FILE.23 最後の贈り物〔解決編〕
*登場人物紹介*
・鳥杭一葉(とりくい‐かずは)
27歳。最近人気に火が付いた若手漫画家。自室で首を吊った状態で発見される。
・鳥杭双葉(とりくい‐ふたば)
27歳。一葉に瓜二つな、双子の妹。
・長編宗喜(ながあみ‐しゅうき)
29歳。推理作家。
・鯉賀窪人(こいが‐くぼと)
30歳。一葉の恋人。
・牧ほのか(まき‐ほのか)
25歳。一葉のアシスタント。
シリーズ解決編です。問題編をまだご覧になっていない方はご注意ください。
青野は、街灯に照らされた暗い夜道を一人、歩いていた。
少し歩くと、見慣れた家が目に入ってきた。その家の前には、まだパトカーが止まっている。
彼はマンションの階段を上って、3階へと辿りつく。歩いてその部屋の前に行くと、目の前にある扉をじっと見つめた。そのすぐ横にあるインターホンは、つい一時間ほど前に美月が押すのを躊躇っていたところだ。彼は、戸惑うことなくそのボタンを押した。
中から、一人の女性が出てくる。
「あら、どうしたの? 忘れ物でも、したのかしら」
その人は、青野を見るとそう尋ねた。青野は、少し考えてから頷くと、
「そうですね。大事な忘れ物をしてしまったようです。さて、少しお時間を頂いてもよろしいでしょうかねえ、鳥杭双葉さん」
「……確か、青野君でしたっけ。青野君、その言葉は、どういう意味なのかしら?」
「別段深い意味はありませんよ。ただ、この家に大事な忘れ物をしたと言っているんです。先ほど起きた事件についての、ね」
◇
「さて、今回の事件で不明瞭であるところを挙げてみましょうか」
公園のベンチに腰かけた双葉の前で、青野が人差し指を挙げる。六時を過ぎた公園に人の気配はなく、彼の小さな声は思ったよりも響いた。
「一つは、亡くなった鳥杭一葉さんにアリバイがあったこと。そしてもう一つが、一葉さんの筆跡で書かれた遺書があったことです」
双葉は黙って頷く。青野は、そんな彼女を見てから話を続けた。
「ここで、まず遺書について考えてみましょう。犯人はどうやって一葉さんの筆跡の遺書を用意したのか」
「まさか、私が書いただなんて言わないわよね? いくら双子でも、筆跡までが同じなわけないわよ」
その言葉を聞いた青野は、なぜかふふっと笑うと、「そうですね」と言った。
「では、一葉さんに遺書を書かせたのか。おかしいですね。これから自殺に見せかけて殺すから、遺書を書いてくれないかだなんてとても頼めません」
「じゃあ、あの遺書はどうやって作られたの? 青野君、あなたは、それについて合理的な説明ができるのかしら」
「合理的、ですか。もちろんできますよ」彼は自信満々にそう宣言する。「どのようにして遺書が作られたのか、そして先ほど言いました一つ目の謎――一葉さんにアリバイがあったことについても、同じようにして説明がつきます」
「へえ、その説明、是非聞かせていただきたいものね。お姉ちゃんが生きていたら、その説明を喜んで漫画にしているわよ」
双葉は興味津々といった様子で青野に言った。青野には、それがある種の挑発行為であるように感じられた。
「ところで――」彼はゆっくりと口を開く。「その言い方、止めていただけますか?」
「その言い方って?」
彼女は惚けるように聞き返す。
「お姉ちゃん、という呼び方です。それを止めていただきたい」
「なぜ? 自分の姉をお姉ちゃんと呼んで、何が悪いのかしら?」
まだ白を切るが、彼女は薄々、青野が何を言いたいのか分かってきた。そんな彼女に、青野は冷静な声を発した。
「ですから、自分の妹のことを“お姉ちゃん”呼ばわりするのを止めてほしいと言っているんですよ」
「それは……私とお姉ちゃんが入れ替わっているとでも?」
「ええ。つまり、今ここで私と話をしているのは鳥杭双葉ではなく、亡くなったと思われていた鳥杭一葉その人だということです。違いますか?」
青野の問いかけに、双葉――もとい、一葉はふふっと笑った。まるで、彼の推理に穴を見つけたかのように。
「確かに双子の入れ替わりっていうのは、推理物ではよくあるパターンね。それなら、遺書を書いたのは私自身だし、鯉賀さんと一緒にいたのも私だということになる。でもね、よく考えてみて。仮に私が鳥杭一葉だとして、私に鉄壁のアリバイがあるのには変わりはないの。だって、今言ったように鯉賀さんとずっと一緒にいたんだもの!」
彼女の発した言葉は、気のせいか語尾が強調されていた。その言葉に動じず、青野はまた淡々と話し始めた。
「そうですね。結局あなたのアリバイは完璧だ。あなたは双葉さんを殺すことができない。しかし――」
彼はいったん言葉をきると、唾をごくりと飲み込んだ。
「発想を逆転させれば、話は別です。それをすることで、今回の事件の謎をすべて解き明かす、超合理的な解決策が見つかるんです」
「発想の逆転……それは、具体的にはどのようなことなのかな?」
一葉の問いに、青野はにっこりと微笑んで返す。
「今まで、亡くなった一葉さんに鉄壁のアリバイがあったことから、事件が殺人なのではないかと考えられてきました。しかし、実際には双子が入れ替わっていたという事実がここに入るとどのようになるでしょうか? 最初から振出です。そう、まず事件が“自殺”なのか、それとも“他殺”なのか、というところから考える必要があります」
「それは、どういうこと?」
一葉は、青野の言っていることがいまいち呑み込めないといった表情できいた。
「つまり、このように考えればいいわけですよ――この事件は、鳥杭双葉さんの自殺だった、とね」
彼女はそっと顔を伏せる。青野は、気にも留めないという風に話を続けた。
「そういえば、刑事さんがこう言っていました。被害者には抵抗の跡が全くないと。当たり前ですよね。自殺なんですから」
彼の言葉を聞いて、一葉は伏せていた顔を上げた。何か物言いたげな目をしている。
青野は、やはりそんな彼女に心を向けずに話を継続させる。
「ところで、先ほどあなたは『双子でも筆跡が同じわけがない』と言いましたね。いくら双子の容姿や声が似ているからといって、異なるものは当然あります。例えば、指紋とかね。あなたの指紋を調べれば、あなたが鳥杭双葉ではないということも容易に証明できることでしょう。さて、入れ替わった理由を、言い訳を、今ここで説明することができますか?」
彼のその言葉は、一葉に対する決定打となったようだった。彼女は諦めたように話し始める。
「すべてあなたの言う通りよ、探偵さん。私が自殺した双葉と入れ替わって彼女を演じていたの」
青野は漸く茶色のベンチに腰掛ける。たかだか十分かそこらだったが、日頃あまり運動を好まない彼にとって、立ちっぱなしの作業というのはかなりの苦痛が伴うらしい。
そんな彼の隣で、一葉は、まるで子供のように足をぶらぶらさせながら話す。
「私が今日の朝、家に帰ったらね、家の中が妙に涼しかったのよ。その、お化け屋敷の中に入った時のような、背筋が凍る感じのやつ。で、恐る恐る私の部屋に入ってみたら、妹が首を吊ってたわ」
やはり静かな公園に、彼女の声が響く。
「最初は腰を抜かしちゃったけど、だんだん冷静になってきた。まずは、妹の足元にあった遺書をそっと取って、中を読んでみたの。そしたらね、」
そう言いながら彼女はハンカチを取り出した。鼻を軽くすする音が青野の耳にしっかりと刻まれる。
「そしたら、お姉ちゃんの代わりに死にますって書いてあった。いろいろ苦しかった私を、自分と入れ替わらせるという形で、あの子は最後のプレゼントを送ってきたわ。そうそう、あなた、遺書の内容が臭いって言ってたらしいけど、すべてほんとのことなのよ」
青野はしまった、というような顔をする。小西刑事が漏らしたのに違いない。全く、あんなに口が軽くてよく刑事が務まるといったものだ。
「それで、私は妹の計画通りに遺書を作って、双葉と入れ替わった。で、何食わぬ顔で今日のパーティーに参加したわけ。でも、長編さんが来た時に私のことをまじまじと見てくるものだから、少しドキッとしちゃったわよ」
それは、長編がパーティーに来た時に、「双葉さんかな?」戸惑いがちに言ったことであった。
「どうして……入れ替わりを決行したんですか? そんなことをして、ばれた時のリスクがあまりにも大きすぎる。」
青野は、疑問点を口にしてみる。彼は人の心の推理などは到底できないので、聞くしかないのだ。一葉は、ぶらついていた足を止めて、呟いた。
「だって……妹は私のために死んでくれたのよ? その命を無駄にすることなんて、できないんじゃないかしら?」
◇
駅前のカフェのテーブルの一つ。ネオンが煌々と光る窓の外を眺めながら、美月はため息をついた。とりあえずお代わり自由と謳っているコーヒーを頼んでみたが、二杯飲んだところで飽きてしまった。流石に同じ店に30分も一人で居座るのは気が引けるものだ。早く青野君が来ればいいのに……。そう思っていると、店の扉から鈴の音が聞こえた。同時に、外の騒音が静かな店内に入ってくる。
「ごめん、遅れた」
彼は手短に伝えると、美月の向かい側の席に腰を下ろした。
「事件は、解けたの?」
飽きたはずのコーヒーに思わず手が出る。それから、しばらくの間沈黙が流れる。美月は、答えたくないのだろうかと思って青野の顔を伺うが、彼は店の壁をぼうっと見つめていた。
「ちょっと、青野君」
彼女に言われて現実に引き戻される青野。彼は、「ごめん、考え事」とだけ言うと、またぼうっとし始めた。
――妹は私のためにしんでくれたのよ?
――その命を無駄にすることなんて、できないんじゃないかしら?
一葉の最後の言葉が頭からこびりついて離れない。切り離したい思い出が、甦ってきそうで怖かった。
「ちょっと、青野君、聞いてる!?」
美月が身を乗り出してこちらを見ている。距離が30センチもない。
「え、何?」
「だから、私のおごりだから、何頼むか早く決めてくれない?」
「ああ、ごめん」
彼は思う。あれは悪い夢なのだと。例え現実の事であったとしても、今は、今だけはこの世界に居させてほしい。
若干怒り気味の美月を見ながら、青野はメニューを開いた。
次回
……前回に引き続き次回も暗号モノです。まあ、前回とは暗号のベクトルが全く違うんですが。
先輩達の出す問題に、青野たちは答えることができるのか!?
CASE7 小説部の鬼ごっこ
FILE.24 難しすぎる問題
Next hint
・花




