FILE.57 玉手箱〔解決編〕
*登場人物紹介*
・神田篤也(かんだ‐とくや)
宝永大学四年生。今回の映画の監督を務める。
一年前の話を頑なにしようとしないのだが……。
・河色悠海(かわいろ‐ゆうみ)
宝永大学四年生。凛の姉。今回の映画には役者として参加している。
・河色凛(かわいろ‐りん)
北次学園の高校一年生。小学生に間違えられる容姿を持つ。演劇部所属なので、演技は得意らしい。
・灰矢優翔(はいや‐ゆうと)
宝永大学四年生。今回の劇では主役を務める。
第二の被害者。屋上プールの上にゴムボートで浮かべられ、腹部を刺されて死亡した。
・照真明乃(てらしま‐あきの)
宝永大学四年生。控えめな性格。手先の器用さを生かして小道具や衣装を作っている。
・姫路陽子(ひめじ‐ようこ)
宝永大学四年生。今回はヒロインの乙姫役。少々性格に難あり。
2日目の朝、自室で“浦島太郎”に襲われるところを青野たちに目撃されたが……。
その後、死亡が確認され、第一の事件の犠牲者となった。
・取手映子(とりで‐えいこ)
宝永大学三年生。無駄に高いテンションが特徴。青野たちからはどっかの警部と重ねられたり……。
・恩野快聖(おんの‐かいせい)
宝永大学三年生。カメラが趣味で、今回も撮影役として参加する。体型がタヌキっぽい……らしい。
・大道愛実(たいどう‐つぐみ)
宝永大学二年生。女優として参加する。
・芦原本次郎(あしばら‐ほんじろう)
宝永大学一年生。今年度入ってきた唯一の会員。遅刻魔?
時折険しい表情をすることがあるが……?
・芦原永知(あしばら‐えいち)
本次郎の兄で、篤也の親友。一年前に事故死した。
・浦島太郎
今回の事件の犯人。青野たちの目の前で殺人を繰り広げる。
「ちょっと!! あの問題児二人組はどこ行ったのよ!!」
先ほどまでホテル内を駆け回ってアリバイの裏を取っていた神奈温海は、ロビーをざっと見渡してどこにも青野たちがいないのを確認するや否や、そこでおとなしく待機していた篤也たちに向かってそう言った。
「いやあ……なんか調査をするとか言ってすぐにいなくなっちゃいましたけど……」
言いながら、篤也は問題児扱いされてしまった大山のことを哀れに思う。
「まったく……あんなに注意したのに聞かないなんて、信じられないわ」
疲れて寿命が縮みそうだなんてことを考えながら、彼女は頭を抱えた。
「ああ、そう言えば僕の部屋を使わせて欲しいとも言っていましたよ」
「はい? なんであなたの部屋を……。確かに、現場の一つ下の部屋だけど、まさかそこでトリックの実演なんて……」
「あ、そのつもりですよ」
「ひゃい!?」後ろから肩をたたかれて、温海は奇妙な声を上げる。肩をたたいたのは、うっすらとした笑顔を浮かべている大山だ。
「そ、そのつもりって……は、犯人が分かったっていうの!?」
「ええ」大山は事も無げに頷いた。それを聞いて、ぼんやりとソファに腰掛けていたサークルメンバーたちが、一斉に彼の方へ期待と懐疑が交じった視線を向ける。
「でも、二つの事件にはアリバイがあったんじゃないんですか? 姫路さんが殺された午前六時、私たちは全員が完璧なアリバイを持っていたはずですよね?」
「愛実ちゃんの言うとおりだよ。それに、第二の事件だって、結局僕たちに犯行は不可能だったんだよね?」
愛実の言葉に被せて、快聖が大山に問いかけた。大山はそれに静かに首を振って答える。
「いいえ。第二の事件は、この中にいる誰にでも実行することができるんです」
「なんか探偵っぽく断言してるとこ悪いんだけど……第二の事件のアリバイは結局全員分立証されたのよ?」
温海刑事は大山に向かってそう言うと、自分の手帳をぱらぱらとめくって話し始めた。
「遺体が発見されたのが12時15分少し前で、その15分前の12時丁度に神田さん、照真さん、恩野さんの3人が屋上プールに行ったときにはまだ遺体がなかった。ということは、この15分の間に犯人は殺害した灰矢さんをプールに浮かべたことになる――これはさっき君が言ってたことよね? それで、遺体がないのを確認した神田さんたち3人はずっと一緒にいたんだからアリバイが成立するし、河色さんは11時半からあなたたちのお友達の――」
「いえ、可愛い後輩です」
「あ、そ、そうなの。そのー、まあ後輩ちゃんたちとずっと一緒にいたからアリバイ成立。で、大道さんと取手さん、芦原さんの3人は11時半に食堂に入るところが防犯カメラに映っており、芦原さんが12時3分に、あとの二人が12時19分に食堂を出るところが映っていたわ。12時からの15分間のアリバイがしっかりとしている大道さんと取手さんはもちろん、芦原さんもその後すぐにあなたたちに会っているんだから、遺体を流すことは不可能よね」
軽く問いかけるようにして、温海は大山を見た。それに「ええ」と頷く大山。
「しかし、もし遺体が最初にプールを確認した時点で屋上プールに用意されていたのだとしたら、必要なアリバイは例の15分間ではなくなるんですよ」
「はいぃ?」
「えーっと……言ってる意味が分からないんだけど」
悠海は首を傾げる。
「確か、死亡推定時刻は11時15分から11時45分の間でしたよね。それがちょっと引っかかっていたんですよ。遺体をゴムボートに浮かべて流したのは最低でも12時過ぎ。つまり、犯人はわざわざ殺してから15分以上も待ったうえで、遺体をプールに流したんですよ? なんでそんなことをする必要があるのでしょうか」
「確かにそうだね。なんでなんだろ……」
「簡単なことですよ、神田さん。犯人は待たなくてはならなかったんです」
「待たなければって……どういう意味です?」
本次郎が難しそうに顔をしかめるのを見て、大山は話を続けた。
「厳密には、15分間が必要だったんです。トリックを実行するためにね」
「トリック、ですか」と明乃。
「ええ。とっても簡単で、なおかつかなりゴリ押しなトリックです。まず、予め灰矢さんをプールに呼び出して刀で刺殺。それから、遺体をゴムボートに乗せます。次に、現場にあるシャワー室の扉の蝶番をドライバーで外してドアを外し、室内の排水溝をガムテープで塞いだのち、中にゴムボートごと遺体を入れる。それから、外した扉の側面に水溶性のテープを丸めて貼り付け、扉を元の位置に戻します。で、そしたらプールに備え付けられている蛇口にホースをつなぎ、ホースの端をプールの扉の下についている通気口にねじ込みます。後は水を流すだけでOK! そのままプールを出てしまえば、あとは水が室内に溜まっていくにつれてドアをとめていたテープが水に溶け、水位がある程度の高さまで達したところで、扉は外れ、そのまま水の流れに従って独りでにプール内にボートが流れ出されるというわけですよ」
「うーんと……わかったようなわかってないような……」
大山の長々しい説明に眉を寄せて考え込む映子。
「まあ、百聞は一見にしかずってわけで、実際に実験してみました。これがその動画ですけど……ホースから送り込む水の量を上手く調節すれば、10分で――ほら、こんな風に扉が外れて、ボートが流されてくるんですよ。水の強弱を調整すれば、もう少し遅めることも十分できますし。それに、このトリックの最大の利点は近くに行ってしっかりと見ないと気付きにくいという点にあるんですよ」
「でも、通気口にホースが突っ込まれてたんだったら、遠目からでも気づくんじゃ……」
本次郎が少し不安そうにして呟く。大山は目をつむって首を横に振ると、
「その心配はありません。なぜなら、シャワー室はプールの床よりも階段五段分低くなっているからです。通気口は扉の足元につけることが多いですし、現に現場の扉もそうでしたから、入り口から見回しただけでは、段差が死角を作って、ホースに気付くことすらできないというわけですよ。
あ、ちなみに、発見した時にゴムボートが中央からやや奥側に浮かんでいましたけど、これもシャワー室から流れてきたということを裏付けられますね」
「なるほど……って、あんた何時この実験したのよ!!」
「もちろん、刑事さんがこのホテルの中を奔走していたころですね。鑑識さんにちゃんと許可取っておきましたから」
「そーゆー問題じゃなぁーい!!」
温海に怒鳴られた大山は、ビクッとしてスマートフォンを取り落しそうになる。
「ま、まあ、とにかくこれでわかったでしょう。第二の事件のアリバイはだいたい11時15分前後から12時までの広い範囲に及んでいると。つまり、この場にいる誰もが犯行可能というわけですよ。
さて、そろそろ次の場所に移動しましょうか。ほら、皆さん行きますよ!」
大山は怪訝そうな顔つきの皆を引き連れて、北館の方へと歩いていく。そして、いつの間にか到着していたエレベーターに乗り込むと、温海とサークルメンバー達を乗るように促した。全員が乗ると、少し広めのエレベーターも窮屈に感じられる。
大山は7階のボタンを押して、閉ボタンを押すと、思い出したように口を開いた。
「ああ、そうだ。恐らく今回の事件で、犯人は予め用意した屋上プールの合鍵を使ったんだと思います。というのも、犯行直前にプールの鍵を借りてしまうとフロントの人に顔を覚えられてしまう可能性があるからです。たぶん、合鍵を作る準備をしたのは一か月前にここに来た時。自由時間とかにこっそり鍵を借りたのかもしれませんし、もしかしたら屋上から海を撮影していたかもしれませんね。まあ、今どきネットで調べれば簡易な合鍵の作り方とかも載ってますし、さほど苦労はしなかったと思いますよ。――さあ、到着しました!」
話が長かったので、エレベーターを降りてからも一人で話し続ける大山。結局、目的地――青野たちが犯行を目撃した廊下の一階下で、篤也の部屋の向かい側――に着くまで、その話は終わらなかった。
「……で、ここに来て何をするのかしら」
「まさか、あの時を再現するつもりなのかい?」
悠海と快聖の言葉に、大山はしっかりと頷くと、目の前の窓を指さした。
「さあ、ここから向かいの部屋をご覧ください! あそこに誰かいるのが見えますか?」
「えーっと……あれは、君のお友達の……」
「後輩です」
「あ、ハイ。後輩の青野くんでは?」
明乃が目を凝らして呟く。彼らの視線の先には、篤也の部屋の窓からこちらを眺める青野の姿があった。
「……それで、これが何になるっていうんですか?」
「そりゃもちろん、トリックの実演でしょう」
愛実の呟きに、先ほどまでなかった声が答えた。
「なるほどー、実演かぁ……って、えええええっ!?」
映子が目を丸くして、その人物を見る。
「な、なんで!? まさか、瞬間移動!? それとも影分身!?」
「なわけないでしょう。まあ、予想通りのリアクション、ありがとうございました」
そこにいたのは、先ほどまで向かいの部屋にいた青野だった。篤也がその姿をまじまじと見つめて、驚きに震えた声を絞り出す。
「でも、こんな瞬時に移動して来るなんて、一体どうやって……」
「別に、移動したわけではありませんよ? ってゆうか、あなた方が窓の外にくぎ付けになっている時から、僕ここに立ってましたけど」
「は、はいっ!?」
「その通りです。ほら刑事さん、窓の外をご覧ください」
窓の脇に立った大山が、再び窓を指さす。その様はバスガイドのようだ。
「うーんと……。ありゃ、あっちに青野君。こっちにも青野君。ど、どーなってるんですかッ!」
キョロキョロと窓と青野を交互に見た本次郎は、頭を抱えて絶叫する。
「簡単なことよ、本次郎クン……。やっぱり彼はエスパーで、影分身を使ったのよッ!!!!!」
「だからんなわけないですって……」呆れた面持ちで、興奮して叫ぶ(!?)映子を見る青野。
「な、なるほどッ!!! あなたが超能力者でしたか!!!!!」
なぜか映子の説明を真に受けた本次郎に異質なものを崇めるような奇異な目つきで見られた青野は、はぁと顔を伏せて嘆息する。それから、携帯電話を取り出すと、どこかへと電話を発信した。
「そんなんじゃありませんから。僕はフツーの高校生ですよ!」
「いや、青野くんは普通ではないと思うな」
大山の的確なツッコミにふんと鼻を鳴らした青野は、繋がった電話口に向かって、
「もーいいよ。片付けちゃって」
「片付ける? どういうことなの?」
「まあまあ、窓の外をもう一回ご覧ください」
小首を傾げる悠海に対し、大山はみたび窓の外を指さした。篤也はそれを見て首をひねる。
「うーむ、特に何か変わったことがあるようには見えないんだけど……ってあれ? いきなり黒くなった!?」
「まさか、エスパーを使って闇に飲み込ませたんじゃ!!!」
「そ、そんな力がァッ!?」
「ちょっと黙っててください!!!!!!」
堪忍袋の緒が切れたのか、青野は彼を崇めたてるような目で見る2人を怒鳴りつける。その様子を、呆れた目で見る一同。
「いいですか? 大事なことなのでちゃんと見るんですよ」
そう言って、青野は皆の視線を再び窓の外へと促す。
「いきなり窓の向こう側が真っ黒になってたけど、一体どういうことなのかな? ――あ」
快聖が口をあんぐりと開けた。先ほどまで黒く染まっていた向かいの部屋は、再び元の室内に戻った。その過程を見て、口もとに手を当てながら、愛実もぼそりと呟く。
「あれって、もしかして……」
「テレビ? テレビなの!?」
確認するように言葉を繰り返す温海に、青野は頷いて見せた。
「その通りです。予め向こうで撮っておいた僕の写真を、部屋の大型テレビに映し出し、それを窓に当てがってたんですよ。さっき真っ暗になったのはエスパーでも何でもなく、ただ単にテレビの電源を落としただけですから。それで、それを向こうにいる美月たちに片付けてもらったんですよ」
青野は後半をかなり強調して言う。それを聞いた映子と本次郎は、
「なーんだ」「そーだったのかー」「エスパーじゃないんだー」「エスパーなんてなかった……」
と呟いていた。
「コホン。とりあえず、これではっきりしたでしょう。今は時間がなかったので写真でやりましたけど、犯人はこれを動画で実行したんです。まず、姫路さんを斬殺する動画を撮影。これはおそらく5時半ごろにはもう実行していたことでしょう。続いて、動画をテレビに繋いで流し、6時丁度に呼び出しておいた僕らに見せて本当の犯行が行われたと錯覚させる。それから、遺体を発見すれば、完璧なアリバイを持ったまま容疑者から外れられるというわけです。ちなみに、現場のカーテンが半分閉まっていたのは録画だということを誤魔化すためです。大型のテレビとはいえ、せいぜい窓1枚分くらいですから、隠さないで流した場合に遠近感などがズレてしまい、簡単にトリックに気付かれてしまいますから……」
「あ、あのー、ちょっといいかい?」篤也が青野の説明を遮る。
「今の話だと、犯人は6時丁度にテレビを押さえていないといけないんじゃないのかな。その後にテレビをもとの位置に片付ける作業もあるし……結局6時前後のアリバイが完璧な僕らにそんなことは不可能なんじゃ……」
「ええ、そうですね。でも、姫路さんを殺害しながらだと出来なくても、テレビを押さえながらなら出来ることってたくさんあるんですよ? 例えば、ケータイを操作したり、飲み物を飲んだり、それから――電話をしたりね」
青野は口を閉じて話をいったん区切る。
「で、電話? って、まさか……」
篤也の言葉に伴うようにして、皆が彼女の方を見た。
「ええ、犯行時刻に電話をしていたと主張していた照真明乃さん。犯人はあなた以外、ありえないんですよ」
青野の言葉に顔を歪める明乃。それを見て、青野と大山は不敵な笑みを浮かべる。
「そ、そんな、明乃が、犯人……?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。確かに私は電話をしていましたけど、なんで私だけなんですか?」
「まず、ずっとロビーにいた神田さんと悠海さんは犯人ではないでしょう。それから、どこかの誰かによる尊い犠牲のおかげで大道さんと取手さんも現場に行くこと自体が不可能なことが立証されています」
尊い犠牲をこうむった“どこかの誰か”はコホンと咳払いをする。
「で、僕たちが犯行現場を目撃した直後に自室から出てきた恩野さんにも犯行は不可能。さらに、ジロー君こと芦原さんも5時55分にエレベーターに乗って1階へと行っており、その足で階段を上って姫路さんの部屋に行くことは時間的に無理があります。よって、残るはあなたしか居ないというわけです、照真さん」
明乃は顔を伏せる。そんな彼女を見ながらも、篤也が青野に対して疑問を呈した。
「でも、問題の動画はどうやって撮ったんだ? まさか『これから殺しますから動画に撮られてください』だなんて言えるわけないし……。それに、どうやって陽子に衣装を着せたんだい?」
「それなら簡単な話ですよ。前日に『直したいところがあるから衣装を貸してほしい』とでも言って彼女から乙姫の衣装をもらえばいいんです。それで、犯行前にヒラメの衣装を持って彼女の元へ行き、出来栄えを確かめたいから着てみて欲しいと言って彼女に着てもらう。衣装を全て担っている照真さんの言葉なら、姫路さんも何ら疑うこともなしに衣装を着てしまうでしょうから。それに、乙姫とヒラメの衣装はよく似ていてなかなか見分けがつかない。予め衣装に手直しをすると言われていれば、まさか衣装自体がすり替えられているとは思わないでしょう」
「あとは僕たちの想像の範囲ですけど、姫路さんに衣装を着てもらった後、自らも浦島太郎に扮し、三脚に乗せたカメラで動画を撮ろうと持ちかけたのではないでしょうか。それに姫路さんが食いつくと見越して……。彼女の同意さえ取ってしまえば、あとは刀を抜いて斬殺するだけですから、造作もないはずです。
ちなみに、窓のそばには簡易な机が置いてあったので、大した力もいらずにテレビを押さえることができたんだと思いますよ。あと、恩野さんが言ってましたけど、照真さん、あなた、結構高画質なカメラを持っているらしいですね。それなら、映像を用いて少し離れたところから犯行を目撃した僕らを騙すことぐらい簡単にできそうです」
青野の言葉を継いで、大山も考えを述べる。彼らの発言に、一同は圧倒されたように黙り込んだ。そんな中、愛実が明乃を弁護するように口を開く。
「でも、今のは全て状況証拠。照真先輩がやったなんて物的証拠、どこにもありませんよね?」
「ええ、今のところは。しかし、警察に頼んで調べてもらえばゴロゴロ出てくると思いますよ? 例えば、姫路さんから預かった乙姫の衣装とか、返り血付きの浦島太郎の衣装とかね。警察の目が光っている中、迂闊に捨てに行くこともできなかったでしょうし」
「でも、そんなのまだ出てきてませんよね!? なのに犯人扱いなんて……」
「いいのよ、愛実ちゃん。私には、あなたに庇われる資格なんてないんだから」
その言葉に、先ほどまで擁護していた愛実、そして、サークルのメンバーや温海刑事も驚き、そして気まずそうな顔をする。
「それにしても、上手くいったと思ったんだけどな……。どうしてトリックに気付いたんですか?」
「影、ですよ」青野は淀みなく言った。それから、携帯電話のアルバムを開くと、それを明乃に見せるようにした。
「これが犯行時を撮った動画で、こっちが現場についてからもう一度撮った写真なんですけど、最初の動画には影が足元にちらつく程度だったのに対し、現場で撮った写真の影は長く伸びています。僕たちが移動するのにかかった時間は15分程度だったので、ここまで長くなっているのは不自然です。それでわかったんですよ。僕たちが目撃した犯行は、実際にはもっと前に行われていたんじゃないかとね。
あとまあ、現場の温度が妙に暑かったのも引っかかってました。もし直前に殺されたのだとしたら、それまで冷房をつけていたはず。なら、あんなに部屋に熱気が溜まるなんてことはないと思ったんですよ」
「なるほど。色々とミスしちゃってたんですね」
「な、なんでこんなことをしたんだよ」
少し自嘲的に笑う明乃に、篤也が困惑した表情で尋ねる。
「もちろん、仇を討つためですよ。一年前に死んだ、永知君の……」
「仇って……兄さん、まさかあの二人に!?」
「ええ。彼は彼の才能を妬んだ灰矢君と、彼に酷い振られ方をして怒ってた陽子に殺されたんです」
「でも、あの時の芦原先輩、どこからどう見ても事故でしたよね。なのになんで殺人だなんて……」
快聖のその言葉に、明乃は伏せがちだった顔をしっかりと上げて、彼女には似つかない歪んだ笑みを浮かべて言い放った。
「確かに、私もそう思っていましたよ。でも、聞いちゃったんです……事故の数日後、あの二人が話しているのを……」
「話、ですか」愛実が相槌を打つ。
「ええ。あの二人の、身の毛のよだつ会話をね……!」
*
あれはそう、永知さんが転落した事故の数日後、私たちが警察から解放されて帰路についたときだった。私たちは団体だったが、彼の死に皆が落胆していたようで、自然と各々が別々に帰っていくことになっていた。そんな中、私はホテルに忘れ物をしたことに気が付き、重いトランクを片手で引いて、よれよれと来た道を歩いて行った。その時だ。ホテルの建物の陰で、聞き覚えのある女性の声がしたのは。
「ねえ、ホントに大丈夫なの!? 私、まさか死ぬだなんて思ってなかったんだけど!」
それは私の同級生である陽子の声だった。そこに、これまた聞き覚えのある、今度は男性の声が被さる。
「大丈夫だって。どーせ死体も揚がんないだろうし……それにお前、アイツに振られてマジで切れてたじゃん。あんな奴死んじまえ! とかって言ってなかったか?」
「そ、それとこれとは話が別でしょ!?」
声の男は灰矢君だった。
「まあ、俺とお前は一蓮托生。黙っていれば絶対ばれないから! …………でもよー、ホントびっくりだよなぁ。こっそり睡眠薬飲ませただけで、あんなにコロッと逝ってくれたんだから……。てか、よくよく考えれば俺って何もして無くね? 確かに睡眠薬盛っちゃったけどさ、実際にアイツを突き落としたわけじゃないし……」
「でも、殺したいって思ってたんだったら、未必の故意が認められて有罪にされちゃうかも……」
「ばーか、人の心の内なんてわかるわけないだろ。もし咎められたとしても、立証なんて出来ずに俺は無罪放免ってか! マジでラッキーじゃん。自分の手を汚すこともなく、目障りなやつが勝手に消えてくれてさぁ!!」
私はその言葉に、思わず荷物を取り落した。向こうに音が聞こえたのではないかと思ってドキリとしたが、そんなことは全くなく、恍惚とした表情で語る灰矢君と、少し怯えながらも何も言えずにいる陽子が話を続けていた。
「前々から腹が立ってたんだよ。頭もいいし、顔もいいし、おまけに女子の人気も高いときた。はっきり言ってさ、さっさと消えてくれないかって思ってたんだよね。ホント、俺って運いいわぁ」
そして、私は思った。――殺してやりたいと。
*
「そん、な……。優翔がそんなことを……」
親友の死の真相を聞かされ、呆然とする篤也。彼はただ譫言のように、ぶつぶつと同じフレーズを繰り返している。
「あ、兄の死を……灰矢先輩がそんなふうに言っていたなんて……」
「ええ。私も聞いた時は耳を疑いましたよ。自慢げに語る灰矢君の表情が、まるで悪魔そのものだったんですからねぇ」
明乃はほっと溜息を吐くと、そのまま話を続けた。
「だから殺したんですよ。主役をもらえて有頂天になっていたところから、どん底に突き落とすために……そう、彼が海に落ちた時のようにね。だから、敢えて彼の遺品のカメラを使いましたけど、結局探偵さんたちにみんな暴かれちゃいました」
「あ、あのカメラって芦原先輩の物だったんですか」
「そ、それじゃあ私のカメラと同じ……!」
「ええ。映子ちゃんと同じように、永知君からもらったのよ。そういえば、その時からだったかな……。彼の事を好きになっちゃったの……」
彼女は再び表情を暗くし、静かに顔を落とす。
「だから、わざわざ一年前の作品に見立てて殺したのね。そうなんでしょう?」
悠海の言葉に、明乃は静かに頷いた。そして、そのまま俯く。涙をこらえているのか、下唇を噛んで、微かに震わせていた。
「でも……」ひと時の静寂を破るようにして、愛実がぼそりと口を開いた。
「でも、先輩はこんなこと、しちゃいけなかったと思います……。芦原先輩のことが好きだったなら、なおさらに……。だって、先輩は自分の中で、既に芦原先輩を殺してしまったんですから。彼が死んでしまったと諦めてしまわなければ、まだ生きていると希望を持っていれば、こんなことなんてしなかったのではないでしょうか……」
「ふふっ……そう言う言葉、ずっと前にかけて欲しかったですよ……」
彼女は静かに呟く。目じりからは堪えきれなかった涙が幾筋も流れ落ちていた。
「自分で言うのもなんですが、私はとても大きな玉手箱を開けてしまったようですね……。一人では背負い込めない、決して開けてはならない箱のふたを……」
明乃はそれから黙り込む。そして、再び静寂に包まれる中、彼女の押し殺された嗚咽が響き渡り、何とも言えない空気を醸すのだった。
◇
「っていうかさ、私たち、三人でテレビ押さえただけで終わってない?」
美月がやや不満げにしながらぼやく。
事件が無事解決し、部屋に戻って一段落した彼らは、事後報告兼反省兼雑談会を行っていた。
「まあ、裏方を侮るべからず。皆の手伝いが無かったら、あんなに驚かせられなかっただろうし」
「はた迷惑ですよ。おかげでちょっと面倒くさそうな二人からエスパー疑惑かけられたじゃないですか」
青野はそう言って、口をとがらせた。
「え、何それ面白そうなんだけど」
「もっと聞かせてよ~」
ププッと言いながら口に手を当てる柚希と凛。
「小学生に馬鹿にされるとか結構屈辱なんだけど」
「だから、私はあんたと同じ学年なんだから!」
青野が真顔でした発言に、凛はいきり立った。
「まあまあ。それにしても、照真さん、穏やかそうな人だったのにね……」
美月が彼らを宥めながらも、少し視線を落として呟いた。それに、柚希が応じる。
「まあ、人は見かけによらないっていうし。てか、灰矢さんの裏がどす黒過ぎてビックリなんだけど」
「まー、僕は亀仲間とか言われた時から悪い奴だと思ってたけどね!」
「あんた根に持ちすぎでしょ……」青野がそれこそブラックな笑みを口もとに湛えながら言ったのに対し、柚希が呆れた声を上げる。
「いやぁ、僕は心が広いからねぇ。そんなことで怒ったりなんてしないからさ」
「どの口が言っているんだい、青野くん。僕、君の将来がちょっと不安だよ?」
「先輩にとやかく言われる筋合いはありませんからね」
「はぁ……」大山は大きく嘆息。今回の事件で青野からの被害を盛大に被った彼は、後輩の未来について真面目に大丈夫かと案ずる。
「それにしても、もうすっかり夕焼け空になってるね」
美月がおもむろに立ち上がり、窓の外を眺めて言う。
「ほんとだ。おっと、ホテルの影が向こうの砂浜にかかってるよ」
青野も手を額にかざして、遠い海を眺める。海は東にあるので、夕日が沈むさまは見れなかったが、それでも夕焼け空が青い海によく映えていた。
それにしても、濃くて重い一日だったな――と青野は思う。こんなに重たい一日はもう勘弁してほしいと思いながらも、また事件に巻き込まれてしまうのではないかという気乗りのしないことを、青野は一人考えていた。
「I'm a king of this room!!」
とある男子中学生の、とてつもなくくだらない叫び――。
「ねえ、クッキー、食べて行かない?」
「もちろん行かせていただきますッ!!!」
甘いバターの香りにひれ伏すとある男子中学生!?
しかし、バターの香りがよんだのは彼だけではないようで……。
次回! CASE16 調理室の不可能犯罪!?
FILE.58 高堂、鬼の居ぬ間に洗濯す
Next hint
・牛乳瓶




