第八十三章 あかりの死
この話を、私は何度も書こうとして、そのたびにやめた。
ほかのことは、書けた。父のことも、兄のことも、宗太のことも、敦のことも、母のことも。つらかったけれど、書けた。書いているうちに、だんだん言葉が見つかった。
この子のことだけは、見つからない。
だから、ここには、あった出来事だけを書く。それしかできない。
私が着いたとき、あの子は、もう上げられていた。土手の下に、青いものが敷いてあった。制服の人が何人かいた。私が近づくと、その人たちが少し場所を空けてくれた。誰も、何も言わなかった。
あの子は、母が着せた服のままだった。朝、母が出してやったのだろう。前の日に洗って干してあったものだ。紺色の上着に、白いシャツ。私が二年前の町で買ったものだった。
靴は、両方あった。
髪は、ぬれて、額と頬に張りついていた。母が前の晩に洗ってくれた髪だった。縁側で時間をかけてかわかしてくれた髪だった。
私は、その髪を手で直した。指で額から分けて、耳のうしろへやった。ぬれていたので、思うようにならなかった。何度もやり直した。
制服の人が、私の背中に手を置いた。そのままにしていてください、というようなことを言われた気がする。
私は、やめなかった。
私は、ずっとこの子の髪を、そうやって直してきた。生まれてから、ずっとだ。それだけは、この子のことで私にできる、いちばん古いことだった。
*
あとで、上着の右のポケットに貝が入っていた。小さな、白い巻き貝だ。二年前の町の、あの海で拾ったものだと思う。
私は、それを知らなかった。あの子がいつ拾ったのか。なぜ、それを持っていたのか。あの町を出るとき、椅子とカセットのことは分かったのに、これは分からなかった。
私は、あの子のことを、最後まで知らない。
その日から、あの子は日本じゅうの画面に映った。追われている場面が、何度も流れた。
母に手を引かれて走っている。途中で一度、うしろを振り返っている。その顔がはっきり写っているものが、一つあった。
その顔を、私は見た。見たくなかった。見なければ、あの子は、私のなかで笑ったままでいられた。でも、あれは、あの子が生きて動いている、いちばん新しい姿だった。
だから、私は、それを見た。何度も見た。止めて、進めて、また止めた。走っている足。振り返る顔。ひらいた口。
そこに写っているのは、こわがっている子どもだ。
それを見るために、私は、あの子を追いかけた人たちが撮ったものを見るしかなかった。
*
夫のことも、書いておく。あの朝、夫は眠っていた。前の晩、遅くまで次の町のことを調べていた。仕事を辞めてから、そればかりしていた。だから、二人が出ていく音に気づかなかった。
起きたときには、家に誰もいなかった。外の人の数が、いつもよりずっと多かった。それで外へ出た。夫が土手に着いたのは、私より少し早かった。
その日から、夫はしばらく口をきかなくなった。葬儀のあいだも、必要なことしか言わなかった。人に頭を下げて、車を出して、書類を書いて、それだけをしていた。
ずっとあとになって、一度だけこう言った。
──おれが、起きてれば。
私は、あなたのせいじゃない、と言った。言いながら、これは私が二年間あの子に言いつづけた言葉だと思った。あなたのせいじゃない。あなたは何も悪くない。
あの言葉は、言われた側をちっとも楽にしない。
私は、それを、言われる側になってはじめて知った。
あの子の名前のことも、書いておかなければならない。新聞にも番組にも、あの子は、栄あかり、と書かれた。私たちが二年かけて消した名前だ。学校を変えて、町を変えて、頭を下げて回って、やっと減らした名前だ。
あの子の本当の名字は、夫の名字だった。生まれたときから、書類の上では、ずっとそうだった。それを、どこも使わなかった。
*
私は、頼んで回った。そちらが本名です、と説明した。何度も言った。丁寧に聞いてくれる人もいた。分かりました、と言ってくれる人もいた。それでも、次の日には、また、栄あかり、と出た。
そのほうが、誰にでも通じるからだ。あの子は、最後まで、あの名前の子だった。
葬儀は、静かなものにしたかった。できなかった。
日にちも場所も、どこかから出てしまった。前の日から車が来た。花を持ってきてくださる方もいた。あの子の写真を持って泣いてくださる方もいた。
その人たちは、あの子を本当にかわいそうだと思ってくれていたのだと思う。
でも、私は、その花を見てこう思ってしまった。この人たちのうちの何人が、あの朝、あの土手にいた人と、同じなのだろう。
それは、ひどい考えだ。分かっている。花を持ってきてくれた人と、追いかけた人は、たぶん別の人だ。ほとんどは、そうだろう。でも、そのときの私には、外にいる人が全部、同じ顔に見えた。
顔がないというのは、そういうことだった。誰も憎めないかわりに、誰も赦せない。
*
あの子の名前のことを、最後に書く。あかり、という名は、私がつけた。
生まれた日、窓から夕方の光が入ってきていた。それだけの理由だった。この子の人生に明るいものがありますように、と思った。
その光が、この子を焼いた。
──と、そう書くのは、たぶん、うまく書きすぎている。
名前のせいではない。光のせいでもない。あの子を追いかけたのは人だ。ただの人だ。
でも、私はいまだに、夕方のあの色を見ると息ができなくなる。
それから何日か、私は手を動かしていた。書類を書いた。電話に出た。頭を下げた。ご飯を作って、食べなかった。不思議なもので、体は勝手に動いた。
一度、台所で四人分の茶わんを出していた。父と、母と、あかりと、私の分だ。父は病院にいて、母もあかりもいないのに、手が、いつものように四つ並べていた。
私は、それを見て、しばらく立っていた。そして、二つ戻した。
この記録のなかで、私はいつか、あの子のことを書かなければならない。どんな子だったか。どんな声だったか。何が好きで、何をこわがって、何を言わないでいた子だったか。
それを書かなければ、この記録は意味がない。でも、今は、まだ書けない。
*
いつか書く。書くまでは、死ねない。それだけは、あの日から、私のなかで、一度も変わっていない。
家に帰ったのは、夜だった。誰もいない家だった。父は病院にいて、母はもういない。宗太のことは、まだ知らなかった。夫は、下で人と話していた。
私は、あの子が寝ていた部屋に入った。
布団は、朝のままだった。その横に、あの椅子があった。宗太が作った、脚の長さのちがう椅子だ。二年前も、こんども、あの子が持って歩いた椅子だ。
私は、そこに座った。
大人が座るものではない。ひどく低くて、膝が上がった。体重をかけたとき、椅子が、かたかた、と鳴った。
その音を聞いて、私は、はじめて声を出した。




