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第46話 使い慣れた一本

 翌朝。


 良樹は町外れの練習場に立っていた。


 昨日と同じ場所ではない。

 少しだけ町から離れた、低い草の生えた空き地だ。

 周囲には人影がない。

 荷車もない。

 家畜もいない。

 道からも少し外れている。


 良樹はまず、それを確認した。


 右。

 左。

 後方。

 足元。

 退避方向。

 ニルの立ち位置。

 リシア、カレン、クラリスの立ち位置。


 最後に、自分の腰袋を軽く叩く。


「よし」


 良樹が呟くと、リシアが少し呆れたように息を吐いた。


「本当に毎回それね」


「毎回必要だ」

「今日は俺が変な動きをするかもしれねえ」


「変な動きって、自覚はあるのね」


「初めてやることは大体変だ」


「否定できないわね」


 カレンは、少し離れた場所で両手を胸元に添えていた。

 今日は剣も持っている。

 だが、構えてはいない。


 クラリスはその隣で、いつものように穏やかに立っていた。

 ただし目は良樹の肩、肘、手首、腰、膝へ向いている。


 身体を見る目だった。


 そして、良樹の前にはニルがいた。


 ニルは、妙に落ち着かない顔で三人を見た。


「あの」

「俺、先生っていうより監視対象じゃないっすか?」


 リシアが即答した。


「必要最低限よ」


 カレンも真面目に頷く。


「良樹さんに怪我をさせないでください」


 クラリスはにこりと微笑んだ。


「良樹くんの身体に無理があれば、すぐ止めます」


「ほら」

「監視対象じゃないっすか」


 ニルが良樹を見る。


 良樹は肩をすくめた。


「諦めろ」

「俺もそうだ」


「良樹さんは慣れすぎじゃないっすかね」


「慣れたくて慣れたわけじゃねえ」


 リシアが横から言う。


「事故が多いからよ」


「事故の全部が俺のせいみたいに言うな」


「全部ではないわ」


「では?」


「かなり」


「だいぶ重いな」


 カレンが小さく笑いそうになって、慌てて口元を押さえた。

 クラリスは清楚に微笑んでいる。


 良樹は咳払いした。


「で、ニル」

「頼む」


「了解っす」


 ニルは表情を少しだけ真面目にした。


「先に言っときますけど、俺、ちゃんとした短剣術の師範じゃないっすよ」

「冒険者として、咄嗟に抜いて距離を作るくらいっす」


「それでいい」

「俺が欲しいのは勝つ技じゃねえ」

「一拍死なない動きだ」


「なら、やっぱりその棒っすね」


 ニルが良樹の腰袋を指した。


 良樹は即座に眉を寄せる。


「棒じゃねえ」

「ロングドライバーだ」


「名前はともかく、使い慣れてるっす」


「名前は大事だ」


「そこっすか」


「そこだ」


 ニルは少し笑った。


 それから、腰に下げた訓練用の短い木棒を抜く。

 短剣の代わりに使うためのものだ。


「強い武器を持てば強くなるわけじゃないっす」

「咄嗟に出せるものの方が、最初の一拍には強いっす」

「良樹さんの場合、それがそのロングドライバーだっただけっす」


 良樹は、腰袋に手を置いたまま少し黙った。


 ロングドライバー。


 長い軸。

 柄の感触。

 腰袋の中の位置。

 抜く時の角度。

 手の中で回さず、そのまま先端を向ける感覚。


 考えて持っているわけではない。


 現場で何度も抜いた。

 何度も締めた。

 何度も突っ込んだ。

 何度も腰袋へ戻した。


 手が場所を知っている。


「……手が知ってる、か」


「そうっす」

「技っていうより、そこっす」


 良樹は小さく息を吐いた。


「分かった」

「やってみる」


 腰袋からロングドライバーを抜く。


 音は小さい。

 ただ、良樹の手には違和感がなかった。


 柄を握る。

 握り直さない。

 先端を確認しすぎない。

 構えようとしない。


 ただ、手元に置く。


 ニルが木棒を持って、ゆっくり踏み込んだ。


「まず、倒そうとしないでいいっす」

「手を狙いに行かなくてもいいっす」

「ここ」


 ニルは自分の手首の前に木棒を止める。


「相手が来る線に置くっす」

「当てに行くんじゃなくて、置く」

「嫌がらせる」

「嫌がったら、一拍できるっす」


「嫌がらせでいいのか」


「嫌がらせでいいんす」

「相手が手を引っ込めた」

「踏み込みが止まった」

「爪の向きが逸れた」

「それで一拍っす」


「なるほどな」


 良樹はロングドライバーを手元に置いた。


 ニルがもう一度踏み込む。


 良樹は大きく振らなかった。

 突きに行かなかった。

 ただ、ニルの木棒が通る線へ、ロングドライバーの先を置いた。


 ニルの動きが止まる。


「それっす」


「今のでいいのか」


「いいっす」

「今の、ちゃんと嫌っす」


「嫌でいいのか」


「嫌でいいんす」


 ニルは頷いた。


「深く刺しに行かない」

「大きく振らない」

「追わない」

「手元に置いて、相手の線に置く」

「嫌がったら下がる」

「それで良樹さんの目的には合ってるっす」


 良樹はもう一度やった。


 腰袋から抜く。

 置く。

 下がる。


 次は、ニルが少し角度を変える。

 良樹は、身体ごと追わず、手元だけを変えて線へ置いた。


 ニルが小さく笑う。


「ほら」

「早いっす」


 リシアが腕を組んだまま、少し悔しそうに言った。


「魔術より早いわね」


 カレンも、真面目に見ていた。


「剣を抜くより、自然です……」


 クラリスは良樹の手首を見て、静かに頷く。


「体術に入る前の一拍としては、かなり有効です」


 三人が認めた。


 認めたが、納得しきれていない顔だった。


 良樹はロングドライバーを下げる。


「ただし」


 声が少し低くなった。


「工具は武器じゃねえ」


 ニルが頷く。


「分かってるっす」


「いや、そこは絶対に間違えねえ」

「刺すために持つんじゃねえ」

「殴るために持つんでもねえ」

「工具は工具だ」


 言いながら、良樹の頭に古い記憶が浮かぶ。


 子どもの頃。

 父の作業場。

 長いドライバーを剣のように振った。

 すぐに怒鳴られた。


 工具で遊ぶな。

 人に向けるな。

 使い方を間違えるな。


 ヘルメット越しに軽く小突かれた記憶まである。


 痛かった。

 腹も立った。


 だが、残っている。


「持ってる時に襲われたなら、防御動作として使う」

「攻撃じゃねえ」

「勝つためじゃねえ」

「一拍作るためだ」


 ニルは、その言葉を聞いて少しだけ真面目な顔になった。


「良樹さんらしいっすね」


「そうか」


「そうっす」

「普通、そこまで気にしないっすよ」


「気にする」

「そこを間違えたら、俺が俺じゃなくなる」


 短く言って、良樹は携行盤を開いた。


 胸元に半透明の盤が浮かぶ。


 リシアの目がすぐに盤へ向いた。


「補強するの?」


「ああ」

「ただし、最低限だ」


 良樹はロングドライバー一本だけへ、細い魔力線を伸ばした。


「工具一本のみ」

「数秒だけ」

「表面補強」

「軸曲がり防止」

「握り滑り防止」

「手から飛ばない」

「手首への返りを少し逃がす」


 良樹は一つずつ確認するように言った。


「硬くして殴るんじゃねえ」

「刃物にするんでもねえ」

「曲がらない」

「落とさない」

「手首を持っていかれない」

「それだけだ」


「本当に最低限ね」


 リシアが言う。


「最低限でいい」

「最低限じゃないと、工具じゃなくなる」


 クラリスが柔らかく微笑んだ。


「良樹くんらしい線引きですね」


 カレンも、小さく頷く。


「でも、その線引きがあるから安心できます」


 良樹は少しだけ黙った。


 安心。


 そう言われるとは思っていなかった。


「……そりゃ、どうも」


「照れてるわね」


「照れてねえ」


「照れていますね」


 クラリスが言う。


「照れてませんか?」


 カレンまで首を傾げる。


「お前ら、訓練中だぞ」


 良樹が逃げるように言うと、リシアが笑った。


「はいはい」


 ニルは、そのやり取りを見て少しだけ遠い目をした。


「俺、やっぱり監視対象のついでに巻き込まれてる気がするっす」


「正しい認識だ」


「認めないでほしいっす」


   ◇


 何度か繰り返したあと、良樹の動きは一つ形になった。


 腰袋から抜く。


 手元へ置く。


 相手の線へ置く。


 嫌がったら下がる。


 追わない。

 刺しに行かない。

 勝とうとしない。


 それだけだった。


 それだけなのに、最初の一拍としては十分に機能した。


 ニルが木棒を下げる。


「これでいいと思うっす」

「変に短剣を一から習うより、良樹さんはこっちの方が早いっす」


「褒められてる気がしねえな」


「褒めてるっすよ」

「ちゃんと」


 良樹はロングドライバーを腰袋へ戻した。


 その動きもまた、自然だった。


 カレンが小さく口を開く。


「一拍、生き残ってくれるだけで」


 良樹がカレンを見る。


 カレンは胸元で手を握っていた。


「私たちは、届きます」


 リシアが黙る。

 クラリスも黙る。


 良樹は少しだけ遅れて、頷いた。


「ああ」

「だから、その一拍を作る」


 それ以上は言わなかった。


 カレンも、何も言わなかった。


 ただ、握っていた手を少しだけ強くした。


   ◇


 訓練を終えると、良樹たちはギルドへ向かった。


 ニルも一緒だった。


 ただし、ニルの顔には少しだけ疲労が見える。

 肉体的な疲れというより、三人娘の圧に耐えた疲れだった。


 ギルドに着くと、ガレスは奥の卓で待っていた。


 いつものように腕を組み、椅子にどっかり座っている。


「来たか」


「ああ」


 良樹は卓の前に立った。


「まず、魔石信号器の件だが」


 ガレスは良樹が言い終える前に、片手を上げた。


「それはこっちで預かる」


 良樹は少し目を細めた。


「いいのか」


「いい」

「もう十分だ」

「お前らが作って、実戦で使えるところまでは見せた」

「ここから先、現場で回す形にするのはギルドの仕事だ」


「道具を作る奴と、道具を回す奴は違う、か」


「そういうことだ」


 ガレスはニルを見る。


「ニル」


「はいっす」


「お前はこっち側だ」

「実際に信号器を押した奴が、ギルド側に一人は要る」

「お前には、受ける側と使う側の確認に回ってもらう」


 ニルは少しだけ驚いた顔をした。


「俺、良樹さんたちとは別っすか」


「別だ」


 ガレスは即答する。


「お前はお前で仕事がある」


 ニルは一度だけ良樹を見た。


 良樹は頷く。


「その方がいい」

「信号器は、使う側が慣れねえと意味がない」

「実際に押したお前がいると助かる」


「……了解っす」


 ニルは少し背筋を伸ばした。


「やります」


「そうしろ」


 ガレスは頷いた。


 それから、良樹たち四人を見る。


「で」

「今日はもう一つある」


「もう一つ?」


「お前らの手札を見せろ」


 良樹の眉が動いた。


「手札?」


「お前らが今、何をどこまでできるのか」

「俺は全部を直接見たわけじゃねえ」

「話では聞いた」

「報告も受けた」

「だが、でかい仕事を振るかどうかは、話だけじゃ決めねえ」


 ガレスは椅子から立った。


「目利きだ」


 その言葉で、リシアの表情が少し変わる。


 カレンは緊張したように背筋を伸ばした。

 クラリスは穏やかに微笑んでいるが、目は真面目だった。


 良樹は小さく息を吐く。


「でかい仕事ってのが、嫌な響きだな」


「正しい」

「嫌な響きの仕事だ」


「正直だな」


「嘘をついても仕方ねえ」


 ガレスは奥の扉へ向かった。


「訓練場に出るぞ」

「細かい説明はいらねえ」

「何ができるか」

「何を止められるか」

「何を分かって使ってるか」

「そこを見る」


   ◇


 ギルド裏の広い訓練場には、いくつか的が置かれていた。


 木の板。

 藁束。

 古い石材。

 土を盛った壁。

 壊れてもよい廃材。


 ガレスはそれを見ながら言った。


「派手にやっていいとは言わねえ」

「だが、隠すな」

「危ないなら危ないで、その危なさも見せろ」


「分かった」


 良樹は頷いた。


「ただし、順番はこっちで決める」

「危ないものほど後だ」


「そういうところを見るんだよ」


 ガレスが薄く笑った。


 最初に見せたのは、水蒸気爆発弾と蒸気ランチャーだった。


 良樹は撃つ前に、風向きを見た。

 的の後方を見た。

 リシアの立ち位置を確認した。

 カレンとクラリスの退避方向を確認した。


 それから、低出力で一発。


 白い蒸気が弾ける。

 リシアの風遮膜が、その返りを斜め上へ逃がす。


 音は軽い。

 威力も抑えている。

 だが、ガレスは爆発そのものを見ていなかった。


 良樹が撃つ前に何を見たか。

 リシアがどこで風を入れたか。

 余波がどこへ逃げたか。


 そこを見ていた。


「火力じゃねえな」


 ガレスが呟く。


「撃つ前の手順と、撃った後の逃がし方が本体か」


 良樹は頷いた。


「そうだ」

「爆発は起こせばいいってもんじゃない」

「返りを処理できないなら撃つべきじゃない」


「面倒な攻撃だな」


「面倒じゃない攻撃の方が怖い」


「違いねえ」


 次はリシアだった。


 エレメンタルストライク。


 最初は一点。

 次は連射。

 最後は、少し散らすように広げる。


 詳細な説明はしなかった。

 リシアも、見せるために大げさにはしない。


 ただ、出力の切り替えを見せた。


 ガレスは腕を組んでそれを見る。


「一発を強く撃てる」

「細かく続けて撃てる」

「広げて面を潰せる」


 ガレスの目がリシアへ向く。


「ただの高火力じゃねえな」


 リシアは少しだけ胸を張った。


「当然よ」


「その当然を、実戦で使い分けられるなら大したもんだ」


「使い分けるわ」

「良樹がうるさいから」


「俺のせいか」


「そうよ」

「強いから撃て、では許してくれないでしょう」


「許さん」


「ほら」


 ガレスは低く笑った。


「いい噛み合わせだ」

「面倒だがな」


 次に、良樹は魔導レーザースキャナを見せた。


 回転する魔導レーザー。

 距離の返り。

 近づくもの、離れるものの反応。


 ガレスはそれを便利だと見た。


 だが、すぐに眉を寄せる。


「見えるものが増えすぎるな」


「ああ」


 良樹は即答した。


「見えることと、判断できることは別だ」

「今はまだ、俺の判断に寄りすぎる」

「単体では便利だが、過信はできねえ」


 ガレスは頷いた。


「分かってるならいい」

「見えるようになった奴ほど、見えてるだけで安心しやがる」


「現場でもよくある」


「お前の現場は、やたらこっちと話が合うな」


「嫌な一致だな」


 次は端子台通信だった。


 三人が少し離れる。

 声が届きにくい距離。


 良樹が自立盤を開き、短く接続する。


 リシアから方向。

 カレンから危険。

 クラリスから負傷想定。

 それぞれ短文だけを乗せる。


 良樹はそれを受け、ガレスへ内容を伝える。


 長文ではない。

 会話でもない。

 必要最低限の共有。


 ガレスの目が細くなった。


「声を出さずに共有できるのか」


「ああ」

「ただし短文だけだ」

「長文は重い」

「感情が混ざると事故る」

「戦闘中は、敵数、方向、危険、負傷、配分要求、撤退」

「その辺りに絞る」


「混線したら?」


「危ない」

「だから運用ルールが要る」


「分かってるならいい」


 ガレスは少しだけ黙る。


「乱戦で効く」

「ただし、間違えると全員まとめて混乱する」

「強いが、怖い道具だ」


「同感だ」


 良樹は頷いた。


 その後、良樹は魔導自立盤を具現した。


 ここからが、ガレスの目つきが変わるところだった。


 リシア。

 カレン。

 クラリス。


 三つの端子台。

 三つの流れ。

 それぞれ別の出力。


 まずカレン。


 剣に魔力が乗る。

 短く伸びる剣閃。

 そして、前方へ薄く広がる中範囲の盾。


 ガレスは威力よりも、カレンの目を見ていた。


 怖がっている。

 だが、怖い方向から目を逸らさない。


 そこへ剣を置く。

 そこへ盾を置く。


「怖いまま、置けるのか」


 ガレスが言う。


 カレンの肩が小さく揺れた。


「はい」

「怖いです」

「でも、怖いから見ます」


 ガレスは頷いた。


「それでいい」

「怖くなくなる必要はねえ」

「怖いから見えるものがある」


 カレンは胸元で手を握った。


「はい」


 次にクラリス。


 拳に薄く魔力がまとう。

 藁束を打つ。

 衝撃が逃げる。

 肩も肘も手首も、以前ほど返らない。


 さらに、拳一つ分ほど先へ、短く魔力を抜く。


 藁束の表面が沈む。


 ガレスは顔をしかめた。


「回復役の動きじゃねえな」


「よく言われます」


 クラリスは清楚に微笑んだ。


「言われるだろうな」


 ガレスはクラリスの腕を見た。


「だが、ただ殴ってるんじゃねえ」

「壊れ方を知ってる打ち方だ」

「良樹の補助で、自分の身体を壊しにくくしてる」


 クラリスの微笑みが、少しだけ静かになる。


「はい」

「壊れずに届かせるためです」


「ならいい」

「ただし、自分を後回しにするな」

「良樹を止める役が、自分を壊したら意味がねえ」


 クラリスは一度、良樹を見た。


 それから、静かに頷く。


「はい」


 リシアとカレンも、同時にクラリスを見た。


 その視線からは、逃げられない。


 クラリスは少しだけ困ったように微笑んだ。


「……気をつけます」


「そこは約束でいいわよ」


 リシアが言う。


「約束してください」


 カレンも言う。


 クラリスは小さく息を吐いた。


「はい」

「約束します」


 ガレスはそれを見て、何も言わずに頷いた。


 次は、魔導レーダーだった。


 クラリスとの接続。

 端子台通信の奥で広がる、位置把握のような感覚。


 詳しくは説明しづらい。

 実演もしづらい。


 なにより、発動条件の一部が面倒だった。


 良樹はかなり言葉を選んで説明した。


「クラリスとの接続時に、スキャナの返りが変わる」

「点で見るというより、そこにいると分かる」

「ただし条件が不安定だ」

「まだ実戦運用には課題がある」


 ガレスは良樹を見た。

 次にクラリスを見る。

 それからリシアとカレンを見る。


 三人娘が微妙に視線を逸らした。


 ガレスは眉をひそめた。


「……何か隠してるな」


「技術的には今言った通りだ」


「技術的には、か」


「技術的には」


 ガレスはしばらく良樹を見た。


 そして、諦めたように息を吐く。


「変だが、使える」

「今はそれでいい」


「助かる」


「深く聞くと、俺が疲れそうだ」


「正しい判断だ」


 リシアが小さく呟いた。


「本当にね」


 カレンは赤くなって俯いた。

 クラリスは清楚に微笑んでいた。


 ガレスは見なかったことにした。


   ◇


 最後に、良樹は少し離れた場所へ立った。


 訓練場の端。

 土の盛られた壁。

 その後方に人がいないことを確認する。


 リシアが良樹の横へ立つ。

 カレンとクラリスは射線から退く。

 退避位置も決めている。


 ガレスは腕を組んで見ていた。


 ここまでの手札で、すでに十分おかしかった。


 索敵。

 通信。

 牽制。

 面制圧。

 前衛強化。

 盾。

 近接制圧。

 回復。

 防御補助。


 普通の新人パーティではない。


 それは分かった。


 だが、良樹たちの表情が変わった。


 リシアが真剣になる。

 カレンが一歩深く下がる。

 クラリスが射線と良樹の身体を同時に見る。


 良樹の声も、少し低くなった。


「エレメンタル・キャノン」

「一発だけ見せる」


 ガレスは目を細めた。


「一発だけ、か」


「ああ」

「連発するものじゃない」

「撃つ場所を選ぶ」

「リシアの風遮膜が要る」

「味方の位置も要る」

「外した先も要る」


「いい」

「撃て」


 良樹の前に、盤が広がる。


 火。

 水。

 風。

 土。


 四つの流れが束ねられていく。


 空気が重くなった。


 魔法の圧とも違う。

 剣気とも違う。

 何かを燃やす熱でもない。


 巨大なものが、盤の中で形を取っていく圧。


 リシアが風遮膜を張る。

 余波を逃がすための風。

 味方側へ返さないための逃げ道。


 良樹が短く言った。


「撃つ」


 次の瞬間。


 音が、訓練場を叩いた。


 光と衝撃が一直線に走る。


 土の盛られた壁へ着弾し、古い石材と土がまとめて吹き飛んだ。

 砕けた欠片が跳ね、リシアの風遮膜に巻かれて斜め上へ逃げる。


 地面が少し震えた。


 しばらく、誰も喋らなかった。


 ガレスも黙っていた。


 目利きの顔ではなかった。


 驚き。

 呆れ。

 そして、理解。


 これは、普通の上位攻撃魔法とは別物だ。


 威力の方向が違う。

 性質が違う。

 明らかに、冒険者が気軽に持っていい火力ではない。


 ガレスは、やがて低く笑った。


「……おい」

「四人だけで攻城戦ができるな」


 良樹は顔をしかめた。


「やめろ」

「縁起でもねえ」


「冗談半分だ」


「半分は本気かよ」


「今のを見て、全部冗談にできるほど俺は呑気じゃねえ」


 ガレスは吹き飛んだ土壁を見た。


「上位攻撃魔法ってのは、普通もう少し品があるもんだぞ」


「品で魔物は止まらねえだろ」


「止まるだろうな」

「城門でも止まりそうだ」


 リシアが口を挟む。


「場所を選ぶわ」

「撃てる条件も限られる」


「だろうな」

「限られてなかったら、ギルドじゃなくて領主が飛んでくる」


 良樹が嫌そうな顔をした。


「そんなにか」


「そんなにだ」

「四人だけで攻城戦ができる威力を、そんなにかで済ませるな」


 カレンが小さく肩を縮めた。


「こ、攻城戦……」


 クラリスは穏やかに言った。


「良樹くんは城を攻めませんよ」


「当たり前だ」


 良樹は即答した。


 ガレスはその様子を見て、少しだけ笑った。


 そして、すぐに目利きの顔へ戻る。


「だが、分かった」

「これは主力じゃねえ」

「切り札だ」


「ああ」


 良樹は頷いた。


「撃てる場所が限られる」

「味方の位置が要る」

「リシアの風遮膜がないと後始末が悪い」

「連発するもんでもねえ」

「切り札だ」


「そこまで分かってるならいい」

「分かってなかったら、今すぐ封印させてた」


「分かってる」


「だろうな」


 ガレスは、四人を見た。


 良樹。

 リシア。

 カレン。

 クラリス。


 変なパーティだ。


 普通の前衛、後衛、回復役ではない。

 役割が混ざっている。

 技も混ざっている。

 常識も少し混ざっていない。


 だが、芯がある。


 良樹が三人を強くしている。

 三人が良樹を死なせない。


 その形になり始めている。


   ◇


 訓練場の確認が終わると、ガレスはギルド裏の柵に腰を預けた。


「強いだけなら任せねえ」


 ガレスは言った。


「派手な技があるだけでも任せねえ」

「今の大砲みたいなやつを撃てるから、じゃねえ」


 良樹は黙って聞いていた。


「だが、お前らは失敗した時のことを考えてる」

「撃つ前に見る」

「撃った後を逃がす」

「仲間の立ち位置を見る」

「自分の弱点を見つけたら、潰そうとする」


 ガレスは良樹を見る。


「お前は、戦う奴というより」

「戦い方を変える奴だ」


「買い被りすぎじゃねえか」


「買い被りなら、後で値下げする」


「値下げ前提かよ」


「当然だ」

「冒険者なんざ、調子に乗った瞬間死ぬ」


「そりゃそうだ」


 ガレスは次にリシアを見る。


「リシア」

「お前は、良樹の変な理屈を魔法に落とせる」

「こいつが言っただけなら、ただの変な話で終わる」

「お前が受けると、形になる」


 リシアは少し照れたように視線を逸らした。


「変な理屈なのは否定しないわ」


「そこは否定しろよ」


「できる?」


「……難しいな」


 ガレスはカレンを見る。


「カレン」

「お前は怖がりだ」


「……はい」


「だが、逃げる怖がりじゃねえ」

「怖い方向を見る」

「そこへ剣を置く」

「盾を置く」

「守る側としては、それが一番大事だ」


 カレンは胸元の手を握る。


「怖いままでも、いいんでしょうか」


「いい」

「怖くなくなったふりをする奴の方が危ねえ」

「お前は怖いまま見ろ」


「はい」


 ガレスは最後にクラリスを見る。


「クラリス」


「はい」


「お前は……まあ、変だ」


「はい?」


 リシアが小さく言った。


「否定できないわね」


 カレンが慌てる。


「で、でも、クラリスはすごいです」


「すごいのは分かってる」

「問題はそこじゃねえ」


 ガレスはクラリスの手を見た。


「治すだけじゃねえ」

「壊れ方を知ってる」

「だから、壊すことも止めることもできる」

「だが、自分の身体を後回しにする癖がある」


 クラリスの微笑みが、少し静かになる。


「良樹を止める役が、自分を壊したら意味がねえ」

「そこは三人で見ろ」


「はい」


 クラリスが答えるより先に、リシアとカレンが頷いた。


 クラリスは二人を見て、少しだけ困ったように笑った。


「はい」

「見てもらいます」


 ガレスは、それでいいというように頷いた。


 そして、四人をまとめて見た。


「お前らは、もう普通の新人パーティじゃねえ」

「かといって、何でもできる中堅でもねえ」

「移動しながら何でも倒すようなパーティでもねえ」


 良樹は、その言い方に少しだけ引っかかった。


「移動しながら、か」


「ああ」


 ガレスの目が細くなる。


「お前の自立盤は、据えた方が強いんだろ」


 良樹は、少しだけ黙った。


「……見抜かれてるな」


「見たからな」


 ガレスは続けた。


「お前らは、走り回って魔物を追うより」

「場所を決めて、そこに来るものを止める方が向いてる」


 リシアが小さく息を吐く。


「拠点防衛ね」


 ガレスが頷いた。


「そうだ」


 カレンの表情が真面目になる。


「守る人がいるんですか」


「ああ」


 クラリスも静かに聞いた。


「負傷者は?」


「いる」


 その一言で、空気が少し変わった。


 ガレスは、ゆっくり話し始めた。


「旧街道沿いの中継小屋だ」

「荷運び人と補修職人が足止めされてる」

「資材もある」

「動かせねえ負傷者もいる」

「普通なら、護衛を増やして夜明けを待つ」

「だが、最近の流れを見ると、それだけじゃ足りねえ可能性がある」


 良樹は黙って聞く。


「中継小屋を一晩守れ」

「ついでに、魔石信号器の仮設もやる」

「町側の受信はギルドが持つ」

「ニルはそっちだ」


 ニルが少し離れたところで背筋を伸ばした。


「了解っす」


 良樹は目を閉じるようにして、一度だけ息を吐いた。


 拠点。

 防衛。

 守る人。

 動かせない負傷者。

 信号器の仮設。

 夜。

 敵の流入方向。

 逃げ道。

 射線。

 自立盤。

 端子台接続。

 リシアの面制圧。

 カレンの防御。

 クラリスの負傷者対応と突破処理。


 頭の中で、必要なものが勝手に並び始めた。


「……これ、俺たち向けだな」


 ガレスは笑った。


「ああ」

「だから、お前らに振る」


 良樹はガレスを見た。


「断る選択肢は?」


「ある」

「だが、話を聞いた時点で、お前はもう配置を考えてる顔をしてる」


「嫌な目利きだな」


「目利きだからな」


 リシアが、良樹の隣へ立った。


「場所を決めて待つなら、私の魔法も合わせやすいわ」


 カレンも頷く。


「守る人がいるなら、怖い方向を見ます」


 クラリスは、静かに言った。


「負傷者がいるなら、私が見ます」


 良樹は三人を見た。


 それから、ガレスを見る。


「詳細を聞かせてくれ」

「守る人数」

「小屋の構造」

「周囲の地形」

「魔物の流入方向」

「逃げ道」

「資材の内容」

「負傷者の状態」

「信号器を置ける位置」

「全部だ」


 ガレスは満足そうに頷いた。


「そう来ると思った」


「なら最初から資料を出せ」


「今から出す」


「準備いいな」


「目利きだからな」


 良樹は小さく舌打ちした。


「便利だな、目利き」


「便利だろ」


 ガレスは笑った。


 その笑いは、からかいだけではなかった。


 期待が混じっていた。


 良樹はそれを感じて、少しだけ居心地が悪くなった。


 だが、逃げる気はなかった。


 守る人がいる。

 逃げられない人がいる。

 夜を越す必要がある。


 なら、やることは決まっている。


 動かす前に、止め方を考える。


 戦う前に、死なせない形を作る。


 良樹は、腰袋のロングドライバーに一度だけ触れた。


 最初の一拍を作る一本。


 そして、その一拍の先には、もう三人が届く形になり始めていた。


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