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探偵青野優紀の事件簿  作者: 南後りむ
CASE14 青野抜きの推理show?
52/62

FILE.51 椅子の落下地点

*事件関係者*

・田島範平(たじま-はんぺい)

 恋愛小説家。小説部を家に招いて対談する。42歳。

・田島恋那(たじま-れんな)

 イラストレーター。範平の書く小説の挿絵を主に描いている。38歳。

 階段の照明に首をくくり、自殺したかに思われたが……。

・三簾莉子(みすい-りこ)

 田島家の家政婦。2日前から田島家に来た。23歳。

・鵜飼仁彦(うかい-きみひこ)

 範平の担当編集者。締め切りの日に呑気に対談をしている範平にかなり立腹し、怒鳴りこんだ。35歳。


今回も長いです。

「死因は首をロープで絞められたことによる窒息死……。まだ死んでから間もないな……」

 大山は一人で死体を改める。それを見ながら、柚希が呟いた。

「なんか、大山先輩って青野くんに似てますね……」

「そうね……。意外な一面かも……」

 美月も頷いて言う。大山の姿を、その場にいる全員がじっと見守っていた。

 そして、しばらくしてから……。


 ドタン! バタバタ! キキーッ!


 玄関の扉が開き、勢いよく駆け、勢い余ってブレーキを掛ける音が響いた。摩擦っぽい感じの擦れた音が非常に痛々しい。というか、靴下が磨り減って穴が開くのではないだろうか。

「ど、どーも! みなさんこんにちは! 埼玉県警の浦津和人うらつかずとでーーっす!」

「……」

「あれ? 視線が冷たい」

「でしょーね」

 階段を下ってきた大山がその場の皆の気持ちを代弁する。

 前に会ったときと同じようなシチュエーションに、美月は思わず苦笑いをしてしまった。今の大山の言葉と似たようなセリフを、青野が口にしていたような気がする。そう、あの美月にとって悲しい結末となってしまった“お嬢様事件”の時である。

 そんな彼女を、浦津はしげしげと見つめると、首をかしげた。

「あ、あれ? 君どっかで会わなかった?」

「あー、如月邸の事件の時に……」

「あーあ、あのちっさいパーティーの事件か!」

「ちっさいって……」

 一人合点したように手を叩く浦津に、美月はジと目を浮かべた。罪を犯してしまったとはいえ、旧友のことを悪く言われるのは非常に気持ち悪い。

「あれ、待てよ……。てことは、青野くんがいるんじゃ! バンザーイ! 事件はスピード解決だーい!」

 子供のようなテンションで喜ぶ浦津。そんなに青野に会いたかったのだろうか? 彼は奇異なものを見るような視線を浴びながら、ひとしきり踊った後、その場できょろきょろとしながら「青野君は?」ときいた。

「いませんよ。直前になって知り合いから依頼を受けて、そっちの捜査に行っちゃいましたから」

 美月のその言葉に、浦津は瞬きもせず、表情を固める。やがて、目が痛くなったのか、数回パチパチとして、掠れたような声を出した。

「な、なんだって……」

 ほんとに? と周りの人に問う。それに、東谷が頷いて、

「ええ。今日はここには来れないと思うわ」

「あああっ! うっそだぁ! もう駄目だ! 事件は永遠に迷宮入りだぁ~!」

 浦津はその場に膝から崩れ落ちた。そこに、範平が怪訝そうに顔を歪めて言う。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。さっきから事件とか……殺人事件だってことを前提にして話していますけど、妻は自殺ではないんですか?」

「じ、自殺……?」

「ええ、現場を見ればわかると思いますが……」

「恋那さん、階段の照明にロープ引っかけて、首を吊ったんですよ? どっからどーみても自殺でしょ」

 範平の言葉を継いで、鵜飼が言った。それを聞くと、浦津は納得したように何度も頷いて、

「な、なるほど。なら自殺か」

「ちょっと! 現場も見てないのに勝手に結論出さないでよ!」

 見かねた柚希が彼を叱責する。

「うーん、それもそうだな。じゃあ遺体を拝ませていただきまーす!」

 ハイキングにでも行くような調子で階段を上る。それから、階段の真ん中あたりで「ひゃい!」と悲鳴を上げる。

「ありゃ、あの刑事、死体見て驚いたんでしょうか?」

 そう不安げに呟く高堂に、美月が「高堂君、あの人警部だよ」と言った。

「あれでどうやって警部になったのよ……」

「木島先輩、同感です」

 呆れからか、しきりに頷く彼ら。珍しく、二人の意見が合致した瞬間だった。

「まあでも、死体に驚いたわけではなさそうだよ」

 そんなことを言いながら上を見上げるのは大山だ。

「み、みじゅが! ちゅめたいぃぃぃぃ!」

「ああ、あの氷水ね」

 赤ちゃん言葉になって叫ぶ浦津を見て、東谷が納得したように頷いた。

「な、なんなんですかこれは!」

「それが、今回の事件の不自然なところです。何故か現場が水浸しになっていてですね……」

 つま先立ちになりながら階段を下りてくる浦津に、大山が説明した。

「不自然って、氷水の入ったコップが落ちただけなんじゃないのかい?」

 浦津はそう言うと、つま先立ちのまま階段をまた少し上って、コップを二つ取ってきた。もちろん、指紋のつかないように白い手袋をしている。

「落ちたって、どこからです?」

「そ、それは……。君が考えなさい」

 少し考えて思考を停止させたのか、大山に丸投げする浦津。大山はため息を吐いて、

「取り敢えず、自殺と決めつけるのは早計過ぎますよ。っていうか、たぶん他殺だと思います」

「……なんで?」

「最初に発見した時、遺体が全く揺れていなかったからです」

 それを聞くと、浦津は何を言っているのかが分からないといった様に首を傾げる。

「はあぁ……あなた本当に警部なんですか?」

「あー、あー、今侮辱したな!? めいよきそん罪で訴えるぞッ!」

(ほんとめんどくせー……)

 大山は気怠そうに肩を落とすと、分かりやすいようにはっきりとした口調で説明を始めた。

「いいですか? 僕たちは椅子が落ちてきたことで遺体発見に至ったんですよ?」

「え、そなの?」

「そうなんです! で、椅子が落ちてきたってことは、直前に被害者が自殺を試みたってことですよね?」

「そ、そだね」

「だったら、遺体はまだ揺れていないとおかしくありませんか?」

「な、なるほどォ!」

 ようやく理解したように言うと、そのまま転がり落ちんばかりの勢いで階下まで下り、

「皆さん! これは殺人事件です! 今から取り調べを行いますんで、ヨロシク!」

「なんか単純っていうか……幼稚だね」

「散々な言われ様ですね……。否定はしませんが」

 柚希と高堂の手痛いツッコミをものともせず、浦津はドヤ顔でこぶしを握りしめていた。

「ちょ、ちょっと待ってください! それって、彼の見間違いってこともあるかもしれないじゃないですか!」

 家政婦の三簾が慌てたように言う。それに範平も頷いて、

「そうだな。遺体があの時揺れていなかっただなんて証拠はどこにもない」

「それに、僕たちは椅子が落ちてきたとき、みんな同じ場所に固まっていたんです!」

「え、そ―なんですか?」

 鵜飼の発言を確認するように、浦津は小説部組を見た。

「ええ、その通りです。確かに、あの時ここにいる全員が、この階段の前の応接室に集まっていました。もっとも、扉のすぐ近くにいた田島さんには糸で引っ張るとかすれば落とすことも可能かもしれませんが、あの時そのような素振りはありませんでしたよ」

 東谷の答えに、浦津は顔を顰めて、しばらく考え込む。それから――。


「よし、自殺だな」

(おいおい)

 大山はあきれたような目で彼を見た。



  ◇



 そして、事情聴取の時間になった。場所は少し前まで談笑が行われていた応接室である。

「この家の家政婦をやっています、三簾莉子みすいりこです。年齢は23歳です」

 トップバッターは、生前の被害者を最後に見たかもしれないと名乗り出た莉子である。

「ほー、お若いのに家政婦をしていらっしゃるんですねぇ」

「友人もしていたので……。ところで、彼はいったい?」

 首を傾げた彼女の先には、茶髪を片手で弄っている大山の姿があった。

「ああ、問題ないんです。ちょっといろいろありまして……」

 それに浦津が弁明する。彼はお茶を濁しているが、大山がここにいる理由わけは、彼が浦津にいろいろと吹き込んだからである。


 「え? 自分を聴取に同席させてほしい?」

 「なになに? 君が聴取の内容をメモして青野君に送る?」

 「それで? 青野君に解いてもらうの? なるほど、この場にいられなくても推理ならできるかもしれないんだね!」

 「君、さいよーっ!」


 ぶっちゃけると大山に完全に乗せられたわけだが、“青野優紀”という存在は浦津にとって余程大きいらしく、快く承諾してくれた。

「ま、まあ、気にしないようにしますけど……」

 だが、やはり困惑気味の莉子。彼女はそう前置きしてから、ところどころ思い出すようにしながら語りだした。

「そうですね……。私は1時くらいまでは洗濯やら部屋の掃除やらをやっていました。12時から12時半頃まで私用の部屋――まあ、半分は物置なんですけど――で食事をして、それから1時までリビングの掃除をしました。え? 部屋についてですか? 机と椅子が1セットにエプロンなどを入れるクローゼット、それから……木の棚が置いてあったと思います。すみません、私ここに来たばかりなのであまり良くわからなくて……」

 「このエプロンも前の人のお古なんです」と言って彼女はその紺色のエプロンの裾をこちらに見せてきた。

「そうですか。んじゃ、続きをどーぞ」

「はい。1時になって、だん……範平様のお客様方がいらしたので、お水とコーヒーをお持ちしました。それから、奥様に頼まれておりましたお水を届けに2階へ行ったんです」

「そこで被害者に会ったと」

 浦津の代わりに大山が相槌を打った。

「ええ、そうです。部屋の中にお水を置いて、自分はお盆だけ持って出て参りました」

「その時、何か変わったこととかありませんでしたかねぇ」

 若干馴れ馴れしい口調で尋ねた浦津に、莉子は少し首を傾げてから、「ああ!」と思い出したように言った。

「そういえば、奥様に頼まれて、近くの台に散らばってたコピー用紙を整えておきました。多分、イラストを描くときに調べた物だったと」

「なるほど、つまりその時までは生きていたということですね。それが13時過ぎと……」

「正確には13時5分です。一応時計を確認したので」

 そこで彼女が少し黙ったので、浦津は「続きを」と促す。

「はい。それから10分くらいたって、鵜飼さんが外から戻ってこられました。私が範平様たちにお飲み物を届ける少し前に苛立たしそうにしながら出て行ったのですが、どうやらお昼ご飯を買いにいかれたようで、リビングで食べようとしていました。なので、私はコーヒーは要るかと尋ねましたところ、彼がお願いすると答えられたので、コーヒーを一杯お作りしました。作っている間、彼はトイレに行くと言って席を外していました。本当に行っていたかは分かりかねますが。

 それから、彼が戻ってこられたので、他愛もないお話を少々しておりました。そしたら、彼がいきなり立ち上がって、応接室に行ってくると言ったので、私はまた1人になりました。で、その後すぐに、飲み物のお代わりを聞きにお盆を持ってリビングを出ました。中では鵜飼さんがすまなさそうにしていて……そしたらだん……範平様が戻ってこられて、直後椅子が落ちてきたというわけでございます」

 それからは特に何も――と言って話を締めくくる。どうやら、範平を旦那様と呼ぶ癖が抜けきっていないようだ。

「では、亡くなった恋那さんについて何かご存知のことはありませんか?」

 大山が質問すると、彼女は曖昧な表情を浮かべて、

「さあ……。何分、この家に来てまだ二日しかたっていないもので……」


  *


「音ですよ。トイレのドアを開ける音がしたんだ。だから、範平さんがトイレに行ったのかと思って席を立ったんです」

 刑事の前だからか、少し丁寧になった口調で鵜飼仁彦うかいきみひこは言った。もしかしたら、前に範平に怒鳴ったのは怒りが最高潮に達していたからだけで、本来は温厚な人なのかもしれない。苦労しているんだなと大山はちょっとだけ気の毒に思った。

「じゃあ、最初から話しますよ? 僕がここに来たのは朝の10時ごろ。いつものごとく先生の原稿を取りに来たんです。案の定終わっていませんでしたが。で、リビングで3時間ほど待ち続けてたら、外が騒がしくなってきたんで、何があったのかと思いましたよ。そしたら、先生が高校生たちを連れ込んで対談を始めたっていうじゃないですか。だから、僕はカッとなって先生のところに怒鳴り込みに行ったんです。そこは彼も知っていると思います」

 鵜飼は大山を見て言う。大山は頷いて肯定の意を示した。

「なるほどねー。それからコンビニに行ったんでしたっけ?」

「え、ええ。でもなんで?」

「三簾さんが言っていたんですよ。もっとも、僕らもあなたから聞かされていましたが」

「そういえば、怒鳴りながらそんなことも言ったっけ。いやあ、面目ない」

 そう言って、彼は恥ずかしそうに頭を掻いた。

「で、まああなた方の言う通り、コンビニでお昼を買ってきました。鮭のおにぎりとBLTサンド、それからゆで卵です」

「ああ! 駅の売店とかでたまに売ってるアレですね! 塩っぽい味付けがされててチョー美味な!」

「え、ええ」

 ゆで卵に何故か過剰に反応する浦津。やはり彼のテンションにはついていけないと、大山はため息を吐く。

「それで、リビングで食べようかと思ったら家政婦さんにコーヒーを勧められたので貰っておきました。コーヒーを淹れてもらっている間に自分はトイレに行っていましたけど……その間に殺したりなんてしてませんからね?」

 鵜飼は念を押すように言った。

「トイレから戻って、お昼を食べたら、さっき言ったようにトイレに誰かが入る音がしたので、先生がいなくなったと思って応接室に行きました。で、彼らに怒鳴ったことを謝罪したというわけです。

 そしたら、その後に家政婦さんが来て、それから先生も来て、それで椅子が落ちてきた――って感じでしょうかね?」

「なるほど。よーっくわかりました。では、被害者について何か知ってることとかありませんか?」

 頷きながらメモを取る浦津。鵜飼は彼の質問に、噛みつかんとばかりに詰め寄った。

「はっきり言いますけど、僕、彼女が死んでくれて少しせいせいしてるんですよ」

「は、はい!?」

 思わぬ方向に話が進み、素っ頓狂な声を上げる浦津。鵜飼は彼に構わんといった感じで話を続ける。

「先生の担当は七年前からしてたんですけど、その時から恋那さんは結構キツかったんですよ。あの人、潔癖症らしくてですね、床に埃が落ちてたり、さらに少し傷が付いてたりするだけで頭おかしい位激怒するんですよ。だから、だから前の家政婦さんもそれで自殺に追い込まれたんだっ!」

「前の家政婦さん? 自殺? いったいどういうことですか?」

 大山が怪訝そうな目をして尋ねると、鵜飼は悔しそうに顔を歪めて話した。

「今は三簾だっけ? って人が家政婦やってますけど、つい先日まで他の家政婦がいたんですよ。名前は米寺詩葉よねでらことはっていって、年は23。3カ月くらい前からこの家の家政婦として働いていたんだが、1週間前に車にはねられてそのまま意識不明だってよ。車の運転手が言うには、自分から道路に飛び込んできたらしいから、これは自殺未遂に間違いないだろ? 彼女とは何回か会ったことがあるんだが、自殺するような感じは一切なくて、明るい子だったんだよ。それなのに自殺したのは、恋那さん――ああ、もうさんをつけるのももどかしい。恋那がパワハラまがいのことをしまくったからですよ。さっき言ったように、何かが少しずれるだけで大激怒ですからね。自分だったらとてもじゃないけど耐えきれませんよ!」

 だんだん頭に血が上ってきているのか、口調がところどころ乱れてきている。どうやら、相当恨んでいたらしい。

「まあ、だからって自分の手にかけようだなんて思ってませんからね? 死んでくれてラッキーとしか思ってませんから」

 最後に自己弁護するようにそう言って、彼の話は締めくくられた。


  *


「恋那の潔癖症? ああ、鵜飼君から聞いたのか。全く、前の家政婦に少しばかり気があったみたいだからって、そこまで怒ることもないのになあ」

 そうだろ? と言われた大山は、「はあ」と曖昧に頷くしかなかった。

「んまあ、恋那の潔癖すぎるところは確かに度が過ぎているが……。でも、それも含めて私は彼女を受け入れているからね。この前も、漫画の本――彼女の職業柄、参考にするために漫画は結構置いてあるんだが、その整理を手伝ってたら、巻数を間違えたり、本のカバーがずれたりしちゃって、凄い怒られたけど、それも別に苦には思っていないからね。むしろ嬉しかったくらいだよ」

 ……この恋愛小説家は被虐マゾ気質でもあるのだろうか?

 少し嬉しそうに語る田島範平たじまはんぺいを見て、大山は思わずそう考えてしまった。

「んじゃまあ、話を始めちゃってください」

 浦津はかるーい調子で話を促す。

「わかりました。と言ってもあまり話すことはありませんがね。

 恋那といたのは、朝食の時までくらいでしょうか? 朝食が終わってから、彼女は自分の作業部屋に籠ってイラスト作りをしていました。さっき言ったように潔癖症なものですから、自分の思うようになるまでとことんやり抜くのが彼女なんですよ。ああ、そういえば二階の部屋には行っていないんでしたっけ? 作業部屋は階段のすぐ近くにあって、中にはさっき言った漫画だったり、資料を調べるためのパソコンだったり、調べた物を印刷するプリンターだったりが置いてあります。もちろん、ペンだったりもちゃんとありますよ? と言っても、最近はPCでの作業も多くなってきたみたいですけどね。

 そんなもんで、彼女と次に会ったのは北次学園の小説部のみんなが来た時ですかね。それまで私は書斎に籠って執筆していたので、全く会っていません。で、みんながうちに来て、応接室に招き入れた時に、恋那が上から下りてきたんです。で、少し文句を言ってから、彼女は三簾さんに水を頼んで、また上に戻っていきました。まさか、それが生きている彼女を見る最後になるとは……」

 範平は顔を曇らせる。そこからは、恋那を失ったことに対する悔しさや悲しさが見て取れた。

「それでまあ、彼女が亡くなっていたことなんて露知らず、私は小説部のみんなと話をしていました。15分くらいたってから、私はいったんトイレに行くために席を外しました。トイレにいたのは5分くらいです。――ええ、大きい方だったんで。それから、部屋に戻ってきたところで、後ろの階段から物音がしたので、見てみると椅子が落ちてきたというわけです」

「そこから先は他の皆さんと一緒ですね?」

 大山の問いに、範平はこくりと頷いた。それを見て、大山が質問を続ける。

「では、亡くなった奥さんについて何かありますか?」

「何かって……そうですね、最愛の妻を亡くして悲しいってところでしょうか。自殺する理由も……見当たりませんしね。気付かずに彼女を追いこんでしまった自分が不甲斐ないですよ」



  ◇



「さーて、三人の聴取は終わったから、次は君たちの番だよ? 青野君の友達だからとはいえ、僕も厳しくやっていくからね!」

 この警部の厳しいとは果たしてどのレベルなのだろうか。少し気になるが、気になった分あとで失望させられそうだ。

「さあ、みんな入って入って!」

 浦津に言われ、小説部の皆が応接室に入って行く。全員が入りきる前に、浦津の部下らしい刑事が階段を下りてやってきた。

「警部、ちょうどよかったです! 今鑑識から報告がありまして……」

「なんだい?」

 少し興味深々といった様子で尋ねる浦津。部下は手帳を見て答える。

「ええ、些細なことなんですが……。椅子の足の裏に水が付いていたそうなんです。なぜか、背もたれの反対側の二本だけに……」

「え? なーんだ、そんなことか」

 先ほどの興味はどこへやら。一瞬で削がれたのか、つまらなさそうに言うと、

「さあ、早く入った入った」

と美月たちを部屋の中へ押しやった。そして、未だ部屋に入っていない大山に向かって呼びかける。

「おーい、君も早く来てくれないと困るんだけど!」

 だが、大山は先ほどの部下の刑事に詰め寄っており、彼の耳には浦津の声が届いていないようだ。

「おーい、大山くーん!」

「あ、浦津警部。すみません、少し試してみたいことがあるので、この家のコップ二つと氷を借りてもいいですか?」

「え? べ、別にいいけど……」

「じゃあ私も行く!」

「僕も行きます!」

「みんなが行くなら私も……」

 浦津が大山の頼みを承諾した瞬間、他の生徒三人が次々に部屋を後にする。

「ちょ、ちょっと! 君たちは聴取が!」

 慌てて追いかけようとする浦津を、一人部屋に残った東谷が引きとめた。

「まあ、聴取は私一人で十分だと思いますよ。この場を代表して、教師の私が質問にお答えしましょう」

「そ、そういうことなら……」

 彼は渋々と言った様子で扉を閉めた。


  *

挿絵(By みてみん)

  *


「さあ、実験を始めようか」

 大山は先輩らしく言うと、氷の入ったコップを2つ、階段の隅っこに置いた。

「一応捜査の邪魔にならないようにここに置いとこう。んじゃ、まずはコップから氷を出して……」

「あ、あの、先輩。一応聞いておきますけど、やっぱり殺人事件なんですか?」

 美月に聞かれた大山は、しっかりと頷く。

「ああ、さっきの聴取とかを聞いてて、改めて殺人だと確信したよ」

「それで、椅子が落ちてきたトリックを考えているんですね?」

「うん、そゆこと」

 高堂の問い掛けにも頷いた大山は、氷を出したコップを逆さまに置く。

「うーん、現場には溶けかけの氷と2つのコップが落ちてたんだよね……。氷は全部で何個だったんだっけ?」

「4つだったはずだよ、柚希ちゃん」

「そうかそうか。そしたら、コップの上に氷を2個乗せたんじゃない? そうすれば、ほら! ちょうど階段一段分の高さになるよ?」

「あ、ほんとだ! 意外と頭いいんですね、先輩」

「意外とは余計だっつーの!」

 高堂の頭に容赦なく落とされるチョップ。割と手加減していなかったらしく、直撃した高堂は痛そうに頭を抱えた。

「こらこら、遊ばない。んで、柚希ちゃんの案、結構いいと思うけど、そしたら椅子の足の裏が濡れちゃわない?」

 大山の問題提起に、柚希はキョトンとした表情を浮かべる。

「いいんじゃないですか? だって、椅子の足は二か所が濡れてたんでしょう?」

「確かにそうですよ。辻褄が通ってませんか?」

 美月も柚希を弁護する。しかし、大山は首を横に振って、

「よく思い出してみて。さっきの刑事さんは、水で濡れていたのは椅子の背もたれとは反対の方・・・・の足二つって言ってたよね? ってことは、柚希ちゃんの推理通りだったら、背もたれが遺体側にある・・・・・・ってことになるよね?」

「え……。それの何がダメなんですか?」

「背もたれのある椅子は、背もたれを体の前にしないと、落ちるときに体にぶつかって落とせないだろう? 犯人が自殺に見せかけるためにトリックを使ったんだったら、用意するときに背もたれが遺体の目の前に来るように置くと思うな。そうじゃないと不自然だからね」

「あ、そっか」

 大山の説明に、女子二人は納得したように頷き合った。

「それに、柚希ちゃんの説明だと、椅子の足の裏が氷に直接触れてるでしょ? だったら、氷に足の裏の汚れが付いているはずじゃない?」

「でも、氷は綺麗だった……。なるほど、謎ですね」

 頭を両手で押さえながら、高堂が言った。それから彼は思い出したように質問する。

「そういえば、さっき先輩が刑事さんにいろいろ聞いてましたけど、何を質問してたんですか?」

「ああ、あの椅子が寝室に置いてあった物で、範平さんのものだったっててことと、恋那さんの部屋にあった印刷済みのコピー用紙から三簾さんの指紋が見つかったってことを聞いたんだ。指紋の件に関しては、さっきの聴取の中で出てきたから、念のため調べてもらったんだよね」

 情報は全て頭の中に入っているのか、彼はすらすらと答える。それを聞いてから、高堂は少し考える素振りを見せた。

「フーム……。結局、どうやったっていうんでしょう?」

「やっぱり青野君に連絡した方がいいのかな……」

「そうだね。青野君なら一発で埃の冠った真相を掘り出してくれちゃうもんね!」

「あ、先輩、今カッコいいこと言ったなんて思ってたでしょ」

「うっ、この! 高堂っちはいつからそんなに生意気になったんだッ!」

 再び頭頂部に柚希の手の側面が当たる高堂。そんな彼らのやり取りを、うっすらと笑みを浮かべながら見ていた大山は、申し訳なさそうに口を開いた。

「もう少しでいけると思ったんだが……。やっぱり、僕じゃあ彼に全く敵わないみたいだね。彼がいないと推理のバランスがこんなにも崩れるなんて思ってもみなかったから…………あ」

「ど、どうしたんですか!? 先輩!」

 目を見開いて硬直する大山に、美月が慌てて呼びかける。だが、大山はそれには反応せず、徐に置いてあったコップと氷を手に取ったかと思うと、それをものすごい勢いで組み立て始めた。

「先輩、これって……」

 くだらないことで言い争っていた柚希と高堂も、思わずそちらに見入ってしまう。

「ねえ、先輩? 先輩!」

 美月の三度目くらいの呼びかけに、大山はようやく伏せていた顔を上げた。

「どうやら、青野君への連絡は不要みたいだ……」

「え?」「それじゃあ……」柚希と高堂は、彼の言葉に驚いたように、その前髪のかかった顔を覗きこむ。

 大山は、視界を遮るその茶髪を右手でかき分けて、すっと微笑んだ。

「彼――青野君が推理をする理由がよくわかったな。僕も酔いしれてしまいそうだよ……。謎をすべて解き明かした快感にね」

次回

推理する大山――首吊り事件の真相は?

FILE.52 乱雑な現場と整った推理〔解決編〕




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・段差

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