FILE.60 詰めの甘い推理、電話越しの真実〔解決編〕
どーも、高堂達志です。先輩たちがいないもんだから、羽目を外しすぎて家庭科室に遊びに行った僕は、なんとそこで奇妙な事件に遭遇しちゃったんです! 牛乳瓶の中に入ったゆで卵……どう? ミステリアスでしょう?
――え? そうでもない? えー、そんなはずはないんだけどなぁ……。
――ううん? 僕が犯人なんじゃないかって? もう、そんなわけないでしょーが。
「あたしの推理によると、この事件の犯人は……」
心春はじっと彼を見据えて、明瞭な声を放った。
「玉田先輩、あなたよ!」
鋭い眼光と言葉に射抜かれた真吾は、わずかに顔をしかめた。
「な、なんで俺なんだ? 卵入りの瓶をあそこに置けたのは、俺以外にも居たよな!? 大里にも、中一の栗見にもできたはずじゃねーか! それなのに、どうして……」
真吾は次第に声音を荒げて激昂する。心春はそれに表情一つ変えずに、冷静に口を開いた。
「それは、あなたが今回のトリックのタネを知っているはずなのに、ずっと口を噤んでいるからよ」
「知ってるはずって……どういうことなの、心春ちゃん」
「確か、あたしがシュウ酸の実験の話をしたとき、玉田先輩はそれを覚えている素振りを見せてましたよね? にもかかわらず、この牛乳瓶とゆで卵をみても顔色一つ変えなかった」
『高堂君、今回のトリックはね、簡単な理科の実験の応用なんだよ。って、高堂君、聞いてるの?』
心春が話す脇で、青野も電話越しに高堂に同じような説明をしているようだった。一方、青野からの電話の聞き手であり、なおかつ心春の脇にいる高堂は双方向から話を聞いて目を白黒させていた。
「あ、あの、今僕の隣でも先輩と同じようなことを言ってる人がいて……」
『ふーん、そうなんだ。じゃあさ、その推理、僕にも聞こえるようにしてくれないかな』
「わ、わかりました」
高堂は自分の携帯電話をいじってスピーカーホンにする。
『で、話を続けるよ? えーっと、どこまで話したっけ……あ、理科の実験って話だね。栗見さんや大里さんはともかく、玉田さんが知らなかっただなんてありえないよ。なぜなら、彼は一人で科学部の活動をするほど、理科が好きで、得意らしいからね』
「な、なんで一人で実験してることを?」
『前に大山先輩に聞いたからさ。玉田さんって、学年の中じゃあ結構有名人らしいからね』
真吾の顔を盗み見て、確かに見た目と中身のギャップはインパクトがあるなと高堂は思った。その間にも、心春は自分の推理を皆に語っていく。
「あなたはシュウ酸の実験を鮮明に覚えていた。にもかかわらず、このゆで卵の実験を覚えてないなんて、おかしいんじゃなくて? この実験もシュウ酸の実験も、中三でやる内容だもの。まあ、大里先輩も同じ実験をやったことがあるのかもしれませんけど、文系一筋で理科の事なんてこれっぽっちも分からない先輩がこの実験を覚えているっていうのはちょっとないんじゃないかと思うわ」
心春は言い切ると澄ました顔で真吾を見る。
「そんな曖昧なことで?」真吾は負けじと声を張った。
「そんなことで犯人扱いなんてたまんねーな! てか、実験実験ってさっきから言ってるけどよ、その実験ってなんなんだよ! 俺はどうやって卵を中に入れたってんだ?」
「簡単なことよ。使うのは、牛乳瓶とゆで卵、それから……このマッチよ」
心春は全く動じずに――いや、その反論を待っていたようにも見て取れた。彼女は予め用意していたのか、Tシャツの胸ポケットからマッチの箱を取り出した。
「ま、マッチ? っていうより、そのゆで卵どうしたんですか。さっきまでありませんでしたよね」
高堂は心春がポンとテーブルの上に置いた皿に乗っているゆで卵を指さす。
「ああ、それなら君が唸っている間にちょちょいとゆでたのよ」
「高堂君、それに気づかないほど悩んでいたからね」
「そんなに集中してたのか……」
瑠花に言われて、自分の集中力が意外と高いことに高堂は驚いた。
「ま、それは今はどうでもいいことだわ。じゃあ、早速始めるわね」
心春はまるで手品師のように言うと、手元のマッチを擦った。「シュッ!」という小気味いい音を立てて、短い木の棒の先に赤い炎が生まれた。
「まずは、火をつけたマッチを牛乳瓶の中に入れる……。すると、時間経過によりマッチの火は消える」
心春の言葉と同時に、牛乳瓶の中に入れられたマッチ棒の炎は消え去った。その先からは白い煙がうっすらと上っている。
「で、ほんのちょっとだけ時間を置いてから、ゆで卵で瓶に蓋をすればOK! あとは待つだけで……」
彼女は期待するようなまなざしで瓶の中を見つめる。すると、瓶の口に乗っていた卵がみるみるうちに吸い込まれて、瓶の中に入っていった。
「な、何これ!?」
「す、すごーい」
瑠花と海奈はその様を食い入るように見つめていた。
「あとは、瓶を逆さにしてマッチ棒を上手く取り出すだけよ。どう? これなら傷をつけずに中に入れられるんじゃない?」
「つまり、俺がこれをやったと?」
得意げな心春に、真吾が念を押すようにきいた。心春は力強く頷いて見せる。次に真吾の口から出てくるのが焦った反論か悔しそうな敗北宣言か、まるでそのどちらかだろうと確信しているようだ。
だが、真吾の表情は幾分か落ち着いていて、余裕を含んだ声を短く発した。
「煤は?」
「す、すす?」
心春は想定していなかった答えが返ってきたからか、素っ頓狂な声をあげた。真吾はすっと笑みを浮かべる。
「そのやり方だと、燃えつきたマッチ棒の先についている黒い煤が、白いゆで卵の表面についちまうんじゃねーか? ってか、実際ついてるし。こんなの、問題の卵についてたか?」
彼は心春が用意した瓶を手に取って、中の卵を指さした。そこには、確かに、卵の白身に黒い汚れがついていた。
「そ、そんなの洗えば……」
「いや、煤はちょっと洗った程度じゃ落ちねーよ」
「じゃあ、その部分を削ったとか?」
「それも無理だな。例の卵には傷一つなかったんだろ?」
「ううっ……」
攻守が完全に逆転し、推理を披露していたはずの心春は真吾にじわじわと追い詰められていた。
「ほらみろ」
真吾は心春が何も答えなくなってしまったのを見て、勝ち誇ったように言った。
「このトリックじゃあ、例の卵入り牛乳瓶を作り出すことは不可能だ。これでもまだ、俺を犯人っていうのか?」
「それは…………」
心春は、悔しそうに顔を伏せる。――その時だった。その場に、今までなかった声が響いたのは。
『水蒸気、ですよ』
その声は、高堂が持っていた携帯電話から流れてきていた。高堂は自分の携帯電話を、みんなに見せるようにして持つ。
『どうも、高堂の先輩をしております青野といいます。早速ですがみなさんにお聞きしましょう。そもそも、どうして火のついたマッチ棒を牛乳瓶の中に入れると、上に置いた卵が中に入るのか。みなさん、わかりますか?』
「え……そう言われると。なんでなの?」
海奈は電話に向かって問いかける。青野はすぐに言葉を返した。
『空気を温めると膨張する――というのはご存知ですか?』
「うーんと……そうだったわね」
「本当ですか、先輩」
瑠花に訝しげに尋ねられて、海奈は少しむっとした声で
「いくら私でも、小学校で普通に習う理科ならわかるから」
と答える。
『まあ、それが理解できているのなら話は早いです。空気が熱で膨張するのなら、あの牛乳瓶の中にマッチ棒を入れると……』
「ああ、牛乳瓶の中の空気が膨張するんですね、先輩!」
『その通りだよ、高堂君。だけど、膨張した分の空気は瓶の中に入らないだろう? だから、空気は瓶の口から逃げていく。じゃあ逆に、それを冷やすとどうなると思う?』
「……空気がもとの大きさに戻り、逃げて行った分の空気が戻ってくるんですね」
ここから青野の表情や動きは見えないが、瑠花の答えにしっかりと頷いている様が容易に予想できた。
『その通り。じゃあ、空気が今戻ろうとしているところに、ゆで卵みたいな柔らかいもので蓋をしちゃったらどうなるだろう?』
「柔らかいもの……もしかして、吸い込まれるってことですか!?」と高堂は言った。
『もしかしなくても、例の実験を見れば分かるでしょう』
「そういえば、さっき心春ちゃんがペットボトルで卵黄を取り出す話をしていたけど、それも同じように空気を利用しているのね」
「そうですね。押し出した分の空気を取り込もうとするから、柔らかい卵黄が中に吸い寄せられると……」
海奈と瑠花は頷きあった。
『さて、あの実験の原理がわかったところで、元の話に戻ります。どうやって煤をつけずに中に入れたかですが、ようはマッチを使わずに、中の空気を膨張させてあげればいいわけです。そこで使うのが、さっき僕が言った“水蒸気”なんですよ』
青野は話を少し切ってから、唾を飲み込んで、また続ける。
『仕掛けは簡単。牛乳瓶の中に熱湯を入れ、瓶の中が水蒸気で満たされるのを待ってから、卵で蓋をする。それから、瓶を氷水かなんかで冷やせば、膨張していた水蒸気は水になり、卵は吸い寄せられるってわけです。水が水蒸気になるときの体積変化は1000倍を軽く越えますから。ほら、“蒸気機関”って聞いたことがあるでしょう? あれも似たようなことを利用しているわけですよ。どうです、どこか間違っているところはありますか? 玉田真吾さん』
青野は改めて、犯人を名指しした。真吾の表情からは、先程の余裕そうな笑みは消えていた。
「で、でも、どうやって熱湯とかを作ったの? 彼はずっと科学室にいたのよ? 鍋もコンロもないのに、お湯を沸かすことなんて……」
海奈の問いに、青野はやはり余裕そうに答える。
『理科室には、ビーカーやアルコールランプ、ガスバーナーだってあるじゃないですか。ほら、あなたも実験で使ったことがあるでしょう? ああ、ちなみに犯行に使ったゆで卵も一緒に作ったんだと思いますよ。たぶん、最初に理科室に来たときに持っていった卵を使ったのでしょうから』
「でも!」青野に対し、必死に真吾を庇う海奈。
「あらかじめ用意をせずに、こんな綺麗に卵の殻が向けるかしら!?」
『んー、面倒なことを言ってきますね。でもまぁ、なんとでもなるんじゃないですか? 気合いで剥いたとか。ああ、そういえば、卵をゆでる前に、卵のお尻を軽く叩いてヒビを入れると、中から空気っぽいのが漏れてきて、剥きやすくなるらしいですね。もしかしたらそうしたのかも』
だんだん面倒になってきたのか、青野は投げやりに答える。
『ああ、そうだ。剥いたときに出てきた卵の殻、まだ理科室のゴミ箱にありますよね。それが証拠になるはずですよ。それとも、わざわざこんな時間に理科室に卵を持っていって、そこでゆでた理由、答えていただけますか?』
「た、ただ食べたかっただけなんじゃないの!?」
真吾の代わりに反論する海奈だが、表情からは確実に焦りのようなものがうかがえた。それを見た高堂が、追い打ちをかけるように言う。
「玉田先輩って、確か理科室でアンモニアの噴水実験をしていたんですよね。アンモニアって結構臭いがキツいのに、その隣でゆで卵を作って食べたんですか? それと、最初に小村木先輩が言ってましたけど、どうして実験のことを黙っていたんですか? さっき小村木先輩に反論してましたけど、どう見ても例の実験のことを知ってましたよね? なのに、なんで黙っていたんです?」
「そ、それは……」
「フン、もういいよ。そうだ、俺がやったんだ。動機は悪戯したかったから。以上。なんか文句あっか?」
真吾の言葉に、高堂は後ずさった。
「い、悪戯……今のが悪戯なんですか!?」
瑠花が驚き呆れて詰め寄る。真吾は悪びれることもなく、開き直った。
「ああ、その通りだ。この見た目のせいで、小さい頃からよく疑われたりしてたからな。結構溜まってんだよ。だからたまには悪戯してみたかったってワケ。悪いか?」
「そ、そんな……玉田くん……」
海奈は怯えたように真吾を見た。
(あれ?)
高堂は、彼らを見て、何かに思い当たる。
――玉田先輩ってちょっとお茶目っていうか、天然なところがあるのよね……。
――なあ、いい加減にしてくれねェか? 探偵気取んのもいいけどよ、もういいかげん迷惑なんだよ。さっさと解放しろよ。あ゛ー、イライラする!!
そして、今の言葉。もしかして――。
「もしかして、先輩、わざと悪い印象を植え付けようとしてませんか?」
確認したい気持ちに逸られて、高堂は思わず口を開いていた。
「先輩がずっと悩んでた僕に文句を言ったときがありましたよね? でも、普段の先輩はそんなことを言う人じゃない。僕、ずっとその事が引っ掛かってたんですよ。その時は先輩が犯人だと知らなかったので特になんとも思いませんでしたけど、今語られた動機を聞いてわかったような気がします。先輩は、大里先輩に嫌われようとしている」
「な、何を言って……」
「僕でも気付いたんですから、玉田先輩もとっくに気付いてたんでしょう? その……大里先輩に……好かれてるってことを……。だ、だけど、先輩はその気持ちに応えられなかった。だから、あえて今回の事件を起こして、そこで悪印象を植え付けようとしたんです。自分にたいし幻滅した大里先輩が、自発的に離れてくれるように。もし振ってしまったら、彼女がショックを受けると思ったから……」
言いながら、高堂はだんだんと後悔してきた。本当に、これは語って良いものなのだろうか。真吾が考えた計画を全てぶち壊しにしている自分が、逆に悪役のような気がしてならない。
「だ、だから……これが、玉田先輩なりの優しさだった……違いますか?」
でも、伝えるべきなのだろう。彼はすぐに思い直した。だって、もし本当だとしたら、海奈は真吾の優しさを永遠に理解することが出来ないのだから。
誰も、なにも言えずに黙りこんだ。
「……なわけねぇだろ」
僅かな間をおいて、ようやく真吾が口を開いた。だが、彼のその言葉が、精一杯の嘘であることは、誰の目から見ても明らかなことだった。
◇
「青野、優紀……」
夕陽を背に浴びて、少女が歩いていた。
「高校一年生で、北次学園の小説部に所属している……。噂には聞いてたけど、まさかここまでとはね」
少女――心春は、さも面白そうに口角を上げて笑う。
「……楽しみだわ」
学校鞄を手にした彼女は、青野優紀をその目で見る日を思って、愉快そうに足を進めた。




