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第67話 足りないなら散らすな

 良樹が目を覚ました時、日はもう高かった。


 部屋の窓から入る光が、床板の上に四角く落ちている。

 いつもの朝の光ではない。

 明らかに昼の光だった。


「……寝たな」


 良樹は、天井を見たまま呟いた。


 身体が重い。

 だが、昨日のように頭の芯が焼けている感じはなかった。


 目の奥の熱も引いている。

 肩の力も、少し抜けている。

 呼吸も浅くない。


 寝た。


 たぶん、かなり寝た。


 良樹は起き上がろうとして、枕元に置かれた紙を見つけた。


 そこには、リシアの字で短く書かれていた。


 昼まで起こさない。

 勝手に作業場へ行ったら怒る。

 工具は預かった。


 その下に、カレンの字が続いている。


 お茶を用意してあります。

 起きたら居間へ来てください。

 無理はしないでください。


 さらにその下に、クラリスの字。


 顔色、呼吸、肩、手首を確認します。

 逃げないでください。


 良樹は紙を見たまま、しばらく黙った。


「……包囲網か」


 完全に包囲されていた。


 工具。

 紙。

 筆。

 作業場。


 全部、封鎖されている。


 良樹は小さく息を吐いた。


 昨日のことを思い出す。


 藤田式《魔導工廠》の入口。

 打撃盤。

 右腕の外側に現れた、半透明のクランク、リンク、アーム、軸。

 初めて形になった、直接打撃の機構。


 あれはすごかった。


 正直、まだ触りたい。

 もっと見たい。

 出力を変えたい。

 リンク長を調整したい。

 クラッチの切れ方も確認したい。

 立ち上がり制限も詰めたい。


 だが。


 良樹は、紙の最後の一文をもう一度見た。


 逃げないでください。


「……逃げねえよ」


 小さく言ってから、良樹は起き上がった。


   ◇


 居間へ降りると、三人がいた。


 リシアは卓の向こうで腕を組んでいる。

 カレンは茶の入った杯を両手で持って待っている。

 クラリスは椅子の横に立ち、良樹の顔を見た瞬間に目を細めた。


「起きたわね」


「ああ」


「作業場には行ってないわね」


「行ってねえ」


「工具を探した?」


「探してねえ」


「紙は?」


「枕元のは読んだ」


「それ以外」


「見てねえ」


 リシアは、少しだけ目を細める。


「本当に?」


「本当だ」


 カレンがほっとしたように息を吐いた。


「良かったです」

「お茶、どうぞ」


「助かる」


 良樹は椅子に座り、茶を受け取った。


 熱すぎない。

 飲みやすい温度だった。


 一口飲む。


 胸の奥まで、ゆっくり温かさが落ちていく。


「顔色は昨日より良いです」


 クラリスが言った。


 良樹の正面ではなく、少し横から見ている。

 顔だけではない。

 肩。

 首。

 手。

 呼吸。


 全部見ている。


「肩も、昨日より下がっています」

「呼吸も浅くありません」

「手の震えもありません」


「だから大丈夫だろ」


「今日は、判断は壊れていないと思います」


「そこまで言うか」


「昨日は危なかったです」


 クラリスは静かに言った。


 良樹は反論できなかった。


 昨日、自分は興奮していた。

 いや、かなり浮かれていた。


 打撃盤。

 パワードアーム。

 クランクリンクアーム式インバータ制御打撃機構盤。


 名前からして、少し浮かれている。


 そして、そのまま「ほとんど寝ずにやってるからな」と言った。


 三人が怒るのは当然だった。


「……悪かった」


 良樹が言うと、リシアは少しだけ目を逸らした。


「分かってるならいいわ」

「今日は作業場禁止」


「完全禁止か」


「完全ではないわ」


「お」


「私たちが見ている時だけ」


「監視付きか」


「当然でしょ」


 リシアは即答した。


「藤田さんの手記も、打撃盤も、魔石通信も、全部大事」

「でも、あんたが壊れたら意味がない」


 良樹は、茶を見た。


「……そうだな」


 カレンが、小さく笑った。


「今日は、少し休んでください」

「お昼も、ちゃんと食べてください」


「分かった」


「本当に分かっていますか?」


「たぶん」


「そこは、はい、です」


「はい」


 リシアが呆れたように息を吐く。


「よろしい」


 良樹は、茶をもう一口飲んだ。


 作業場には行けない。

 紙も筆も工具もない。


 落ち着かない。


 だが、昨日より頭は回っている。


 休むというのは、こういうことなのだろう。


 良樹は、少しだけ窓の外を見た。


 昼の町は、いつも通りに見えた。


 荷車の音。

 人の声。

 遠くで鳴る鍛冶屋の金属音。

 通りを走る子どもの声。


 いつも通り。


 そのはずだった。


   ◇


 夕暮れ前。


 作業場の奥で、光が鳴った。


 音ではない。


 だが、良樹には鳴ったように感じた。


 がちん、と。


 胸の奥の接点が、勝手に落ちたような感覚だった。


 良樹は椅子から立ち上がった。


 リシアも振り返る。

 カレンの表情が変わる。

 クラリスの目が細くなる。


 作業場の奥。


 棚の上に置いていた魔石信号器の一つが、明滅していた。


 定時確認ではない。


 試験信号でもない。


 光り方が違う。


 左二つ。

 右二つ。

 間隔。

 緊急度。

 種別。


 良樹は、走らなかった。


 走りたい身体を、無理やり止めた。


「リシア」


「ええ」


「カレン」


「はい」


「クラリス」


「はい」


 三人が同時に動く。


 リシアは杖を取る。

 カレンは剣を帯びる。

 クラリスは救護用の布と薬を掴む。


 良樹は作業場へ入り、魔石信号器の前に立った。


 符号表を見る必要はなかった。


 何度も確認した。

 何度も試した。

 使う場所で試した。

 カレンが怖い時に迷うかまで見た。


 そのための符号だった。


 左上。

 左下。

 右上。

 右下。


 光が走る。


 良樹は、短く読んだ。


「非常信号」


 三人の空気が変わった。


「方向は旧街道側」

「大型魔物複数」

「中型多数」

「小型多数」

「負傷者あり」

「避難誘導要」

「戦闘可能者招集」


 カレンの喉が、小さく鳴った。


「スタンピード……ですか」


「中規模だ」

「まだ町へ到達してねえ」

「第一中継点が拾ってる」

「見張り台から中継点、そこから町へ来てる」


 リシアは唇を引き結んだ。


「来る前に分かったのね」


「ああ」


 良樹は魔石信号器の返りを見る。


 信号は続いている。

 混乱しているが、途切れてはいない。


 見張り台。

 第一中継点。

 ギルド本部。

 治療所。

 門。


 それらが繋がっている。


 昨日でも、もっと前でもない。

 今、繋がっている。


「行くぞ」


 良樹は腰袋を掴んだ。


 リシアが一歩前に出る。


「良樹」


「分かってる」

「前に出て全部倒す話じゃねえ」


 良樹は、短く言った。


「これは、町を戦える形にする話だ」


   ◇


 ギルドは、すでに戦場の手前になっていた。


 冒険者たちが集まっている。

 衛兵が走っている。

 門番が叫んでいる。

 治療所の者が、担架と布を運んでいる。

 若い冒険者が顔を青くして武器を握り、年長の冒険者がその肩を叩いている。


 ガレスは、ギルドの前に立っていた。


 いつもの軽さはない。


 町全体の重さを、背中に乗せた顔だった。


「来たか、良樹」


「ああ」

「状況は」


「旧街道側から群れ」

「見張り台が確認」

「第一中継点が中継」

「外縁農家には避難指示を出した」

「門は閉める準備に入ってる」

「治療所は受け入れ態勢」

「ギルドは戦闘可能者を集めてる」


 そこまで言って、ガレスは歯を噛んだ。


「で」


 低い声。


「足りねえ」


 良樹は、黙ってガレスを見た。


「町の冒険者を全部集めても足りねえ」

「熟練はいる」

「衛兵もいる」

「門番もいる」

「だが、守る場所が多すぎる」


 ガレスは指を折る。


「旧街道側の受け」

「外縁農家の避難誘導」

「負傷者搬送」

「治療所の防衛」

「門の維持」

「第一中継点の撤収判断」

「見張り台からの退避」

「町中の誘導」


 そして、吐き捨てるように言った。


「戦える人数より、守るべき場所の方が多い」


 良樹は、短く息を吐いた。


 頭の中に、町の地図が浮かぶ。


 ギルド本部。

 正門。

 旧街道側。

 第一中継点。

 見張り台。

 治療所。

 外縁農家。

 臨時待機所。

 避難路。

 搬送路。

 戦闘線。


 人を置きたい場所はいくらでもある。


 だが、人はいない。


 なら。


「足りないなら」


 良樹は言った。


「無駄に散らすな」


 ガレスの目が、良樹を見る。


 周囲の冒険者も、何人かがこちらを向いた。


 良樹は、地面に落ちていた棒を拾った。

 そして、ギルド前の土に線を引く。


「防衛線を短くする」

「外縁は捨てる」

「住民は引かせる」

「守るのは人であって、畑じゃねえ」


 線を引く。


「人を置けない場所は、魔石通信で代替する」

「見張りに人を使いすぎるな」

「第一中継点は、必要なら放棄」

「器材より人命優先」


 また線を引く。


「戦える奴を薄く広げるな」

「止める場所を決める」

「抜けた時の予備を残す」

「予備を全部、最初から前に出すな」


 次に、避難路を描く。


「避難路と戦闘線を分ける」

「負傷者搬送路は確保」

「治療所へ向かう道には、戦闘を入れるな」

「どうしても入るなら、そこに一番堅い奴を置け」


 ガレスは、土に描かれた線を見下ろしていた。


 良樹は続ける。


「魔石通信がある」

「来る方向が分かってる」

「おおよその到達時間も読める」

「敵を見てから慌てる必要はない」


 良樹の声が低くなる。


「見えてから撃つんじゃねえ」

「来る方向が分かってる」

「来る時間も読める」

「なら、撃てる場所を先に空けられる」


 リシアが、良樹を見た。


 良樹は、旧街道側を指した。


「乱戦で撃つんじゃない」

「乱戦になる前に撃つ」


 その言葉で、リシアの目が細くなった。


「エレメンタルキャノン」


「ああ」


 周囲の冒険者がざわついた。


 あの一撃を知っている者は多い。

 見ていない者も、噂は聞いている。


 大型を吹き飛ばす魔法。

 異常な大出力。

 だが、場所を選ぶ。


 ガレスが低く言った。


「撃てるのか」


「条件が揃えばな」


 良樹は即答した。


「乱戦では撃てない」

「味方がいる」

「避難民がいる」

「射線が混ざる」

「外した先が読めない」

「余波を逃がせない」


 そして、魔石信号器を見る。


「でも今は違う」

「群れは旧街道上」

「まだ味方は射線にいない」

「避難民も引かせられる」

「方向は分かってる」

「到達時間も読める」

「射線を空けられる」


 良樹はリシアを見た。


「撃てる条件が揃ってるのは、今だけだ」


 リシアは杖を握り直した。


「目的は全滅じゃないわね」


「ああ」

「小型を落とす」

「中型の密度を下げる」

「大型の足を乱す」

「群れの突進圧を落とす」


 ガレスが、低く笑った。


「突進圧、か」

「いい言い方するじゃねえか」


「押し潰される形を消す」

「防衛線が受けられる形にする」


 ガレスは、しばらく土の線を見ていた。


 それから、顔を上げる。


「良樹」


「何だ」


「お前、前に出て全部倒そうとするな」


「分かってる」


「いや、分かってねえ顔をする時がある」


「今はしてねえだろ」


「今はな」


 ガレスは、良樹の肩を一度だけ強く掴んだ。


「俺の横で、穴を見ろ」


 良樹は、一瞬だけ目を瞬かせた。


「俺が?」


「ああ」

「今欲しいのは、一人で十匹倒す奴じゃねえ」

「十人を死なせねえ配置を見られる奴だ」


 良樹は、言葉を失った。


 リシアが、わずかに笑った。

 カレンは胸元で手を握った。

 クラリスは、静かに良樹の肩を見る。


 良樹は、小さく息を吐いた。


「……分かった」

「穴を見る」


 ガレスは頷いた。


「よし」


 そして、冒険者たちへ声を張った。


「聞け!」

「旧街道側で受ける!」

「外縁は捨てろ!」

「人を引かせろ!」

「器材を抱えて死ぬな!」

「魔石信号器は最後まで使え!」

「だが命より優先するな!」


 冒険者たちが動き出す。


 ガレスは次々に指示を出した。


 熟練者を旧街道側へ。

 若手は単独で前に出さず、避難誘導へ。

 足の速い者は中継点と門を繋ぐ。

 盾を持つ者は治療所側の道へ。

 弓と魔法使いは第二線へ。

 予備はギルド前に残す。


 良樹は、その横で穴を見た。


「そこ、治療所への道が空く」

「盾二枚を残せ」

「旧街道側に全部出すな」

「外縁農家から来る人間が通る」

「荷車が入るなら、ここは塞ぐな」

「この角に人を置くなら、逃げ先を先に空けろ」

「第一中継点は、最後の確認を送ったら撤収」

「中継器は捨てていい」

「持って帰ろうとして遅れるな」


 ガレスは、指示を聞きながら即座に人を動かす。


 リシアは魔力の流れを見ていた。

 カレンは、人の流れと怖い場所を見ていた。

 クラリスは、負傷者が来た時の場所を確認していた。


 町が、戦場になる前に形を変えていく。


 魔石通信は、ただ知らせたのではなかった。


 戦場を、先に作っていた。


   ◇


 旧街道側の迎撃地点は、町から少し離れた場所に決まった。


 街道が緩く曲がり、両側に低い土手がある。

 見通しは悪くない。

 後方には退避できる道がある。

 横へ流れた時に、町へ直進されにくい。


 何より、射線が取れる。


 良樹は、地面に膝をつき、斥候盤を展開した。


 胸元に半透明の盤が浮かぶ。


 脚力補助。

 簡易スキャナー。

 警報。

 退避方向確認。

 移動補助。


 まだ遠い。


 だが、返りはある。


 点。

 点。

 点。


 小さい反応が多い。

 その奥に、中型。

 さらに奥に、大きな反応。


 群れだ。


 良樹は息を吐いた。


「来てる」


 リシアは杖を構えた。


「距離は?」


「まだある」

「だが、早い」

「小型が先頭」

「中型が混ざってる」

「大型は後ろだが、止まってねえ」


 ガレスが横で聞く。


「避難民は?」


 カレンが答えた。


「射線上にはいません」

「外縁からの人は、もう右側の道へ流れています」

「ただ、遅れている荷車が一台あります」


「場所は」


「この線の外です」

「でも、流れが乱れると巻き込まれるかもしれません」


 良樹は即座に言った。


「荷車は捨てさせろ」

「人だけ走らせろ」

「荷を守って死ぬな」


 ガレスが近くの冒険者へ顎をしゃくる。


「行け!」

「荷は捨てさせろ!」

「人だけ連れてこい!」


「はい!」


 冒険者が走る。


 リシアは、旧街道の向こうを見ていた。


 まだ肉眼では見えない。


 けれど、空気がざわついている。


 地面が微かに震えている。


 森の鳥が、一斉に飛び立った。


「良樹」


「ああ」


 良樹は、リシアの立ち位置を見る。


「ここから撃つ」

「前方街道上」

「下から逃がす風は不要」

「今回は開けてる」

「余波は上と左右へ逃がす」

「後方遮膜は薄く」

「自分たちの側へ返すな」


「分かった」


「撃った後、絶対に二発目を急ぐな」


 リシアがちらりと良樹を見る。


「撃てと言われても?」


「俺が言わねえ」

「一発で形を作る」

「散った後は撃たない」


「分かったわ」


 良樹はカレンを見る。


「カレン」


「はい」


「射線に人が入ったら叫べ」

「迷うな」

「怖い場所を見るのは、お前の役目だ」


「はい」


 カレンの顔は白い。


 だが、目は逸れていない。


「見ます」

「怖い場所を、見ます」


 クラリスは、リシアの後ろへ立った。


「撃った後、リシアの負荷を見ます」

「良樹くんの呼吸も見ます」

「カレンの膝も」


「膝?」


「怖い時、少し硬くなります」


 カレンが少し赤くなった。


「だ、大丈夫です」


「見ます」


「はい……」


 この状況でも、少しだけいつもの空気が戻った。


 良樹は、それで息がしやすくなった。


 だが、次の瞬間。


 斥候盤の返りが、一気に濃くなった。


「来る」


 街道の向こう。


 黒い波のようなものが見えた。


 小型魔物の群れ。

 四足。

 二足。

 跳ねるもの。

 這うもの。

 その奥に、中型。

 さらに奥に、大型。


 土煙。

 咆哮。

 枝が折れる音。

 地面を蹴る音。


 普通に受ければ、押し潰される。


 良樹は、胸の奥が冷えるのを感じた。


 怖い。


 当然だ。


 だが、怖いからこそ、手順がいる。


「リシア」


「ええ」


「エレメンタルキャノンは乱戦では使えねえ」


 リシアの杖先に、四属性の魔力が集まる。


「だから」


 良樹は、旧街道の先を見た。


「乱戦になる前に撃つ」


 リシアの周囲で、火が立つ。

 水が巻く。

 風が走る。

 土が支える。


 良樹は、自立盤を展開した。


 その場に据える、大きな盤。


 三つの端子台。

 三つの個別インバータ。

 共通ブレーカー。


 今回は、リシアへ寄せる。


 カレンとクラリスへの線は薄い。

 だが、切らない。

 全員の負荷を見るために残す。


 リシア用のインバータへ、細く魔力を流す。


「押さねえ」

「合わせる」

「リシアの流れに乗せる」


「分かってるわ」


 リシアの声は震えていなかった。


 良樹は、斥候盤の返りを見る。


 群れがまとまっている。

 射線が空いている。

 味方はいない。

 避難民もいない。

 逃がしも見えている。


 今だけ。


「撃てる条件が揃ってるのは、今だけだ」


 リシアが、杖を前へ出した。


「エレメンタル――」


 四つの光が、一点へ集まる。


「キャノン!」


 空気が割れた。


 火と水と風と土が、ただ混ざるのではない。

 それぞれの役割を持ったまま、一つの砲撃として前へ走った。


 旧街道の上を、光が貫く。


 先頭の小型魔物が消し飛んだ。

 続く群れが、まとめて弾ける。

 中型の何体かが正面から吹き飛び、別の何体かは脚を失って転がった。

 大型魔物の外皮に光が叩きつけられ、巨体が大きく傾ぐ。


 轟音。


 土煙。


 熱。


 衝撃。


 街道そのものが、一瞬白く染まった。


 冒険者たちが息を呑む。


 ガレスが、低く呟いた。


「一発でこれかよ」


 良樹は、斥候盤の返りを見ていた。


 浮かれる余裕はない。


 数字ではない。

 だが、密度は見える。


 消えた反応。

 倒れた反応。

 まだ動く反応。


「七割」


 良樹は言った。


「雑魚は七割落ちた」

「中型は三から四割」

「大型は……倒れてねえ」

「けど、足は乱れた」

「先頭の圧は落ちた」


 土煙の向こうで、まだ動く影がある。


 大型。

 傷ついている。

 だが、止まっていない。


 中型の残りが、死骸を避けて左右へ流れ始める。

 小型の残りも散る。

 街道上に倒れた魔物の死骸が、後続の進路を乱している。


 良樹は、短く言った。


「十分だ」

「これで、防衛線が受けられる」


 ガレスが歯を見せた。


「よし」

「お前ら! 来るぞ!」

「押し返すんじゃねえ!」

「止めろ!」

「抜かすな!」


 冒険者たちが構える。


 良樹はリシアを見る。


 リシアは少し息を荒くしていた。

 だが、立っている。

 杖も握れている。


「二発目は撃たねえ」


 良樹は言った。


 リシアは頷いた。


「分かってる」

「今ので群れは散った」


「ああ」

「ここから撃てば、味方ごと巻く」


 カレンが剣を抜いた。


「抜けてくる敵を止めます」


「怖い場所に置け」


「はい」


 クラリスは、負傷者搬送路の方を一度見た。


「私は、負荷と怪我人を見ます」

「良樹くんも、無理をしないでください」


「分かってる」


「本当に?」


「たぶん」


「そこは、はい、です」


「はい」


 クラリスは頷いた。


 その瞬間、土煙の中から中型魔物が一体飛び出した。


 ガレスの隊が前へ出る。

 盾が鳴る。

 剣が振られる。

 魔法が飛ぶ。


 防衛線が、魔物を受けた。


 崩れない。


 押し潰されない。


 初手で先頭の圧を落としたからだ。


 だが、終わってはいない。


 左右へ散った小型が、側面から走る。

 中型が一体、死骸を踏み越えてくる。

 その奥で、大型の影がゆっくり立て直している。


 良樹は斥候盤の返りを見た。


 散った反応。

 倒れた反応。

 まだ進む反応。


 そして。


 その奥に残る、大きな反応。


 良樹は、低く言った。


「……来るぞ」


 リシアが杖を握り直す。


「大型?」


「ああ」


 土煙の奥。


 損傷した巨体が、ゆっくりとこちらを向いた。


 初手の砲撃で外皮は裂けている。

 片脚も少し引きずっている。

 だが、止まっていない。


 町へ向かう力が、まだ残っている。


 良樹は、息を吐いた。


「ここからは、撃てねえ」


 リシアは、短く答えた。


「分かってる」

「ここからは、止めるのね」


「ああ」


 良樹は、自立盤を展開し直した。


 リシア。

 カレン。

 クラリス。


 三つの線を確認する。


 共通ブレーカー。

 個別インバータ。

 端子台。


 全部、生きている。


「町を守る戦いだ」


 勝ったわけではない。


 ただ、町が滅ぶ形ではなくなっただけだ。


 乱戦になる前に、一手打てた。

 防衛線が受けられる形にできた。


 だが。


 戦いは、ここからだった。


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