第七十六章 父の慟哭
敦が死んだと聞いても、父は、何も言わなかった。
母が話したとき、父はいつものように縁側に座っていた。母の話を最後まで聞いて、それから、うん、とだけ言ったそうだ。それきりだった。取り乱しもしなかったし、うつむきもしなかった。ただ庭のほうを見ていた。
私は、その話を聞いて腹が立った。この人は、もう何も感じないのだと思った。人が一人、この家のせいで死んだのに。うちで育った子が、うちの名前を背負って歩いて、それで死んだのに。
でも、三日ほどたって父は動きはじめた。母に、古い手帳を出させたのだ。父が四十年使ってきた、名前と電話番号を書きつけた手帳だった。
そして、電話をかけはじめた。
はじめの何本かは、つながりもしなかった。番号が変わっていた。会社がなくなっていた。呼び出し音が鳴りつづけて、誰も出ない。父は何も言わずに切って、次の番号を押した。
たまに、つながった。父は名乗った。栄一鶴です、と。ずいぶん久しぶりに、その名前を、はっきりした声で言っていた。そして、頼んだ。
*
父が頼んでいたのは、こういうことだった。うちにいた若い者が死んだ。歌のうまい子だった。伊織が見つけた子だ。あの子が悪く言われたまま終わるのは、あんまりだ。どこか一つでいい。あの子の歌を流してやってくれないか。
父は、同じことを何度も何度も言った。
私は台所からそれを聞いていた。手が止まって、動かなかった。
答えは、どれも同じだったのだと思う。電話の向こうは、たいてい丁寧だった。父の声が高くなることもなかった。分かりました、考えてみます、というような言葉が返ってきていたのだろう。父は、ありがとう、と言って切った。
そして、次の番号を押した。
三日かけて、父はその手帳を最初から最後まで回した。何も、起きなかった。
一本だけ、私が近くで聞いてしまった電話がある。相手は昔、父の下で仕事をしていた人らしかった。今は、どこかの局で、それなりの立場にいるようだった。父は、いつもの頼みごとを言った。歌のうまい子がいた。伊織が見つけた子だ。その歌を、どこかで流してやってくれないか、と。
相手が何か言った。父は、しばらく黙って聞いていた。そして、こう言った。
──分かってる。おまえの立場も、分かってる。ただ、二十歳の子なんだ。
また、相手が話した。父は、うん、うん、と言った。それから最後に、こう言った。
──いや、いいんだ。おまえは、よくしてくれた。おれが、無茶を言った。
受話器を置いたあと、父は自分の手の甲を、しばらく見ていた。
*
四日目に、父は、最後の一人にかけた。
その人の名前は、私も知っていた。父と同じ時代に業界へ入って、四十年つきあいのあった人だ。若い頃、父の家に泊まりに来たこともある。私が子どもの頃に肩車をしてくれたことがあった。
その電話は、少し長かった。父は途中から、ほとんど話さなかった。うん、うん、と言って聞いていた。最後に、父はこう言った。
──いや、こっちこそ、無理を言った。すまん。
そして、静かに受話器を置いた。
父は、そのまま、しばらく座っていた。
手帳が開いたまま置いてあった。全部のページに線が引いてあった。かけた番号を、一つずつ消していったのだ。一つも、残っていなかった。
私がお茶を持っていくと、父がぽつりと聞いた。
──あの子は、伊織が見つけたんだったな。
私は、そうだよ、と答えた。父はうなずいた。それから、また黙った。そして、しばらくして、こう言った。
──あの電話は、おれが、伊織に言わせたんだ。
*
父は、それきり何も言わなかった。
でも私には、そのとき、父の頭のなかで何が並んでいるのか分かってしまった。父が伊織に電話をかけさせた。その電話で、一つの家が傾いた。その家の息子が四十年かけて栄家を追った。そして、その人が出した記録で、伊織が見つけた子が死んだ。
一本の線だった。はじめの一点に、父がいた。
父の口が動いた。声にはならなかった。もう一度、動いた。
──おれが、殺したのか。
私は、答えなかった。答えられなかった、というほうが正しい。
そうだよ、と言えば、それは本当のことだった。ちがう、と言えば、それはうそだった。私は、どちらも言えずに、ただそこに立っていた。
私が黙っていた時間は、たぶん短かった。でも、父には長かったと思う。
父が、はじめて声を上げた。
私は、父が泣くのを見たことがなかった。兄の葬式のときも、父は泣かなかった。背筋を伸ばして、来る人来る人に頭を下げていた。あれが、この人のやり方なのだと私はずっと思っていた。
でも、そのときの父は、そういう泣き方ではなかった。顔を覆うこともしなかった。声を抑えることもしなかった。口を大きく開けて、息が続くかぎり大きな声を出していた。言葉ではなかった。誰かを呼んでいるようでもあり、ただ痛がっているだけのようでもあった。
老いた人の出す声だとは、思えなかった。
*
私は、動けなかった。父に触ることができなかった。私は、この人の娘だ。それなのに、その背中に手を伸ばすことが、どうしてもできなかった。
台所から、母が出てきた。
母は、少しも驚いていないように見えた。まっすぐ父のところへ行って、横に座り、その背中に手を置いた。そして、ゆっくりさすりはじめた。着替えを出すときと、背中をふくときと同じ手つきだった。
私は、その部屋を出た。廊下に立って、しばらくそこにいた。
父の声は、なかなか止まらなかった。それが少しずつ小さくなり、しゃくり上げる音になって、やがて静かになった。
そのあいだ、母の声は一度も聞こえなかった。何も言わずに、ただ、さすっていたのだと思う。
あとで、母から聞いた話がある。あの手帳を、父はそれから毎晩開いていたそうだ。新しくかけるわけではない。ただ、線を引いた名前を一つずつ目で追っていた。時々、指で押さえて、しばらく止まっていた。
母が、もう寝ましょう、と言うと、父は、うん、と言って閉じた。そして次の晩も、また開いた。
*
その日から、父は変わった。暴れもしなければ、荒れもしなかった。ただ、口数がさらに減った。ご飯を食べて、薬を飲んで、庭を見て、寝る。それだけの人になった。
私は、あの日の父をどう書けばいいのか、今も迷っている。
あの声は、敦のためだったのか。伊織のためだったのか。それとも、自分が積み上げてきたものが最後に一本の線になって、自分に返ってきたことへの、ただの恐ろしさだったのか。
私は、父を悔いた人として書きたい。ずっとそう書きたかった。でも、あの声には言葉がなかった。だから、何のための声だったのか確かめようがない。
一つだけ、はっきりしていることがある。あの日、父の手帳の番号は、全部線で消された。四十年かけて集めた名前が、一つ残らず何の役にも立たなかった。かつて一本の電話で人の一生を変えられた人が、一人の若者の歌を、どこにも流してやれなかった。
父が負けたのは、鎌にでも世間にでもない。
あの日、父は、自分が何者でもなくなったことを、はじめて自分の耳で聞いたのだと思う。




