第六十一章 反転攻勢の夢
その電話が鳴ったのは、よく晴れた、なんでもない昼下がりのことだった。
小さな家の古い電話が鳴る。それだけのことに、私たちはみんな、少し驚いた。もう長いこと、この家の電話は、ほとんど鳴らなくなっていたからだ。父があれほど待ちつづけて、ついに鳴らなかった電話。それがその日、ひさしぶりに鳴った。
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相手は、大きな放送局の人だった。
話はこうだった。今度、大がかりな特別番組を作りたい。テーマは、あの栄家のいま。かつて日本のまん中に立ち、そしてすべてを失った一族の、今の姿をじっくり見せたい。そしてその番組のまん中に立ってほしいのが、あかりだ、と。
条件は、あきれるほどよかった。放送は全国。時間帯もいちばんいいところ。制作費もけた違いだった。おまけに、これが当たれば続きの企画もある、という。
落ちぶれた一族に、そんな話が舞いこむこと自体がおかしかった。もう誰も、私たちに用などなかったはずだ。いちばんいい枠を、わざわざ忘れられた家族のために空ける。そんな酔狂な話が、どこにあるだろう。
でも父は、そんなことをこれっぽっちも疑わなかった。
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その日から、父は別人のようになった。
受話器を置いたあとの父の顔を、私は忘れられない。落ちくぼんでいた目に、ぱっと光が戻った。しぼんでいた背中がすっと伸びた。日がな一日、縁側に座っているだけだった人が、その夜にはもう、あちこちに電話をかけはじめていた。おれだ、栄一鶴だ。ひさしぶりだな。そう言う声はしゃがれてはいたけれど、たしかに昔の父の声だった。
押し入れの奥から古い上着を引っぱり出してきて、あわてて母にしわを伸ばさせもした。まだ終わっちゃいない。父は何度もそうつぶやいていた。まだ、おれは終わっちゃいない、と。
その姿を見て、私は胸が詰まった。うれしいのかこわいのか、自分でも分からなかった。ただ、あんなに生き生きとした父を見るのは、本当に何年ぶりだろうと思った。
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でも私は、反対だった。
父の部屋へ行って、はっきり言った。この話は断ってほしい。あの子をこれ以上、見世物にしないでほしい、と。
世間が見たがっているのは、あかりの歌ではない。滅びた一族のけなげな末娘という、あの物語だ。全国の茶の間にあの子の疲れた顔を大写しにして、悲しい音楽をかぶせて、みんなで涙を流す。そういう番組になるに決まっている。あの子はまた、かわいそうな子の役を演じさせられる。私はそう言った。
父はしばらく黙っていた。それから低い声でこう言った。
──おまえは、忘れられるということが、どういうことか分かっていない。
私は言葉に詰まった。
父はうつむいたまま続けた。おれはこれまでずっと、まん中に立ってきた。それがどれだけ苦しくても、そこにいなければ、この一家はなかったことになる。おれたちがこの世にたしかにいたということを、もう一度みんなに思い出させてやりたい。それだけだ、と。
それが家族のための言葉だったのか、それとも自分が忘れられるのがこわいだけだったのか。私には分からなかった。たぶん、その両方だったのだろう。──いや、今こうして書いていても、私はまだ父を疑っている。父はいつも自分のためだったと、そう書きたがっている自分がいる。それが正しい見方なのかどうか、いまだに自信がない。
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母は、何も言わなかった。
その晩、台所で片づけをしている母に、私は思わずこぼした。お母さんは何とも思わないの、と。母は洗い物の手を止めずに、しばらく黙っていた。それから静かに言った。
──お父さんに、もう一度だけ夢を見せてあげてもいいんじゃないかしら。
私ははっとして、母の横顔を見た。母はこちらを見なかった。ただ、いつもと同じ手つきで茶わんをすすいでいた。あのとき母が何を思っていたのか。今も私には分からない。父を思ってのことだったのか。それとも母には、この先に来るものが、もうどこかで見えていたのか。聞いておけばよかったと、今は思う。
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そして、あかりだ。
私はあの子には、はじめ何も言わなかった。断ってしまえば、知る必要もない話だと思っていた。でもあの子は、いつのまにか全部知っていた。狭い家だ。父の電話の声は、どこにいても聞こえた。
ある夜、あかりが私のところへ来てこう言った。ママ、あかり、やるよ、と。
私が何か言うより先に、あの子は続けた。だって、おじいちゃん、あんなに笑ってるんだもん。あんなおじいちゃん、ひさしぶりだもん、と。
私はあの子を抱きしめた。何も言えなかった。
──あのとき、あかりが本当は何を思っていたのか。私はいまだに確かめられていない。私は、この子はいやいや引き受けたのだと書きたい。まわりのために、けなげに笑ってみせただけなのだと。でも本当は、あの子自身、もう一度大きな舞台で歌いたかったのかもしれない。あんなに大勢の前で歌えるのがうれしかったのかもしれない。それを認めるのが、私にはこわいのだ。娘をただの犠牲者にしておくほうが、母親の私には楽だから。
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その夜、私は夫にも話した。
夫は、しばらく考えてから言った。止められるなら、止めたほうがいい。でも、あの子とお義父さんが決めたことを、おれたちが力ずくで曲げるのは、それはそれで、あの家のやり方と同じにならないか、と。
私は返す言葉がなかった。まん中に居続けろ、と人を追い立てた父。その父から娘を守ろうとして、今度は私が、あの子の口をふさごうとしている。夫の言うとおりだった。それでも私は、納得できなかった。理屈で正しいことと、母親としてこわいことは、まるで別のものだった。
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こうして話は進んでいった。
打ち合わせが始まり、久しぶりに家に人が出入りするようになった。父は毎日いそがしそうだった。うちの子はいい子ですよ。あんな子はほかにいない。そう言って、若い制作の人にあかりの昔の映像を見せている父の背中を、私は廊下から見ていた。
その打ち合わせで、若いディレクターがあかりに聞いていた。いちばんつらかったことを、カメラの前で話してもらえますか。おうちが大変になったときのこととか。そのほうが、みなさんに気持ちが伝わるので、と。あかりは、少し考えてから、うん、とうなずいた。私は、その場で口を出したかった。でも、父の手前、何も言えなかった。台所へ立って、意味もなく水を出した。
もう一つ、気になっていることもあった。
あの企画がいったい誰から出てきたものなのか、最後まではっきりしなかったのだ。担当の人に聞いても、上のほうで決まった話でして、と言葉をにごされる。あれほどの枠と金を、誰かが動かしたはずだった。でも、その名前だけが、どこにも出てこなかった。
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出発の前の晩、父はあの古い上着に袖を通していた。
かつて、いくつもの授賞式で着ていた、いい仕立ての上着だった。でも今の父の体には大きすぎた。肩は落ち、袖はあまり、まるで他人の服を借りてきたようだった。
父は鏡の前に立って、しばらくじっと自分を見ていた。それから、その落ちた肩のあたりを手のひらで、何度も、何度もなでつけていた。
私は廊下から、それを見ていた。声はかけなかった。




