第125話 届いたつもりでは駄目だ
それから、数日が過ぎた。
木曜日の昼前。
ロブとグレッグが通信魔石を抱え、良樹たちの拠点を訪ねてきた。
「良樹、頼みがある」
挨拶もそこそこに、ロブが切り出した。
「今度は、もっと離れた場所で試してえ」
「中距離での通信試験ですな」
グレッグが通信魔石を掲げる。
「前回より距離を広げても、互いの声が届くのか」
「それを確かめたいのです」
良樹は通信魔石を受け取り、表面と端子を確認した。
「場所は」
「ギルド裏の訓練場と、町外れの高台」
「その間に、開けた草地があるな」
「ああ」
「そこなら、ちょうど中間になる」
良樹は少し考えた。
「俺は中間地点に残る」
「魔導自立盤を出して」
「リシアの飛翔用の魔力を供給する」
「両端まで飛べるか?」
リシアが尋ねる。
「ああ」
「飛ぶための魔力は届く」
「ただし」
「端子台での会話は、中央から離れると途切れる」
「向こうで何を話したか」
「何が聞こえたかまでは、俺には分からねえ」
リシアは首を傾げた。
「じゃあ」
「ちゃんと届いたか、どうやって確かめるの?」
ロブとグレッグが、揃ってリシアを見た。
「……何よ」
「リシア殿に」
「両地点を往復していただきたいのです」
「私が?」
「話した内容と」
「聞こえた内容が同じか、確かめてえ」
ロブが言う。
「向こうが聞こえたって言っても」
「実際に何を聞いたのか分からなきゃ、成功したとは言えねえだろ」
「そこで、リシア殿に原文を運んでいただく」
「両者の内容を照合し」
「一致していることを確認するのです」
リシアは、しばらく黙っていた。
「それじゃ私」
「伝書鳩じゃない!」
「伝書鳩じゃねえ」
良樹が真面目な顔で答えた。
「比較用の基準回線だ」
「もっと嫌よ!」
「人ですらなくなったじゃない!」
「重要な役だぞ」
「重要なら何を言ってもいいわけじゃないわよ!」
良樹はリシアを見る。
「頼む」
「この距離を何度も往復できるのは」
「お前しかいねえ」
――その時、リシアに電流走る。
今日は木曜日。
自分の日。
しかも、良樹の方から頼み事をしてきた。
数日前。
リシアは、カレンとクラリスの前で宣言した。
待っているだけでは駄目。
自分も計算する。
良樹が最も帰ってきたい女になる。
良樹が、すべてをさらけ出しても大丈夫だと思える女になる。
そのために。
自分から、良樹の欲を求めに行く。
すべて偶然だった。
だが。
目の前へ転がり込んできた好機を、見逃す理由はない。
「……ご褒美」
「は?」
「ご褒美次第で」
「引き受けてあげる」
「何が欲しいんだ」
「良樹にできることなら、何でも?」
「ああ」
「俺にできることならな」
「二言はない?」
「男に二言はねえよ」
リシアは最後の確認をした。
「今日は何曜日?」
「木曜だが……」
「そう」
リシアは良樹の肩へ手を置き、背伸びをする。
その耳元へ、唇を近づけた。
「今日は、私の日」
良樹の肩が僅かに固くなる。
「今夜は」
「最初から、あなたの欲を私にぶつけて」
「私が嫌がるんじゃないかって」
「怖がらないで」
「遠慮しないで」
「あなたが本当に私をどうしたいのか、ちゃんと言って」
「それが、ご褒美」
リシアは少しだけ顔を離した。
「約束できる?」
「……お前なあ」
「どうするの?」
良樹は、しばらく黙っていた。
やがて、観念したように息を吐く。
「……分かった」
「約束する」
「うん」
「それなら引き受けてあげる」
リシアは良樹へ背を向けた。
その口元が、ゆっくりと吊り上がる。
「リ、リシア……」
カレンの震えた声がした。
リシアは、すぐに表情を戻した。
「何?」
「い、いえ……」
「随分と」
「悪いお顔をされていましたね」
クラリスが清楚に微笑んでいる。
「何のこと?」
「すべて思い通りになった、というお顔でした」
「偶然よ」
「曜日まで確認されていましたが……」
「必要な確認でしょ」
リシアは胸を張った。
「私は正当な報酬をお願いしただけよ」
カレンとクラリスは顔を見合わせた。
今日がリシアの日であることは、以前から決まっている。
良樹本人へ望みを伝え。
良樹本人から約束を取りつけた。
誰にも文句を言われる筋合いはない。
「頑張ってください」
カレンが柔らかく微笑む。
「良樹さんに」
「たくさん求めてもらってください」
クラリスも頷いた。
「そして」
「リシアも、思う存分甘えてきてくださいね」
リシアの顔から、黒い笑みが消えた。
「――うん」
今度の笑顔は、ただの妻のものだった。
「二人とも」
「ありがとう」
◇
試験地点は、三つに分けられた。
訓練場側に、ロブとカレン。
高台側に、グレッグとクラリス。
それぞれに、記録を担当するギルド職員がつく。
そして、その中間にある草地。
良樹は、そこで魔導自立盤を展開した。
半透明の大型盤が立ち上がり。
リシア空戦仕様の飛翔補助が接続される。
良樹が確認するのは。
リシアへ供給する魔力。
飛翔時の負荷。
加速。
減速。
姿勢制御。
異常時の遮断。
通信試験の内容ではない。
訓練場で何を話しているのか。
高台で、どのように聞こえたのか。
中間地点にいる良樹には分からない。
「最初から全速で飛ぶな」
良樹は盤を操作しながら言った。
「加速と減速は、こっちで制限する」
「飛んでる途中で違和感があったら」
「無理に端まで行かず、中央へ戻れ」
「分かってるわよ」
「端子台の声が途切れても」
「飛翔用の供給は続く」
「だから」
「聞こえなくなったからって慌てるな」
「はいはい」
「返事は一回」
「はい!」
リシアが地面を蹴った。
魔導自立盤から魔力が流れる。
風がリシアの身体を包み。
一気に空へ押し上げた。
その瞬間。
長いスカートの裾が、大きく翻った。
中間地点には。
魔導自立盤の補助や、緊急時の連絡役として。
何人かのギルド職員と冒険者が残っていた。
そのうちの一人が。
ほんの一瞬。
飛び上がったリシアへ視線を向ける。
「……おい」
低い声が落ちた。
男の肩が跳ねる。
「な、何だよ」
「今、どこ見てた」
「飛行経路だ!」
「飛行経路はもっと上だろうが」
「じゃあ風だ!」
「風は見えねえ」
男は黙り、地面へ視線を落とした。
リシアは、そんなやり取りに気づかないまま、訓練場側へ飛んでいく。
中央から離れるにつれ。
端子台越しの声へ雑音が混ざった。
『良樹、聞こえ――』
「そのまま行け」
『分かっ――』
声が途切れる。
それでも。
飛翔用の魔力供給は、正常なままだった。
◇
最初は。
ロブが通信魔石へ向かって、短い言葉を話した。
高台側で、グレッグと記録担当が聞き取った内容を書く。
リシアがロブ側へ飛び。
実際に話した言葉を受け取る。
今度は、そのまま高台側へ飛ぶ。
二つの内容を照らし合わせる。
一度目。
少し違った。
二度目。
言葉の一部が欠けた。
三度目。
短い言葉が、初めて一致した。
今度は話す側を入れ替える。
グレッグが話し。
ロブが聞く。
リシアが、また両端を往復する。
何度か繰り返すうちに。
完全ではない。
時折、声は歪む。
聞き間違いもある。
それでも。
離れた場所から送られた言葉が。
確かに相手へ届いている。
そのことが、少しずつ確認されていった。
リシアは訓練場から高台へ飛び。
高台から訓練場へ戻る。
そのたびに。
中間地点の上を通過した。
風を切り。
長いスカートが翻る。
男の視線が動く。
「……おい」
男が慌てて地面を見る。
リシアが反対側から戻ってくる。
減速の風で、再び裾が揺れる。
今度は別の男の目が動いた。
「……おい」
「見てねえ!」
「まだ何も聞いてねえだろうが」
「だから見てねえ!」
良樹の眉間へ、深い皺が刻まれた。
またリシアが飛ぶ。
また一人、男の視線が動く。
「……おい」
「悪かった!」
「何に謝ってんだ」
謝ったということは。
見たのだろう。
良樹の機嫌は、往復のたびに悪くなっていった。
◇
何度目かの照合が終わったあと。
高台側のグレッグが、通信魔石へ顔を近づけた。
「ロブ殿!」
魔石から。
雑音の混じった声が返ってくる。
『聞こえてるぞ、グレッグ!』
グレッグの目が見開かれた。
「ロブ殿なのですな!」
『当たり前だろ!』
『お前の声も聞こえてる!』
「本当に!」
『ああ!』
『本当に届いてるぞ!』
それまでは。
決められた言葉を話し。
記録し。
リシアが運んだ内容と照合していた。
だが今は。
離れた二人が。
通信魔石を通して、直接会話をしている。
「ロブ殿!」
『グレッグ!』
二人の声が、同時に弾けた。
「「うおおおおおおおっ!」」
訓練場と高台。
遠く離れた両地点から、ほとんど同時に歓声が上がる。
何を叫んでいるのかまでは分からない。
それでも。
両端で何かが起きたことだけは、中間地点の良樹にも伝わった。
「何だ」
良樹が空を見上げる。
高台側から戻ってきたリシアが。
中央付近へ入ったことで、端子台通信へ再び繋がった。
『良樹!』
「何があった」
『成功したみたい!』
リシアは笑いながら、中央を通過する。
『今、二人で魔石越しに話してるわ!』
「そうか」
『両方で同時に叫んでたわよ!』
「それなら、さっきのはあいつらか」
良樹も、僅かに口元を緩める。
「やったじゃねえか」
その時。
リシアのスカートが、また風に煽られた。
中間地点の男が、つい顔を上げる。
「……おい」
良樹の笑顔が消えた。
男は即座に地面を見た。
通信試験は成功した。
それは、確かにめでたい。
だが。
良樹の機嫌は、良くなるどころか。
むしろ悪化していた。
◇
試験が終わる頃には。
ロブとグレッグは、完全に二人だけの世界へ入っていた。
通信魔石越しに。
声の大きさを変え。
話す速度を変え。
どうすれば、より聞こえやすいかを確かめ始めている。
その間も。
リシアは記録の確認のため、何度か両端を往復させられた。
中央へ戻ってきたリシアは、空中で叫ぶ。
「これのどこが通信試験なのよ!」
『何がだ!』
ロブの声が、途切れ途切れに聞こえる。
「私が一番通信してるじゃない!」
『仕方ねえだろ!』
『正しいか確認しねえと――』
中央から離れ。
ロブの声が途切れた。
「最後まで聞こえないじゃない!」
「俺に言うな」
良樹が答える。
「ロブに言ってよ!」
「もう繋がってねえ」
「じゃあ次に繋がったら言いなさい!」
「何で俺が」
「元はと言えば、良樹が引き受けたんでしょ!」
「引き受けたのはお前だろうが」
「ご褒美があるからよ!」
「大声で言うな!」
中間地点にいた男たちが。
一斉に別の方向を見た。
◇
試験を終え。
三地点の人間が、中間地点へ集まった。
ロブとグレッグは。
満面の笑みを浮かべていた。
「助かったぜ、良樹!」
「リシア殿のお陰で」
「大変有意義な試験になりましたぞ!」
「ちゃんと声が届いたんだな」
「ああ!」
ロブは通信魔石を掲げる。
「中距離でも話せた!」
「まだ雑音もあります」
「聞き取りにくい時もありますが」
「それでも」
「確かに会話が成立いたしましたぞ!」
良樹は頷いた。
「そうか」
「やったじゃねえか」
「ああ!」
「グレッグ」
「早速帰って、記録から問題点を洗い出そうぜ」
「ですな!」
「声量を変えた時の違いも」
「話す速度による変化も確認せねば!」
「次は、もっと離してみてえな」
「ええ!」
「さらに」
「遮蔽物がある場合も――」
二人はもう。
次の試験について話し始めている。
良樹は、そんな二人をしばらく見つめた。
「……おい」
「あ?」
ロブが振り返る。
「お前らは」
「見たのか」
「そりゃ必死に見てたぞ」
ロブは当然のように答えた。
良樹の目が細くなる。
「何をだ」
「術式と魔石に決まってんだろ」
「鳴り方が変わる瞬間を」
「一つも見逃さねえようにしてたんだぞ」
グレッグも大きく頷く。
「ええ」
「魔力の揺れも」
「魔石表面の明滅も」
「一瞬たりとも見逃すわけにはまいりませぬからな!」
「リシアが来た時もか」
「リシア?」
ロブが首を傾げる。
「何度も紙を持っていっただろ」
「ああ」
「来てたな」
「それ以外は?」
「それ以外って何だよ」
ロブは本気で分かっていない。
グレッグも、怪訝そうに眉を寄せていた。
良樹は二人を見比べた。
こいつらは大丈夫だ。
技術以外、何も見えていない。
筋金入りの技術馬鹿である。
自分のことは棚へ上げた。
「いや」
「何でもねえ」
良樹は小さく息を吐く。
「実験成功」
「おめでとさん、か」
「ああ!」
ロブは歯を見せて笑った。
「マジで助かったぜ!」
「次の実験の時も」
「またリシアに――」
「次の実験は」
良樹が遮った。
「安全回路を作ってからだ」
ロブとグレッグの表情が。
同時に真剣になる。
「安全回路?」
「ぬ」
グレッグは慌てて記録用紙を開いた。
「我々の術式に」
「まだ不安全な箇所が?」
「過入力か?」
「それとも」
「距離を伸ばした時の魔力反射でしょうか」
「そうじゃねえ」
「では何だ?」
「悪い」
「こっちの話だ」
ロブとグレッグは顔を見合わせた。
理解はしていない。
だが。
通信術式そのものの話ではないらしいと判断し。
すぐに次の試験の相談へ戻った。
「じゃあ帰るぞ、グレッグ」
「ええ!」
「記憶が鮮明なうちに」
「すべて書き出しましょうぞ!」
二人は通信魔石と記録用紙を抱え。
意気揚々と歩き出した。
良樹は、その背中を見送った。
あの二人はいい。
問題は。
中間地点にいた男どもである。
「良樹さん」
背後から。
カレンの声がした。
「一つ」
「ご報告があります……」
「良樹くん」
クラリスも続ける。
「私からもあります」
良樹は、ゆっくりと振り返った。
嫌な予感しかしなかった。
「何だ」
「その……」
カレンは言いづらそうに視線を伏せる。
「訓練場側でも」
「リシアが飛んでくるたびに」
「何人かの男の人が……」
良樹の顔から、表情が消えた。
「……何を」
カレンは答えなかった。
答える必要がなかった。
「こちらもです」
クラリスが静かに付け加える。
「高台側でも」
「リシアが着地する時に」
「何人かの方が、視線を向けていました」
良樹は黙った。
中間地点だけではなかった。
訓練場。
中間地点。
高台。
三地点すべてで。
リシアは、飛び立つたびに。
着地するたびに。
男たちの視線へ晒されていた。
「……何回だ」
「え?」
「何回、見られてた」
「そ、それは」
「全部は数えていませんが……」
「こちらも」
「正確な回数までは」
良樹の眉間へ。
さらに深い皺が刻まれた。
「よ、良樹さん」
カレンが、おずおずと声をかける。
「何だ」
「その……」
「わたしはスカートが短いので」
「動いた時に」
「ひらひらするのが分かっていて……」
カレンは、自分のスカートの裾を指先で押さえた。
「良樹さんに言われてからは」
「良樹さんにしか見られないようにするのが」
「もう習慣になっていて……」
リシアが目を瞬かせる。
「……あの時から」
「ずっと?」
カレンは。
耳まで赤くなりながら頷いた。
「はい……」
「で、でも」
カレンは良樹を見上げる。
「リシアのスカートは長いですから」
「普段は」
「あんなふうに見えることも、ほとんどありませんし」
「パーティ以外の男の人がいる前で」
「何度も飛び回ることも、今まであまりありませんでしたから」
「慣れていなかったんだと思います」
「だから」
カレンは、申し訳なさそうに両手を握った。
「リシアのこと」
「怒らないであげてください……」
良樹は、しばらく黙った。
「……怒ってなんかねえよ」
どう聞いても。
怒っている声だった。
リシアは、良樹を見つめた。
以前。
寝たふりをして、良樹に抱き上げられていた夜。
階段を先に上ったカレンへ。
良樹が漏らした言葉を、リシアも聞いていた。
――俺以外の男には見せるなよ。
良樹が、そういう独占欲を持っていることは知っていた。
ただ。
リシアのスカートは長い。
他の男たちの前で、何度も飛び回ったこともなかった。
だから。
自分の裾が、飛んでいる時にどう見えるのか。
意識する習慣がなかった。
「……まさか」
リシアは。
良樹の眉間に刻まれた皺を見る。
「さっきから不機嫌だったのって」
「私のスカートのせい?」
良樹は答えなかった。
「良樹」
「……帰ってから話す」
「やっぱりそうなのね」
「帰ってからだ」
リシアは。
少しだけ頬を赤くした。
良樹は、自分を責めているのではない。
ただ。
あれほど機嫌を悪くするほど。
自分を、他の男には見せたくなかった。
その事実が。
リシアの胸の奥へ、小さな熱を残した。
◇
夜。
拠点の寝室。
扉が閉じる。
今日は木曜日。
リシアの日。
良樹は。
寝台の横に立ったまま、リシアを見ていた。
「確認だけする」
「本当に」
「いいんだな」
リシアは頷く。
「うん」
「今からでも」
「いつも通りにしてくれって言っていいんだぞ」
「言わないわ」
「でも」
「良樹」
リシアは。
良樹の言葉を遮った。
「約束したでしょ」
「遠慮しないで」
「あなたの欲を、私にぶつけてほしいって」
良樹は黙った。
昼間から。
胸の奥へ溜まっていたものがある。
吐き出していいのか分からず。
それでも。
消えずに残り続けているもの。
「…………お前」
「何よ」
「昼間の試験の時」
良樹の声が低くなる。
「お前が飛ぶたびに」
「スカートの中が、ちらちら見えてたんだぞ」
リシアは。
少しだけ目を見開いた。
「俺のいたところだけじゃねえ」
「カレンとクラリスから聞いた」
「両端でも」
「男どもに見られてた」
「俺が」
「あいつらに何回、睨みを利かせてたと思ってんだ」
「分かってんのか」
リシアは。
しばらくの間。
きょとんとした顔で、良樹を見ていた。
やがて。
その表情が、ゆっくりと緩む。
「――良樹」
「何だ」
「膝枕してあげる」
「来なさい」
「……なんで膝枕なんだよ」
「いいから!」
リシアは寝台の端へ座り。
自分の腿を、軽く叩いた。
「ほら」
「私の方を向いて寝るの!」
「意味が分からねえ」
「いいから来なさい!」
押し切られ。
良樹は渋々、寝台へ横になった。
頭を。
リシアの腿へ預ける。
柔らかな感触。
温かな体温。
そして。
良樹の目の前には。
リシアのスカートがあった。
「……おい」
「何よ」
「近えだろ」
「膝枕なんだから」
「近いに決まってるでしょ」
リシアは。
良樹を見下ろした。
少し嬉しそうで。
少しだけ甘い顔だった。
「――良樹」
「中」
「見たいの?」
良樹の身体が、僅かに固まる。
「……何言ってんだ、お前」
「見せたくないのは」
「私のことを」
「自分だけのものにしたいから?」
誤魔化そうと思えば。
誤魔化せた。
普段なら。
適当に話を逸らしていたかもしれない。
けれど今夜は。
最初から。
欲をぶつけると約束した。
「……ああ」
短い返事だった。
リシアの顔が。
さらに柔らかくなる。
「そっか」
「じゃあ」
「良樹は見ないとね?」
「……は?」
「他の人には」
「見せたくないんでしょ?」
「ああ」
「でも」
「良樹は見たい」
「……ああ」
「なら」
リシアは。
スカートの裾へ指をかけた。
「良樹だけには」
「私が見せてあげる」
すぐには上げない。
良樹の目を見ながら。
ほんの少しだけ。
布を寄せる。
止める。
また少しだけ寄せる。
「お前……」
「何?」
「絶対」
「わざとゆっくりやってるだろ」
「さあ?」
リシアは楽しそうに微笑んだ。
「――遠慮なんて」
「しなくていいのに」
リシアは。
スカートの裾を、絶妙な位置まで上げていた。
良樹から。
ぎりぎり、下着の色と形が分かる。
けれど。
全部は見せない。
見えそうで。
まだ足りない。
その境目を。
リシアは明らかに分かってやっていた。
「私」
「あなたの女よ」
「あなたの妻よ?」
リシアは膝枕をしたまま。
良樹を見下ろす。
「あなた以外の人に見られるのは嫌」
「でも」
「あなたが見たいって言ってくれるなら」
「いつでも――」
「とは言えないけど」
リシアは。
少しだけ頬を緩めた。
「それは」
「私にとって」
「とても嬉しい言葉なの」
リシアの指が。
裾を摘まんだまま。
ほんの少し揺れる。
まるで。
良樹の視線を。
そこへ縫い止めるように。
「だから」
「見て?」
「私を欲しがってほしい」
「ねえ」
「言って」
リシアの声は甘い。
けれど。
甘いだけではなかった。
数日前。
自分が何を望んだのか。
今日。
良樹に何を約束させたのか。
その答えを。
誤魔化させない声だった。
「私を」
「どうしたいの?」
良樹は、しばらく黙っていた。
「――約束したわよね」
目の前には。
自分だけに許された景色がある。
リシアが。
自分の女だと言ってくれている。
自分だけに見せると言ってくれている。
それが嬉しくて。
それ以上に。
どうしようもなく欲しかった。
「――お前を」
良樹は。
掠れた声を出した。
「俺のもんにしてえ」
「抱きてえ」
「……それだけ?」
リシアが聞く。
「それで全部?」
「それが」
「良樹が私に向けてくれる欲の全部?」
「…………」
「お願い、良樹」
「言って」
「本当のこと」
リシアの声の甘さの中へ。
僅かな懇願が混じる。
「お願い……」
良樹は迷った。
この欲を。
リシアへぶつけても構わないのか。
受け入れてくれるのか。
どう見ても。
乱暴で。
身勝手で。
自分勝手な欲だった。
それでも。
ここまで受け入れようとしてくれるリシアへ。
欲をぶつけない方が。
夫として不甲斐ないのではないか。
「――し、てえ」
「……え?」
「お前を」
「犯してえ」
「孕ませてえ」
リシアの指が。
僅かに震えた。
「組み伏せて」
「俺以外の男どもに」
「スカートの中を見せたらどうなるかって」
「……うん」
「うん」
「お前に分からせてえ」
良樹の声が。
少しずつ強くなる。
「お前は俺の女だ!」
「俺の妻だって!」
「……うん」
リシアの声が震える。
「いいよ」
「分からせてほしい」
それでも。
良樹の中には。
最後の一線を越えることへの恐怖が残っていた。
「――怖えんだ」
「……何が?」
「お前が」
「受け入れてくれるか」
「怖えんだ」
「どう見たって」
「乱暴じゃねえか」
少しの沈黙。
「……カレンやクラリスには」
「言えるのに?」
良樹の身体が。
ぎくりと固まった。
リシアの声は。
涙声になり始めていた。
リシアは。
ここまで勇気を振り絞ってくれていた。
良樹が言いやすいように。
良樹が怖がらないように。
自分の身体まで使って。
欲しがってほしいと伝えてくれていた。
それなのに。
自分は。
まだ勇気を出せずにいる。
リシアを。
また泣かせようとしている。
――クソっ。
――どうして、いつも俺は。
良樹は腹を括った。
次の瞬間。
リシアは寝台へ押し倒されていた。
「きゃっ――」
良樹の唇が。
強引にリシアの唇を塞ぐ。
互いを求めるように。
深く。
長く。
やがて。
二人の唇が離れた。
「最後の確認だ」
良樹は。
リシアを見下ろしたまま言った。
「いいんだな」
リシアは頷く。
目には。
まだ涙が残っていた。
けれど。
もう、怯えてはいなかった。
頬を染め。
浅い息を繰り返しながら。
良樹から目を逸らさない。
「全部」
リシアが囁く。
「愛してあげるから」
「お願い」
「言って?」
良樹は。
もう隠さなかった。
「お前が」
「誰の女か分からせてやる」
「誰の妻か」
「分からせてやる」
「犯してやる!」
「孕ませてやる!」
「お前は全部」
「俺のもんだってこと」
「分からせてやる!」
――ああ。
――やっと聞けた。
私の全部が欲しい。
誰にも渡したくない。
自分だけの女にしたい。
それが。
良樹の本当の欲だった。
ようやく。
言葉になって、自分へ届いた。
なら。
返事は少しでいい。
リシアは。
良樹を見上げた。
「犯して」
一度。
息を吸う。
「――愛してるわ」




