第六十三章 熊野という個
あの番組のあと、私たちに向けられた声は、数えきれないほどになった。その声には顔がなかった。名前もなかった。どこの誰が言っているのかも分からない言葉が、何万と積み上がって、私たちの上に降ってきた。誰か一人が悪いのではない。みんなが少しずつ石を投げて、その山の下で、私たちが息をできなくなっていた。
でも、そのなかに一つだけ名前のある声があった。
熊野、といった。
はじめは、たくさんある名前の一つだと思っていた。でも、どの記事を見ても、どの書き込みをたどっても、必ずその名前に行き当たる。人々が語っている栄家の話は、たいてい、もとをたどればこの人が調べて書いたものだった。
私は、その人の作っているものを見てみた。
驚いたのは、その人が顔も名前も出していたことだった。隠れてはいなかった。画面のまん中に座ってこちらを見て、はっきりと名乗る。熊野といいます、と。年のころは四十くらいに見えた。髪も服も、どこにでもいる人だった。声は低くて、少しかすれていた。
私は、そういう人をもっとおそろしい人だと思っていた。憎しみをむき出しにして、口ぎたなくののしる人だと。でも、その人はちがった。
熊野は丁寧だった。ゆっくり話し、大声を出さず、笑いもしなかった。今日は、この件について調べました。そう言って資料を一つずつ画面に出していく。古い雑誌の記事。昔の番組表。当時の関係者の証言。
そして、こう付け加えるのだ。ここから先は、私の推測です。事実と分けて聞いてください、と。
*
熊野は、まちがえたときには必ず、次の回で訂正した。前回の話の、この部分は誤りでした。申し訳ありません。そう言って頭を下げる。その律義さが、かえってこの人の言うことを重くした。
うそつきなら、まだよかったのだ。うそつきなら、こちらもうそだと言い返せる。でも、熊野の言っていることはほとんど本当だった。父がしたこと。栄家がしてきたこと。私が家のなかで見てきて、見て見ぬふりをしてきたことを、この人は外から一つずつ掘り出してきて、順番に並べていた。
そのどれにも、私は言い返せなかった。
不思議だったのは、この人がそれを、何の得にもならずにやっていたことだった。どこかの会社に雇われている様子もなかった。お金をもらっている気配もなかった。話しぶりからすると昼はどこかで働いているらしかった。仕事から帰ってきて、夜、机に向かい、古い資料を読み、調べ、まとめ、そしてまた次の日も同じことをする。それを来る日も来る日も、休まずに続けていた。
こんなに何の見返りもないことを、これほど根気よく続けられる人がこの世にいる。私は、それが分からなかった。この人を、そこまで駆り立てているものは、いったい何なのだろう、と思った。
一度だけ、それらしいものが見えた気がした。ある回で、熊野が、栄家に切られたある人の話をしていたときだ。その人がそのあとどうなったかを話す途中で、熊野の声が一度だけ、はっきり揺れた。言葉が止まって、少し間があいた。それから熊野は、失礼しました、と言って何ごともなかったように続きを読みはじめた。
その揺れが何だったのか。そのときの私には、分からなかった。
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私は、その人の出すものを、全部見るようになった。見なければいいのは分かっていた。それでも見た。夜、みんなが寝静まったあと、台所の隅で小さな画面をのぞきこんだ。次に何を言われるのかがこわかった。こわいのに、見ずにはいられなかった。
いつのまにか私は、この人の声を近所の人の声より、よく知っていた。話しはじめる前に一度、必ず小さくせきばらいをすること。資料をめくる紙の音。時々うしろで、遠くの電車の音がすること。会ったこともない人のそういうことを、私は覚えてしまっていた。
ある夜、熊野は、あかりのことを話した。その回はいつもより短かった。熊野は資料をあまり出さずに、静かに話した。あの子には、何の罪もありません。悪いのは、あの子を使ってきた大人たちです。あの子は、一日も早く、あの家から離れたほうがいい、と。
私は、画面の前でうなずいていた。気がついて、あわてて自分の頭を止めた。でも、遅かった。私はたしかにうなずいたのだ。私たち一家をここまで追い詰めた男の言うことに、母親の私が、心の底から同意していた。
その夜のことを、私は誰にも言えなかった。夫にも母にも言えなかった。今こうして書くのが、はじめてだ。
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一度、母に見つかったことがある。夜中に台所へ来た母が、画面をのぞきこんでいる私を見て立ち止まった。私はあわてて画面を伏せた。母は何も聞かなかった。ただ、水を一杯飲んで、こう言っただけだった。
──あんまり、遅くまで起きてるんじゃないよ。
そして、そのまま行ってしまった。母はたぶん、全部分かっていた。分かっていて、聞かないでいてくれたのだと思う。──もっとも、それも私がそう思いたいだけかもしれない。母は、ただ眠かっただけかもしれない。
そして、ある夜、私は、ぞっとした。
私は、この人と、同じことをしている。
世間はもう、栄家のことなど忘れかけていた。かつて一億人が愛した一族を、みんなきれいに忘れて次のものを見に行った。そのなかで、あの一家のことをいつまでも覚えていて、来る日も来る日も調べ、書き記している人間が、この世に二人だけいた。
一人は、私だ。愛しているから、忘れないでいる。もう一人が、熊野だった。この人は、憎んでいるから、忘れないでいる。私たちは正反対の場所にいて、まったく同じことをしていた。誰にも頼まれていない。何の得にもならない。それでもやめられない。あの一家を、この世からなかったことにさせない。それだけのために、二人とも、夜、机に向かっている。
そのことに気づいてから、私はこの人がこわくなった。憎いからではない。似ているからだった。
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もう一つ、私にはどうしても認めざるをえないことがあった。顔のない何万の声のなかで、この人だけが自分の名前を出していた。まちがえれば、その名前で謝った。恨まれるとしたら、その名前で恨まれる。言ったことの重さを、この人は自分一人で背負っていた。ほかの何万人はそうではなかった。石を投げてすぐ流れていって、自分が投げたことも忘れてしまう。
だから私は、この人だけを憎むことができた。ほかの誰も憎めなかったのに。名前があるということは、そういうことだった。
正直に書いておく。私は、熊野という人を何も知らない。どんな家に住んでいるのか。家族がいるのか。昼は何をしているのか。何一つ知らない。私が知っているのは、画面のなかのせきばらいと、紙の音と、遠くの電車の音だけだ。
だから、この先、私がこの人について書くことは、そのほとんどが私の勝手な想像になる。私は、この人をただの、ひどい人にしておきたかった。そのほうが憎むのに都合がよかったからだ。でも、あの一度だけ揺れた声を思い出すたびに、それがうまくできなくなった。
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その夜も、私は明けがた近くまで画面を見ていた。熊野の話が終わって、画面が暗くなる。そこに疲れた自分の顔が映った。テレビを消したときと同じだった。
台所の机の上には、私の書きかけの紙が置いてあった。いつか誰かに読んでもらうために少しずつ書きためている、この一家の記録だ。
私は、その紙を裏返して、灯りを消した。




