第七十一章 母・妙子の決断
新しい町に移ってからも、私は、月に一度は実家に帰っていた。
帰るたびに、家のなかから物が減っていた。はじめは気のせいだと思った。でも、そのうち、はっきり分かるようになった。押し入れの荷物が少しずつなくなっている。棚のものが減っている。台所の道具も、必要なものだけになっていた。
お母さん、片づけてるの、と聞くと、母はこう答えた。年寄り二人には、多すぎるからね、と。
そう言われれば、そのとおりだった。私はそれ以上、何も聞かなかった。聞きたくなかったのだと思う。
そのかわり母は、いろいろなことを私に教えるようになった。通帳と判は、この引き出しのいちばん下。家の権利の書類は、この茶封筒。宗太の施設の先生の電話は、ここに書いてある。父の薬は、朝と晩で色がちがう。この薬だけは、食後三十分たってから。
私が、そんなの、お母さんが知ってればいいでしょう、と言うと、母は笑った。
──お母さんだって、いつまでもいるわけじゃないよ。
年寄りは、そういうことを言うものだ。私はそう思った。そう思うことにした。
*
父の世話をする母の手つきは、少しも変わらなかった。栄えていた頃も落ちてからも、母はまったく同じようにやっていた。着替えを出す。背中をふく。ご飯を運ぶ。うまくいかない日があっても、腹を立てなかった。父がわけの分からないことを言い出しても、はいはい、と受け流していた。
私には、それが不思議だった。
父は母に、ずいぶんひどいことをしてきた人だ。家のことは何一つしなかった。母を、家の飾りのように扱っていた時期もあった。それなのに母は、恨み言を一度も言わない。
一度、父の具合が悪い晩に、泊まったことがある。
夜中に父が起きた。自分がどこにいるのか分からなくなっていた。事務所に行かなければならない、と言って、寝間着のまま玄関へ行こうとする。
私はあわてて止めようとした。声が高くなった。お父さん、もう会社はないの、と言いかけて、母に手で止められた。母は父の横に立って、こう言った。
──今日は日曜だから、お休みですよ。
父は、そうか、と言った。それから、素直に布団へ戻った。しばらくして、寝息が聞こえてきた。
私は台所で、母に聞いた。うそをついていいの、と。母は湯のみを片づけながら、こう答えた。
──ほんとうのことを言って、あの人が元気になるなら言うけどね。
私はそれ以上、何も言えなかった。
*
その頃、母は一人であちこちに出かけていた。行き先を、私には言わなかった。あとになって税理士の先生から聞いて、はじめて分かった。
母は、栄家に貸しのある人たちのところへ一軒ずつ回っていたのだ。大きな会社ではない。父の頃からの、小さな取引先。何年も前の、こまごまとした支払い。もう請求もされていないような、忘れられた分まで。
払えるものは少しずつ払った。払えないところには、頭を下げに行った。相手が怒鳴っても、黙って聞いていたそうだ。
そういうことを、母は家では一言も言わなかった。父の前でも、私の前でも。ただ出かけて、帰ってきて、いつものようにご飯を作っていた。
伊織の墓にも、母はよく行っていた。家から歩いて三十分ほどのところだ。バスもあるのに、母はいつも歩いていった。私が一度いっしょに行ったとき、母は慣れた手つきで石を洗い、花を替え、線香を上げた。
それから、しゃがんだまま、しばらく墓を見ていた。何も言わなかった。帰り道で、母がぽつりと言った。
──あの子は、いちばん最初に楽になったね。
責めている声ではなかった。うらやんでいる声でもなかったと思う。ただ、そう言っただけだった。
*
その理由を知ったのは、その頃の、ある晩のことだった。父が寝たあと、母と二人でお茶を飲んでいた。何のきっかけだったか、母がぽつりと昔の話をはじめたのだ。母は、そういう話をほとんどしない人だった。だから私は黙って聞いていた。
母が父と出会ったのは、母がまだ十九のときだったという。撮影所の近くの小さな食堂で働いていた。母は、そこの娘だった。
その頃の父は、まだ何者でもなかった。大部屋のいちばん下っ端。金がなくて、母の店で、いつもいちばん安いものばかり食べていた。よく、注文もせずに座って、水だけ飲んでいたそうだ。
──お腹すいてるのが、見て分かったからね。
母は、そう言って笑った。だから、こっそりご飯を多く盛ってやったのだ、と。
母は、それから、こう続けた。
──お母さんはね、あの人が、何にもない人だったときを知ってるの。
だからね、と母は言った。あの人が偉くなったときも、たいして驚かなかった。今こうなっても、そんなに驚いてないんだよ、と。
私はそのとき、はじめて分かった気がした。
この家の人間は、みんな、まん中にいる父しか知らなかった。父自身でさえ、そうだった。だから、まん中を失ったとき、みんな父が誰なのか分からなくなった。父も、自分が誰なのか分からなくなった。
母だけがちがった。母にとっての父は、はじめから、水だけ飲んで座っている、腹をすかせた若い男だった。落ちぶれた父は、母には知らない人ではなかったのだ。
*
その晩、母はもう一つだけ、私に言った。
──あかりは、あの町で、笑ってるかい。
私は、笑っている、と答えた。友だちもできた。自転車にも乗れるようになった。宿題が多いと文句を言っている、と。
母は、うんうん、とうなずいて、それからしばらく黙っていた。
そして、こう言った。
──あの子だけは、こっちへ戻しちゃいけないよ。
私が、うん、と答えると、母はもう一度、念を押すように言った。何があってもだよ、と。
そのときの母の声を、私は今でもはっきり思い出せる。あれは、頼んでいる声ではなかった。決めている人の声だった。
帰る日の朝、母が私に、包みを一つ渡した。布で包んだ、四角くて重いものだった。開けてみると、あの表札だった。栄、と彫られた古い木の札。母が玄関から外して、しまっておいたものだ。
これは、あんたが持っておいで、と母は言った。
私は断ろうとした。これは、この家のものだから、と。それに私は、もう栄という名字ではない。あかりの名前も消したばかりだった。今さら、この札を持って帰ってどうするのか。
でも母は首を振った。
──あんたが、いちばん覚えてるからね。
*
私は、その意味を、そのときはよく分からなかった。
母は、私が夜中に何かを書きつけていることを知っていたのだろうか。台所の机で、あのノートを開いていたのを見ていたのだろうか。それとも、ただ荷物を減らしたかっただけなのか。
たぶん分かっていたのだと思う。──と、私は書きたい。でも母は、そういうことをはっきり言葉にする人ではなかった。だから、これも私が勝手にそう決めているだけかもしれない。母が私に何を託したのか。それを私は、ついに一度も聞かなかった。
駅まで送ってくれた母は、改札の前でこう言った。
──お母さんは、だいじょうぶだから。
私は、うん、と言った。
母は、いつものように手を振らなかった。ただ、そこに立ってこちらを見ていた。私が階段を上りきって振り返ったときにも、まだ同じ場所に立っていた。
家に帰って、私はその表札を押し入れにしまった。包みを開けて、一度だけ、その字を見た。父が事務所を作ったときに、自分で書いて彫らせたものだという。太くて、力の入りすぎた字だった。若い頃の父の字だ。
私は、それをまた布で包んだ。
今も、その包みは、私の手もとにある。




