんから受け継いだ《魔導工廠》の機械要素が噛み合った」
「いや」
「正確には、怒りで無理やり噛み合わせた」
ガレスの眉が少し動く。
「無理やりか」
「ああ」
良樹は頷いた。
「俺は、無意識にロックをかけてたんだと思う」
「同時運用のロック」
「危ないから、自分で止めていた」
「それが外れた」
「外した」
「怒りで」
部屋の空気が少し重くなる。
「結果としてオーガは倒れた」
「でも、あれは技じゃねえ」
「手順でもねえ」
「再現していいものでもねえ」
良樹は、ゆっくり息を吐いた。
「保護回路を殺して動かした」
「止め方を持たないまま、出力だけ通した」
「最悪だ」
ガレスは、しばらく黙っていた。
責める顔ではなかった。
怒っている顔でもない。
ただ、良樹の言葉を受け取っている顔だった。
「外から見りゃ、英雄の一撃だった」
ガレスは言った。
「ニルもそう見た」
「防衛線の連中も、そう思ってる奴は多い」
「だが」
ガレスは、指で机を軽く叩いた。
「中身は、お前から聞かなきゃ分からねえ」
「ああ」
「お前本人が、あれは制御じゃねえと言う」
「次に同じ形では使えねえと言う」
「事故だったと言う」
ガレスは、そこで少しだけ声を低くした。
「なら、それも無視しねえ」
良樹は顔を上げた。
「功績は功績だ」
「危うさは危うさだ」
「どっちか片方に潰す話じゃねえ」
良樹は、少しだけ目を細めた。
「……助かる」
「礼を言うところじゃねえ」
「報告としては当然だ」
ガレスは、椅子の背にもたれた。
「それで」
「その事故を、お前はどう見た」
良樹は、少しだけ黙った。
言葉にするには、重かった。
だが、ここへ来たのは、それを話すためだ。
「夢を見た」
「夢?」
「ああ」
良樹は、三人をちらりと見た。
リシアは黙ってこちらを見ている。
カレンは胸元で両手を握っている。
クラリスは静かに良樹の呼吸を見ている。
良樹は話し始めた。
「最初は、ただの悪夢だった」
「三人が倒れて」
「オーガが迫って」
「俺がキレて」
「右腕が暴走して」
「止められなくて」
「また壊す」
カレンの肩が、小さく震えた。
良樹は続ける。
「何度も見た」
「何度も失敗した」
自分の声が、思っていたより落ち着いていることに、良樹自身が少し驚いた。
少し前なら、これを口に出すだけで喉が詰まっていたかもしれない。
「でも、途中から変わった」
リシアが、わずかに顔を上げる。
「どこで止めるべきだったか」
「どこへ逃がすべきだったか」
「何を外しちゃいけなかったか」
「どこで頼るべきだったか」
「どこで、一人で抱えるのをやめるべきだったか」
良樹は、自分の胸元にある見えない盤を見るように、視線を少し下げた。
「それを見る夢になった」
「……良樹」
リシアの声が小さく漏れた。
良樹は、苦笑に近い顔をした。
「技術屋ってのは、たまに夢で答えを見る」
「寝てる間まで仕事してるみたいで、嫌な話だけどな」
ガレスは黙って聞いている。
「今回は、それだった」
「ただ、材料が最悪だった」
良樹は、三人を見た。
「夢に出てきたのは図面じゃなくて」
「倒れたお前らと」
「止まれなかった俺だった」
カレンが唇を噛む。
クラリスの微笑みが、ほんの少し消えた。
「藤田さんの手記は、失敗の記録だった」
「あの人が六十年、失敗して、直して、止めて、積み上げてきた記録だ」
良樹は右手を握った。
「俺も、たぶん同じことをしてた」
「自分の失敗を、嫌ってほど見た」
それから、少し間を置く。
「でも」
「ただの悪夢で終わらなかったのは」
三人を見る。
リシア。
カレン。
クラリス。
「お前らの……お陰だな」
部屋の中が、静かになった。
誰もすぐには言葉を返さなかった。
ガレスも黙っていた。
リシアは、何かを言いかけて、言葉を飲み込んだ。
カレンは、胸元で握った手に力を込めた。
クラリスは、目を伏せる。
ガレスが、ゆっくり息を吐いた。
「なら、試してこい」
良樹が顔を上げる。
「試す?」
「ああ」
ガレスは、三人を見た。
「お前が本当に動かせる形にできたのか」
「止められる形にできたのか」
「三人と一緒に、きっちり確認してこい」
良樹は、少しだけ眉を寄せる。
「ここで見せなくていいのか」
「俺が見て、すげえなって言うための試験じゃねえ」
ガレスは言った。
「お前が、お前自身で納得するための試験だ」
それから、リシア、カレン、クラリスを順に見る。
「それと」
「こいつらが、もう一度お前を戦場に立たせられるかを見るための試験だ」
三人の表情が変わった。
ガレスは短く言う。
「行ってこい」
「報告は、そのあとでいい」
◇
ギルド裏手の訓練場には、人がほとんどいなかった。
ガレスが人払いをしたのか、たまたまなのかは分からない。
少なくとも、良樹たち以外に近くで見ている者はいなかった。
広さは十分。
足場も悪くない。
周囲に人もいない。
的も使わない。
良樹は、まず周囲を見た。
地面。
退避方向。
風。
三人の位置。
自分の右腕。
距離。
いつもの確認。
それから、三人へ向き直った。
「的には当てねえ」
「まずは可動試験だ」
リシアが頷く。
「動かすだけね」
「ああ」
「俺の腕と同じように動くか見る」
「握る」
「開く」
「曲げる」
「伸ばす」
「振る」
「突く」
「止める」
カレンが真剣な顔で聞いている。
クラリスは、すでに良樹の右肩と呼吸を見ていた。
良樹は、一度息を整えた。
「リシア」
「ええ」
「魔力の流れを見てくれ」
「俺がズレたら、制御を補助してほしい」
「分かったわ」
リシアの声は短い。
けれど、力があった。
「カレン」
「はい」
「怖いところを見てくれ」
「嫌な感じがしたら、理屈がなくても言ってくれ」
「俺が気づいてない異常を、お前に見てほしい」
カレンは、少しだけ目を見開いた。
それから、両手を胸元で握る。
「はい」
「見ます」
「クラリス」
「はい」
「万が一に備えてくれ」
「俺が止まれなかったら、止めてくれ」
クラリスの微笑みが、少しだけ変わった。
「止めます」
「ああ」
良樹は、三人を見た。
「今回は、一人で試さねえ」
「一人で出さねえ」
「一人で止めようともしねえ」
少しだけ、言葉を切る。
「だから」
「頼む」
リシアは、一瞬だけ黙った。
それから、少しだけ目を細める。
「止める、じゃないわ」
「え?」
「あんたが止まるのよ」
良樹は、その言葉を受け止めた。
カレンも頷く。
「良樹さんが、止まってください」
クラリスも静かに続ける。
「私は止めます」
「でも、まず良樹くんが止まってください」
良樹は、少しだけ目を伏せた。
それから頷く。
「……ああ」
「俺が止まる」
◇
良樹は右手を開いた。
怒りで繋がない。
三人が倒れていた夢を見る。
オーガが迫る夢を見る。
止まれなかった自分を見る。
そこから目を逸らさない。
だが、そこへ戻らない。
肘へ入れない。
肩へ入れない。
外側へ逃がす。
右腕そのものを変えない。
服の上から纏う。
出力は外側リンクへ。
戻り線を置く。
過負荷なら落とす。
拳は握るだけ。
まず打たない。
青白い魔力が、右腕の外側に浮いた。
最初に現れたのは、小さな円盤だった。
肘の外側。
第66話の打撃盤を思わせるクランク円盤。
そこから、細いリンクアームが伸びる。
しかし、それだけでは終わらない。
青白い魔力が前腕を覆う。
角張った外装が形を取り、服の上から右腕を包んでいく。
拳は四角い。
重い。
人間の手というより、巨大な機械の右腕を小さく凝縮したような形だった。
完全な金属ではない。
半透明の魔力で形作られた半実体。
青が強い青白い光。
暴走した腕ほど禍々しくはない。
だが、軽くもない。
力を持っている。
良樹は、それを分かっていた。
「……出た」
リシアが小さく言う。
カレンは息を呑んでいた。
クラリスは、良樹の右肩を見ている。
「痛みは?」
「ない」
「熱は?」
「少しある」
「でも、焼ける感じじゃねえ」
「続行は可能です」
「ただし、出力は上げないでください」
「ああ」
良樹は、青白い拳をゆっくり握った。
四角い拳が、音もなく閉じる。
続いて、開く。
自分の指ではない。
だが、感覚は右手に重なっていた。
「……遅れは少ない」
良樹が呟く。
「流れは安定してるわ」
リシアがすぐに言った。
「でも、握る瞬間に肘の外へ少し寄る」
「戻しを意識して」
「ああ」
良樹は右肘を曲げた。
肘外側の小さなクランク円盤が、わずかに回る。
リンクアームが追従する。
暴れない。
勝手には動かない。
カレンが、少し離れた位置から言った。
「怖い感じは、今のところありません」
「ただ、拳を横へ振る時は、少し距離を取ってください」
「肘の外側が広く見えます」
「分かった」
良樹は半歩、位置を変えた。
右腕を横へ軽く払う。
ぶん、という風切り音ではない。
もっと重い。
低く、空気を押すような音。
良樹は止めた。
止まった。
青白い外装は、遅れて振れなかった。
「止まったな」
「止まったわ」
リシアが言う。
「肩は?」
クラリスは良樹の右肩を見ていた。
「少し上がりました」
「ですが、痛めるほどではありません」
「次は、突きの前に一度力を抜いてください」
「分かった」
良樹は息を吐いた。
右拳を引く。
深くは引かない。
腰も入れない。
踏み込まない。
ただ、前へ出す。
短い突き。
青白い拳が前へ走り、空中で止まった。
誰にも当てていない。
何も壊していない。
けれど、三人は息を呑んだ。
暴走腕ではない。
良樹が、自分の意思で出し、自分の意思で止めた腕だった。
「もう一回――」
「今日はここまでです」
クラリスの声が入った。
良樹の口が止まる。
まだ動かせる。
まだ確認できる。
もう少しだけなら、次は振りを大きくしてもいい。
そう思った。
思ったが。
クラリスが見ている。
リシアが見ている。
カレンが見ている。
良樹は、右拳を開いたまま、短く息を吐いた。
「ああ」
「今日はここまでだ」
リシアが、ほんの少しだけ目を細めた。
「……止まったわね」
「止まったな」
カレンが、ほっとしたように笑った。
「はい」
「止まりました」
クラリスも頷く。
「良い停止です」
良樹は、右肘を曲げた。
青白い外装に包まれた拳を、掌側から見る。
四角い拳。
前腕の外装。
肘の外側に残るクランク円盤とリンクアーム。
あの時の腕とは違う。
だが、あの時の失敗をなかったことにした腕でもない。
良樹は、自分の拳を見たまま、ぽつりと言った。
「……信じられる」
リシアが眉を寄せる。
「何をよ」
良樹は、拳を見たまま答えた。
「俺が止まれなくなったら、お前らが止めてくれるって」
「俺が間違えたら、違うって言ってくれるって」
「俺が怖いところを見落としたら、見つけてくれるって」
青白い拳が、静かに光を揺らした。
「信じられる」
それから、良樹はようやく三人を見た。
「だから、動かせた」
「だから、止まれた」
少しだけ、息を吐く。
「これは、そういう腕だ」
誰も、すぐには言葉を返さなかった。
リシアは、唇を噛んでいた。
カレンは、胸元で両手を握ったまま、今にも泣きそうな顔をしていた。
クラリスは微笑んでいたが、その目元は少しだけ揺れていた。
良樹の言葉は、甘い言葉ではなかった。
愛している、でもない。
守る、でもない。
綺麗な口説き文句でもない。
信じられる。
ただ、それだけだった。
けれど、三人には届いた。
リシアが、ぎゅっと拳を握る。
「……遅いのよ」
良樹が顔を上げる。
「何がだ」
「全部よ!」
リシアは、目尻を少し赤くしたまま叫んだ。
「信じられる、じゃないわよ!」
「そんなの、もっと早く信じなさいよ!」
「そ、そうです!」
カレンも、涙目のまま一歩前に出た。
「私たちは、ずっと良樹さんを止めるつもりでした!」
「怖いところだって、ずっと見ます!」
クラリスも静かに続いた。
「良樹くん」
「大変遅いです」
「クラリスまでか」
「はい」
「非常停止は、最初から外してはいけません」
「それは……そうだな」
三人は互いを見た。
そして、ほとんど同時に動いた。
リシアが、一歩踏み出した。
その目が、怒っているようで。
泣きそうで。
それでいて、完全に良樹へ向かっていた。
カレンも動いた。
胸元で握っていた両手をほどき、今にも飛びつきそうな顔で前へ出る。
クラリスも、静かに微笑んだまま近づいてくる。
ただし、その歩幅はいつもより大きかった。
良樹は、それを見た。
三人の距離。
三人の勢い。
自分の右腕。
青白い外装。
四角い拳。
肘外側のリンク。
このまま受け止めたら危ない。
「解除!」
ほとんど叫ぶように言った。
青白い右腕が、光になってほどける。
拳の輪郭が消え、肘外側のクランク円盤とリンクアームが止まる。
外側へ逃がしていた魔力が、戻り線を通って落ちた。
間に合った。
その直後。
「遅いのよ!」
「良樹さん!」
「止めます!」
三人が、同時に飛びついた。
「おい、待――」
待たなかった。
どさっ。
三人分の勢いを受けて、良樹は見事に押し倒された。
ふにふに。
ぴとん。
ぽよん。
「……重い」
良樹は、仰向けになったまま言った。
「誰が重いって?」
リシアの声が、すぐ真上から落ちてきた。
「三人分の突入質量の話だ」
「言い方!」
カレンが、良樹の左腕にしがみついたまま、耳まで赤くなる。
「あ、あの、すみません、良樹さん」
「痛くないですか?」
「痛くはねえ」
「腕は消した」
その言葉に、三人が一瞬だけ止まった。
リシアが、良樹の右腕を見る。
カレンも、慌てて良樹の右手を確認する。
クラリスは、すでに良樹の右肩と肘へ手を添えていた。
「……私たちが来る前に、消したのね」
「ああ」
「その腕のまま受けたら危なかった」
リシアは、少しだけ目を伏せた。
「……ちゃんと見てたのね」
「見えた」
「お前らが来るのも」
「危ないのも」
カレンは、良樹の左腕を抱えたまま、泣きそうに笑った。
「止まれたんですね」
「ああ」
「止まれた」
クラリスは良樹の右肘に触れたまま、静かに頷く。
「良い停止です」
「非常停止ではなく、予防停止ですね」
「予防停止」
「はい」
「壊れる前に止めました」
「……押し倒される前には止められなかったがな」
「それは仕様です」
「仕様にするな」
リシアは、良樹の胸元に額を押し当てた。
「……本当に、遅いのよ」
「それも予防停止の話か」
「違うわよ」
リシアの声は小さかった。
「信じるのが、遅いの」
カレンは、良樹の左腕を抱え直した。
「でも、今は信じてくれました」
クラリスは、右肩に手を添えたまま微笑む。
「はい」
「そして、止まってくれました」
良樹は、三人に押さえ込まれたまま、空を見た。
訓練場の上には、青い空があった。
右腕はもう普通の腕に戻っている。
痛みはない。
魔力回路も跳ねていない。
右肩にも、焼けるような感覚はない。
止まれた。
動かせたことよりも。
振れたことよりも。
突けたことよりも。
その事実が、胸の奥に静かに落ちた。
「……ああ」
「止まれた」
少し間を置く。
「信じられる」
「それに」
良樹は、言葉を探した。
リシアが胸元で息を止める。
カレンの指に力が入る。
クラリスの手が、右肩から離れない。
良樹は、三人分の重みを受けたまま、言った。
「信じてる」
三人の腕に、同時に力が入った。
「苦しい」
「我慢しなさい」
「はい、我慢してください」
「身体的には問題ありません」
「お前らな」
良樹は、押さえ込まれたまま、もう一度空を見た。
三人がいる。
だから、動ける。
だから、止まれる。
そして。
三人を、信じている。
その事実だけが、静かに、良樹の中へ戻ってきた。




