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探偵青野優紀の事件簿  作者: 南後りむ
CASE15 浦島太郎の殺人脚本《シナリオ》
54/62

FILE.53 乙姫

「ね! お願い!」

 北次学園の昇降口。自分の下足入れの中にある革靴に手をかける美月に、茶色がかった髪をツインテールにした少女が両手をあわせて頼み込んだ。頭を下げているためか、もとから低そうな身長がさらに低く見える。

「お願いって言われても……。私、演技なんてやったことないし……」

「大丈夫! 台詞のある大事な役は当事者達でやってくれるから、美月達は後ろで言う通りにしていればいいの!」

「ほら、そういうことなんだから、安心して参加しようよ。凛のお姉ちゃんが所属しているって言う映画サークルの人達を助けると思ってさ!」

 美月の肩に手をおいて、柚希が凛――河色凛かわいろりんの頼みを後押しする。

「うーん、そこまでいうなら……」

「やったぁ! ありがとー、ほんと助かったよ」

 美月は、若干語尾を濁らせながらも承諾する。それを聞いた凛は、顔をぱあっと明るくさせて、まるで子供のように跳び跳ねて喜んだ。……容姿とあわせて、本当に小学生くらいに見えてしまう。これで赤いランドセルでも背負っていれば小学生といってもばれないんじゃないだろうか。

「これで女子の方は全部揃ったよ。後は男子が二人なんだけど……」

「ああ、それならちょうどいいのが約3名ほどいるから、そこから二人選べばオーケーでしょ!」

 柚希はにんまりと笑って凛に親指をたてる。美月も靴を履きながら頷いた。

「そうね。演技をするんだったら不安だけど、ただ置いておくだけなら大丈夫かもね」

「え、扱いひどくないですかー?」

「気にしない、気にしない!」

 美月の言葉に、目を点にさせて応じる凛。そんな彼女の背中を美月は押すと、軽い足取りで昇降口を後にした。行き先は勿論――――小説部の部室である。



  ◇



「あー、めんどくせー。ねえ帰ろうよー。今なら午前中の内に家に着ける筈だからさー」

 ロングシートの端っこに腰かけて、少年が口を尖らせる。声の主は、勿論青野である。

「ちょっと……凛のお姉さんとかサークルの人とかもいるんだから、そういうことは言わないでよ!」

 ほんと空気読めないんだから……とため息を吐く美月に、もう一人の青年――大山が慰めの声をかける。

「まあまあ、安定の青野くんクオリティーってことでいいんじゃない?」

「いや、よくないよね」

 柚希が的確にツッコミを入れると、隣に座る凛がクスリと笑う。

「うん? どうしたの、凛」

「いや、なんか賑やかだなーって」

「そうね、見ていて楽しいわ」

 凛に同調してきたのが、彼女の姉である河色悠海かわいろゆうみだ。彼女は凛と違って普通よりちょっと高めな身長で、低く見積もっても170センチメートルはあるのではないかというくらいだ。髪も結構伸びていて、大体腰の上辺りにかかっている。姉妹で実に対照的な容姿である。

「にしても、達志っちのヤロー、なんで部室にいなかったんだろうなー」

「ああ、美月とか柚希とかが来る直前に、『ゾクッ!』とか言いながら慌てて逃げていったよ」

 青野はさも不機嫌そうにぼやいた。それを聞いた柚希は、「逃げたか、アイツ!」と憤慨する。それを美月が宥めて、

「まあまあ。でも、高堂くんの危険予知能力って、日に日に上がってない?」

「犯罪者向きの便利な能力だなぁ」

「やっぱり素質があるのかも……」

 本人がいないところで言いたい放題の高一3人組。そんな彼らを乗せて、電車はカタコトと音をたてて走っていった。


  *


 それからおよそ二時間ほどあと。単線の電車に乗り換えた彼らは、海沿いのとある駅にて下車していた。駅を出て少しいくと、白い砂浜があたり一面に広がっていて、その砂に波がザバーッと押し寄せている。美月、柚希、凛の3人は、その場に荷物を投げ捨て、はしゃいだように駆け出すと、砂の海目掛けて飛び込んだ。

「うわあっ! 綺麗ね、美月!」

 凛の喜びようをみると、やはり彼女は小学生ではないのかと錯覚してしまう。

「そうね、ほんとに来てよかったわ」

「ねー! 三泊四日でこんなにいいところに来られるなんてラッキーだったね!」

 さも嬉しそうにして、元気に言う柚希。もちろん、三泊四日はタダではないのだが、凛の姉たちを手伝うだけで泊まれると思えば安いものだ。

「こらこら、はしゃがないの。遊ぶのは最終日に時間が余ったらね。さあ、荷物をホテルまで運ぶわよ? 映子えいこちゃん、行きましょ」

 悠海は両手を後ろ手に握りながら、彼女たちの方へ歩いていった。それから、後ろを振り向いて、“映子ちゃん”と呼ばれた女性を見る。

「はーい! 先輩、早くいきましょ! 助っ人君たちも早くぅ!」

「は、はい!」

 映子の謎すぎるハイテンションに押され、大山は思わず返事をしてしまった。

「あはは、テンション高いよね~。私もついてけないことが多いんだよ」

 悠海が苦笑をしながら言う。それから、はたと気がついたようにして、

「紹介が遅れてたね。彼女は取手映子とりでえいこ。私の1つ下の、3年生よ」

「ごしょーかいにあずかりました! 宝永大学3年生の取手映子です! これから4日間、仲良くヨロシク!」

 元気に胸を張る映子。薄い水色のTシャツに、ミディアムの髪にとめられたピンクの花を模した髪留め。高すぎるテンションも加えて、凛とは別の方向で小学生に見えてしまう。

「なんかこんな感じの人を最近見た気がする……」

「奇遇ですね、先輩。僕もある人物のことを頭に思い描いていたところですよ」

 名前こそ言わないが、二人の脳裏には埼玉県警の某警部・・のドヤ顔がありありと浮かんでいた。

「まあ、彼女の頭があの人レベルではなかったらいいんですがね」

「な、何話してるの!? なんか貶されてたよね!? 初対面でいきなりこの扱いって酷くない!?」

「いや、あなたのそのテンションが問題だと思うんだけど……」

 困惑したように言った映子に、悠海が呆れ顔で突っ込む。きょとんとしているところをみると、どうやらこのテンションは無自覚らしい。

「まあ、とにかくいきましょう。ほら、すぐそこに見えるホテルよ」

 悠海が指差した先には、八階建てのらくだ色の建物がそびえたっていた。

「おー、大きいですね」

 戻ってきた美月が、おでこに手をかざして言う。

「あの裏にもう一つ建物があるのよ。あれが北館で、奥にあるのが南館っていうの」

「ほへー、建物が二つに分かれてるんですね」

 悠海の説明に、柚希が相槌を打った。

「南館の屋上にはプールもあったわね」

「あれ、あのプールってまだ使われてたんですか? 新しいちょーでっかいのがホテルのすぐ隣にオープンしたとか聞いてるんですけど」

「あのプール?」と青野。

「ええ、南館の屋上に小学校にあるような50メートルのプールがあったの。シャワー室とかもあったんだけど、本当にそこだけ小学校から引っ張ってきたみたいだったわよ」

「あー、地獄のシャワーとか呼ばれてるあの超冷たいやつか!」

「懐かしいね」

 一人合点がいったように柚希は手をたたく。大山もそれに心当たりがあると頷いた。

「凛とか似合いそうだね」

「ちょっと美月! どういう意味よ!」

「だからそのまんまだって~」とにやける美月を尻目に、青野は悠海達に問いかける。

「それにしても、お詳しいですね。前にも来たことがあるんですか?」

「え? あ、まあ、そうね」

 悠海は曖昧に返す。映子もなぜか黙って視線を落としていた。

「あのー、どうかされましたか?」

「うん? なんでもないよ。ほら、早く行こー!」

 妙に空回りしたテンションで、映子は右手を突き出して前に進む。それに、少し気まずそうな顔をした悠海が続き、頭に疑問符を浮かべた青野も直ぐ後を歩く。最後には、景色を眺めながら歩く大山と、騒がしい女子高生三人組が歩いて行った。


  ◇



「んじゃあ、君たちが今日の助っ人さんだね?」

 ホテルのロビーで、若い男が青野たちに向かって確認する。彼らはそれに軽く頷いて答えた。

「今日は来てくれてありがとう。今、だいたい集まったところなんだが、見ての通り人数が少なくてね。本当に助かるよ」

 そう言ってお辞儀をしてから、彼はまた口を開く。

「僕の名前は神田篤也かんだとくや。宝永大学の四年生で、今回の映画では監督を務めさせてもらってるよ。四日間、よろしくね」

 篤也は言い終えると、隣のソファに腰掛けていた女性にちらと目配せをする。女はすぐに気付くと、

「反時計回りで自己紹介かしら? じゃああたしがやるわね」

 と言って立ち上がった。その拍子に、肩甲骨辺りまで伸びている髪の毛がさらりと揺らされる。

「あたしは姫路陽子ひめじようこ、篤也君と同じく四年生よ。今回はヒロインをやることになってるわ」

 陽子は少し得意げに言うと、かけていたサングラスを上にずらした。

「えーと、反時計回りだと次は私ですか? 私は照真明乃てらしまあきのといいます。お二人と同じ四年生です。こんな性格なので演技とかあまり向いていなくて、専ら小道具とかに専念してたりしますけど、どうかよろしくおねがいします」

 明乃は控えめな声量で言い切る。薄いフレームの眼鏡の内側にある瞳には、常に申し訳なさそうな色が入っているようだ。

 そんな彼女とは対照的に、海を見てはしゃぐ子供のようなテンションで、映子が自己紹介をせんと席を立った。

「はーい、ウチは取手映子! さっきも自己紹介したけど念のためね! 今日からヨ・ロ・ピ・ク☆」

「……なんかいつもより輪にかけてテンションが高いな」

「元気ね~」

 緑色のTシャツを着た長身の男が呆れたように言う。それに頷いたのは陽子だ。彼女は面白そうにクスクスと笑っている。

「まあ、順番的に次は俺の番だな。俺は灰矢優翔はいやゆうと、大学四年だ。今回は主役をすることになってる。あー、他に話すことは……。そうだな、ちっさいころから演技が好きだったから主役に抜擢されて嬉しいってトコロか? まあ、あとはおいおい話してくことにするか」

 長身の男――優翔が頭を掻きながら言った。

「んじゃ、次は私。大道愛実たいどうつぐみ、二年生です。灰矢先輩と同じく、幼いころから演劇とかが好きでした。趣味は読書です。これからよろしくお願いします」

 愛実と名乗った彼女は、薄桃色のパーカーをヒラヒラさせてお辞儀した。

 その彼女の隣で、カメラを首から下げた小太りの男が口を開いた。その見た目は、“タヌキ”と形容するとしっくり来る。

「僕は恩野快聖おんのかいせい。宝永大学3年生だよ。昔から機械とかが好きで、特にカメラには拘りがあるんだ。だから、このサークルではカメラマンとして活躍させてもらってるよ。どうぞよろしくね」

 快聖は高そうなカメラを手で持ちながら、少し嬉しそうに目を細めた。

「んで、私が河色悠海、凛の姉よ。来るまでに自己紹介したから、これ以上は要らないわよね?

 じゃ、今度はあなたたちの自己紹介をお願い」

 悠海に言われて、青野たちは顔を見合わせる。それから、大山が前を向いて、

「じゃあ、年長者の僕から。大学生の皆さんに僕が年長者って言うのもおかしなものですけどね。

 僕は大山朝洋、高校の二年生です。演技とかはド素人ですけど、足を引っ張らないように頑張ります」

「んじゃ、次は私ね~。私は木島柚希、北次学園の高校一年生です。少しでもお役にたてたら嬉しいです!」

 柚希はそう言ってから、隣の美月の肩を叩く。

「あ、あの、私は小林美月といって、柚希と同じく高校一年生です。演劇とかはあまり観ないんですけど、読書が好きなので、どうかよろしくお願いします!」

 緊張に弱いのか、最後の方はテンパって早口で捲し立てる。凛はそれを見てニヤニヤとしながら、自分の胸に手を当てて言った。

「私の名前は河色凛、悠海ねえの妹です。よく小学生とか言われますけど、美月たちと同じ高校一年生です。学校では演劇部に所属しているので、少なくとも隣でテンパってる彼女よりは頑張れると思いますよ?」

「ちょっと、凛!」

 恥ずかしそうに顔を赤くする美月。それを見て、篤也が楽しそうに笑みを浮かべて、

「楽しい子達だね。ところで、そこの男の子は?」

 そう言って青野を指さす。

「え、僕ですか? 僕は青野です」

 簡潔に述べてまた黙りこむ青野。

「……」

「……?」

 しばらく無言のやりとりが続いたあと、柚希が見かねたようにして言った。

「ねえ、まさか自己紹介それだけ?」

「これだけだけど、何か?」

 青野は開き直ったように――本人にはその自覚がないのだろうが――首をかしげる。

「いや、下の名前くらいは言おうよ」

「あ、そう。名前は優紀です。優しいに紀元前の紀と書いて優紀」

「……わ、わかったよ。よろしくね」

 渋々名前だけ紹介した青野に、篤也は苦笑を隠せないようだ。

「あのー、メンバーはこれで全部なんでしょうか?」

 大山がすこし控えめな声で尋ねる。

「ああ、それならもう一人いるんだが……」

 優翔が少し怪訝そうに顔をしかめた。

「まだ来ていないみたいですね」と愛実が続ける。と、それと同時に、ホテルの入り口の自動ドアがスーッと開き、帽子に黒縁の厚い眼鏡をかけた小柄な青年が、左手でトランクを引いて現れた。小柄と言っても165cmくらいで、不釣り合いに大きいトランクのせいでなおさら小さく見えるのかもしれない。

「あ、あの、お、遅れてすみません!」

 帽子が落ちんばかりの勢いで青年は思い切り頭を下げる。

「あのぉ、彼はいったい……?」

 美月が尋ねると、映子がなぜかふっふんと鼻を鳴らして、

「彼こそは、この映画サークル最年少の大学一年生にして、遅刻の常習犯である、芦原本次郎あしばらほんじろうクンよ!」

「ちょっと、人聞きの悪いことを、い、言わないでください! ボクは遅刻魔なんかじゃありませんって!」本次郎は憤慨してから、

「さっき取手先輩が言ってたように、僕の名前は芦原本次郎です。多分君たちと年も近いと思うので、気軽にジローとでも呼んでおいてください」

 気軽にとはいうものの、2~3歳は年が離れているため、やはり敬語になってしまうんだろうなぁと大山は思う。

 最後の一人が来たことで、それじゃあと篤也は皆に向かって、

「早速荷物を預けて、撮影の方に移ろうか。いちおう段取りの確認とかもあるしね。助っ人の子たちも、事前に悠海の妹さんを通して配ってもらった台本に目を通しておいてくれてるよね?」

 それに、青野が眉を寄せて首を傾げた。

「……台本?」



  ◇



「なーんで僕がこんな格好で地べたに寝そべってなきゃいけないのかなぁ」

 よくできた緑色の亀の着ぐるみを纏い、頭だけを出した状態でうつ伏せになりながら、青野が不満げに呟いた。

「そーれもこーんな砂浜の上でさー。ぶーぶー」

 口をとがらせる青野に、携帯電話片手に写真を撮っている美月たちがププッと笑って見せた。

「ちょっと撮るなよ! てか、この格好で苛められるんだよね? ぜっっっっっっったいヤだから!」

「台本に一回も目を通してこなかった罰が当たったんだよ」と凛。

「なにそれ。関係ないよね? 罰とか非科学的なもの、僕信じてないからね!?」

「まあまあ。去年、俺も亀役で同じような衣装着たし、仲間がふえて嬉しいぜ。その時はかなり大柄な亀だったけどな」

 優翔のフォロー(らしき何か)も虚しく、そもそも浦島太郎なんてお子様向けの……と脚本にまで愚痴をこぼし始めた青野を、快聖が画質のよさそうなカメラでパシャパシャと色々なアングルから撮りまくっている。そう、彼らが撮影する映画は、あの有名な童話、浦島太郎だったのだ。

 ちなみになぜこのような状況になっているかというと、発端は本来亀役である本次郎がこの着ぐるみを試着したことに遡る。

 着ぐるみを作った(自作らしい。すごいクオリティーだ)明乃が採寸を間違えたのか、一回り大きなサイズになってしまっていたのだ。普通の衣装ならそれでも何とかなったのかもしれないが、この亀の着ぐるみは演技の関係上手足が動くようになっており、身長の低めな本次郎では頭を出そうとすると手がきちんと入らなくなり、手を完全に入れきったと思ったら髪の毛しか出ていないというようなことになってしまっていた。

 というわけで、やむなく役を交代することになってしまったのだが、今いる男性陣は篤也が監督、優翔が主役、快聖がカメラマンと役割が固定されており(というか後者二人は体格的に不可能だろう)、やむなく助っ人の二人でじゃんけんをした結果、青野が負けてしまったのである。可哀想な青野君の黒歴史帳に、また項目が追加されそうだ。なお、大山氏は勝った瞬間盛大にガッツポーズをとっていた模様。

「てか、なんでこんなに会員が少ないんですか? 映画サークルならもっといてもいいと思ったんですけど」

 青野の不平はついに映画サークル本体へと移ってしまったようだ。それに、陽子が笑みを浮かべながら答える。

「それなら、一年前のあの事故・・・・が原因だと思うわよ? そのせいでかなり会員減っちゃったし、新入部員も全然入ってこなかったしね~」

 その瞬間、場にピリピリとした緊張感が走った。

「おい陽子!」

 篤也の怒鳴り声が静かな空間に響く。

「あ~、ごめーん♪ それ、禁忌だったわね。すっかり忘れてたわ」

「ちょっと、忘れるってないでしょ!」

 おどけたように言った陽子に、悠海が目を見開いて大きい声を上げる。彼女の普段の態度からすると非常に珍しそうなものだ。凛も不安げな表情で彼女を見上げる。

「お、お姉ちゃん……?」

「でもさー、いつまでもあの事に引き摺られるのはよくないと思うわよ? もう一年も経ったんだし、いい加減忘れちゃえば?」

「もう一年?」

 篤也が凄味のある目でにらみつけた。

「まだ一年だろ! アイツのことはぜってー忘れねえって、一年前に誓ったんだよ! あんなことは二度と起こさないって……」

「あのー、アイツとか、あんなこととか、一体何のことを言ってるんです?」

 緑色に包まれ、皆を見上げながら、青野が尋ねた。

「あ、いや、なんでもないよ。さあ、早速撮影を始めようか」

 かなり無理のある引き攣った笑みで、青野たちに語りかける篤也。そんな彼らを見ながら、本次郎が歯噛みをして、何もない地に強い眼差しを向けていた。



  ◇



 翌日の朝。

 青野は与えられた部屋のベッドに横たわりながら、昨日の撮影のことを思い浮かべていた。ちなみに、部屋は大山との相部屋で、彼の隣では朝洋がまだ寝息を立てていた。まあ、まだ朝の六時になる前だし、昨日はいろいろあって疲れていただろうから、まだ起きていなくても無理はない。

「一年前の事故……。妙にこのホテルのことを知っていた悠海さんや、異常なほどに強い反応を示していた神田さん、それから去年は亀役をやったと言っていた灰矢さん。彼らの話から鑑みるに、恐らく今回の劇は去年にもやった――いや、やろうとしたんだろうな」

「しかし、その事故によって撮影は中断。それを悔やんだ神田監督たちは、一年後になって再び撮ろうと思い立ったんだね」

 隣で寝ていたはずの大山が枕を抱きしめてこちらを向いていた。言い終えてから大きなあくびをしたところを見ると、さっきまで寝ていたのは事実らしい。

「それはそうと、青野君を蹴って苛める役をするのはなかなか面白かったよ」

「ちょっと先輩、そのこと言うのやめてください。というか、あなたも運が悪かったら僕と交代してたんですからね」

「でも結果は青野君が負けちゃったわけだからね」

「うぐぐ……」

 うまい具合に大山にやり込められた青野。と、彼らの部屋の呼び鈴が鳴らされた。面倒くさそうに青野はベッドから跳ね起きると、そのまま歩いてドアまで向かう。彼が歩く間にも、呼び鈴は何度も鳴らされた。

「ちょっと、何度も鳴らさなくても、ちゃんと出てくるんだけど」

 ドアを開けた青野は、その前に立っていたのが美月だと知って、顔を怠そうに歪めた。それに、美月が必死に弁明する。

「で、でも、すごい不安になっちゃって……」

「不安?」思わず聞き返す青野。

「うん。私たちの部屋のドアの隙間に、こんな紙が入っていたのよ」

 美月たちの部屋は三人用なので、高一女子組が使っている。部屋の場所は青野たちのところのすぐ隣だ。

 美月が差し出した紙には、次のようなことが書かれていた。


『我が名は浦島太郎。今日の朝6時、貴様らの部屋の前にある廊下、その突き当りにある窓から隣の建物を見よ。さぞかし楽しいものが見えようぞ。来なかった暁には、貴様らに我が刃が振るわれるだろう。』


「あー、脅迫状だね。とりあえず行ってみたら?」

 だんだんと“脅迫状”に慣れてきたのか、軽い調子でぼやく。

「軽く言わないでよ! もうすぐ六時になるし、女の子だけじゃ不安だから、青野君も来て!」

「えー、めんどっちー。まーでも、脅迫状は気になるから、どの道行くんだけどね……」

「じゃあ、僕も同行させてもらうよ」

 話していた彼らの後ろから、大山がひょっこり顔を出した。

「ほら、話しているうちにも時間は迫っているようだよ? もう59分20秒だ」

 左手につけた黒い腕時計を見て、大山が言う。それを聞いた美月は慌てたようにして隣の部屋へと向かった。どうやら部屋に残っている二人を呼びに行ったらしい。

「まあ、なんかのイベントだったりするのを願いますけどね。あの取手っていう彼女ならこういう悪戯もやりかね……な!?」

 時計を持っていないためか、部屋にスマートフォンを取りに戻った青野は、液晶画面を見ながら(おそらくホーム画面の時計を見ていたのだろう)呟く。だが、その呟きは途中で遮られてしまった。なぜなら……。

「浦島、太郎?」

 向かいの南館の部屋の窓に、黒い衣装を着た人物が現れる。それは、昼間見た優翔の衣装――すなわち、浦島太郎にそっくりであった。向かいの部屋の窓は右半分が黄色いカーテンで遮られていて、見えているのは左半分だけだ。そして、浦島太郎らしき人物の奥に、一人の女性の姿があった。

「あれは……姫路さんなのかな?」

 そこには、なぜかふわりとした衣装に身を包んだ陽子の姿。それはまるで、何かの役の衣装のようだ。

「乙姫みたいな服装だな。んー、念のため録画しとくか」

「なんか、二人ともいきなり現れた感じだったけど……」

 携帯電話を目の前に持って行った青野の後ろから、ついさっき部屋を出てきた美月が言った。確かに彼女の言う通り、陽子は窓の左側からいきなり舞うようにして現れたのだ。

「何の劇なのかしら?」

「ドッキリであーゆーのをやってたりするんじゃ……?」

 首を傾げる凛と柚希。だが、彼女たちの声は次の瞬間、大きな悲鳴へと変わった。

「お、おい!」

 思わず青野と大山が身を乗り出す。彼らの視線の先では、


《浦島太郎が乙姫を腰に差した刀で一刀両断に切り裂いた》



「どうしても教えていただけないんですか?」

 必死に過去を隠そうとするメンバー達――。

 そして、浦島太郎を騙る何者かに斬殺された姫路陽子。真犯人の次の標的ターゲットはいったい誰なのか――?

FILE.54 演出




Next hint

・兄弟



 もしかしたらホテルの簡易な見取り図とかを作ってあげておくかもしれません。というか多分絶対あげる。

 作者の書きたくない病が再々々発(もっとかも?)してきたので、投稿は亀ペースになるかな? 週末は旅行に行きますしね。気長にお待ちくだされ。今回の青野君みたいに、亀になってね♪(うまいこと言ったつもりなのか?)



*改稿の記録*

2017/8/21 後半部に描写追加(かなり大事です)

2017/8/24 次話のタイトル変更

2017/10/15 誤字を修正

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