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第27話 英雄への最初の仕事(挿絵有)

 良樹が作業場へ戻ると、三人は妙に静かだった。


 夕方の光は、さっきよりも少しだけ薄くなっている。

 試験台。

 水桶。

 火床。

 立入禁止線。

 退避経路。


 そこに、リシア、カレン、クラリスがいた。


 三人とも、何でもない顔をしている。


 何でもない顔をしている、ように見える。


 だが、良樹には分かった。


 顔が赤い。


 空気が甘い。


 何かあった。


「……何かあったのか」


 良樹が言うと、三人はほとんど同時に肩を揺らした。


「何もないわ」


 リシアが即答した。


「な、何もありません」


 カレンも慌てて首を振る。


「確認していただけです」


 クラリスは、いつものように穏やかに微笑んだ。


 良樹は眉を寄せた。


「何を」


 三人が、互いに目を合わせた。


 そして。


「「「良樹を」」」


 綺麗に声が重なった。


 良樹は、しばらく黙った。


「俺がいないところで俺を確認するな」


「必要な確認だったのよ」


「何に必要なんだ」


「色々よ」


「色々で済ませるな」


 リシアは少しだけ視線を逸らした。

 カレンは両手で胸元を押さえ、顔をさらに赤くしている。

 クラリスは清楚に微笑んでいる。


 良樹は、それ以上追及すると自分が事故る気がした。


 だから、息を吐いた。


「まあいい」


「いいの?」


 リシアが聞き返す。


「よくはないが、今は別件だ」


 その言葉で、三人の表情が少し変わった。


 先程までの甘い空気が、少しだけ引き締まる。


 良樹は、畳んだ紙を試験台の上に置いた。


「ガレスから、英雄になる条件を聞いてきた」


 三人は黙って良樹を見る。


「道は、大きく三つあるらしい」

「武功」

「救助と防衛」

「技術や仕組み」


 リシアの目が少し細くなった。


「全部やる気でしょ」


「全部単独で狙うわけじゃない」

「重ねる」


 良樹は、ガレスから聞いたことを簡潔に伝えた。


 強い魔物を討つ。

 町を守る。

 人を逃がす。

 危険を小さく抑える。

 そして、魔導盤のような技術を実用化し、世の中の仕組みを変える。


 武功は分かりやすい。

 だが危険が大きい。


 救助と防衛は良樹に近い。

 だが功績として積み上げる必要がある。


 技術は根本を変えられる。

 だが時間がかかる。


「だから、救助と防衛の仕事をこなしながら、魔導盤を実戦で改善する」

「その中で武功が必要なら取る」

「最初から強敵狙いはしない」


 リシアは、良樹を見て小さく息を吐いた。


「本当に段取りね」


「段取りなしに英雄になれるなら苦労しねえだろ」


「そういうところ、良樹よね」


「良い意味か?」


「半分くらい」


「残り半分は何だ」


「呆れてる」


「だろうな」


 カレンは、試験台の紙を見た。


「あの……それは?」


「次の仕事候補だ」


 良樹は紙を開いた。


「大型トロルらしき目撃情報がある」


 空気が、さらに変わった。


「大型?」


 リシアが聞く。


「ああ」

「小型じゃない」

「三メルから四メル級らしい」


 カレンの顔が強張った。


「怖い、です」


「怖いな」


 良樹は即答した。


 怖くないとは言わなかった。


 それで、カレンの目が少しだけ揺れた。


 良樹は紙の地図を指す。


「場所は町の北西」

「旧街道近くの森」

「その先に採石場跡がある」

「家畜被害」

「折れた木」

「大型の足跡」


「本物なら、今の私たちでも重いわね」


 リシアが言う。


「ああ」


 良樹は頷いた。


「依頼はまず確認」

「ただし、町や街道へ向かうなら討伐に切り替える」


「討伐……」


 カレンが小さく呟いた。


 クラリスは、紙を見ながら静かに聞いた。


「民家は近いのですか?」


「街道沿いに農家が二軒ある」

「足跡の向き次第では、生活圏に入ってる」


「負傷者が出る前に止める必要がある、ということですね」


「そうだ」


 良樹は三人を見た。


「受けるかどうかは、相談して決める」


 リシアはすぐに答えなかった。


 カレンも、クラリスも。


 三人は、互いに目を合わせた。


 つい先程、自分たちは言った。


 良樹を英雄にする、と。


 良樹の隣に、三人で立つ、と。


 なら。


 これは、その最初の仕事だ。


 リシアが、良樹を見た。


「確認だけで済むなら確認」

「人里に近づいてるなら討伐」


「ああ」


「退避路は?」


「現地で見る」

「森の中では撃たない」

「採石場跡まで引き出せれば、開けている」


「撃つのね」


「必要なら」


 リシアは、良樹の目を見た。


「撃てるの?」


「撃てる」


 良樹は答えた。


「ただし、条件がある」


「条件?」


「エレメンタル・キャノン用の盤は、今までの携行盤よりでかい」


 リシアの表情が変わった。


 その名前に、反応した。


 だが良樹はまだ続ける。


「出したら、俺は動けねえ」

「撃つまで、その場に据える必要がある」

「撃った後もすぐには畳めない」


 カレンが息を呑む。


「動けない……」


「ああ」

「魔力が切れるとかじゃない」

「盤が大きい」

「雑に消したら事故る」

「圧を抜いて、流れを逃がして、順番に畳む必要がある」


 クラリスが静かに頷いた。


「つまり、良樹くんを撃てる場所に据えて、撃つまで守る必要があるのですね」


「言い方はともかく、そうだ」


 リシアは、試験台の紙を見た。


 森。

 旧街道。

 採石場跡。


 そして、良樹。


「分かった」


 リシアは言った。


「そこまで運ぶわ」


 カレンが、小さく頷く。


「良樹さんを、撃てる場所まで」


 クラリスも微笑む。


「そして、撃った後に回収します」


 良樹は、三人を見た。


 胸の奥に、重いものが落ちた気がした。


 嫌な重さではない。


 信じられている重さだった。


「頼む」


 三人は、同時に頷いた。


   ◇


 町を出る頃には、夕方の色が森の縁に沈み始めていた。


 本来なら、夜に向かう森へ入るのは避けるべきだ。


 だが、大型トロルが旧街道へ向かっているなら、明日の朝まで待つことが正解とは限らない。


 夜のうちに農家へ近づく可能性がある。

 街道を通る荷車と遭遇する可能性もある。


 良樹は、歩きながら地図と周囲を見比べた。


 リシアは少し後ろで、周囲の魔力の流れを見ている。

 カレンは前方寄り。

 森の影、道の曲がり、草の倒れ方を見ている。

 クラリスは全員の歩き方と、地面の痕跡を見ていた。


 やがて、森の縁に出た。


 そこには、折れた柵があった。


 農家のものだろう。

 古い木の柵が、途中からへし折られている。


 近くの地面には、深く沈んだ足跡が残っていた。


 人の足跡ではない。

 狼や猪でもない。


 大きすぎる。


 足跡は、森の奥から出て、柵の近くを通り、旧街道の方へ向かっていた。


 その先には、小さな畑がある。

 干し草を積んだ納屋がある。

 煙突から薄く煙を上げる家がある。


 良樹は、足跡と家を交互に見た。


「……近いな」


 リシアが頷く。


「近いわ」

「もう森の中の話じゃない」


 カレンは、胸元で手を握った。


「ここまで、来ていたんですね」


 クラリスが足跡の縁を見て、静かに言った。


「古くありません」

「昨日か、遅くても一昨日です」


 良樹は、旧街道の方を見た。


 人が通る道。

 荷車が通る道。

 子どもでも、老人でも、そこを歩く可能性がある道。


 大型トロルは、そこまで来ていた。


 良樹は、短く息を吐いた。


「確認は終わりだ」


 リシアが良樹を見る。


「討伐?」


「ああ」


 良樹は足跡から目を離さなかった。


「山の奥にいる熊なら、こっちから突っ込む必要はねえ」

「でも、人の家のすぐそばまで来た熊は別だ」

「次に出くわすのが家畜とは限らない」


 カレンが、小さく言う。


「人かも、しれない」


「ああ」


 良樹は頷いた。


「悪意があるかどうかは関係ねえ」

「踏まれたら死ぬ」

「殴られたら死ぬ」

「家のそばまで来てるなら、もう事故の範囲に入ってる」


 良樹は、森の奥へ続く足跡を見た。


「止める」


 三人は、何も言わなかった。


 ただ、それぞれに構えた。


   ◇


 大型トロルは、採石場跡の手前で見つかった。


 森の木々が、不自然に折れている。

 低い枝が裂け、幹の表面が削れている。

 獣道とも違う、無理やり押し広げたような跡。


 その奥に、いた。


 大きい。


 その一言が、最初に来た。


 小型トロルとは違う。

 人型ではある。

 だが、人と比べるには大きすぎる。


 分厚い腕。

 丸太のような脚。

 土と獣脂に汚れた皮膚。

 息を吐くだけで、近くの草が揺れる。


 それが、折れた木を片手で引きずるようにして歩いていた。


 カレンの喉が、小さく鳴る。


「……怖いです」


「ああ」

「怖いな」


 良樹も言った。


 格好つける余裕はなかった。


 あれに殴られたら終わる。

 踏まれても終わる。

 木の幹ごと振られれば、人間の身体など簡単に壊れる。


 怖くないわけがない。


「でも、見るんだろ」


 良樹が言うと、カレンは小さく頷いた。


「はい」

「怖いから、見ます」


 クラリスは、トロルの膝と足首を見ていた。


「正面から止めるのは危険です」

「倒すより、向きを変えましょう」


 リシアは杖を構える。


「採石場跡まで引き出すのね」


「ああ」


 良樹は採石場跡の方向を見た。


 森を抜けた先。

 古い採石場跡。


 片側に切り立った岩壁。

 中央に開けた土と石の広場。

 崩れた石材。

 奥は危険だが、手前なら使える。


 撃てる。


 ただし、そこまで引き出せれば、だ。


「森の中じゃ撃てねえ」

「採石場跡まで引き出す」


「正面は無理です」


 カレンが言った。


「右へ流します」

「足を止めるのではなく、進む方向を変えます」


 クラリスが頷く。


「私は左を見ます」

「膝ではなく、足首と重心を崩します」

「倒す必要はありません」

「歩く向きをずらせれば十分です」


 リシアは短く息を吐いた。


「私は顔を上げさせない」

「目と足元を牽制するわ」


 良樹は、三人を見た。


 指示を出す前に、もう三人は動き始めている。


 良樹は、それを止めなかった。


「頼む」

「俺は撃てる場所を作る」


 カレンが前へ出た。


 怖がっている。


 それは分かった。


 だが、足は逃げていない。


 大型トロルが、カレンに気づいた。


 濁った目が動く。

 太い腕が持ち上がる。


 木が振られた。


 カレンは正面で受けなかった。


 半歩、ずれる。

 足を残す。

 剣を当てるのではなく、木の軌道から自分を外す。


 風圧が、カレンの髪を揺らした。


 その瞬間、クラリスが左側から入る。


 杖の先が、トロルの足首の内側へ触れた。


 打つ。

 払う。

 絡める。


 倒すほどではない。


 だが、巨大な身体の進む向きが、わずかに変わる。


「こちらです」


 クラリスの声は穏やかだった。


 その穏やかさと、動きの危なさが噛み合っていない。


 大型トロルが吠えた。


 腕が振り下ろされる。


 カレンが後退。

 クラリスが横へ抜ける。


 リシアの魔法が走った。


「氷閃槍!」


 青白い槍が、トロルの顔の横をかすめる。


 当てるためではない。

 顔を上げさせ、視線を乱すための牽制。


 さらに、足元へ小さな火炎球が弾ける。


 燃やすためではない。

 踏み込みを乱すためだ。


「こっちよ!」


 リシアの声に、トロルが反応する。


 進路がずれる。


 採石場跡へ。


 良樹は、森の縁を走った。


 走りながら、地形を見る。


 撃てる場所。

 撃ってはいけない場所。

 外した場合の先。

 三人が下がる場所。

 自分が盤を据える場所。


 採石場跡の手前。

 崩れた石材の後ろ。

 正面に開けた広場。

 奥に岩壁。


 外しても、森や農家の方へ飛ばない。

 余波も逃がせる。


「ここだ」


 良樹は足を止めた。


 胸の前に魔導盤を展開する。


 いつもの盤ではなかった。


 横へ広がる。

 奥へ深く伸びる。

 火、水、風、土の流路が、無理に畳み込めないほど太くなる。


 良樹は、それを見た瞬間に理解した。


 これは、持ち歩く盤ではない。


 据える盤だ。


 まだ自立盤ではない。

 良樹が手を離せば崩れる。

 起動も停止も、良樹の制御に依存している。


 だが、もう移動しながら扱えるものでもなかった。


「……ここで撃つ」


 良樹は、足を固定した。


 トロルが採石場跡へ出る。


 カレンとクラリスが、前で進行方向をずらし続けている。


 だが、長くはもたない。


 カレンは速い。

 クラリスは正確だ。

 リシアの牽制も効いている。


 それでも、相手は大きい。


 一度でも捕まれば終わる。


 良樹は盤を見る。


 火。

 水。

 風。

 土。


 火で熱と圧を作る。

 水で圧力媒体を作る。

 風で流路と砲身を形成する。

 土で弾体を作り、質量を持たせる。


 リシアの四魔素穿弾エレメンタル・ストライク


 細く、速く、通す技。


 良樹はそれを見た。

 読んだ。

 魔導盤へ落とし込もうとした。


 だが、同じものにはならない。


 リシアのように細く通せない。

 繊細な制御はできない。

 風の砲身も太くなる。

 圧の逃がしも大きく取る必要がある。

 土の弾体も、精密な穿弾ではなく、重い砲弾になる。


 なら、それでいい。


 細く通せないなら、太く押す。


 穿つのではなく、吹き飛ばす。


「火が強い」

「水、遅い」

「風、逃がしを太く」

「土は固めすぎるな。砲身が割れる」


 良樹は、盤の中で流れを組む。


 盤が震えた。


 熱が入りすぎる。

 水が暴れかける。

 風の砲身が歪む。

 土の弾体が欠ける。


 まだ荒い。


 危ない。


 だが、危ないことは分かっている。


 分かっているなら、止め方を作れる。


 良樹は、逃がし線を残した。


 圧を抜く道。

 暴発前に流れを切る接点。

 射線がずれた時に火を落とす条件。


 動かす前に、止める。


 それだけは、絶対に外さない。


 前方で、カレンがトロルの腕をかわした。


 だが、足場が崩れた。


「っ!」


 カレンの身体が一瞬沈む。


 トロルの腕が、そこへ振り下ろされる。


 クラリスが入った。


 杖を捨てるように片手で払い、もう片方の拳でトロルの手首の内側を打つ。

 止まらない。

 だが、軌道が少しだけ逸れる。


 腕が地面を叩いた。


 石が砕ける。


「カレンさん、右へ!」


「はい!」


 カレンは転がるように横へ抜け、すぐに立つ。


 無事。


 だが、余裕はない。


 リシアの魔法が、トロルの顔を撃った。


「四魔素穿弾――エレメンタル・ストライク!」


 細い魔法弾が走る。


 トロルの肩口を穿つ。


 血が散った。


 大型トロルが、怒りの声を上げる。


 止めきれない。


 だが、動きは乱れた。


 リシアは歯を食いしばる。


「良樹!」


「まだだ!」


 良樹は叫んだ。


 盤がまだ荒い。


 撃てる。

 だが、このままでは射線が甘い。


 味方が近い。


 カレンとクラリスが、まだ前にいる。


 撃てない。


 撃つ場所はある。

 盤も組めている。

 だが、味方が退く瞬間が要る。


 良樹は、盤の最後の流路を繋いだ。


 火と水。

 風の砲身。

 土の弾体。


 四つの魔素が、巨大な盤の中で噛み合う。


 良樹は、息を吸った。


「行けるぞ!」


 その一言で、カレンが動いた。


「下がります!」


 クラリスも即座に反応する。


「カレンさん、こちらへ!」


 二人は迷わなかった。


 トロルの正面から、横へ抜ける。

 採石場跡の中央を空ける。

 良樹の射線から外れる。


 リシアが、良樹の前へ一歩出た。


風遮膜エアー・カーテン!」


 透明な風の膜が、良樹たちの前に広がる。


 余波を逸らす。

 破片を流す。

 熱を逃がす。


 リシアは、良樹の盤を見た。


 息を呑む。


 大きい。


 いつもの魔導盤ではない。

 良樹が胸の前に浮かべて、歩きながら扱う盤ではない。


 その場に据えられた、巨大な流路。


 火。

 水。

 風。

 土。


 自分のエレメンタル・ストライクと同じ四魔素。


 だが、形が違う。


 細く通すのではない。

 太く押し出す。

 穿つのではなく、吹き飛ばす。


 良樹は、リシアを見なかった。


 盤だけを見ていた。


「四魔素砲弾――」


 巨大な盤の中心に、重い弾体が形成される。


 風の砲身が鳴る。

 火と水が圧を作る。

 土が弾体を固める。


 大型トロルが、こちらへ向いた。


 遅い。


 もう遅い。


「エレメンタル・キャノン!」


 撃った。


 音は、爆発に近かった。


 風が裂けた。

 地面の砂が円を描いて飛んだ。

 風遮膜が大きく震える。


 四魔素の砲弾が、大型トロルの胴を正面から捉えた。


 貫くのではない。


 押した。


 巨大な質量ごと、押し出した。


 大型トロルの足が地面から浮く。


 その巨体が、信じられないほど乱暴に後方へ吹き飛んだ。


 石を巻き上げ。

 土を削り。

 採石場跡の広場を大きく抉りながら、十数メル先へ転がる。


 轟音。


 そして、沈黙。


 大型トロルは、動かなかった。


 挿絵(By みてみん)


   ◇


 誰も、すぐには声を出さなかった。


 採石場跡に、砲撃の余韻だけが残っている。


 風遮膜がゆっくり消える。

 砂が落ちる。

 砕けた石が、遅れて地面に転がる。


 リシアは、倒れた大型トロルを見ていた。


 威力に驚いた。


 それは間違いない。


 大型トロルの巨体を、真正面から吹き飛ばした。

 自分の四魔素穿弾エレメンタル・ストライクとは、まるで違う。


 細く通す弾ではない。

 急所を穿つ技でもない。


 制御された一撃というより、制御できる限界まで太くした砲撃。


 だが、驚いたのは威力だけではなかった。


 四魔素砲弾エレメンタル・キャノン


 その名前。


 エレメンタル。


 それは、自分が良樹の魔導盤を読み、良樹の蒸気爆発の構想を魔法として組み直した時につけた名だ。


 四つの魔素を同時に扱い、細く、速く、通すための技。


 自分の技だった。


 その名前が、今、良樹の口から出た。


 けれど、良樹はそれを真似したわけではない。

 盗んだわけでもない。

 同じものを撃ったわけでもない。


 リシアが細く通したものを。

 良樹は、太く押し出した。


 リシアが穿つ弾にしたものを。

 良樹は、吹き飛ばす砲にした。


 自分の魔法が、良樹の魔導盤の中で別の形に変わり。

 自分の名前の一部を持ったまま。

 良樹の技として、撃ち出された。


「……何よ、今の」


 声が震れた。


 怖かったからではない。

 悔しかったからでもない。


 嬉しかった。


 自分の魔法が。

 自分の制御が。

 自分が良樹と一緒に作ったものが。


 良樹の中で、ちゃんと次の形になっていた。


 良樹は、倒れたトロルを見たまま答えた。


四魔素砲弾エレメンタル・キャノン


「名前」


「あ?」


「その名前よ」

「エレメンタルって」


 良樹は、少しだけ気まずそうに視線を逸らした。


「お前のエレメンタル・ストライクを見て組んだ」

「だから、勝手に借りた」


「借りたって……」


「嫌なら変える」


「変えないで」


 即答だった。


 良樹が瞬きをする。


「いいのか」


「変えたら怒る」


「どっちだよ」


「どっちもよ」

「勝手に使われたのは腹立つ」

「でも、変えられるのはもっと腹立つ」


「難しいな」


「難しくないわよ」


 リシアは、顔を赤くしながらも言った。


「それは、私の技を見て、あんたが作った技でしょ」

「なら、その名前でいいの」


 クラリスが、口元に手を添えた。


「共同作業ですね」


「言い方!」


 リシアが即座に反応する。


 カレンは、倒れたトロルと良樹の盤を見比べていた。


「でも、少し……素敵です」


「カレンまで……」


 良樹は、息を吐いた。


「悪い」

「でも、本当に助かった」

「お前のエレメンタル・ストライクがなきゃ、今の形にはならなかった」


 リシアは黙った。


 顔が赤くなる。


「……そういうのを、戦闘直後に言うんじゃないわよ」


「今言わないと忘れる」


「忘れないで」


 リシアの声は、小さかった。


 けれど、はっきりしていた。


 良樹は、少しだけ目を伏せた。


「ああ」

「忘れない」


 その時、良樹は一歩踏み出そうとした。


「全員、怪我は――」


 だが、足が動かなかった。


 疲れたからではない。

 魔力が尽きたからでもない。


 胸の前に広がった巨大な盤が、まだ畳めていない。


 火の流れを抜く。

 水の圧を落とす。

 風の砲身を崩す。

 土の弾体形成部を解く。

 逃がし線を最後まで残す。


 順番を間違えれば、残った魔力が暴れる。


 良樹は歯を食いしばった。


「……まだ動けねえ」


 クラリスが即座に近づいた。


「良樹くん、動かないでください」


「俺はいい」

「トロルは」


「良くありません」


 クラリスの声は柔らかい。

 だが、逃がさない。


「今、一番動いてはいけないのは良樹くんです」


 リシアが杖を構え直した。


「周囲は私が見る」

「だから、あんたはクラリスに見られてなさい」


 カレンは、剣を握り直して倒れたトロルの方へ向いた。


「トロルは、私が確認します」

「動いたら、すぐ知らせます」


 良樹は三人を見た。


 自分が撃った。


 だが、一人では撃てなかった。


 カレンが怖い場所を見て、前を歩いた。

 クラリスが壊すのではなく、崩して道を作った。

 リシアが牽制し、風遮膜で守り、自分の技の名を良樹に繋いだ。


 三人がいたから、撃てた。


 三人がいたから、ここに据えられた。


 三人がいたから、この一撃は間に合った。


 良樹は、ゆっくり息を吐いた。


「……了解」


 そして、盤を畳み始めた。


 火を落とす。

 水の圧を逃がす。

 風の砲身をほどく。

 土の弾体形成部を消す。

 最後に、逃がし線を切る。


 魔導盤が、少しずつ小さくなる。


 完全に消えた時、良樹はようやく一歩動けた。


 クラリスがすぐに良樹の手首を取る。


「脈は乱れています」

「呼吸も少し浅いです」

「痛みは?」


「ない」


「違和感は?」


「ある」


「どこに」


「頭と目」

「たぶん、盤を見すぎた」


「しばらく休んでください」


「トロルの確認が先だ」


「カレンさんが見ています」


 その言葉通り、カレンは倒れた大型トロルから距離を取り、慎重に様子を見ていた。


 剣先を向ける。

 近づきすぎない。

 目、胸、手足を見る。


 しばらくして、カレンは振り返った。


「動きません」

「息も、ありません」


 リシアは周囲を確認していた。


「近くに他の大きな反応はないわ」

「少なくとも、今すぐ来るものはいない」


 良樹は頷いた。


「討伐証明は?」


 リシアが少しだけ苦笑する。


「普通は牙か魔石ね」


「……そうか」


「無理なら私がやるわ」


 リシアが言うと、クラリスも頷いた。


「私でも構いません」


 良樹は少しだけ黙った。


 倒れた大型トロルを見る。


 生き物だった。

 危険な生き物だった。

 人の生活圏に入り、放置すれば人を殺す可能性があった。


 だから止めた。


 それでも、倒した後の現実は残る。


「いや」

「仕事なら、見る」


 良樹は言った。


 カレンが少し心配そうに見る。


「良樹さん」


「大丈夫だ」

「気分がいい話じゃないだけだ」


 リシアが、小さく息を吐いた。


「本当に、あんたは変なところで律儀ね」


「報告までが仕事だろ」


「そうね」

「そこまでが仕事ね」


 良樹は、もう一度採石場跡を見た。


 砕けた石。

 削れた地面。

 倒れた大型トロル。

 そして、三人。


 英雄。


 その言葉には、まだ遠い。


 一体倒しただけだ。

 三人に支えられ、場所を選び、時間を稼いでもらって、ようやく撃てた一発だ。


 一人では、何もできなかった。


 けれど。


 三人がいたから、撃てた。


 三人がいたから、止められた。


 三人がいたから、人の生活圏まで来ていた脅威を、ここで終わらせることができた。


 良樹は、ゆっくり息を吐いた。


 英雄への最初の仕事は、派手な名乗りではなかった。


 足跡を読み。

 退路を決め。

 撃てる場所を作り。

 仲間に運ばれて。

 ようやく一発を撃つことだった。


 それでも。


 これが、最初の一歩だった。


 良樹は三人を見る。


「帰るぞ」

「報告して、終わりだ」


 リシアが頷く。


「ええ」


 カレンも頷いた。


「はい」


 クラリスが、静かに微笑む。


「帰りましょう、良樹くん」


 良樹は、倒れた大型トロルをもう一度だけ見た。


 勝って終わりではない。

 生きて帰って、報告して、次に同じことが起きないようにする。


 そこまでやって、仕事だ。


 四人は、採石場跡を後にした。


 英雄への最初の仕事は、まだ終わっていない。


 だが。


 四人で踏み出した一歩は、確かにそこにあった。


【第27話前後:リシアのエレメンタル・ストライク】


【現場メモ】今回のリシアの《エレメンタル・ストライク》は、火薬で弾丸を撃つ銃ではありません。


バレルと弾丸を形成し、内部の水を急激に加熱・膨張させ、その圧力で撃ち出す仕組みです。イメージとしては、蒸気カタパルトや水蒸気爆発に近いものです。


現実なら装置だらけになる部分を、この世界では魔法で成立させています。リシアがやっているのは、銃の再現というより、ごく普通の魔法のチート性を「細く、速く、狙った場所へ通す」ことです。

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