第七十二章 敦の奮闘
みんなが去ったあと、敦だけが残った。残って、誰にも頼まれていないことをはじめた。
私がそれに気づいたのは、母からの電話でだった。あの子が、お金を送ってくるんだよ、と母は言った。毎月、決まった日に少しずつ。封筒に、手書きで名前だけ書いて。
私は驚いた。あの子に、そんな余裕があるはずがなかった。仕事は、ほとんどなくなっていた。事務所も、もうない。
すぐに敦に電話をして、やめてほしい、と言った。あなたが、そんなことをする理由はない、と。敦は電話の向こうで、少し黙ってから言った。
──おれ、あの家で、ずいぶんご飯を食べさせてもらったので。
あとで知ったことだが、その頃の敦は、どんな仕事でも受けていた。小さな町のイベント。商店街の福引きの司会。人の集まらない酒場での弾き語り。名前も出ない、日雇いのような仕事もしていたらしい。
栄家にいた、という一点で、まともな仕事は来なかった。それでも、あの子は来た仕事を全部受けた。何時間もかけて地方へ行き、数千円で歌って、また何時間もかけて帰ってくる。
そういう暮らしのなかから、あの子は母に送っていた。
*
でも、いちばん驚いたのは、そのことではなかった。
ある日、私のところに一通の手紙が来た。差出人に、覚えのない名前があった。読んでみると、その人はずっと昔、父に切られた人だった。二十年以上前に、栄家との仕事をいきなり打ち切られ、それきり業界を離れた、という。
その手紙には、こう書いてあった。先日、若い人がうちに訪ねてきました。栄家の者だと名乗って、当時のことを謝っていきました。何時間も、私の話を聞いていきました。
私は、あの家を恨んでいました。でも、あの若い人には何の罪もない。あの人に謝られても、困ってしまいました。ただ、二十年たって、あのことを覚えていた人が一人でもいたということが、私には少し、うれしかったのです。
私は、敦に確かめた。あの子はあっさり認めた。栄家が切ってきた人たちのところへ、一人ずつ会いに行っているのだ、と。
どうやって調べたのか、と聞くと、敦は言った。事務所の古い書類を全部見たのだ、と。会社をたたむときに残っていた契約の書類や、当時の名簿。そこに載っている名前を、片っ端から書き出した。そして住所を調べて、一軒ずつ行っている。
その数を聞いて、私は言葉を失った。百人をこえていた。
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もちろん、うまくいくことのほうが少なかった。門前払いは、いくらでもあったそうだ。ドアを開けてもらえない。名乗ったとたんに切られる。今さら何をしに来た、と怒鳴られたこともある。
ある家では、玄関先で、水をかけられたという。その話を、敦は笑いながらした。夏だったので助かりました、と。
一度だけ、私も、ついていったことがある。古い団地の四階だった。エレベーターがなくて、階段を上った。敦は慣れた足どりで先を歩いた。
出てきたのは、七十くらいの男の人だった。かつて栄家の番組で、長く裏方をしていた人だという。父の一存で仕事を外され、その後、体をこわして、そのままになった。
敦は玄関先で、深く頭を下げた。その人は、しばらく黙っていた。それから、まあ、入りなさい、と言った。
狭い部屋だった。私たちは、小さなちゃぶ台の前に座らされた。その人はお茶を出してくれた。そして二時間近く、当時のことを話した。
どの現場が大変だったか。どの俳優が気むずかしかったか。父がどんなふうに人を怒鳴ったか。それから、自分がどれだけ、あの仕事を好きだったか。
敦は、ずっとうなずいて聞いていた。時々、短く質問をした。それは、いつごろのことですか、と。どこの現場ですか、と。
帰りぎわに、その人がぽつりと言った。
──こんな話、もう誰も、聞きにこないと思ってたよ。
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階段を下りながら、私は敦に聞いた。あの人は、怒っていなかったね、と。敦は少し考えてから答えた。
──怒ってる人のほうが、まだいいんです。
忘れられてる、と思ってる人のほうがつらそうなので。そう言って、あの子は次の家の住所を上着から出して見ていた。
私は、腹が立った。やめなさい、と言った。あなたがやることじゃない。切ったのは父だ。あなたは、まだ子どもだった。切られた側の人間ですらない。それに、そんなことをして何が変わるのか。世間は誰も見ていない。あなたが百人に謝ったところで、栄家の評判は一つも上がらない。あなたの仕事も増えない。
敦は、最後まで黙って聞いていた。そして、こう言った。
──評判のためじゃ、ないので。
その先を、あの子はうまく説明できなかった。言葉を選ぶのに、ずいぶん時間がかかった。私は待った。
やがて敦は、こんなふうに言った。伊織さんは、たぶん、こういうことをずっと一人でやっていたんだと思うんです。おれの知ってる伊織さんなら、やってたと思うんです。
でも、伊織さんは、もういないので。
──だから、誰かが、やらないと。
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私は、その理屈が正しいとは思わなかった。死んだ人がたぶんやっていたであろうことを、生きている若い人間が代わりに背負う。そんな理由で、二十歳の人生をすり減らしていいはずがない。
でも私は、それ以上、強く止めなかった。なぜか。止めたくなかったからだ。
私は、うれしかったのだ。この世に、まだ一人だけ、栄家のしてきたことをなかったことにしないでいてくれる人がいる。しかも、その人は憎むためではなく、詫びるためにそれをしている。
私は、そのことに救われていた。だから、口では止めながら、心のどこかで続けてほしいと思っていた。
──これを書くのは、つらい。でも、書いておかなければ、うそになる。
一度、あの子の姿が、外に出たこともあった。どこかの家の前で、敦が頭を下げているところを誰かが撮ったのだ。それが短い動画になって、出回った。
反応は、私が思ったのとちがった。
売名だ、と言われた。栄家の評判を上げるための下手な芝居だ、と。撮られると分かっていてやっているのだろう、と。わざわざ人の家の前で頭を下げて見せるのは、その家の人への嫌がらせだ、と言う人までいた。
心を打たれた、と書いている人もいるにはいた。でも、そういう声はすぐに流れていった。
敦は、その動画のことを一言も言わなかった。私が聞いても、ああ、と言っただけだった。
そして、次の日も、次の家へ行った。
*
その頃、敦は、目に見えてやせていた。
たまに家に来ると、母はあいかわらず山のようにおにぎりを握った。敦もあいかわらず、三つも四つも食べた。ごちそうさまでした、と深く頭を下げるところも、前と同じだった。
ただ、頬のあたりが、ずいぶん薄くなっていた。母が、無理をするんじゃないよ、と言うと、敦は、はい、と答えた。それから、いつものようにゆっくり笑った。
あの曲は、まだ途中なんです、と一度だけ言っていた。もう少しでできそうなんですけど、と。
そして、その日の帰りぎわに、敦がこんなことを言った。この前、ある人のところへ行ったら、先を越されていました、と。
私が聞き返すと、敦は言った。同じことを聞きに来た人が、少し前にいたそうです。当時のことを、細かく、順番に。ずいぶん丁寧な人だったと、その家の方が言っていました。
それは、誰、と私は聞いた。分かりません、と敦は答えた。名前は聞きそびれました。ただ、声の低い、少しかすれた人だった、と。
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私は、その場で何も言えなかった。
敦はそのまま、次の家の住所を書いた紙を上着に入れて出ていった。玄関で靴をはくとき、少しよろけて、それから、いつものように頭を下げた。
私は、その背中を見送った。
止めるなら、あのときだった。




