第九十一章 舜の逃避行
舜が東京から消えたあと、その人はしばらく、この国でいちばん探される人になった。
不思議な探され方だった。警察が探していたわけではない。罪に問われたわけでもない。あの人がしたことは、ひどいことではあっても、法で裁かれるような話ではなかった。
それなのに、大勢が探した。
はじめは記者だった。そのうち、記者ではない人たちが探しはじめた。
見つけた人が、それを書く。写真をつけて出す。それを見た人が、そこへ行く。そういうことが、何度も起きた。
私は、それを遠くから見ていた。見ないでいることもできたはずだ。でも、私はその頃、また画面を追いかけるようになっていた。
あの人がどこにいるのか。次にどこへ行くのか。
自分がなぜそれを追っているのか、自分でも、うまく説明できなかった。
その頃、私は一度だけ、夫に聞かれた。なぜ、あの人のことばかり見ているのか、と。
*
私は、うまく答えられなかった。しばらく考えて、こう言った。
──あの人が、どこまで持つか、知りたいのかもしれない。
夫は、それについて何も言わなかった。でも、私は口に出してから、自分で分かった。私は、あの人に生き延びてほしかったのだ。
うちは持たなかった。父も、母も、宗太も、あかりも、敦も。あの仕組みの下で、一人ずついなくなった。
だから、私は知りたかった。あれは、必ず人を殺すものなのか。それとも、耐えられる人もいるのか。
もし舜が生き延びたら。うちが弱かっただけだ、ということになる。
もし舜もだめだったら。あれは、誰が相手でも殺すものだということになる。
私は、そのどちらを望んでいたのか。今でも、分からない。たぶん、両方だった。うちが弱かっただけならつらい。誰でも殺されるのなら、もっとつらい。
それでも私は、毎晩その画面を開いていた。
*
舜は、はじめ、北のほうの町にいたらしい。海の近くの小さな町だ。人に貸している古い家を借りて、そこにいた。
三か月ほどで見つかった。家の前の道と玄関の写真が出た。表札は出ていなかったが、その町の名前は、すぐに分かるかたちで書かれていた。
次の日には、その家の前に人が来た。
私は、その写真を見て息が止まりそうになった。道の様子はちがう。家のかたちもちがう。それでも同じだった。車が並び、人が立ち、こちらを見上げている。私が二年のあいだに二度見た景色だ。
舜は、その町を出た。それから西へ移った。そこも二か月ともたなかった。また移った。今度は山のほうだったという。そのたびに、写真が出た。
そのうち、それは遊びのようになっていった。目撃、という言葉が使われた。今日、どこそこの店で見た。あの町にいるらしい。そういう書きこみが毎日のように並んだ。
まちがっていることも、たくさんあった。
まったく関係のない人が舜と間違われて、写真を出されたこともある。その人が、ちがいます、と言っても、しばらく信じてもらえなかった。
*
それでも、みんな面白がっていた。面白がっている、と書くとひどく聞こえる。でも、書きこみの調子は、そういうものだった。悪口ではない。怒りでもない。宝さがしの調子だった。
私は、そのことにいちばん寒くなった。憎しみなら、まだ分かる。あの人がしたことを思えば、憎む人がいるのは当たり前だ。
でも、あれは憎しみではなかった。見つけたら、うれしい。それだけだった。
あの朝、うちの土手にいた人たちも、たぶん、そうだった。だから、あの人たちはこう書けたのだ。追ってはいない、と。追っていなかったのだ。たぶん、本当に。探していただけだ。
舜のそばには、一人だけ離れない人がいたという。長く、あの人のマネージャーをしていた男の人だ。名前は出ていなかった。その人もいっしょに移った。仕事も家族も置いてきたらしい。
私は、その話を読んだとき、巴という人のことを思い出した。
*
ずいぶん前、私が遠くから見ていた人だ。轟という男の、あの静かな相棒。
あの人がそのあとどうなったのかを、私は知らない。轟が崩れたとき、どこまでそばにいたのか。今どこにいるのか。生きているのかどうかも分からない。
私は、あの人のことをいつか書きたいと思っていた。でも、私が知っていることは、雨の裏口で頭を下げていた背中だけだ。
舜が、その頃、一度だけ写真に撮られた。コンビニの前だった。夜だ。
帽子をかぶって、うつむいて、袋を提げている。顔は半分ほどしか見えない。その写真の下には、たくさんの言葉がついた。
太ったな。老けた。ざまあみろ。かわいそう。まだ生きてたんだ。
私は、その画面を長いあいだ見ていた。そして、書きこみの欄に指を置いた。
私は、そこに書こうとした。その人がどうなるか、私は知っています。この先に何が起きるかも知っています。やめてください。そう書こうとした。
*
途中まで打った。そして、消した。
理由は、はっきりしている。私が、その名前で何かを書けば、次の日には私が探される。栄あかりの母親が舜をかばった。そう書かれる。そうなれば、また、あの子の名前が使われる。あの子の写真が、また出る。
私は、それに耐えられない。
だから私は消した。そして、画面を閉じた。
私は、この世でたった一人、あれを止める言葉を持っていた人間かもしれない。母親だからだ。
あの仕組みの下で子どもを一人失くした母親が、やめてくださいと言えば、少しは届いたかもしれない。
私は、言わなかった。自分の子どもの名前を、もう一度出されるのがこわかったからだ。
それは、正しいことだったのか。分からない。今も分からない。たぶん、私はこれも一生、考えつづける。
その年の終わりごろから、舜の話は出なくなった。見つからなくなったのか、みんなが飽きたのか。たぶん、後のほうだ。
*
もう、探しても面白くなくなったのだ。
私は、あの人が今どこにいるのかを知らない。生きているのか、死んでいるのかも知らない。
ただ、時々思うことがある。あの人は今、どこかの小さな町で静かに暮らしているかもしれない。誰も自分を知らない場所で、朝起きて、働いて、寝ている。かつて、まん中に立っていた人が、そうやって生きているとしたら。
それは、私たちと同じ暮らしだ。
うちを潰した相手と私が、同じかたちで生きている。そう思うと、笑ってしまいそうになる。
笑えなかったけれど。




