FILE.24 難しすぎる問題
茣蓙が敷かれた小説部の部室で、青野は胡坐をかきながら最近買った本を読む。先日の事件で出会った長編が書いたという『恋する乙女の推理帳』を美月に勧められて買ってみたはいいが、本格推理モノが好きな青野は恋愛要素強めの当作品をあまりお気に召していないようだ。
「美月……つまんない」
「そんなこと言われても困るわよ。長編さんにも悪いし。それに、私は結構面白いと思うわよ」
「同感! 私も面白いからもう五巻まで読んじゃったよ!」
柚希の一言に、早すぎやしないかと思う青野。というか、長編は五巻も出していたのかと今さらながら考えてしまう。
「うーん、ちょっと恋愛描写がべたつき過ぎると僕は思うんですが」
後輩の高堂達志が青野の肩を持つ。それを聞いた美月と柚希は、口を揃えて「それがいいんじゃない」と言う。
「まあ、あれだ。内容が女の子向けなんだよね」
青野は本を閉じながらそう言うと、その本を部室の本棚に丁寧にしまった。
「ああ、部室の蔵書もだいぶ増えてきたわねえ」
「そろそろ処分かな」
女子二人組は青野を見ながら呟く。
「処分って? なんですか?」
高堂は彼女たちに尋ねた。それに、柚希が丁寧に答える。
「これを売って、部費の足しにするの」
「なるほど」
高堂は納得した表情で頷く。部員数が少ない小説部は支給される部費も少ない。そのくせ、日々大量の本を購入しているため、部費はいつも底をついているのだ。それを少しでも補うために、不要な本は定期的に売却しているらしい。
「これとこれは……まだ取っておこうかしら。こっちはいらないわね」
早くも美月は本の仕分けを始めている。
「手伝おうか?」
青野がのんびりとした口調で彼女に言ったが、あっさりと断られた。
「だって青野君にやらせたら全部ここに残っちゃうじゃない?」
「本、捨てたためしがないもんねー」
隣で柚希も笑っている。彼女たちが言ってることに関しては否定できないので、青野は不貞腐れたように部屋の端で寝そべって読書の続きをした。
「にしても、先輩たち遅いわねぇ」
妙にのびた調子で柚希が言う。
「そうね。もう4時をまわっているんだし、そろそろ部活に来てもいいわよね」
美月も同調する。部屋の隅にいた青野は一度伸びをしてから、
「てか、大山先輩はともかく、久田先輩の方はもう高3なんだからもっと勉強するべきだよね」
「何言ってんのよ。私だってちゃんと勉強してますぅ」
「う、うわあ! で、出たあああああ!!!」
「お化けみたいな扱いしないでよ!」
不意に登場してきた風美に青野は悲鳴に近い声を上げた。それを聞いた彼女は眉をしかめて不満げな顔で抗議する。
「せ、先輩、こ、こんにちは」
音もなく現れた風美に対して、目を丸くして固まった美月と柚希、そして高堂はカタコトな挨拶をした。
「ごめんね、遅れて。僕と先輩でちょっと話をしていたもんで」
風美の後ろからぼさぼさした髪の毛の男子生徒がひょっこり顔を出した。彼が、小説部所属の高校2年生、大山朝洋である。身長は青野よりも少し高く、茶色がかった髪の毛は常にぼさぼさしている。前髪はかけている黒縁の眼鏡にかかっており、どこか頼りない感じがするが、ちゃんと髪の毛を整えればかなりのイケメンキャラになるのではないかというレベルの顔立ちだ。
「話って……何をしていたんですか?」
美月は思わず問うた。
「数少ない逢瀬を重ねて……あひっ!」
間髪入れずに美月に言った青野に、これまた間髪入れずに風美の手刀が落とされた。
「全く……可愛い後輩がいるんだから、ちゃんとしなさい」
「可愛い後輩って……怖っ!」
高堂は口元をおさえて呟く。彼に向かって風美はやさしーーく微笑むと、今度は周りにいる後輩三人の方を見やった。
「で、今度の日曜のことなんだけどさ……」
◇
「やってまいりましたー、小説部恒例ー、謎解き鬼ごっこのはじまりでございますー」
柚希のやる気のない実況(?)に青野と美月は嘆息、高堂はぽかーんとした表情を浮かべた。
「にしても暑くない? 六月上旬なのにこの暑さは異常だと思うんだけど」
青野はやる気なさそうに首を垂れると、そう呟いた。
「それって完全に気持ちの問題でしょ? ほら、しっかりしなさい」
美月に背中をたたかれて、青野は丸めていた背中を渋々のばした。
「ぷっ」それを見ていた高堂が隣で吹き出す。
「おお、どうした、達志っち」
「『達志っち』ってなんですか、木島先輩。まあ、それはいいんですけど」
「あ、いいんだ」
柚希はおどけたように言う。高堂はため息をつくと、
「それで、どうでもいいんですけど、先ほどのやり取りを見ていると、青野さんと小林先輩が、なんだか姉弟の様に見えてきてしまって……」
「「絶対ない!」」
「そこで口を揃えるところとかも……ね」
「「揃えてない!」」
その言葉を揃えて言う二人を見て、高堂と柚希は顔を見合わせて苦笑した。
「にしても、今日はいつもと比べて持ち物が多いよね。ボードにコンパス、それから定規だって。数学でもするんですかねえ」
カバンの中をのぞいて柚希が呟く。
「さあ……。でも、今回の暗号で使うんじゃないかしら」
「そうだろうね。おっと、メールが来た。これは……久田先輩からだね」
「何が書いてあるんですか?」
皆が青野の携帯電話の画面を覗き込む。
第一問
江戸の金・銀・○
○の中で“一”と“四”になっている物に最も近い場所を挙げよ
「……」
「……」
「……」
「初っ端からやけに凝った問題が出てきたな……」
上野駅の公園口の前で立ち止まってため息を吐く四人を、通りを歩く人が訝しげな目で見ている。その視線に気がついた美月が、三人に呼びかけた。
「ちょっと、場所を変えて考えようか」
*
「まず、江戸っていうのがどういう意味なのか、って話からだよね」
青野は人差し指を立ててそう言った。
「普通に、江戸時代のことじゃないの?」
柚希は首をかしげる。そんな彼女を見て、高堂が口を開いた。
「もう一つ、東京のことを指しているのかもしれません」
「なるほど……。さーっすが高堂っちだね!」
「だからその呼び方……」
美月は呆れた表情で彼らを見ると、青野の方にくるりと向き直って、
「まあ、どちらにも取れるからまだ保留でいいんじゃなかな? それより、金と銀に続く○の所がなんなのかを考えようよ」
「僕は江戸時代の方がいいですけど……。まあ置いといて、金銀に続くのは普通に考えて銅とかですかね」
「確かに。でも、銅に一とか四とかってないよね」
「うっ」
柚希に指摘されて高堂は言葉に詰まった。
「で、さっきから青野君が黙ってるけど、何か分かった?」
「うん」
「だよねー。さすがに分かっちゃっうわけ……ってええ!?」
柚希はお決まりの反応をして驚く。
「先輩、本当ですか!?」
「嘘ついてどうするんだよ」
「ねえねえ、答え教えてよお~」
「駄々こねてる子供みたいにしなくても教えるけど? でもまあ、少し頭を使った方がいいかもだね」
「えーいじわるー」
柚希は拗ねたように語尾をのばして話している。青野はそれを華麗に無視をすると、
「まず、江戸についてだけど、これは時代で考えていいと思うよ。僕はそれで解を導き出した」
「無駄にかっこいい言い方ですね、先輩」
「高堂君、うるさいですよ? で、話に戻るけど、もし江戸が『江戸時代』の話だとして、それの金、銀、ってなにを表しているんだろう?」
彼は周りに問いかけるようにして言った。
「やっぱり金属の話なんじゃ……」
柚希と美月は首をかしげる。
「違いますね。高堂君ならわかるような気がするけど」
「え、僕ですか!? わかるって言われても……江戸、金、銀……あれ、もしかして……?」
「わかったかね? 高堂君」
「ワトスン君、みたいに言われましても……。まあ、違うかも知れませんが一応わかりましたよ」
彼の答えを聞くと、青野は満足げに頷いて続きを促した。高堂もそれに合わせて口を開く。
「金・銀・○の○に入るのは、“銭”ではないでしょうか」
「「銭?」」
美月と柚希はそろって頭に疑問符を浮かべる。
「ええ。江戸時代の貨幣制度で、三貨制度っていうのがあるんですけど、金が小判、銀が小玉銀など、そして銭が銭貨のことを指しているんです」
「なるほど……。ってことは、○の中で一と四っていうのは、銭の中で一と四ってことなんだね。……で? 高堂っち、続きは?」
「はい。江戸時代の銭貨には種類がありまして、一文銭、四文銭、十文銭、百文銭というものがあるんです。つまり、この一と四はそれぞれ一文銭、四文銭のことを指していると思います」
柚希は高堂の説明を口をぽかーんと開けて聞いていた。
「で、この二つの銭貨に使われていたのが『寛永通宝』という種類の銭貨なんです。あ、ちなみに、四文銭はほかに文久通宝なども使われていたんですよ」
「かんえー? ぶんきゅー? つーほー? なにそれおいしーのー」
彼女の反応に高堂は「はあ」とため息を吐くと、
「先輩、僕より3年も年上ですよね? 日本史とかでやってないんですか?」
「うわ~。高堂っちってば、厳しーよー」
「まあ、さすが元歴史部ってところだな」
「青野先輩、人の黒歴史を穿り返すの、マジで止めてくれません? 心が痛くなります」
彼は大げさに胸を押さえながら言った。
「はいはい。まあ、これで導き出された“寛永”に最も近い場所、今回は寛永が名前含まれている場所が答えってことだね」
「なるほどねー。ってことは……」
柚希と美月は青野が広げた地図(風美から事前にもらった物だ)を覗き込んで該当する場所を探し始めた。
「ええっと……」
「どこだ……?」
それからしばらくして、二人が同時に声をあげた。
「「寛永寺輪王殿!」」
「そ。さて高堂君、解説を頼むよ」
「全く、人使いが荒いですねぇ。
上野の寛永寺は寛永2年に天海によって開かれた寺院です。徳川幕府の安泰と万民の平安を祈願するため、江戸城の鬼門にあたる上野の台地に建立されたんですよ。これは比叡山延暦寺が京都御所の鬼門に位置していたことにならったとされていて……」
「はい、ありがとうございました」
自分から説明を振ったくせに、高堂が過熱し始めたため、途中で話を切る青野。高堂はもっと話したいというような顔をしたが、口には出さないでおいた。
「さて、それでは写真を撮りに行きましょうかね」
「写真、ですか?」
青野の言葉に高堂が反応する。
「うん。問題が解けたらその場所の写真を撮って送信するんだよ。で、正解だったら次の問題が送られてくる」
「なるほど」
こうして、一行はファミレスの会計を済ませると、上野寛永寺へと向かっていったのだった。
*
「送信完了っと」
ケータイの液晶を眺めながら彼はそう呟いた。
「新しい問題、来るかな……」
美月が期待のまなざしを浮かべる。二十秒ほどで返信が来た。
「あの人たち、相当暇してんな」
メールを開きながら、青野がそう言う。
「まあ、しょうがないんじゃない? それより早く内容を見せてよ」
柚希にせがまれて、青野は指を急がせる。
「さて、と。これが第二問ですか……」
「どれどれ、見せて―!」
第二問
花園に連ねられし神への門
その場所を答えよ




