第六章 光の外側
ここで少しだけ、私自身の話をさせてほしい。
父の王国が大きくなっていく中で、父はあることを考えるようになった。自分の子どもたちも、スターにするということだ。
考えてみれば、当然の流れだった。忘れられない一族を作る。それが父の夢だったのだから。その一族のまん中に、自分の血を分けた子どもたちがいれば、これほど心強いことはない。
だから私たちきょうだいは、物心つく前から、カメラの前に立たされて育った。
普通の家の子どもなら、公園で遊んだり、友だちとけんかしたりして育つ。でも、私たちの遊び場は、テレビ局のスタジオや、撮影の現場だった。周りにいるのは、いつも大人ばかり。カメラと、照明と、台本。それが私たちの日常だった。普通の子ども時代というものが、私たちにはなかったのだ。
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いちばん上の兄、伊織は、父の期待にみごとに応えた。
兄は幼い頃から、不思議な子だった。カメラを向けられると、ぱっと顔が輝く。周りの大人たちが、思わず笑顔になるような、あたたかい何かが、兄にはあった。
父の才能をいちばん色濃く受け継いだのは、まちがいなく兄だった。子役として、いくつものドラマに出て、兄はたちまち、かわいい人気者になっていった。
父はそんな兄を、心から誇りに思っていた。
でも。私がいちばん覚えているのは、兄の人気者としての姿ではない。撮影の合間に、すみっこで一人、ぽつんとしていた私のところへ、兄はいつも来てくれた。「とっちゃん、退屈だろ」と言って、楽屋のお菓子をこっそり分けてくれたり。くだらない手品を見せて、笑わせてくれたり。兄はどんなに忙しくても、妹の私のことを、けっして放っておかなかった。人気者でありながら、兄のいちばんすごいところは、そういうやさしさだった、と今でも思う。
兄は、私が失敗しても、けっして笑わなかった。ほかの大人たちが困った顔をする中で、兄だけは、そっと私の手を握ってくれた。「気にすんな。おれだって、最初は失敗ばっかりだったんだから」。それが本当かどうかは分からない。でも、その一言がどれだけ、私を救ってくれたことか。
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そして。私だった。
私も兄と同じように、小さい頃からカメラの前に立たされた。父は当然、私にも、兄と同じ輝きを期待していた。
でも。私はだめだった。
カメラを向けられると、体がこわばった。大勢の目が、自分に集まっていると思うと、息がうまくできなくなった。頭が真っ白になって、用意していたはずの言葉も、笑顔も、ぜんぶどこかへ消えてしまう。
兄にはあんなに自然なことが、どうして私にはできないんだろう。何度もそう思った。練習ではできるのだ。家で、母の前でなら、歌もうたえる。笑うこともできる。でも、カメラの向こうに、大勢の知らない人がいる。そう思ったとたん、私の心はぴたりと閉じてしまうのだった。見られることが、私にはどうしてもこわかった。
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いちばん忘れられないのは、五つか六つの頃。ある、テレビ番組の試験を受けたときのことだ。
小さな私は、大勢のスタッフの前で、歌を歌うことになっていた。何度も家で練習した歌だった。
けれど。本番で、カメラの赤いランプが灯った瞬間。私は固まってしまった。
一言も、声が出なかった。ただ、みんなに見られているというこわさで、涙があふれてきて。私はスタジオのまん中で、ただ泣いてしまった。
スタッフの大人たちが、困ったように顔を見合わせた。「もう、いいよ」と誰かが言った。そのやさしい声が、かえって私をみじめにした。私は失敗したのだ。父の名前を背負って来たのに、何もできずに、ただ泣いただけ。スタジオを出るとき、私は父の顔を、見ることができなかった。
その日の帰りの車の中。父は何も言わなかった。
怒られるほうが、まだましだった。父のその、黙り込んだ横顔が、私には何よりつらかった。
ああ。私はこの人の期待には、応えられないんだ。兄みたいにはなれないんだ。
幼いながらに、私はその日、はっきりと悟った。私はこの、まぶしい一家の中で、ただ一人、光をまとえない人間なのだ、と。
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その夜。泣きやめない私を、母がそっと抱きしめてくれた。
「いいのよ」と、母は言った。「無理して笑わなくていいの。無理して、みんなに見られなくていいの。とっちゃんは、とっちゃんのままでいいんだから」
とっちゃん、というのは、私の小さい頃の呼び名だった。
母のそのあたたかい言葉に、私はまた泣いた。でも、その涙は、さっきまでとは少しちがう涙だった。
母だけは、光をまとえない私のことも、まるごと受け止めてくれた。それがどれほど救いだったか、しれない。
思えば、母も光の外側の人だった。あの、まぶしい一家の中で、母だけはけっして、カメラの前に出ようとしなかった。母はたぶん、分かっていたのだ。光のまん中は、あたたかいだけの場所ではないということを。まぶしい、その裏には、いつも濃い影があるということを。だから母は、私が光の外側にいることを、むしろそっと喜んでいたのかもしれない。
*
それからしばらくして。父は、私をカメラの前に立たせるのをやめた。
たぶん、父は悟ったのだろう。この子には、その才能はない、と。父は才能を見抜く天才だった。だからこそ、私にそれがないことも、誰よりも早く見抜いてしまったのだ。
私はほっとした。もう、あのこわいカメラの前に立たなくていい。でも。同時に、胸のどこかが、しくしくと痛んだ。
私は父の夢の一族から、そっと外されたのだ。表向きはやさしく。でも、たしかに。
きょうだいの中で、私だけが普通の学校に通い、普通の子どもとして育っていくことになった。それは今思えば、ありがたいことだった。でも、あの頃の私には、自分だけが家族の輪の外に置いていかれるような、さみしさがあった。
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今思えば。
でも。だからこそ、なのだ。
光をまとえなかったから、私は光の外側から、あの一家をずっと見ていることができた。
まん中で輝く人は、自分のまぶしさに、周りがよく見えない。でも、私はちがった。いちばん外側の暗がりから、一人ひとりの顔を、表情を、その栄光も、そしてそのかげりも。ずっと見つめていた。
だから今、あの一家のことを覚えているのが、ほかの誰でもなく、この私なのだ。光のまん中にいた人たちは、みんな消えてしまった。光の外側にいた私だけが、こうして残って、あのまぶしさを語りつづけている。兄も、父も、あんなに輝いていたみんなが、もういない。ただ、いちばん光の薄かった私だけが、こうして生きて、ペンを執っている。運命というのは、時々、こんなにも意地の悪いいたずらをする。
考えてみれば、不思議なことだ。あんなに光を浴びたいと、あんなに忘れられたくないと願った人たちが、みんな忘れられてしまった。そして。光などいらない、と、ただすみっこにいたかった私が、こうしてたった一人、あの人たちを覚えている。忘れられたくなかった父の願いをかなえているのは、皮肉にも、光をまとえなかった私なのだ。
光をまとえない、というのは、あの頃の私には、ただつらいだけのことだった。でも。今思うと、それは、あの一家の記憶をたった一人抱えていくために、私に与えられた役目だったのかもしれない。
こうして私は、一家のいちばん近くにいながら、いちばん遠くから見つめる。そういう子どもとして育っていった。
そして、私が光の外側で大きくなっていくあいだにも、父の王国は、まだまだ大きくなりつづけていた。その栄光が、いちばん高く燃えあがる、その瞬間に向かって。




