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第109話 俺の都合で殺した(挿絵有)

 高台には、風が吹いていた。


 町外れの道を外れ、少しだけ坂を上った先。

 そこからは、町が見えた。


 広場。

 門。

 屋根の連なり。

 冒険者たちが行き交う通り。

 人が生きている場所。


 そこを、外から見下ろす位置に、ひとつの墓があった。


 立派な墓ではない。


 大きな石を削り、簡単に名を刻んだだけのもの。

 花も、豪奢な供物もない。


 そこには、ただ一つだけ、名前が刻まれていた。


 グレン・ヴァルド。


 ただ、誰かがそこに眠っていると分かるように。

 そして、誰も忘れていないと分かるように。


 それだけの墓だった。


 グレン・ヴァルド。


 元英雄。

 かつて本当に、人を救った男。

 そして最後に、良樹が殺した男。


 良樹は、その墓の前に立っていた。


 正確には、立っているだけで精一杯だった。


 まだ身体のあちこちが痛む。

 肩口も、脇腹も、両腕も、背中も、脚も。

 息を深く吸えば胸が軋み、少し歩けば腹の奥が重く痛む。


 クラリスとフィルの治療がなければ、そもそもここに立つことすらできなかっただろう。


 それでも、来た。


 来ないわけにはいかなかった。


 右隣にはリシア。

 左隣にはカレン。

 少し後ろにクラリス。


 三人とも、良樹を支える位置にいた。


 少しでも膝が抜ければ、すぐに支えられる距離。

 少しでも無理をすれば、すぐに止められる距離。


 良樹はそれを分かっていた。

 分かっていたから、余計なことは言わなかった。


 言えば怒られる。

 そして、怒られるのは当然だった。


 ガレスは墓の前で腕を組んでいた。


 いつもの雑な立ち方。

 いつもの大きな身体。

 だが、顔にはいつもの軽さがなかった。


 フィルもまた、墓を見ていた。


 豪快に笑う男が、今は静かだった。

 白い法衣の袖が、風に小さく揺れている。


 挿絵(By みてみん)


「ここにしたのか」


 良樹が言った。


 ガレスは短く頷いた。


「ああ」

「町の中じゃねえ」

「だが、捨てる場所でもねえ」


 フィルが続ける。


「ここなら、町が見える」

「グレンが守ったものも」

「壊したものも」

「見ようと思えば、見える」


 良樹は墓を見た。


「……そうか」

「高台か」


 それだけだった。


 ありがとうとは言わなかった。


 言えなかったのではない。

 言わなかった。


 グレンを弔ったのは、ガレスとフィルだ。

 旧友である二人の役目だった。


 良樹が感謝で回収することではない。


 だから、良樹はただ、その墓を見た。


 しばらく、誰も口を開かなかった。


 風が吹く。

 草が揺れる。

 町の方から、かすかに人の声が届く。


 生きている音だった。


 やがて、フィルが低く言った。


「すまぬ、婿殿」


 良樹は顔を向けなかった。


「何がだ」


「やはりこれは」

「ワシとガレスが、もっと早くに向き合うべき問題じゃった」


 ガレスも、少しだけ息を吐いた。


「否定はしねえ」

「俺とフィルが、あいつを見るのを遅らせた」


 良樹は、黙っていた。


 リシアが、わずかに良樹を見る。

 カレンも、胸元で手を握った。

 クラリスは、目を伏せた。


 良樹は、二人を慰めなかった。


 そんなことはない、と言わなかった。

 あなたたちのせいじゃない、とも言わなかった。


 グレンを殺したのは良樹だ。

 それは変わらない。


 だが、グレンがそこまで行く前に、ガレスとフィルが見るべきものがあったことも事実だった。


 だから、良樹は否定しなかった。


 否定して、軽くするべきものではないと思った。


「……俺は」


 フィルが、ゆっくりと言った。


「以前、お主と昔のグレンは似ていると言った」


「ああ」


「撤回する」


 良樹は、ようやくフィルを見た。


 フィルは墓を見たまま続けた。


「昔のグレンは、自分の都合だけでは人を殺せぬ男じゃった」

「少なくとも、そういう男じゃった」


 ガレスが苦く笑った。


「そうだな」

「あいつは正義が必要だった」

「誰かを斬るなら」

「自分の中に旗が必要だった」


 良樹は小さく眉を動かした。


「俺の方が悪いって話か」


「違う」


 ガレスは即答した。


「褒めてるわけでもねえ」

「責めてるわけでもねえ」

「ただ、違ったってだけだ」


 フィルが頷く。


「昔のグレンは、己が善であろうとした」

「だからこそ、己の正義が壊れた時に、止まれなくなったのかもしれぬ」


 ガレスは墓を見る。


「お前は違う」

「良樹」

「お前は、正義を掲げてあいつを殺したんじゃねえ」


「ああ」


 良樹は短く答えた。


「俺は正義で殺してねえ」


 その声は、ひどく静かだった。


 良樹は墓を見た。


 グレンの最後の顔を思い出す。


 血を吐きながら。

 それでも、口にした言葉。


 俺が、正義だ。


 そう言った男の顔を。


「戦ってる途中でな」

「あいつは、言った」


 三人妻の空気が、わずかに変わった。


 良樹は、少しだけ息を吸った。

 胸が痛む。

 それでも、続けた。


「それとも、お前より先に女達から裁いてやろうか」

「そう言った」


 リシアの指が止まった。


 カレンの顔から血の気が引いた。


 クラリスの目が、静かに細くなった。


 ガレスの顎に力が入る。

 フィルの拳が、白く握られた。


 良樹は続けた。


「俺が殺されるわけにはいかなかった」


 良樹は、三人を見た。


 リシア。

 カレン。

 クラリス。


 三人の妻。


 自分が帰る場所。


「リシア」

「カレン」

「クラリス」


 一人ずつ、名前を呼ぶ。


「お前らを、殺させるわけにはいかなかった」


 三人の息が、止まった。


「アルフも、殺させるわけにはいかなかった」

「まだ、あいつは後を見てねえ」

「戻し方も、止め方も」

「何も終わってねえ」


 良樹は墓へ視線を戻した。


「全部、俺の都合だ」


 高台の風が、良樹の髪を揺らした。


「俺が死にたくなかった」

「三人を殺させたくなかった」

「アルフを殺させたくなかった」

「俺が守りたいものを、守りたかった」


 良樹の声は、揺れなかった。


 揺らさないようにしている声だった。


「だから殺した」

「俺の意思で」

「俺の都合で」

「俺の独善で」

「グレンを殺した」


 誰も、すぐには答えなかった。


 リシアは、喉の奥が熱くなるのを感じていた。


 良樹は、いつも止める男だった。


 動かす前に止め方を見る。

 壊す前に戻し方を見る。

 使った後を考える。

 誰かを責める時ですら、何が起きたのかを見ようとする。


 そんな男が、人を殺した。


 しかも、自分たちのためにも。


 自分たちの知らない場所で。

 自分たちを裁かせないために。

 自分の手で、命を奪って。


 それでも、帰ってきた。


 リシアは、今すぐ良樹を抱きしめたかった。


 馬鹿、と言いたかった。

 なんで一人で背負ったのよ、と怒鳴りたかった。

 それでも帰ってきてくれてよかったと、何度でも言いたかった。


 キスしたかった。


 唇を塞いで、もう何も言わせずに、自分の胸の中で力を抜かせたかった。


 この男が殺してまで守った場所が、ちゃんとここにあるのだと。

 この男が帰ってきていい場所が、自分たちなのだと。

 身体ごと、心ごと、分からせたかった。


 守られた女としての熱があった。

 強い男に守られた昂りが、確かにあった。


 けれど、それだけではなかった。


 傷ついて帰ってきた男を、生活ごと抱きしめたい。

 叱って、怒って、甘やかして、逃がさずに休ませたい。


 リシアは唇を噛んだ。


 今ここで抱きついたら、良樹の傷に響く。

 それだけが、彼女を踏みとどまらせていた。


 カレンは、震えていた。


 怖かった。


 人を殺した良樹が怖いのではない。

 グレンが怖いのでもない。


 良樹が、自分たちの知らないところで、そこまで追い込まれていたことが怖かった。


 グレンは、自分たちを裁くと言った。

 良樹は、それを殺して止めた。


 良樹さんは、私たちを奪わせなかった。


 そう思った瞬間、胸の奥が熱くなった。


 カレンにとって、それはただの庇護ではなかった。


 良樹に選ばれたこと。

 良樹の女であること。

 良樹以外に見せない、触れさせない、渡さない。

 その境界を、良樹自身が命を賭けて守ったのだと知ってしまった。


 だから、触れたかった。


 良樹の手を握りたかった。

 頬に触れたかった。

 抱きしめたかった。

 良樹さんのものです、と言いたかった。


 そして、良樹に触れてほしかった。


 この人を癒せる女になりたい。

 この人が傷ついて帰ってきた時、ただ泣くだけではなく、ちゃんと受け止められる女になりたい。


 カレンは胸元で手を握る。


 良樹さん。


 声には出せなかった。


 出したら、きっと泣いてしまうから。


 クラリスは、良樹の横顔を見ていた。


 治療者として、身体の傷は見ていた。

 裂けた筋肉も、潰れた血管も、焼けた魔力回路も、動かない腕も。


 だが今、見えているのは、それだけではなかった。


 良樹は、心の傷を美談に逃がしていない。


 正義だったとは言わない。

 救ったとは言わない。

 グレンの願いを叶えたとも言わない。


 俺の都合で殺した。


 そう言って、自分の手に残った血を、自分のものとして見ている。


 その姿が、痛ましかった。

 愛しかった。

 そして、どうしようもなく、胸に刺さった。


 癒したいと思った。


 僧侶としてではない。

 治療者としてでもない。


 妻として。


 良樹くんの身体だけではなく、心まで抱きしめたい。

 その傷を、自分の全部で受け止めたい。


 口づけたい。

 抱きしめたい。

 この人に求められたい。


 そこまで思って、クラリスは自分の頬が熱くなっていることに気づいた。


 良樹に触れたい。

 けれど、良樹に触れ返されたら、きっと自分の方が先に崩れる。


 それでも。


 今は、崩れてもいいとすら思った。


 クラリスはそっと、自分の手を握った。


 ここは墓前だ。

 父様もいる。

 ガレスもいる。


 今ではない。


 今ではないと、自分に言い聞かせた。


 ガレスが、低く呟いた。


「なあ、フィル」


「何じゃ」


「もしかしたらよ」

「あいつは、殺されてでも止めてほしかったのかもしれねえな」


 フィルは、墓を見た。


「……かもしれぬ」


 風が吹いた。


「師匠にも」

「ワシらにも」

「それは、できなんだ」


 フィルの声は重かった。


「娘とそう変わらぬ年頃の男に」

「その役目を背負わせてしまった」


 ガレスは奥歯を噛んだ。


「情けねえ話だ」

「俺たちは、あいつの仲間だったってのによ」


 良樹は、静かに首を横に振った。


「それは違う」


 ガレスとフィルが良樹を見る。


「俺は、あいつの願いを叶えたんじゃねえ」

「殺されてでも止めてほしかったなんて」

「俺が言う話じゃねえ」


 良樹は墓を見る。


「最後の最後まで」

「あいつは、自分が正義だって言った」


 グレンの最期の声が、耳の奥で蘇る。


 俺が、正義だ。

 そうじゃなきゃ、なんで、サーシャは。


 良樹は目を細めた。


「あいつは最後まで、そう言って死んだ」

「なら、俺が勝手に」

「本当は止めてほしかったんだろう、なんて言ってやるのは違う」


 良樹の声は低くなる。


「グレンから見たら」

「俺は悪だ」


 リシアが息を呑む。


「グレンが正義だったなら」

「俺の悪が、グレンを殺した」


 良樹は墓の前で、まっすぐ立っていた。


 痛みに耐えながら。

 誰にも支えられないように。

 それでも、少しでも膝が崩れれば三人妻に支えられる距離で。


「勝ったから正しかったことにしちゃいけねえ」

「負けたから、あいつの中にあったものまで全部悪だったことにしちゃいけねえ」

「そういう報告書を書いたら」

「次は止まらねえ」


 ガレスは、何も言わなかった。


 フィルもまた、黙っていた。


 墓前に、重い沈黙が落ちる。


 良樹は、自分で言った言葉を噛みしめていた。


 自分の都合で殺した。

 自分の意思で殺した。

 自分の独善で殺した。


 その事実は、消えない。


 消してはいけない。


 その時だった。


 フィルの耳に、声が聞こえた気がした。


 ――ったくよぉ、フィル。

 ――なぁにシケたツラしてんだよ。

 ――お前はバカみたいに笑ってりゃいいんだよ。

 ――いつもみたいになぁぁ。


 フィルは、わずかに目を見開いた。


 墓を見る。


 もちろん、そこには石があるだけだった。


 風が吹いているだけだった。


 だが、確かに聞こえた気がした。


 昔のグレンの声が。


 まだ英雄などと呼ばれる前の。

 馬鹿みたいに笑って。

 人を助けた後に、酒場で騒いで。

 湿っぽい顔をする仲間の背中を叩いていた頃の。


 あの男の声が。


「……シケた、ツラか」


 フィルは、口元を動かした。


「確かに」

「ワシには似合わんな」


 そして、顔を上げた。


「時に婿殿」


 良樹は嫌な予感がした。


「何だ、フィルさん」


 フィルは、墓前とは思えぬほど真面目な顔で言った。


「孫の顔は、いつ見せてくれるんじゃ?」


 良樹は吹き出した。


「ぶほっ――げほっ、ぐっ……!」


 直後、傷が痛んだ。


 腹。

 脇腹。

 胸。

 全部に響いた。


「いっ……つぅ……!」


 リシアが慌てて良樹の背中へ手を添える。


「ちょっと、何してるのよ!」


「俺じゃねえ!」

「今のは俺じゃねえ!」


 クラリスが真っ赤な顔でフィルを見る。


「父様!?」


 声が裏返っていた。


 無理もなかった。


 つい先ほどまで、クラリスは良樹を抱きしめたいと思っていた。

 口づけたいと思っていた。

 妻として、この人の傷を癒したいと思っていた。


 その先にあるものを、考えなかったわけではない。


 だからこそ、父の言葉は刺さった。


 あまりにも真っ直ぐに。

 あまりにも空気を読まずに。


「父様!」

「今、この空気で、それを言いますか!?」


 フィルは豪快に笑った。


「結婚したのじゃろう?」

「ならば、父として当然気になるではないか」


「当然ではありません!」


 良樹は片手も動かせないまま、顔だけで抗議した。


「この空気の中でそれかよフィルさん……」

「墓前だぞ……」


「墓前だからこそじゃ」

「湿っぽい顔で帰られても、グレンが文句を言いそうでの」


 ガレスが眉をひそめた。


「おい、フィル」

「さすがにそれは――」


 その時。


 ガレスにも、声が聞こえた気がした。


 ――ったくおめぇはよぉ。

 ――お堅いんだよ。

 ――いつも言ってんだろぉ?

 ――もっと笑って行こうぜ。

 ――その方が皆、笑顔になるだろうが。


 ガレスの言葉が止まった。


 墓を見る。


 そこには、やはり石があるだけだった。


 けれど、聞こえた気がした。


 昔のグレンの声。

 くだらない冗談を言って、フィルを笑わせ、自分を怒らせ、それでも周りの空気を軽くしていた男の声。


 ガレスは、しばらく黙っていた。


 それから、短く息を吐いた。


「おい、フィル――」


 言いかけて、止める。


「……いや」

「そうだな」


 リシアが嫌な予感で顔を向ける。


 ガレスは、いつものように口の端を上げた。


「結婚もしたんだ」

「次は当然、子供の話になるのは当たり前だ」


「ガレス!」


 リシアが叫んだ。


「ちょっと!」

「その、子供とか、まだ……!」


 リシアの顔は真っ赤だった。


 今すぐ良樹を抱きしめたい。

 抱かれたい。

 この男を包みたい。


 そんなことを思った直後に、子供の話などされて平静でいられるわけがなかった。


 カレンは、ぼうっと良樹を見ていた。


「良樹さん……」

「私の、子供……」


 視線が遠くなる。


 リシアが慌ててカレンの肩を掴んだ。


「カレン、戻ってきて!」


「は、はひ!」


 カレンは耳まで赤くなって我に返った。


 クラリスは両手で顔を覆いかけていた。


「父様もガレスも」

「本当に、今、それを……」


 フィルは悪びれない。


 ガレスも、いつもの雑な笑顔を取り戻していた。


「こんな別嬪の嫁さんを三人も貰ったんだ」

「次の責任を取らねえとな?」

「良樹」


 ガレスは、ニカッと笑った。


 いつものガレスだった。


 良樹は、痛む身体で天を仰ごうとして、両腕がほとんど動かないことを思い出した。


 仕方なく、首だけで空を見た。


「日本なら」

「セクハラで訴えられてるぞ、お前ら」


 ガレスとフィルが同時に首を傾げた。


「……せく、はら?」


「せく、はらとは何じゃ?」


 良樹は目を閉じた。


 そして、深く息を吐いた。


「ここは異世界だったな……」


 リシアは顔を赤くしたまま、良樹の背を支えていた。

 カレンはまだ少し夢の名残を引きずっている。

 クラリスは父を睨みながらも、自分の頬の熱を隠せていない。


 フィルは笑った。


 ガレスも笑った。


 墓前には、少しだけ馬鹿みたいな空気が戻っていた。


 それが良いことなのかどうか、良樹には分からなかった。


 だが、少なくとも。


 グレンの墓前で、誰もが俯いたまま終わるよりは、少しだけましな気がした。


 良樹は、墓を見た。


「……帰るぞー」


 照れと呆れを半分ずつ混ぜた声で、そう言った。


「良樹が言うと締まらないわね」


 リシアが言う。


「締める気はもう失せた」


「良樹さん、痛みは」


 カレンが心配そうに覗き込む。


「だいぶ響いた」

「主にフィルさんのせいで」


「ワシか?」


「他に誰がいるんだよ」


 クラリスが父を見た。


「父様」

「後でお話があります」


「む」

「娘が怖いのう」


「当然です」


 ガレスが笑う。


「フィル、お前も大変だな」


「お主も同罪じゃぞ、ガレス」


「だろうな」


 そんなやり取りをしながら、一行は踵を返した。


 墓を背にする。


 町へ戻る道。

 高台を下りる道。

 良樹たちの家へ続く道。


 その時だった。


 ――世話をかけちまったなぁ。


 良樹には、聞こえた。


 気がした。


 一瞬、足が止まる。


「良樹?」


 リシアがすぐに気づいた。


「良樹さん?」


 カレンも顔を上げる。


「良樹くん?」


 クラリスの声が、少しだけ心配に揺れた。


 良樹は、墓を振り返らなかった。


 振り返れば、何かを確認してしまいそうだった。

 何かを、言葉にしてしまいそうだった。


 だから、前を見た。


「なんでもねえ」


 短く言う。


 そして、少しだけ息を吸った。


「帰ろう」

「俺たちの家へ――」


 高台の風が、背中を押した。


 良樹たちは、帰る場所へ向かって歩き出した。


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