第六十章 都落ちの底
栄家の都落ちは、ついに、そのいちばん底にたどりついた。
かつて、日本のまん中に君臨していた一族は、今や、誰にも知られない、小さな町の片隅で、ひっそりと暮らしていた。
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栄家に残ったものは、ほとんど、何もなかった。
莫大な財産も、大きな屋敷も、あれほど大勢いた取り巻きも、まばゆい栄光も。そのすべてが、潮が引くように、消えていった。
かつて、栄家の名は、この国の、誰もが知っていた。テレビをつければ、栄家のタレントが映り、街を歩けば、栄家の広告が、目に入った。栄家は、まさに、時代のまん中にあった。でも今、栄家の名を口にする者は、もうどこにもいなかった。人々は、栄家のことを、まるではじめから存在しなかったかのように、きれいに忘れていた。あれほどの栄光が、これほどあっけなく消え去るものだとは、私は、いまだに信じられない思いだった。
でもそれでも、栄家には、まだ残っているものが、あった。それは、家族だった。
老いて弱った父。その父を支える、母。心を病んで療養する、宗太。そしてあかりと、私。ばらばらになりかけながらも、私たちは、まだ家族として、この小さな家に、身を寄せあっていた。
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そしてほんのわずかだけれど、最後まで、栄家を見捨てなかった、人たちも、いた。
給料も払えなくなっても、そばに残ってくれた、古参の社員。落ちぶれたあかりに、あたたかく手を差し伸べてくれた、浜口さんのような人。数は、少なくても、その人たちのまごころは、本物だった。
私は、そのわずかな人たちの存在に、どれほど救われたか分からない。世間が、みな、栄家に背を向けるなかで、その人たちだけは、変わらずに、そばにいてくれた。損得を超えた、まごころ。それは、栄家が栄えていた頃には、けっして見えなかったものだった。皮肉なことに、すべてを失って、はじめて、私たちは、本当に大切な人たちが、誰なのかを知ることができたのだ。栄光は、たくさんの、うわべのつながりをもたらす。でも滅びは、ほんの少しの、本物のつながりを、あらわにする。
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不思議なことに、すべてを失った、この小さな家での暮らしには、かつての栄家には、なかった、あたたかさが、あった。
夜、狭い食卓を囲んで、私たちは、ささやかな夕飯を食べた。母の作った、素朴な料理。時には、あのおにぎりも、あった。
かつて、豪華な屋敷で、大勢の客に囲まれていた頃よりも、この小さな食卓のほうが、ずっと、あたたかく、ずっと、しあわせだった。
ある夜、食卓で、あかりが、その日、地方で歌ったときのことを、うれしそうに話してくれた。おばあさんが、また、来てくれたの。すごく、喜んでくれたんだよ、と。そのあどけない笑顔を見て、老いた父も、めずらしく、目を細めていた。よかったな、あかり。父が、そうつぶやいた。かつて、家族を、はかりにかけていた父が、今は、ただ、孫のしあわせを、素直に喜んでいた。そのささやかな団らんのひとときは、栄家が栄えていた頃には、一度もなかった、あたたかい時間だった。
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私は思った。栄光を失って、はじめて、私たちは、ただの家族に戻れたのだ、と。
まん中に居続けなければ、という、あの重い家訓のくびきから、私たちは、ようやく、解き放たれていた。もう、誰の目も、気にしなくていい。もう、何も、演じなくていい。ただ、ありのままの自分で、いられた。
盛りは、必ず過ぎる。でも過ぎ去ったあとに残る、このささやかなあたたかさこそが、もしかしたら、本当に大切なものなのかもしれなかった。
私は、時々、こんなことを考えた。もし、栄家が、あのまま栄えつづけていたら、私たちは、はたして、しあわせだったのだろうか、と。まん中に居続けるために、たがいをはかり、たがいを傷つけあい、いつも、何かに追われていた、あの日々。あれが、本当にしあわせだったとは、私には、どうしても思えなかった。すべてを失って、周縁に落ちて、はじめて、私たちは、ようやく、ふつうの家族の、ささやかなしあわせを手に入れた。それは、あまりにも遅く、あまりにも高い代償を払った、しあわせだった。
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でも私は心のどこかで、感じていた。このつかのまのやすらぎが、長くは続かないことを。
栄家の物語は、まだ終わっていなかった。都落ちの底にたどりついた、その先に、まだもっと深い、もっと暗い滅びが、口をあけて待っていた。私たちは、ただ嵐の前の、奇妙な静けさのなかに、いるだけだった。
その静けさは、どこか、不自然なほど深かった。まるで、大きな悲しみを迎えるまえに、時が、ほんの少し立ち止まって、私たちに、最後のおだやかな日々を、恵んでくれているかのようだった。今にして思えば、それは、嵐の目のなかの、つかのまのなぎのようなものだった。すぐ、まわりには、すべてをなぎ倒す暴風が、渦を巻いていた。でも、その渦のまん中にいた私たちは、その恐ろしい静けさの本当の意味を、まだ、知らずにいたのだ。
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その静けさのなかで、私は時々、言いようのない不安におそわれた。
あかりの無邪気な笑顔を見るたびに。母の静かな覚悟を思うたびに。父の、日ごとに弱っていく姿を見るたびに。私の胸は、しめつけられた。
何か、とても哀しいことが、もうすぐ、この家族に起ころうとしている。私は、それを、予感していた。でもそれが、いったい、何なのかは、まだ分からなかった。
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だからこそ私はこの記録を書いている。
栄家という一族が、たしかに、この世に生きて、まばゆく輝いて、そして、滅びていったことを、誰か一人でも、覚えていてほしいから。
盛りは、必ず過ぎる。でも過ぎ去ったものを、たった一人が、心にとどめるかぎり、それは、無には、ならない。私は栄家の、最後の証人として、この一族のすべてを見届け、そして、書き記そうと決めていた。たとえ、それが、どんなに、つらい結末で、あろうとも。
これから、私が書き記していくのは、栄家の、いちばん哀しい、滅びの物語だ。それは、思い出すだけでも、胸が張り裂けそうになる、つらい記憶だ。でも私は書かなければならない。愛する人たちが、たしかに生きて、そして、いなくなったことを。その一人一人の、笑顔や、涙や、ぬくもりを。この世から、跡形もなく消えてしまわないように。書くことだけが、光の外にいた私にできる、たった一つの弔いだった。だから私は、ペンを握る。もう二度と戻らない、あの日々に向かって。
今、あの日々を思い返すと、私の胸を、いちばんあたたかく満たすのは、まばゆかった栄光の記憶ではない。すべてを失った、あの小さな家での、ささやかな時間だ。母のおにぎり。あかりの、あどけない笑顔。老いた父の、ぽつりとした、やさしい言葉。そのどれもが、今の私にとっては、どんな、まばゆい栄光よりも、かけがえのない宝物になっている。皮肉なことに、私が、いちばん失いたくなかったものは、栄家が、いちばん貧しくなってから、はじめて手に入れたものだったのだ。
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こうして、栄家の、長い、長い都落ちは、その底にたどりついた。
中心から、完全に転落した一族。残されたのは、わずかな家族と、少しのまごころと、そして、刻一刻と、迫りくる最終局面の気配だけだった。
嵐は、もうすぐ、そこまで来ていた。栄家の滅びの、いちばん哀しい、いちばんむごい、最後の幕が、今、静かに、上がろうとしていたのだった。それが、この物語の、いちばん哀しい真実だった。




