FILE.61 ウソ発見器
すみません、色々事情がありまして別の話を投稿することになりました。北斗星編に関しては後日改めて投稿するかもしれません。
少々乱雑な自室の床に腰掛け、明はふっふ~んと鼻歌を歌っていた。手元には、よくわからない装置のようなもの、そしてその周囲には金属片、電池、銅線など、色々な材料らしきものが散乱している。
「ここをこーして……こっちをこーして……。よしっと!」
明はドライバーをキュッキュと回してネジを締めると、両手で機械を持ち上げた。
「できた―!!」
得意げな顔の明は、出来上がった機械を部屋にあった他の装置といっしょに丁寧にケースにしまうと、それをさらに自分用のトランクに詰め込んだ。それから、小さなカバンの中に手帳や財布などを入れると、カバンとトランクを持って部屋を出て行った。
◇
「ウソ発見器?」
目の前にはニコニコした明。青野は彼と彼が持っている近未来な装置を交互に見ると、首を傾げた。
場所は相も変わらず小説部の部室。夏休み真っ只中のその日、毎日のように部活動をエンジョイしていた青野の前に、仰々しいトランクを引いた明がやってきた。
青野の前で正座をしている(青野の方も正座なので、まるで茶道部か何かのようである)明は、力強く頷く。
「ええ、これがあれば先輩の推理をお助けできると思って!」
屈託のない笑顔に、青野はやれやれとため息を吐いた。
「あのさ、僕、あんまりそういうのに頼る性質じゃないんだよね。残念だけど」
「そんな、師匠のために一生懸命作ったのに!!」
明は手に持った機械を取り落さんばかりの勢いで立ち上がった。青野は思わず後ずさりする。
「てか、師匠ってなんだよ、師匠って……」
「この前弟子入りしたじゃないですか!」
「そうだっけか……」
頬を掻く青野に、「全くもう……」と明はあきれた様子だ。
「取り敢えず、この装置が役に立つことを実証するために……」
「あ、ごめん。これからちょっと依頼があってさ、もう行かなきゃいけないんだよね……」
「そ、そんなぁ……」
青野の言葉に、明は肩を落とす。
「面白そうだから、今度高堂君辺りにでも実験してもらおうかな」
「なんで僕!?」
急に話が回ってきて、部屋の隅で静かに読書を楽しんでいた高堂は驚いた顔を見せた。青野は事も無げに、
「いや、面白そうだし……。さて、そろそろ行くわ。部室の鍵、ヨロシクね」
と答える。そうして、いつものように憤る高堂を放置して部室を出ようとした、その時。
「……ちょっと待ってください」
顔を伏せた明が、暗い声でそう呟いた。
「依頼ってことは事件ですよ!? だったら、このウソ発見器の出番じゃないですか!! それに、弟子が師匠の後について行かなくてどうするんです!!」
「お、おう……」
彼の剣幕に、青野は顔を強張らせた。それから、曖昧に頷くと、「じゃ、じゃあ、行こうか」と言って、明と共に外に出て行った。
◇
制服の男子高校生となぜかトランクを引いた小学生くらいの男の子。異様な組み合わせに、道行く人々は思わず訝しげな目で見てしまう。
「なるほど……。依頼主は百田平八、不動産業を営んでいて、結構儲けててお金持ちと。で、最近誰かに嗅ぎまわられている気がするから調べてくれって依頼されたんですね」
「うん。詳しいことは今日話してもらうから、あんまり知らないんだけどね。なんでも、仕事の時間を削ってまで時間を設けたらしいし。……なに、僕の顔になんかついてるの?」
明から不思議そうな視線を向けられたことに気付いた青野は、思わず尋ねた。
「いえ、師匠っていつも殺人とか、そういう危ない事件に絡んでるような気がして、それで普通の依頼を受けてるのにギャップを感じるというか、なんというか……」
「人をなんだと思ってるんだよ」
真面目な顔で返されて、青野はやれやれとため息を吐く。
「それに、ウソ発見器の実験ができないし……」
「待って、殺人事件だったら使うつもりだったの? 警察がそんなことに協力してくれるわけないじゃん」
「でも、アメリカとかじゃあ最近まで使われてたらしいですし……」
「日本じゃ使われないの! てか、一般人から提供された機械、警察が使うってよっぽどのことがない限り起こらないでしょ!」
滑稽なやり取りに、珍しく青野が常識人に見えてくる。
そんなくだらない会話を繰り広げながら通りを歩く彼らは、ようやく目的の雑居ビルへとたどり着いた。ビルの外壁が固めたコンクリートのようなグレーだったためか、少し冷たそうだと明は思った。
「ここの7階らしいよ」
都内だからか、雑居ビルと言っても10階建てだった。
「へえ、1階から2階が飲食店で、3階から5階までがカラオケ、6階から上がいろんな会社のオフィスになっていて、7階が今回行く予定の不動産屋のオフィスなんですね」
「うん。あ、僕たちがいく7階には貸出し用の会議室もあるらしいね。町会の会議かなんかで使うのかねえ」
エレベーターを待つ間、その脇にあった、各階のテナント名が羅列された表を見て、話しあう二人。なお、ビルの中にカラオケや飲食店があるからか、エレベーターを待つ人は結構いた。夏休みなので友達と遊ぼうという学生も混じっているようだ。
チン、と音を立ててエレベーターが到着すると、彼らはそこに乗り込んだ。3階まではすし詰め状態であったが、カラオケ目当ての客らが一斉に降りると、エレベーターの中には青野たちしかいなくなった。
「それにしても、意外にも大きな会社ですね。もっと小さいかと思ってました」
「ああ、駅前の雑居ビルの1階にあるような感じのね。ちなみに依頼主は社長さんだってさ。なんで僕なんかに依頼したのか、本当に良くわかんないんだよね……」
青野は首を傾げた。それと同時に、エレベーターの扉が開き、彼らは降車した。それから、左右をキョロキョロと見回す。
「ええっと……確か、エレベーターを降りたら左に行って、階段を通り過ぎたところに社長室があったはず」
「社長室……なんだか一丁前な感じが……」
「うわああああああ!!!!!!」
明の声を遮るようにして聞こえる悲鳴。それは、左の方から――すなわち、社長室から聞こえてきたものだった。
「な、なんなんでしょう……」
緊張で顔を強張らせる明。その隣で、やはり緊張した面持ちになった青野は、すぐさま走り出した。高さは少しあるものの、大して大きなビルでもないので、数秒で部屋の前にたどり着いた。扉が半開きになっていたので、青野はすんなりとそれを開ける。見えたのは、少し高そうなカーペットと、少し豪華そうな木の机。その机の前のカーペットには、赤黒い染みがべったりと広がっている。そして、目の前の机の左脇で、恰幅のいい中年の男が顔に汗を浮かべて尻餅をついていた。
「こ、こ、これ……」
男がわなわなと指を震わせながら、机の裏側を示す。青野は部屋の中央に広がった染み――血痕を踏まぬように気を付けながら、男の方へと向かった。そして、顔を曇らせる。彼の目には、うつ伏せに倒れこむスーツ姿の男の姿が映っていた。
「どいて」と手短に言ってしゃがみ込んだ男を退けると、青野は倒れた男の元へ向かう。それから、そっと腕を取ると、一拍おいてから静かに首をふった。
「明君、警察を呼んでくれ」
彼はよく通る声で、部屋の扉からこちらを窺っていた明に指示を出す。
倒れていた男は、青野の依頼人である百田平八であった。
◇
「なるほど、被害者は百田平八、58歳。不動産屋の社長で、会社の社長室で刺殺された、と。ざっとこんな感じか。ところで……」
大柄な刑事――権田がちらりと横を見た。
「またお前か。最近事件が起こるたびにお前しか見ていないような気がするのだが、気のせいかね?」
「偶然でしょうね。この前は若い女刑事だったし……」
飄々とした態度の青野に、権田は不機嫌そうに眉をひそめた。
「そりゃなあ、お前がこの夏休み、どっかに遠征して事件に巻き込まれたから、そこの県警が来たってだけだろ? 俺からしてみたら、どの事件現場に行ってもお前の顔があるんだ。最近うんざりしてくるようになってだな……」
「ああ、そういう長い話はまたの機会に置いておきましょうよ。それより今は事件です。社長室の入口の向かい側に防犯カメラが設置されてるでしょう? これ、早く調べた方がいいですよ。容疑者が割り出せると思いますから」
「言われなくてもそうする!!」
権田はぶっきらぼうにそう言うと、今度は青野とは反対の方を見て、さらに不機嫌そうにした。
「先に弟子になったのは僕なんですよ!!」
「でも、君は最近になって青野君に出会ったよね? 僕の方が先輩なんだよ!!」
「話によれば、あなたが師匠に出会ったのは今年のGWあたりだそうじゃないですか。たった数か月先にあっただけで先輩面しないでくださいよ!!」
「キキーーーー!!!!」
そこでは、事件現場とは到底思えないようなやり取りがなされていた。
「お前は職務を全うしろ!! それからそこのちびっ子は邪魔をするな!!」
権田はそう叫ぶと、小西の腕を強引につかんで引っ張っていった。
「さあ小西君、防犯カメラの映像を調べるんだ!」
「は、はい!! えーっと、あ、部屋の机の上にモニターがありますね。あれでしょうか」
権田に押されながらも、現場を見回し、お目当てのモニターを見つけた小西。
「これですね、今も映ってます」
「みたいだな。さあ、ここに犯人が映ってるだろうから……あいつら、調子のってんのか!?」
モニターの中には、満面の笑みでピースサインをする青野の姿が。権田はモニターに掴みかからんばかりの勢いで叫ぶ。
「呼びましょうか? まあ、部屋のすぐ外にいるだけですけど……」
「却下。あいつに構うんじゃない」
権田は今にも爆発しそうな、ドスのきいた声で呟いた。小西はその声に、ブルリと体を縮み上がらせた。
「じゃ、じゃあ調べますね。えーっと、巻き戻し、巻き戻し……」
白い手袋をした手で、小西はマウスを操作する。それから、「お!」と声をあげた。
「第一発見者の男性が入る少し前に、女性が部屋に入ってますね。すぐに出ていますが……」
「とりあえず、この女性を探すんだ。スーツ姿だから、この会社に勤めているのか?」
「かもしれません。とりあえず重要な容疑者ですね」
小西は頷くと、「……おお、その20分くらい前に、若い男性が部屋に入ってます。白黒なのでよく分かりませんが……金髪、でしょうか。ジーンズに上着を着てますね……」
「20分か……とりあえず、その男の足跡もたどった方が良さそうだな」
「ええ。おお、男性が入る少し前に、亡くなった百田社長も入室してます」
小西は声を大きくして言うと、映像を一時停止にした。
「うん、格好からして間違いないだろう。となると、容疑者は3人――ということか」
「そうみたいです」
権田の言葉に、小西も同意する。それから、問題の3人――一人はすでに別室で控えているので、残りの2人――を探すべく、部屋を後にした。
◇
「なんだ、意外と集まるのが早かったな」
目の前にいる三人を見て、権田は呟いた。
現在、彼らは同じフロアにある会議室に容疑者三人を集めていた。実は会議室ではマンションの住人と管理人を交えた集会が行われていたのだが、殺人事件が起こったために解散する運びとなっていたので、空いた部屋を警察でありがたく使わせてもらうことにしたのだ。
「特に、20分前に来て帰った若い男なんかは見つけるのに苦労すると思ったんだが……」
「なんでも、職質にかけられていたらしく、そこをちょうど見つけたわけで……」
「べ、別にやましいことをしてたわけじゃないっスよ」
男が弁明するべく口を開く。
「ただ、だれかにつけられてるような気がしたから、キョロキョロしてただけっス」
破れたジーンズに染められた金髪、耳につけられたピアスと、チャラいオーラ全開の男だったが、口調もチャラチャラした感じが滲み出ていた。
「ってか、なんで俺が呼ばれてるんスか? なんでも、なんかの事件の容疑者として疑われてるらしいっスけど、俺、心当たりなんて全く無いっスよ」
「わ、私もたまたま遺体を見つけただけで、亡くなった方と面識はありませんよ! 私、不動産屋の知り合いなんて一人もいませんし!」
「ちょ、ちょっと待ってよ。私だって何もしていないわ。確かに社長室に入ったけど、殺すなんて、そんなことするわけないじゃない!」
口々に騒ぎ立てる3人に少し嫌な顔をしながら、権田はコホンと咳ばらいをする。
「まあ、取りあえず今回の事件の聴取を始める訳だが……」
「ちょっと待ってください!」
権田の発言を、明が遮った。権田は「なんだ」と不機嫌そうに応える。
「実は、こんなものを作ってみたんですが……ジャジャーン、ウソ発見器!!」
明は効果音を口にすると同時にトランクをパカッと開いた。もちろん、そこに入っているのは出所のアヤシイお札などではなく、彼が作った例のウソ発見器である。
「う、ウソ発見器だと!? そんなものが使えると思ってるのかァ!!」
権田は目をパチパチさせながらも、当たり前の反応をした。その当たり前の反応にむっとした様子の明は、「これ、効果は保証しますよ!」と叫ぶ。
「ほんとなのかい?」
「こればっかりはなんとも……」
なぜか小西に尋ねられた青野は、肩をすくめてみせた。そして、こんなことだったら高堂で実験しておくべきだったと今になって後悔し始める。
「と、とにかく! これで犯人が捕まえられれば儲け物だし、そうじゃなくても事件を解くきっかけくらいは作れるはずなんですよ!! さあさ、さっそく使いましょう!!」
「あ、ちょ!」
権田の静止をものともせず、明は驚いて硬直していた若い男に機械を差し出した。
「な、なんかよくわかんないけど……」
明の気迫に押されたのか、男はヘルメットのような機械をかぶる。
「さ、証言してください!!」
「勝手に仕切るな!」
現場に来てからご機嫌斜めだった権田警部は、明に一喝すると、男に向き直った。
「え、えーっと、話すっスよ? 俺の名前は赤井蒼真っス。ここに来たのは社長に直々にお願いするためで……ああ、新しいマンションの部屋を借りようと思ってたんすけど、どうにも値段が高くて、それでもう少し下げてくれって頼んだんス。まあ、結果は一蹴されて終わったっスけど……」
「社長直々にかね?」
「そうっス。ちょっと面識があったもんで……。で、素直に引き下がって、とぼとぼと帰ってたんスけど、なんか誰かに後を付けられてるような気がしたもんで、キョロキョロとしてたらおまわりに捕まったって訳っスよ。だから、俺は断じて殺してないっス」
蒼真はそう言って話を締めた。
「で、どうなんだ?」
諦めたような表情の権田はナゾの装置と睨めっこしていた明に訊く。明は権田の顔を見ると、震わせていた唇を開いた。
「こ、この人が犯人です!!!!」
「な、何!?」
「はあ!? なんでそうなるっスか!」
驚きと怒りで、蒼真は顔を紅潮させる。
「だって、嘘ついてるじゃないですか! 発見器がビンビンに反応してますよ!!」
「う、嘘なんてついてないっスよ! 余計な言いがかりはやめるっス!」
二人はにらみ合う。その仲立ちをするように、青野が割って入った。
「まあまあ、取りあえず他の二人にも同じことをしてみましょうよ。もしかしたら故障かもしれないですし、それとも何か別の嘘をついてるって可能性もありますしね。これだけで犯人扱いするのはどうかと思いますよ」
蒼真はムッとしたようにしながらも頷くと、頭につけていた機械を隣にいた女に渡した。スーツ姿で長髪の女は、不満気に口をとがらせる。
「え、これ私もやんなきゃダメなの? やだなぁ……こんなチャラい三十路男が付けてたやつを被るの。ねえ、あんたシラミとかいないよね?」
「そ、そんなのいるわけないじゃ無いっスか! 清潔さには気を遣ってるんスよ! 全く、毒舌な姉さんっスね……」
苛立ちを隠せない蒼真に冷めた視線を送りながら、女は嫌々ながらも機械をかぶった。それから、ややきつい赤色の口紅が塗られた唇を開く。
「私の名前は八尾詠美。この会社に勤めてるわ。当然社長と面識があるわね。社長室に入ったのは、社長に少し相談したいことがあったからよ。手短にその話をして、それから直ぐに帰ったわ。別に何もなかったわよ」
「こ、この人も犯人だ!!!!」
明がバンと机をたたいて立ち上がると、詠美をじっと見て叫んだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 私が嘘なんてついてるわけないじゃない!!」
「まあまあ、まだ犯人と決まったわけじゃあありませんから……」
やはり宥めにかかる青野。
「じゃあ、ほら、最後のあなたもやってみましょうよ」
詠美から受け取った機械を、今度は中年男に渡した。
「わかりました……」
「まあ、さすがにあなたまで嘘つきってことはないでしょうけど」
気楽な感じの小西を見て、男は苦笑を返す。それから、機械を頭にかぶった。
「えーとですね、私は大神稔史というもので、今日はこの会議室でやっていたマンションの住民による話し合いに参加するためにこのビルに来ました。で、あの、実は私引っ越してきたばっかりで、初めて話し合いに参加したんですよね。なので、会議室がどこなのかわからず、少し迷っていたら、この部屋の扉が開いているのに気付いたので、恐る恐る中を覗いてみたんです。そしたら、部屋の真ん中に赤い染みがあるのが見えて、それでさらに奥に行ってみたら、男の人が胸を刺されて倒れていたという訳なんです。あ、私はたまたま遺体を発見しただけですし、亡くなった方と面識も一切ございませんので……」
「う、嘘です! あなたも嘘をついていますね!!」
頭にかぶる機械に接続している装置を見ながら、明がまたも叫んだ。
「ちょ、ちょっと冗談は止めてくれよ。私は嘘なんてこれっぽっちもついてないし……」
「というより、もしその機械が言っていることが正しいのだとすれば……」
権田は困惑した顔で三人を見た。
「容疑者三人がみんなで嘘をついていることになるぞ?」




