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第52話 八つの灯り(挿絵有)

 翌朝。


 良樹は、作業場の試験台の前に立っていた。


 昨日の試験記録は、紙一枚では足りなかった。

 結局、三枚に分けた。


 一枚目はリシア。


 通常型。

 連射型。

 狙撃型。

 散弾型。

 大出力型。

 エレメンタル・キャノン共同制御型。


 その横には、射線確認、味方位置確認、反動、姿勢固定、外した先の危険、と書いてある。


 二枚目はカレン。


 指定斬撃。

 恐怖点と斬撃点の分離。

 味方近接時注意。

 怖いから全部斬らない。


 三枚目はクラリス。


 杖術間合い体術。

 蹴りの意味の残存。

 発勁距離。

 貫通あり。

 回転付与未確認。

 二回目は条件を決めてから。


 そして、三枚目の端に。


 魔動ドライバー。


 その文字だけ、妙に筆圧が強かった。


「……良樹」


 リシアが、試験台の横から紙を覗き込んだ。


「何だ」


「魔動ドライバーだけ、扱いが大きくない?」


「大きいだろ」


「大きいけど、そういう話じゃないのよ」


 リシアは呆れたように言った。


 カレンは、少しだけ困ったように笑っている。

 クラリスは、いつもの清楚な微笑みを浮かべながら、良樹の手元を見ていた。


「ですが、良い確認でした」

「良樹くん自身への書き込みが、工具で安定して再現できたのですから」


「そうだ」


 良樹はすぐ頷いた。


「人に使う前に工具で試す」

「武器に使う前に工具で試す」

「壊れても被害が少ない」

「手元で止められる」

「先端形状も見やすい」

「順番としては正しい」


「そこは否定してないわよ」


 リシアはため息を吐いた。


「ただ、あんたが世界を変える聖剣でも見つけたみたいな顔で、ドライバーを掲げてたから言ってるの」


「聖剣より現場で役に立つ可能性がある」


「比較対象がおかしいのよ」


「聖剣で端子台のネジは締められねえ」


「締めなくていいわよ」


 カレンが小さく笑った。


 クラリスも、口元に手を添える。


 良樹は真面目だった。


 かなり真面目だった。


 魔動ドライバーは、笑い話ではなかった。


 軸長可変。

 先端形状保持。

 正逆転。

 回転制御。


 それは、昨日見えた三人への出力変換の精密化を、もっとも安全な形で確認した結果だった。


 ただし、良樹が嬉しすぎた。


 それだけだ。


 良樹は、紙の端にさらに小さく書く。


 過負荷時停止。

 曲げ時のトルク逃がし。

 先端摩耗確認。


 リシアはそれを見て、額に手を当てた。


「まだ増えるのね」


「増える」


「でしょうね」


 その時だった。


 作業場の入口を叩く音がした。


 戸口に立っていたのは、ギルドの職員だった。

 若い男で、息が少し上がっている。


「上村良樹さん」

「ガレスマスターがお呼びです」


 良樹は顔を上げた。


「ガレスが?」


「はい」

「魔石信号器の仮運用を見に来てほしいとのことです」


 良樹の目が変わった。


 魔動ドライバーの記録を書いていた時とは違う。

 少しだけ低く、現場を見る目になった。


「分かった」

「今行く」


 リシアが杖を手に取る。


「私たちも行くわよ」


「ああ」


 カレンは剣を確かめた。

 クラリスは法衣の袖を整える。


 良樹は、試験記録の紙を畳み、腰袋へ入れた。


「符号表の確認か」

「設置位置か」

「光量か」

「運用手順か」


「全部じゃない?」


 リシアが言う。


「あり得るな」


 良樹は短く答えた。


   ◇


 ギルドへ着くと、良樹はすぐに足を止めた。


 ロビーの奥。

 掲示板の横。

 受付台の近く。

 そこに、見覚えのある魔石信号器が置かれていた。


 ただし、一つではない。


 机の上に並んでいる。

 木枠に固定され、札がつけられ、向きが揃えられている。


 良樹は数えた。


 一。

 二。

 三。

 四。


 そこで終わらない。


 五。

 六。

 七。

 八。


「……増えてねえか?」


 良樹が言った。


 ガレスは奥から出てくると、何でもない顔で答えた。


 挿絵(By みてみん)


「増やした」


「何でだ」


「四個じゃ足りねえ」


 即答だった。


 良樹は一瞬だけ黙った。


 怒るでもない。

 驚き切るでもない。


 ただ、頭の中で配置を組み始めた。


「本部」

「門」

「外縁」

「待機所」

「……いや、四つじゃ確かに足りねえな」


「だろ」


 ガレスは低く笑った。


「ギルド本部」

「正門」

「西門」

「旧街道側の監視所」

「外縁農家方面」

「臨時待機所」

「治療所」

「冒険者詰所」


 ガレスが一つずつ指を折る。


「八つだ」

「最低限、今はな」


 良樹は目を細めた。


「最低限で八つか」


「ああ」

「町を守るってのは、門だけ見てりゃいいわけじゃねえ」

「どこで見つけて、どこへ知らせて、誰を動かすか」

「そこまで繋がらねえと意味がねえ」


 良樹は、机に並んだ魔石信号器を見た。


 自分が作ったものだ。


 だが、もう自分だけのものではなかった。


 木枠がつけられている。

 番号札がある。

 設置場所の札もある。

 符号表が横に置かれている。


 運用に入っている。


 その空気があった。


「見せてくれ」


「ああ」


 ガレスは、机の上の符号表を良樹へ渡した。


 良樹は受け取り、最初は改善点を探すつもりで見た。


 緊急。

 応援。

 撤退。

 負傷者。

 治療師待機。

 魔物の種類不明。

 大型個体の可能性。

 確認要請。

 誤報確認。

 復唱要求。

 待機継続。

 門閉鎖準備。


 短灯。

 長灯。

 間隔。

 組み合わせ。


 良樹は黙った。


 紙の上に並んでいるのは、単なる記号ではなかった。


 似た意味の符号が近くにない。

 焦った時に取り違えやすい並びが避けられている。

 緊急度の高いものは短い。

 確認系は一拍置く形になっている。

 撤退と応援が、真逆の操作にならないように分けられている。

 昼と夜で見え方が変わることも、ある程度考えられている。


 単純すぎれば、伝えられる情報が足りない。

 複雑すぎれば、現場で使えない。


 その間に、ちゃんと落ちている。


 良樹は、符号表から目を離さずに呟いた。


「……これはすげえな」


 ガレスが片眉を上げた。


「何だ」

「直すところだらけかと思ってたぜ」


「逆だ」


 良樹は短く答えた。


「直す前に、考えた奴の苦労が見える」

「これ、相当試しただろ」


 ガレスは、少しだけ口元を歪めた。


「試したさ」

「人を走らせてな」


 その横で、ニルがぼそりと言った。


「実際に走らされたのは、オレなんすけどね」


 良樹はそこで初めてニルに気づいた。


 ニルは帳面を抱えていた。

 いつもの軽い顔ではあるが、どこか少し疲れている。

 足元を見れば、靴に乾いた泥がついていた。


 ガレスが横目でニルを見る。


「そう言うな」

「今お前が走ったおかげで、もしもの時に走って逃げる奴を減らせるんだ」


「それは分かってますけどね」


 ニルは肩を落とした。


「ここ最近の仕事、ほとんど走るになってたっす」

「しばらくは、ゆっくり帳面仕事に戻りたいっす」


 カレンが、少しだけ申し訳なさそうな顔でニルを見た。


 リシアは符号表を見つめている。

 クラリスも、静かに目を細めていた。


 クラリスが言う。


「走った人がいたから、走らなくて済む人が増えるのですね」


 ニルは困ったように笑った。


「そう言われると、文句言いづらいっすね」


 良樹は符号表を見たまま頷いた。


「いい仕事だ」

「これは、机の上で作った表じゃねえ」

「足で作った表だ」


 ガレスは、少しだけ黙った。


 それから、低く笑う。


「分かるか」


「分かる」

「間違えた跡が残ってる」

「でも、残したままじゃない」

「間違えたところを潰してある」

「これは現場の表だ」


 良樹は符号表を机に置いた。


「表は触らねえ」

「触るとしたら、使い方だ」


「使い方?」


 リシアが聞く。


「ああ」

「せっかく足で作った表を、魔石の光り方で台無しにするのはもったいねえ」


 ガレスは、ほんの少しだけ目を細めた。


「お前、口は悪いが褒め方を知ってるな」


「褒めてねえ」

「評価してる」


 ニルが横から言う。


「それ、ギルドじゃだいたい褒めてるって言うっす」


「そうなのか」


「そうっす」


「なら、褒めた」


 良樹があっさり言うと、ガレスが少し吹き出した。


「認めるのも早えな」


「良いものを良いって言わない理由はねえだろ」


 ニルが帳面を抱えたまま、にやりと笑った。


「マスター、今かなり褒められてるっすよ」


 ガレスは、少しだけ肩をすくめた。


「分かってる」

「だから妙な気分なんだよ」


 そこでニルが、また小さくため息を吐いた。


「いや、でも本当に走ったんすよ」

「正門から西門」

「西門から監視所」

「監視所から治療所」

「それで戻ったら、今度は符号間違いの確認でまた外縁っす」

「帳面職員の足じゃないっすよ、これ」


 ガレスは腕を組んだ。


「仕方ねえ」

「なら明日は休みにしてやる」

「俺のポケットマネーで、彼女とのデート代くらいは出してやるよ」


 ニルの顔が、ぱっと明るくなった。


「マジっすか!?」

「走った甲斐があったっすよ!」


 良樹は思わず言った。


「お前はそこなんだな」


「モチのロンっすよ!」


 ニルは胸を張った。


「彼女と飯食うためなら、帳面も走りもやるっす!」


「帳面仕事に戻りたいって言ってなかったか」


「戻りたいっす」

「でも、彼女との飯代が出るなら話は別っす」


 ガレスが呆れたように笑った。


「調子のいい奴だ」


「現場の士気管理っすよ」

「若手職員の明日への活力っす」


「言い方だけは立派だな」


 良樹が言うと、ニルはにやりと笑った。


「中身も立派っすよ」

「彼女かわいいんで」


「聞いてねえ」


「聞いてねえな」


 ガレスと良樹の声が重なった。


「聞かせたいんすよ」


 ニルは悪びれなかった。


 男三人の間に、少しだけ笑いが起きた。


   ◇


 三人は、その会話に少しだけ置いていかれていた。


 符号表の話だったはずだ。

 魔石信号器の仮運用だったはずだ。

 町を守るための、真面目な仕事の話だったはずだ。


 それがいつの間にか、走らされた若手職員の愚痴と、彼女とのデート代の話になっている。


 良樹は、ニルに呆れていた。


 呆れて。

 ガレスと同じように肩を揺らして。

 それから、少し笑った。


 明らかに、自分たちに見せるものとは違う顔だった。


 遠慮がない。

 気安い。

 どこか子供のようで。


 作業がうまくいった時の興奮とも違う。

 照れ隠しの笑いでもない。

 責任を背負って、無理に前を向く顔でもない。


 男同士で、馬鹿を言いながら仕事をしている顔。


「……ああいう顔もするのね」


 リシアが、小さく呟いた。


 カレンは、胸元で手を握っていた。


 彼女と、デート。


 ニルは、何のためらいもなくそう言った。

 走った甲斐があったと、嬉しそうに笑った。


 それが少しだけ、眩しかった。


 クラリスは、良樹の横顔を見ていた。


 肩に力が入っていない。

 呼吸も浅くない。

 眉間にも、いつもの深い皺がない。


「良いことですね」


「何が?」


 リシアが聞く。


「良樹くんが、普通に笑っています」


 その言葉に、リシアもカレンも、もう一度良樹を見た。


 良樹はまだ、ニルの調子の良さに呆れている。


 それでも。


 悪い気は、しなかった。


   ◇


「で、本題だ」


 ガレスが手を叩いた。


 ニルはすぐ帳面を開く。

 良樹も符号表へ視線を戻した。


 男三人の空気が、一瞬で仕事の顔に戻る。


 リシアはそれを見て、少しだけ目を細めた。


 切り替えが早い。


 馬鹿を言っていたはずなのに。

 さっきまでデート代の話をしていたはずなのに。


 もう、町を守るための顔になっている。


 仮運用は、良樹が思っていたよりも大きなものになっていた。


 ギルド職員だけではない。

 門番。

 治療所の者。

 外縁を見る監視役。

 待機していた冒険者。

 帳面を抱えたニル。

 そして、それらをまとめるガレス。


 ギルドの一角に置かれた魔石信号器の周りで、多くの人間が動いていた。


 誰かが魔石を光らせる。

 誰かが符号表を見る。

 誰かが帳面へ記録する。

 誰かが別の場所へ確認を返す。

 誰かが首を傾げる。

 誰かが「今のは見えにくい」と言う。

 誰かが「こっちの位置なら見える」と言う。


 良樹は、それを黙って見ていた。


 これは、光る石を置く話ではない。


 町の中で、誰が危険を見つけるのか。

 見つけた危険を、誰へ伝えるのか。

 誰が受け、誰が動き、誰が待機するのか。

 そして、間違えた時にどこで止めるのか。


 それを、町とギルドが本気で決めようとしている。


 良樹は、そこでようやく理解した。


 ガレスは、ただ魔石信号器を試しているのではない。

 この仕組みを、町の運用に入れようとしている。


「いいか、良樹」


 ガレスが言った。


「これは光る石を並べるだけの話じゃねえ」


 ガレスは、集まった者たちへ顎をしゃくる。


「門の奴にも、治療所の奴にも、外縁を見る奴にも、冒険者にも関係する」

「誰か一人が分かってりゃいいもんじゃねえ」

「町で使うなら、町の奴らを巻き込まねえと動かねえ」


 それから、ガレスは短く言った。


「だから今日、集めた」


 良樹は少しだけ黙った。


 門番は、魔石の見える位置を確認している。

 治療所の者は、信号を受けた時にどこまで準備するかを話している。

 冒険者たちは、面倒そうにしながらも、見張り場所からの見え方に口を出している。

 ニルはその全部を帳面へ書いている。


 良樹は低く呟いた。


「……いい段取りだ」


 ガレスが片眉を上げる。


「お前に段取りを褒められると、妙な気分だな」


「褒めてる」

「これは、俺一人じゃできねえ」


 良樹は、魔石信号器を見る。


「道具を作るのと」

「現場に入れるのは、別だ」

「これはちゃんと、現場に入れるための段取りだ」


 ニルが帳面を抱えたまま、にやりと笑った。


「マスター、今かなり褒められてるっすよ」


「分かってる」

「だから妙な気分なんだよ」


 ガレスはそう言って、少しだけ肩をすくめた。


 仮運用は、完璧ではなかった。


 光が強すぎて、近くの者が目を細める場面もあった。

 反対に、窓際の明るい場所では、一瞬見落としかけた。

 受信確認が遅れ、ガレスが低く注意する場面もあった。

 符号表の置き場所が悪く、二人が同時に覗き込んで邪魔になる場面もあった。

 誰が送った信号なのか、確認に一拍遅れる場面もあった。


 不安材料がないわけではない。


 雨ならどうなるか。

 夜なら眩しすぎないか。

 霧なら見えるのか。

 誰が送信するのか。

 誰が受けるのか。

 誤報だった時、どこで止めるのか。


 実際に使うには、まだ潰すべきものがいくつもある。


 けれど。


 誰も、それを笑っていなかった。


 見えにくければ、位置を変える。

 遅れれば、帳面に書く。

 間違えれば、符号表の置き場所を変える。

 迷えば、ガレスが判断する。

 気づいた者が口を出し、別の者が試し、ニルが記録する。


 良樹は、それを見ていた。


 これは、完成品のお披露目ではない。


 仮運用だ。

 不具合を見つけるための時間だ。

 間違えるための時間だ。

 そして、間違えた場所を次に潰すための時間だ。


「……いいな」


 良樹が小さく呟いた。


 リシアが横から見る。


「いいの?」

「まだ、問題はありそうだけど」


「ああ」

「だからいい」


 良樹は、光る魔石を見た。


「本番で壊れる前に、ここで壊してる」

「それを、みんなで見てる」

「これなら、直せる」


 カレンは、少しだけ目を見開いた。


「怖いところを、みんなで見ているんですね」


「ああ」


 良樹は頷いた。


「怖いところを、誰か一人に押しつけてねえ」

「見つけた奴が言う」

「聞いた奴が直す」

「直した結果を、また誰かが見る」

「それができるなら、道具は育つ」


 クラリスも静かに頷く。


「怪我をする前に、悪いところを見つけるのと同じですね」


「そうだ」

「これは、ちゃんと現場に入ってる」


 派手な魔法ではなかった。


 火球が飛ぶわけではない。

 巨岩が砕けるわけでもない。

 魔物が吹き飛ぶわけでもない。


 ただ、魔石が光る。


 けれど、その光で人が動いた。


 門番が顔を上げる。

 治療所の者が薬箱の場所を確かめる。

 冒険者が装備の位置を見る。

 職員が帳面に記録する。

 ガレスが全体を見る。

 ニルが、文句を言いながらも筆を走らせる。


 誰かが走り出す前に。

 誰かが倒れる前に。

 離れた場所が、同じ危険を見ようとしていた。


 良樹は、小さく息を吐いた。


「攻撃魔法じゃない」

「でも、これは人が死ぬ前に動ける」


 リシアは、魔石信号器を見た。


「良樹の作るものって、攻撃魔法より厄介ね」


「厄介?」


「使い方を覚えたら、みんなが動き方を変えるもの」


 良樹は少しだけ黙った。


 その言い方は、少し大げさにも聞こえた。

 けれど、否定はできなかった。


 自分が作ったのは、ただの魔石信号器だ。

 光る石だ。

 遠くへ合図を送るための道具だ。


 だが、ガレスはそれを町の中へ置こうとしている。

 門番も、治療所も、冒険者も、職員も巻き込んで。

 不具合ごと抱え込んで、使える形にしようとしている。


 それはもう、良樹一人の道具ではなかった。


「まだ仮運用だ」

「雨の日、夜、霧、誤報、見落とし」

「確認することはいくらでもある」


「でも、届いたわ」


 リシアが言った。


 良樹が振り返る。


 リシアは、魔石信号器を見たまま続けた。


「良樹が作った信号」

「ちゃんと、町で使われようとしてた」


 良樹は、すぐには答えなかった。


 言葉にしようとすれば、いくらでも出てくる。


 未完成だ。

 改善点だらけだ。

 危ないところもある。

 訓練がいる。

 光量調整もいる。

 設置台も作り直した方がいい。


 けれど。


 届いた。


 その事実は、消えなかった。


 良樹は短く答えた。


「ああ」

「なら、次は使い続けられる形にする」


 カレンが、小さく笑った。


「良樹さんらしいです」


 クラリスも微笑む。


「はい」

「届いたから、終わりではないのですね」


「届くだけじゃ足りねえ」

「使えて」

「間違えにくくて」

「止められて」

「次に直せる」


 良樹は、魔石信号器の淡い光を見た。


「そこまで行って、やっと現場だ」


   ◇


 作業場へ戻ると、良樹はすぐに紙を広げた。


 リシアが呆れたように言う。


「戻ってすぐ?」


「忘れる前に書く」


「でしょうね」


 カレンは少し笑い、クラリスは良樹の手元へ目を向ける。


 良樹は新しい紙の上に、大きく見出しを書いた。


 魔石信号器 仮運用改善項目。


 その下に、八つの点を描く。


 ギルド本部。

 正門。

 西門。

 旧街道側監視所。

 外縁農家方面。

 臨時待機所。

 治療所。

 冒険者詰所。


 八つの灯り。


 良樹は、その点を線で結ぶ。


 まっすぐではない。

 曲がる。

 遮られる。

 中継する。

 戻る。

 確認する。


 綺麗な図ではなかった。


 だが、現場の図だった。


「メッシュってほどじゃねえ」

「でも、最初の網だな」


 リシアが静かに聞く。


「落ちる前に引っかけるための網?」


「ああ」


 良樹は紙の端へ書き足す。


 運用で壊れる前に、訓練で壊す。


 リシアが小さく笑った。


「相変わらず物騒ね」


「現場用語だ」


 カレンは、その文字を見てから言った。


「でも、優しい言葉だと思います」


 良樹が困ったように顔を上げる。


「これがか?」


「はい」

「壊れる前に、見つけるということですから」


 クラリスも頷く。


「怪我をする前に、悪いところを見つけるのと同じですね」


 良樹は少しだけ黙った。


 それから、紙に視線を戻す。


「……まあ、そうだな」


 八つの灯りは、まだ頼りない。


 雨が降れば見えにくい。

 夜なら強すぎるかもしれない。

 符号を間違えれば、余計な混乱も生む。

 設置場所が悪ければ、誰にも見えない。

 受信確認を忘れれば、届いたかどうか分からない。


 それでも。


 届いた。


 誰かが走り出す前に。

 誰かが倒れる前に。

 何が起きたのかを、離れた場所へ届けることができた。


 良樹は、紙の上の八つの点を見た。


 これは、まだ完成ではない。


 ただの仮運用だ。

 不具合だらけで、改善だらけで、現場に揉まれればいくらでも直すところが出てくる。


 それでも。


 最初の網は、かかった。


 良樹は筆を置き、小さく息を吐いた。


「よし」

「次は、壊れる前に直す」


 三人は、その背中を見ていた。


 昨日、同じ失敗はもうしないと言った男が。


 今日は、町そのものに。

 同じ失敗をさせないための線を、引き始めていた。

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