第七十章 あかりを守る最後の戦い
もう、ほとんど何も残っていなかった。会社も、仕事も、お金も、名前も。父の体も、宗太の心も。手からこぼれていくものを、私はただ見ているしかなかった。
でも一つだけ、まだ間に合うかもしれないものがあった。
同じことを、私はずっと前にも考えたことがある。あかりが表に出されはじめた頃だ。夫と相談して、遠くの町へ逃げようとした。父の手の届かないところへ、この子を連れていこうとした。
あのときはできなかった。父の力が、あまりに大きかったからだ。日本じゅうのどこへ行っても、父の目は届いた。
今は、ちがう。父には、もう何の力もない。誰にも命令できない。誰も父の言うことなど聞かない。あのとき私たちをはばんでいたものは、きれいになくなっていた。
こんなかたちで、道が開くとは思わなかった。
先に動いたのは、夫だった。ある晩、夫は会社に転勤を願い出た、と言った。
遠い支店だった。人も少なく、仕事の中身も、今よりずっと地味なところだ。行けば、この先の出世はまずない。給料も下がる。夫は、そのことを私に相談しなかった。もう決めてきた、と言った。
私が何か言おうとすると、夫はさえぎった。
──おれは、あの子の父親だから。
それだけだった。
私は、この人と結婚してよかった、とはじめて心から思った。──というのは、少しうそだ。その前にも何度もそう思ってきた。ただ、あのときほど強く思ったことはなかった。
*
それから私たちは、できることを一つずつ数えた。まず、名前だった。
あの子は、世間では栄あかりだった。でも、それは父が付けた表の名前だ。あの子の本当の名字は、夫の名字だった。生まれたときから、書類の上では、ずっとそうだった。
有名なほうの名前がうその名前で、誰も知らないほうの名前が本当の名前だった。私たちは、栄あかりという名前を捨てることにした。
次に、消せるものを消そうとした。弁護士の先生に相談に行った。若い、丁寧な女の先生だった。私は、あの子の映像や写真をできるだけ消してほしい、と頼んだ。先生は、一つずつ丁寧に説明してくれた。子どものものについては、消せるものもあります。頼めば応じてくれるところもあります。時間はかかりますが、やってみましょう、と。
それから先生は、少し声を落として、こう言った。
──ただ、全部は、消せません。
だいたいのものは、もうどこかに写しが取られています。一つ消しても、また出てきます。それを追いかけつづけるのは、正直に申し上げて、きりがありません。
私はうなずいた。分かってはいた。分かってはいたけれど、人の口から、消せません、とはっきり言われると、そこで足もとが抜けたようになった。
それでも先生は、こう付け足してくれた。全部は無理でも、目に入りやすいところを減らすことはできます。それだけでも、ずいぶんちがいますから、と。
私は、その言葉にすがった。
*
最後に、あの会社に電話をかけた。あかりのあられの袋を、ずっと続けてくれていた地方の小さな会社だ。私は、こちらから契約を終わりにしてください、と頼んだ。あの子の名前を、これから消していきたいこと。だから、あの子が載っている袋もなくしてほしいこと。私は、そう話した。
電話の向こうの年配の人は、しばらく黙っていた。そして、そうですか、と言った。分かりました、と。それから、こう付け足した。
──うちのばあさんに、伝えときます。
私は受話器を持ったまま、頭を下げつづけた。
いちばん重かったのは、父に話すことだった。私は、縁側の父の横に座って全部話した。遠くへ引っ越すこと。学校を変えること。栄あかりという名前を、二度と使わないこと。
父は庭を見たまま、聞いていた。長い沈黙のあと、父はこう言った。
──あの子は、よく歌ったな。
過去の話をする言い方だった。私は返事ができなかった。
父は、それから、うなずいて言った。──そうしろ。それだけだった。反対も、恨み言も、なかった。
その素直さが、私にはいちばんこたえた。父はもう、争う力さえ残っていなかった。それに、たぶん父なりに、あの子のことを思ってもいた。──と、そう書きたい。でも、それが本当かどうかは分からない。父が、ただ何もかもどうでもよくなっていただけだったとしても、私には見分けがつかない。
*
母のことだけが、心残りだった。私たちが行けば、この家には母と父の二人だけが残る。動けなくなっていく父を、母が一人で見ることになる。私がそのことを言いかけると、母はさえぎった。
──行きなさい。
母は、それだけ言って台所へ立った。そして引っ越しの朝、いつものようにおにぎりをたくさん握ってくれた。車のなかで食べなさい、と言って。
包みは、三人で食べるには、多すぎた。
母は玄関の前で、手を振らなかった。ただ立って、こちらを見ていた。車が角を曲がるまで、その場所に立っていた。
引っ越しの日、あかりは、宗太の作った、あのかたかた鳴る椅子を持っていくと言ってきかなかった。車に積むには、格好の悪い荷物だった。でも、あの子は膝の上に抱えて離さなかった。
じゅんくんは、と、あかりが聞いた。私は、あの子はこっちに残るのよ、と答えた。あかりは、ふうん、と言って、それから窓の外を見ていた。
*
新しい町は、海の近くだった。
学校で、先生が転校生を紹介してくれた。そのとき、あの子は自分の名字を呼ばれて、すぐには返事をしなかったそうだ。聞き慣れていなかったのだ。生まれてからずっと、栄あかり、と呼ばれてきた子だった。
その話を聞いたとき、私は笑ってしまって、それから少し泣いた。
そこからの何週間かのことを、私はうまく書けない。
あかりは、ふつうの子になった。宿題が多いと文句を言い、給食のきらいなものを残し、友だちの家から帰るのが遅くなって私にしかられた。
近所の子と自転車の練習をしていた。転んで、膝をすりむいて泣いた。私は、あの子がそんなことで泣くのを、はじめて見た。あの子は、大勢の大人の前で歌う子だった。転んで泣くようなことは、させてもらえなかったのだ。
夫は、慣れない仕事から帰ってきて、疲れた顔で、それでも三人でご飯を食べた。海の音が遠くで聞こえた。
私は、あの頃、幸せだった。
*
正直に書いておく。私は、この何週間かのことを、たぶん実際より美しく書いている。雨の日はうっとうしかったし、狭い家は寒かった。夫とは、お金のことで一度、言い争いもした。あかりも、前の学校の友だちに会いたい、と言って泣いた日があった。
それでも今の私は、あの日々を、どうしても金色に書いてしまう。このあと何が起きるかを、私が知っているからだ。
ある夕方、台所で洗い物をしていると、隣の部屋から歌が聞こえてきた。あかりが宿題をしながら、鼻歌をうたっていた。誰に聞かせるでもない、ばらばらの、いいかげんな歌だった。途中で止まって、また始まって、また止まる。
私は手を止めて、それを聞いていた。
あの子が誰のためでもなく歌うのを私が聞いたのは、それがはじめてだった。




