第七十七章 最終決戦の前夜
その春、鎌が、この国の放送と芸能をまとめて束ねる立場に就いた。
大きな式があった。新聞にも番組にも、その顔が出た。あいかわらず物腰はやわらかく、笑い方も静かだった。取材に答えて、鎌はこう言っていた。私は、何も新しいことはしません。この仕事を好きな人たちが安心して働ける場所を守るだけです、と。
その言葉に、うそはなかったと思う。
鎌のもとには、実際に大勢の人が救われて集まっていた。父に切られた人も、轟が崩れたあとに行き場をなくした人も。あの人は、その全部を受け止めてきた。
四十年かけて、この人は争わずにまん中へ着いた。
一度だけ、その式の中継を見た。大きな会場だった。壇の上で鎌が短く挨拶をしていた。何百人もの人が、そこに座っていた。そのなかには、うちにいた人の顔もいくつかあった。
私は、その画面をぼんやり見ていた。
不思議なことに、憎いとは思わなかった。あの人は何も奪っていない。うちが勝手に崩れて、こぼれたものをあの人が拾っただけだ。ただ、一つだけ思ったことがある。
あの壇の上には、本当なら父が立っていたはずの場所がある。父は、そこに立つために四十年、人を切りつづけた。そして立てないまま、今は縁側に座っている。鎌は、切らずに、そこに着いた。
その差がどこにあったのか。私には今も分からない。
*
そして、こういうときには、必ず前の時代の話が要る。新しい王を語るには、古い王の亡骸がいるのだ。
その春、あらゆるところで栄家の映像が流れた。父の全盛期。父がどなっている場面。兄の三分。あの番組の抜粋。そして最後に、あの若者の話まで入っていた。
栄家に最後まで残った青年が、被害者の家を回り、そして死んだ。番組はそう伝えた。何も間違ってはいない。ただ、その話は、時代が変わったことを示すための、いちばん最後の一こまとして使われていた。
あの子の死は、もう他人の物語の締めくくりになっていた。
私は、そのころ、また、あの感じにとらわれていた。どの局も、どの雑誌も、まるで示し合わせたように同じ順番で同じものを流した。誰かが号令をかけたとしか思えなかった。
もちろん証拠はない。ただ、そういう時代の潮目には、必ず、いちばん上で得をする人がいる。そのことだけは、たしかだった。
──と、私はいつもこう書く。分かっている。私は、何にでも見えない手をさがしてしまう。本当は、ただ、みんなが同じものを見たがっただけかもしれない。それが、いちばんこわい説明であることも分かっている。
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熊野は、あれから一度も出てこなかった。あの「私が殺しました」の回で、あの人は止まった。それきり、新しいものは一つも出ていない。何年も毎日続けていた人が、ぱたりと消えた。
だから、あの春の騒ぎのなかに熊野はいなかった。
かわりに、熊野が何年もかけて調べたものだけが、あちこちで使われていた。名前も出されず、断りもなく。あの人が一つずつ確かめた日付や名前が切り取られて、番組の材料になっていた。
いちばん熱心に調べた人がいちばん静かになって、その仕事だけが勝手に歩いていた。
そんな四月の終わりに、あかりの学校で運動会があった。小さな学校の、小さな運動会だ。あの子は走るのが速くなっていた。転んで泣いていた子が、二年でそこまでになっていた。
その日、町の写真屋さんが、いつものように写真を撮った。そして、いつものように、店の知らせにその写真を載せた。
町の子どもたちが笑って走っている写真だった。悪意など、どこにもなかった。
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三日後、その町に、知らない車が来はじめた。はじめは一台だった。次の日には数台になった。学校の前と、私たちの家の近くに人が立つようになった。
私たちが、どうやって見つけられたのか。今もはっきりとは分からない。ただ、写真の顔を見て思い当たった人が、どこかにいたのだろう。誰かがそれを書いた。そして、たしかめた人がいて、広めた人がいた。
一人一人は、たぶん、ほんの一言だ。三日で、二年分の暮らしが終わった。
そんななかで、隣の家の人が、一度だけ、うちに来た。海で働いている家のおかみさんだった。回覧板を持ってきて、それから玄関先で、ぼそっと言った。
──うちは、なんも聞かんでね。
それだけだった。その人は、煮物の入った鉢を置いて帰っていった。中身のことも写真のことも、何も聞かなかった。
私は、その鉢をしばらく持ったまま立っていた。
学校から、電話が来た。前の町のときと同じ言葉だった。ほかの子の親御さんからも心配の声が。お嬢さんの安全のために。しばらくお休みを。
夫の会社にも、電話が入りはじめた。
夫は何も言わなかった。ただ、その晩、遅くまで台所で何かを書いていた。次にどこへ行けるか、いくらかかるか。そういうことを紙に書き出していたのだと思う。
私は声をかけられなかった。この人は二年前に、出世も給料も捨ててここへ来てくれた。そして、また同じことをしようとしていた。
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あかりは、その週、ずっと家にいた。外へは出さなかった。カーテンも閉めたままにした。
あの子は文句を言わなかった。宿題をして、本を読んで、時々、窓のほうを見ていた。
一度だけ、こう聞かれた。
──あかりが、また、みんなに見つかったから、こうなってるの。
私は、ちがう、と言った。あなたのせいじゃない、と。二年前と同じことを言った。
あの子は、うん、と言って、それきり聞かなかった。
そして、その夜、母から電話が来た。母の声は、いつもと同じだった。低くて落ち着いていた。だから、はじめ、私はいつもの用件だと思った。
──お父さんが、倒れたよ。
母は順番に話した。夕方、縁側で、いつものように座っていた。声をかけても返事がないので行ってみたら、横になっていた。すぐに運んだ。今は病院にいる。
そして母は、こう続けた。
──先生がね、もう、そんなに長くないって。
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私は受話器を持ったまま、しばらく黙っていた。母も、何も言わなかった。やがて母が、静かに言った。
──あんただけ、おいで。
あかりは連れてこなくていい。あの子は、あそこにいなさい。母はそう言った。二年前と同じことを言った。
私は、うん、と答えた。
電話を切って、私は暗い台所に立っていた。外では車の音がしていた。いつもの町の音ではなかった。
窓のすきまから道が見えた。街灯の下に、人が二人立っていた。こちらを見上げているのか、ただそこにいるだけなのか、暗くて分からなかった。
奥の部屋から、あかりが呼んだ。ママ、どこ、と。私は、ここにいるよ、と答えた。
その晩、私はほとんど眠らなかった。母の言うとおりにすれば、あかりは、この家に残る。そして、じきに、この町にもいられなくなる。夫と二人で、また知らない町へ行くことになる。
私が連れていけば、あの子は外に出る。二年かけて消してきた名前のところへ、自分から戻ることになる。
どちらにしても、あの子は守られない。私は、そのことを、その夜、はじめて、はっきりと分かってしまった。
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明け方近くに、私は押し入れを開けた。布の包みを出して、机の上に置いた。母がくれた、あの表札だった。
包みは開けなかった。ただ、その前に座って、朝が来るまで、そこにいた。




