第七十八章 徳子の覚悟
朝になって、私は夫に話した。
夫は黙って聞いていた。それから、こう言った。
──おれが、あかりと残る。
君は、お義父さんのところへ行ってきなさい。ここは、なんとかする。次の町も当てはある。おれが、あの子を連れていくから。
夫は、たぶん、それを一晩考えていたのだと思う。台所で紙に書いていたのは、そのことだったのだ。
私は、ありがとう、と言った。そして、うなずきかけて止まった。
私は、この二年のことを考えていた。私は、あの子を守ってきた。そのつもりだった。
でも、私が実際にやってきたことは、なんだったろう。名前を取り上げた。友だちと引き離した。学校を変えた。歌う場所をなくした。おじいちゃんにも、おばあちゃんにも会わせなかった。あの子から一つずつ、取り上げてきた。
そのたびに、私は、あなたのためだ、と言った。あの番組のあと、日本じゅうが言った言葉と同じだ。あの子のためだ。あの子を守れ。そう言って、みんなであの子の居場所を奪った。
私は、あれを憎んだ。憎みながら、同じことを二年間していた。
*
守るというのは、こんなに引き算ばかりなのか。あの子は、たしかに生きている。生きているけれど、生きているだけになっていく。それは、守っていることになるのか。
私は、はじめて、あの子に聞くことにした。あかりの部屋へ行って、横に座った。そして全部話した。おじいちゃんが倒れたこと。よくないこと。おばあちゃんは、あかりは来なくていいと言っていること。
そして、こう聞いた。
──あかりは、どうしたい。
あの子は、しばらく黙っていた。それから、こう言った。
──おじいちゃんに、会いたい。
私が何か言うより先に、あの子は続けた。だって、あかり、まだ、おじいちゃんにちゃんとありがとうって言ってない。
私は、その言葉をうまく受け止められなかった。ありがとう。この子は、この家に何をありがとうと言うのだろう。
この家は、あの子を舞台に立たせた。子どもの時間を取り上げた。全国に顔をさらし、疲れた顔を大写しにされ、世間の物語の道具にされた。そのせいで、名前も学校も友だちも失った。
その相手に、ありがとう。
*
でも、あの子には、たぶん別のものが見えていたのだ。膝にのせて頭をなでてくれた祖父。歌をほめてくれた祖父。あの子が生まれた日に、いちばん喜んだ人。
私が、この家の罪だと思って書いてきたものと、あの子が覚えているものは、たぶん、まるでちがう。
──私は、この記録のなかで、父を、人を切る男として書いてきた。それは本当だ。
でも、あの子にとっての父は、そうではなかった。私が書いているのは、父の全部ではない。それを私は、あの子の一言で思い知らされた。
私は、あの子を抱きしめた。強く抱いた。あの子は驚いたのか、少しのあいだ、じっとしていた。それから、私の背中に手を回した。
小さな手だった。私は、その手の重さを覚えておこうと思った。あとになって、なぜあのとき、そんなことを思ったのかは分からない。ただ、そのとき、たしかにそう思ったのだ。
抱いたまま、私は自分に言い聞かせていた。私は、この子を守れない。二年やって、それは分かった。私には力がない。名前も、金も、頼れる人も、何もない。世間は、私の言うことなど一度も聞かなかった。
だから、私にできることは、たぶん守ることではない。
*
それが何なのかを、私はその朝、はっきりと決めた。
覚えていることだ。この家に何があったのか。誰が何をして、何をされたのか。父が何を切ったのか。兄が何を言わされたのか。宗太が何になりたかったのか。母が誰を覚えていたのか。敦が、どこまで歩いたのか。
そして、あの子がどんな声で歌ったのか。
それを、私が書く。誰も読まなくてもいい。誰も読まないだろうと思う。それでも、この世に一つだけ、この家がたしかにあったという紙を残す。
私は、この家の最後の一人になる。だから書く。
それは、あきらめではなかった。そのときの私には、はっきりと分かっていた。これは負けを認めることではない。引き受けることだ。守れない者が、それでもできる、たった一つのことだった。
──今、こうして書いていると、あのときの自分が、ずいぶん立派に見える。
たぶん、実際は、そんなにきれいなものではなかった。
私は、こわかったのだ。何もできないまま全部がなくなっていくのが、こわかった。だから、せめて何かをしている気になりたかった。書くというのは、そのために、いちばん都合のいいことだった。
覚悟だったのか、逃げだったのか。私には、いまだに分けられない。分けられないまま、私はそれから今日まで、ずっと書いている。
*
夫には、決めたことを話した。あかりを連れていく。三人で行く。
夫は反対しなかった。少し黙ってから、分かった、と言った。それから、こう付け足した。
──おれも行く。今度は、はじめから、いっしょにいる。
荷造りをしているとき、あかりが、あの椅子を持ってきた。宗太が作った、脚の長さのちがう、かたかた鳴る椅子だ。二年前、車の膝の上に抱えて離さなかった、あれだった。
持っていく、とあの子は言った。私は、うん、と答えた。
それから、あの子は押し入れの前でしゃがんで、しばらく何かをさがしていた。私が見にいくと、古いカセットのようなものを出してきた。
じゅんくんのギターの音が入ってる、と、あの子は言った。
私は知らなかった。あの子がいつ、どうやってそれを録ったのか。二年、そんなものを持っていたことも知らなかった。
私は、あの子のことを何も分かっていなかったのだと思った。守るとばかり言って、この子が何を大事に持っているのかさえ、聞いたことがなかった。
*
出発の日、家の前に、まだ人がいた。多くはなかった。三人か、四人だ。こちらが荷物を積んでいるあいだ、少し離れたところに立って、こちらを見ていた。声はかけてこなかった。
夫が、あかりを先に車に乗せた。あの子は、椅子を抱えていた。
私が最後に鍵をかけているとき、一人が、写真を撮った。音で分かった。私は、振り返らなかった。
車を出すとき、隣のおかみさんが、道に出てきていた。その人は、手を振らなかった。ただ、そこに立って、こちらを見ていた。母と、同じだった。
私は、その姿を、白い煮物の鉢といっしょに、覚えておくことにした。この二年の、いちばんいいものだったから。
私は、母に電話をかけた。あかりを連れていくこと。夫も来ること。三人で行くこと。
母は聞き終わって、しばらく何も言わなかった。その沈黙が、長かった。
母は二年前も、その前も、あの子だけは戻すなと言っていた。何があってもだよ、と念を押した人だ。だから、叱られると思った。私は待っていた。
*
でも、母は叱らなかった。やがて母は、静かにこう言った。
──そうかい。
それだけだった。そして少ししてから、いつもの声で、こう続けた。
──じゃあ、おにぎり、作っとくね。
私は、そのとき、母が何を考えていたのか知らない。今なら、いくらでも書ける。あのときすでに母は決めていた、と。あの沈黙のあいだに、母のなかで何かが定まったのだ、と。
でも、それは、あとから知って書いていることだ。あのときの私は、ただ、ほっとしていた。母が怒らなかったことに。おにぎりを作ると言ってくれたことに。
私は電話を切って、荷物をまとめはじめた。




