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探偵青野優紀の事件簿  作者: 南後りむ
CASE14 青野抜きの推理show?
51/62

FILE.50 水たまり

 時は少し遡り、青野が急いで電車を降りた後――。

「ところで、今日行くところの人は、どんな方なんでしょう?」

「い、今更!?」

 高堂の問いに、美月は電車の中であるということを忘れて、思わず大きい声を出してしまう。出してからそのことに気が付くと、彼女は赤面して顔を伏せた。

「いやぁ、今朝から急いでいたもので」

 頭を掻いて言い訳をする高堂。そんな彼に、柚希がはぁとため息を吐いて言う。

「全く……。時間はしっかりと守らないとダメだぞ、高堂くん」

「みょ、妙に先輩ぶってる……。でも、平然と部活に遅刻してるような……」

「こら、なんのことかな?」

 言いながら、彼女は右の拳を彼に見せた。そんな彼女の気迫に押されたのか、高堂は「あ、いえ、何でも」とたじろいだ。

 そこに、大山が顔に笑みを浮かべながら、

「こらこら、後輩を脅迫しちゃいけませんよ」

と諭すように言う。

「さて、そろそろ着くんじゃないかな?」

「ええ、次の駅で降りるわよ」

 電車のドア上部にある電光掲示板を見て、東谷が答えた。

「ほら、遊んでないでさっさと降りる準備をしなさい」

 未だに戯れている(?)高堂と柚希を急かす美月。それはまるで、小さな子供を叱る母親のような口調だった。

「あ、すみません」

「へいへい。大丈夫ですよーだ」

 まったく対照的な反応をする二人に、美月はあきれた表情をとる。それを、大山が楽しそうな表情をして見ていた。



  ◇



 さて、結局先程の車内での高堂の質問に対する答えはうやむやになってしまったのだが、彼らが向かっているのは、田島範平たじまはんぺいという、恋愛小説を多く書いている小説家のところだ。42歳の彼は、その年になってなお若々しい青春を描き続けていることで定評がある。

「ようこそ。待っていましたよ」

 そう言って小説部一行を迎え入れた彼は、口の上に生やした八の字の髭を動かして笑みを浮かべる。

「今日はお招きいただきありがとうございます」

 その場を代表して、東谷が挨拶をする。

「いえいえ、こちらこそ興味深い話が聞けそうで嬉しいですよ」

 鶯色のベストのシワをのばしながら、範平は笑ってこたえた。

「さぁ、中にどうぞ。そこが私の書斎だよ」

 彼は手招きしてから、その手で美月たちから見て左側にあるドアを指さした。

「ここでお話しを?」と大山。

「いや、君たちと話をするのは向こうの応接室だよ。後でこっちも見るかい? 一応、本物の小説家の仕事部屋だよ」

 自分を謙遜してか、一応という言葉をつけているが、実際はデビューしてから19年と、ベテラン小説家の仲間入りをしているレベルだ。その事を柚希に指摘されると、彼は嬉しそうに顔を綻ばせた。

「さあ、早く部屋の方へどうぞ」

 今度は右手の部屋を指さして、その部屋のドアを開けた。ドアの目の前には階段があって、二階へと続くそれは途中で直角に折れ曲がっていた。要は、螺旋階段の一周を4分の1くらいに切り取ったようになっているということだ。

 彼らが部屋の中に順々に入っていくと、その階段から足音が聞こえてきた。部屋に入ろうとしていた大山がそちらを見ると、明るい茶髪に水色のTシャツの女がこちらにやって来るところだった。

「ちょっと、うるさいんだけど」

 肩ぐらいにかかる髪の毛を右手で弄りながら、その女は不機嫌そうにそう言う。

「ああ、悪かった、恋那れんな。作業中だったな。いま客人を招いているところだったんだよ」

「ああ、前にいってた、なんちゃら学園の生徒たちね。ごゆっくりどうぞ」

 その女――恋那は、“ごゆっくり”という言葉とは裏腹に、さっさと帰ってくれないかと言わんばかりのオーラを醸していた。

「すまんな。いつもはもうちょい角がとれてるんだが、今イラストの作成中でね。上手いものができないと、いつも機嫌が悪くなるんだ」

 苦笑して頭を掻く範平。高堂はそんな彼を見て、もうちょい角がとれても性格が悪そうだなと思ってしまう。

「まあ、気にしないでおいて。妻は2階に籠ってると思うし」

 彼が「なあ」と呼びかけると恋那は頷いて、

「ええ、作業部屋にずっといるわよ。あそこ、防音だから外の音が気にならないしね。そうそう、今降りてきたのは文句を言うためじゃなくて、水を頼むためだった」

「ああ、私をお呼びですね、奥様」

 彼らの奥から、紺色のエプロンを身に着けた女性が出てきて、恋那に礼をする。

「ええ。水を持って来てちょうだい。あの部屋にこもると、時間がたつのを忘れて、ついつい水分不足がちになっちゃうから」

「かしこまりました。お昼はいかがなさいますか?」

「あ、要らないわ。私は1日2食で済ませる主義なんで」

 そう言うと、彼女はまた2階へと戻っていった。

「それで旦那様。お客様にお出しするお飲み物はいかがなさいます?」

「ああ、えーっと……」

 ちらりと小説部組を見て、考え込む範平。ジュースを出すか、コーヒーや紅茶を出すかで悩んでいるようだ。

「水でいいですよ」そんな彼を気遣うように、東谷は無難なものを選んだ。

「そうですか。じゃあ、お水を、いち、に、さん、よん、ご――5杯頼む。それと、旦那様は止めてくれ。自分はそんな柄じゃないんでね」

 もう少し大柄になる――つまり太れば、十分旦那様な風格になるんじゃないかと思う美月。もちろん、声には出さなかったが。

「かしこまりました。だん……範平様はいかがなさいますか?」

 家政婦らしき女性は、旦那様と言いかけて、途中で言い直す。範平は別段気にしていないという風にそれを流すと、

「私はコーヒーで。あ、私もお昼はいらないよ。あんまりお腹が空いていないのでね」

と答えた。

 女性が奥へ戻るのを見ながら、範平は小説部組を全員応接室の中に入れて、座るよう促した。応接室の中には、真ん中に四角いテーブルがあって、その両サイドに三人掛けの柔らかそうなソファー、さらに、扉の側に一人掛けの小ぢんまりとしたソファーが置いてあった。テーブルとソファーのほかには小さな箪笥があるだけで、壁紙も落ち着いた茶色っぽい色の物が使われていた。

「さっきの若い女性が、うちの家政婦をつとめてもらっている、三簾莉子みすいりこさんだ。つい最近――2日前だったかな?――に家に来て、それから働いてもらっている」

「前にも家政婦さんはいたんですか?」

 フカフカのソファに腰掛けて、柚希が尋ねる。

「あ、ああ。まあね。彼女の前にも何人か働いてもらってたよ」

 範平は、少々歯切れの悪い返事をした。前の家政婦と何かあったのだろうかと美月が考えた時、扉を蹴るように勢いよく開けて、男が部屋に飛び込んできた。

「ちょっと先生! どういうことですか!」

 男は白いYシャツに濃い目の緑色のネクタイを締め、両腕をたくし上げていた。先生という発言から考えて、範平の担当編集者だろうか。

「おっと、鵜飼うかい君じゃないか。どうしたんだい?」

「どーしたもこーしたもありませんよ。今日締め切りの原稿が残ってるのにどうして呑気にお話会をしてるんですか!」

 鵜飼と呼ばれた男は、範平に掴みかからんばかりの勢いで問い質す。範平はまあまあと宥めると、

「大丈夫だよ。もうほとんど書き上がってるし。それに、呑気にお話会なんて言い方は、彼らに失礼じゃないかい?」

「そ、それは……。とにかく! 早く終わらせて、原稿を仕上げてくださいよ! 対談? の間、僕はコンビニで昼飯でも買ってきますんで」

「ああ。期日は守るからね」

 範平は安心してくれといった表情で部屋を出る彼を見送る。そんな範平に、高堂が尋ねた。

「彼はいったい?」

「ああ、彼は私の担当編集者の鵜飼仁彦うかいきみひこ君だよ。7年くらい前から僕の担当になったのかな? 今日は彼の勤めるところで発行される雑誌に掲載する予定の短編の締め切り日でね。それでちょっと焦っていたっていうわけさ」

「大丈夫なんですか?」と大山が訊く。

「ああ、問題ないよ。あと数百字書いたら完成だからね。それより今は君たちとのお話を優先しないと。ほら、僕は青春を舞台にした恋愛小説を書いているだろう? 君たちみたいな若い子と話すと、構想インスピレーションが湧くんだよね」

 心底嬉しそうにしながら言う範平。彼は自分の眼鏡のツルに手を添えると、

「じゃあ、まずは何か質問があるかな?」

ときいた。それに、大山が顎に手を当てて、

「そうですね……。さっきの鵜飼さんとの会話を聞いてて思ったんですけど、先生って締切ギリギリに書き終える派の方なんですか?」

「ああ、そうだね。だから、毎回鵜飼君は僕を急かしてくれてるんだよ。あ、そうそう、妻の恋那は対照的でね。何事も早めに仕上げにかかる人なんだ」

「奥さんは何を?」と美月。

「イラストレーターだよ。18年前に僕が書いた小説の挿絵を描いたのが彼女でね。それで知り合って、16年前かな? に結婚したんだ」

「ほー、じゃあ、結婚生活が長いんですねえ」

 東谷は感心したように言った。

「そうだね。で、話を戻すけど、彼女は几帳面が過ぎる性格で、自分の描くイラストに一切妥協しないんだ。だから、早めに手を付けないと終わらないらしくってね。これ以上喋ると、妻に怒られちゃうから、彼女の話はこの辺にしておこうか」

 範平が丁度言ったときに、ドアをトントンとノックして、お盆を手にした莉子がやってきた。

「お水とコーヒーをお持ちしました」

「ああ、ありがとう」

 範平はそう言うと、彼女の持つ盆から水の入ったコップを持って机の上に並べた。コップの外側には大粒の水滴がついていて、水はよく冷えていそうだ。

「じゃあ、いただきます」

 ついさっきまで炎天下を歩いていたのもあって、高堂は素早くコップを取ると、グビッといい音を立てながら水を飲んだ。

「ちょっと、配り終わってからにしなさいよ。だらしがないんだから」

「あ、ごめんなさい。……木島先輩がさっきから妙に先輩ぶってるな」

「妙にって何よ。妙にって」

「ちょっと、うるさいよ」

 高堂を睨みつけた柚希に、美月が注意をした。それを受けて、範平がいることに気が付いたのか、柚希はしゅんと小さくなる。そのやり取りを、範平は微笑ましそうに眺めながら、

「まあまあ、賑やかでいいじゃないの」

と言って、莉子のお盆からコーヒーカップを取って一口啜った。

「賑やかすぎて困るんですけどね。うちの部活にはあと二人いるんですけど、その二人が加われば手が付けられないくらいにうるさくなりますよ」

「はっはっは。それはそれは。その二人にも会ってみたいですな。どんな子なんです?」

「そうですね……二人とも、頭がよく切れるっていうか……。一人は探偵まがいのことをしているんですよ。彼は今日来るはずだったんですけど、急遽予定が入ってしまって……」

「ほーお、探偵ねえ……」東谷の言葉に、範平はカップを机に置いて、口もとに笑みを浮かべる。

「それは面白そうだ……」



  ◇



「全く……。先生はいつもギリギリになって終わらせるんだから……。少しは奥さんを見習ってほしいくらいですよ」

 ぶつぶつと文句を垂れながら、鵜飼は手にしたビニール袋をテーブルの上に置く。どうやら、コンビニで昼食を買ってから、田島宅に戻ってきたようだ。

「いつも大変なんですね。コーヒーを淹れましょうか?」

「いいのかい? じゃ、お願いしよう」

 三簾に言われて、鵜飼はコーヒーを頼む。それから、徐に口を開いた。

「そう言えば君、最近来たんだって?」

「ええ。二日前です」

 彼女はコーヒーメーカーに粉砕されたコーヒー豆をスプーン1すくい分入れる。

「そうか。中々大変なんじゃないの?」

「いえいえ、だん……範平様にも奥様にも優しくしていただいていますし。中々恵まれた環境だと思っています」

「ふーん、奥様にも優しく、か」

 鵜飼はつまらなさそうに席を立つと、リビングを出ていこうとした。

「あのー、コーヒーは?」

「ああ、出しておいてくれ。ちょっとトイレに行ってくるだけだから」

 彼は片手をズボンのポケットに突っ込むと、もう片方の手で扉を静かに閉めていった。



  ◇



 話し始めて約15分。思いのほか話は弾み、最初は質問ばかりしていた小説部組も、気付いたら積極的に話すようになっていた。

「いやあ、君たちの話す、アオノ君という少年は本当に面白い人だね。私も恋愛から推理ミステリに鞍替えしようかと思っちゃったよ」

 ――――話す内容の約八割が、青野のことについてだった。

「さて、ちょっとトイレに行ってくるから、それまで少し待っててくれるかい?」

 そう言って、範平はソファから腰を上げる。それから、部屋を出て、階段の隣にあるトイレへ向かっていった。

「ふう……。なかなか楽しい人だね」

 美月が隣に座る柚希に言う。柚希も頷いて、

「最初は何を話せばいいのかと思ったけど、いつの間にか話したいことがぼんぼん出てきちゃってさ」

「向こうの話すことも面白かったですしね。ほら、奥さんとの結婚式の話とか」と高堂。

「そうだね。初めて会ったときは、髭のせいもあって堅そうな人だったけど、話を聞いてみるとすごく楽しかったよ」

 大山もその癖のある髪の毛を触りながら頷いた。そこに、扉を軽くノックして、鵜飼がやってくる。

「先生とのお話は楽しかったかい?」

 彼はそう尋ねると、扉を閉めてその前に立った。

「ええ。あと二時間は余裕で話せるくらいでしたよ」

 高堂が笑って言うと、

「それは時間的に勘弁してくれないかな……」

と鵜飼は漏らす。

「ま、まあ、僕がこうしてきたのは、君たちにさっきのことを謝っておきたいと思ってね……」

 さっきのこととは、最初に彼が応接室に怒鳴り込んできたことだろう。

「あ、いえ、ぜんぜんそんな……」

 東谷が慌てて謝罪を拒否する。

「謝っていただくほどの事でもないので……」

「でも、後から考えたらすごく馬鹿なことをしたなあと思いましてね。先生がいる前だとあまりこういうこと言えないんで、先生が出て行った隙を見計らいまして、こうしてきたわけなんですよ」

 本当に申し訳なさそうにする鵜飼。と、その時、彼の後ろの扉が開いた。

「あのー、お水のお代わりは要りませんか?」

 現れたのは、家政婦の莉子だった。彼女はお盆を抱えて部屋の中に入ると、机の上に置かれていたからのコップを回収して回る。

「あ、僕お代わりもらっていいですか?」

 最初に飲み干したのが足りなかったのか、高堂が頼むと、莉子は快く承諾した。それから、コップが五つとコーヒーカップが一つ乗ったお盆を持って、部屋を出て行こうとする。そこに、今度はトイレに立った範平が戻ってきた。

「おや、三簾君に、鵜飼君まで。どうしたんだい?」

 その問いに、鵜飼が気まずそうに答えようとした、その時。

 ドシンという派手な音と共に、階段の上から椅子が転がり落ちてきた。その椅子は階段の壁に思い切り激突すると、今度は応接室の方へ転がってきた。

「お、おわっ。なんだこれは!?」

 驚いて身を退く範平に、鵜飼が階段を見上げて応える。

「恋那さんですよ。二階には彼女しかいませんから」

「で、でも、いきなり椅子を落とすなんて……」

 莉子が少し怯えたように言った。

「とりあえず、上に行ってみようか……って、おい、君!」

 範平が呼んだのは、彼の横をすり抜けるようにして部屋を出て行った大山だ。彼は椅子を避けて階段を上っていく。慌てて他の皆が後を追うと、彼はその途中で立ち止まっていた。

「大山先輩、どうし……ひっ!」

 階段を上がってきた美月が思わず息をのむ。その先には――――。

「恋那……!」

 階段の最奥のスペースで、天井の照明に縄をかけて首を吊った田島恋那が、微動だにせず佇んでいた。

 大山は慎重に階段を上っていくと、彼女の元へと辿り着く。そして、脈を取ってから、首を振った。

「恋那ぁッ!!」

「動くな!」

 我を忘れたように階段を駆け上がってくる範平。その彼を、大山の鋭い声が制した。

「これ以上現場を乱さないでください。誰か、警察に連絡を」

「は、はい」

 柚希が慌てたように携帯電話を取り出す。

「それから、カメラとか持ってる人はいますか?」

「け、ケータイのでよければ……」

 高堂が差し出そうと階段を一段上がる。その瞬間、彼は嫌なものを踏んだかのように青褪めた表情になる。

「な、なんですかこの水は!」


 そう、今回の現場の異質な点。それは、階段の床一面が、冷たい水で浸されていたことだった。よく見ると、周りにはコップが二つ、そしていくらかの氷が転がっていた。

「先輩、これは……」

 高堂が掠れた声で問う。

(自殺――?)

 死体を前にして、大山は発見時のことを思い出した。

(いや……これは殺人だ!)

次回予告

小説家の自宅で起こった殺人事件。青野の代わりに推理するのは……大山クン!?

FILE.51 椅子の落下地点




Next hint

・コップ



小説家がらみのが多いのは勘弁してくださいな(汗)

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