第五十九章 最後の砦・妙子
崩れゆく栄家を、ぎりぎりのところで支えていたのは、まぎれもなく、母だった。
母は一人で、とほうもない重荷を背負っていた。老いて弱っていく父の世話。わずかなお金でのやりくり。療養している宗太への見舞い。そして世間の目から、あかりを守ること。そのすべてを、母は、たった一人で引き受けていた。
母の一日は、休むひまが、なかった。朝は、まだ暗いうちから起きて、父の薬を用意し、朝食を作る。昼は、宗太のいる施設まで、何時間もかけて見舞いに行き、夕方には、帰ってきて、また、夕飯の支度をする。夜は、あかりの仕事の付き添いから帰ってくる私たちを、あたたかい灯りをともして、待っていてくれた。そのどこにも、自分のための時間など、なかった。母は自分のことを、いつもいちばんあとまわしにしていたのだ。
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ふつうなら、とっくに押しつぶされてしまうような重荷だった。でも母は、けっして弱音を吐かなかった。
朝、いちばんに起きて、家族のために動き、夜、いちばん最後まで起きていた。その休むことのない働きが、かろうじて、この崩れかけた家族を、日々、回していたのだ。
一度だけ、私は母が泣いているのを見たことがある。深夜、みんなが寝静まったあと、母は、台所の片隅で、声を殺して、肩を震わせていた。きっと、母にも、こらえきれない悲しみが、あったのだ。でも、母は朝が来ると、また、いつものおだやかな顔に戻っていた。家族の前では、けっして、涙を見せない。自分が崩れれば、この家族が、本当に終わってしまう。母は、そのことを、誰よりもよく分かっていたのだ。
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一度、こんなことがあった。
栄家の落ちぶれた暮らしを嗅ぎつけた、一人の週刊誌の記者が、私たちの小さな家に押しかけてきたのだ。かつての大スターの、みじめな末路を、おもしろおかしく書き立てよう、という魂胆だった。記者は、無遠慮にカメラを向け、心ない質問を浴びせた。
そのとき、母が、すっと、前に出た。そして記者の前に立ちはだかって、静かに、しかし、きっぱりと言った。
うちの家族を、そっとしておいてください。私に何を書かれても、かまいません。でもこの子だけは、あかりだけは、巻きこまないでください、と。
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母の、その静かな迫力に、記者は、気圧されたように、すごすごと引き下がっていった。
それは、声を荒らげることもない、ただまっすぐな母の強さだった。守るべきものがあるとき、人は、あんなにも強くなれるのだ。私は母の、その姿に、圧倒された。
それまで、私は母のことを、ただやさしくて、控えめな人だと思っていた。でもその日、私は母の、まったく別の一面を見た。ふだんは、けっして表に出さない、けれど、いざとなれば、命がけで家族を守る、雌の獣のような強さ。それが、母のなかには、たしかにあったのだ。父が、力でまわりを従わせていたのとは、まるでちがう。母の強さは、愛から生まれる強さだった。だからこそそれは、何よりも深く、何よりもゆるぎなかった。
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私は思った。母こそが、栄家の、最後の砦なのだ、と。
事業が傾いても、お金がなくなっても、家族がばらばらになりかけても、母という、この一人の人がいるかぎり、栄家は、完全には壊れない。
母は、まるで嵐のなかの、一本の大きな木のようだった。まわりのすべてが吹き飛ばされても、その木だけは、しっかりと根を張って、動かない。そしてその木のかげに、私たちは、かろうじて、身を寄せていられたのだ。
考えてみれば、栄家という大きな物語のなかで、父も、宗太も、あかりも、みんな、まばゆい光を浴びる主役だった。でもそのはなやかな主役たちは、みな、光とともに、燃え尽きたり、傷ついたりしていった。一方、母は、そのドラマの、いちばん地味な脇役だった。名前も知られず、注目もされない。でも皮肉なことに、いちばん最後まで、しっかりと立っていたのは、その地味な脇役の母だったのだ。まばゆい光は、消えても、地に根を張ったものは、残る。母は、それを、その生き方で、静かに証明していた。
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ある晩、私は、台所で、一人、片づけをしている母に、声をかけた。
お母さん。一人で抱えこまないで。私も手伝うから、と。
母は振り返って、やさしく笑った。そしてこう言った。
だいじょうぶよ。私はね、もうずっと前から、決めているの。何があっても、この家族と、最後まで、いっしょにいる、って。だから私は、平気なの、と。
そう言ったときの、母の顔は、少しも、悲壮では、なかった。むしろ、どこか、すがすがしいほど、おだやかだった。まるで、遠い昔に、もうすべての覚悟を決めてしまった人の、静けさだった。上っていくときも、いっしょだった。だったら、落ちていくときも、いっしょ。母は以前も、私に、そう言った。母にとって、家族と運命をともにすることは、つらい義務などでは、なかった。それは、母が、みずから選び取った、たった一つの生き方だったのだ。
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その言葉を、私はただの、母のやさしさだと思っていた。
でも今にして思えば、あの言葉には、もっと深い、もっと、おそろしいほどの覚悟が、こめられていたのだ。
最後まで、いっしょにいる。それは、家族が、いちばん低いところまで落ちるときも、母は、その運命をともにする、ということだった。たとえ、それが、どんな結末であろうとも。
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そして母はとりわけ、あかりのことを気にかけていた。
母はよく、あかりを膝にのせて、その小さな髪を、いつまでもなでていた。まるで、この子だけは、何があっても、ひとりにはさせない、と誓うように。
母と、あかりの、その姿を見るたびに、私は、なぜか、胸が締めつけられた。二人のあいだには、私には、うかがい知れない、深い、深い絆が、あるように思えたのだ。
今にして思えば、母は、あのとき、すでに感じとっていたのかもしれない。このいちばん幼い孫の上に、これから、どんな、むごい運命が待ち受けているのかを。だからこそ母は、あんなにも、いとおしそうに、あの子を抱きしめていた。まるで、限られた時間を惜しむように。そして心のなかで、固く誓っていたのだ。もし、あかりが、いちばん暗い淵に沈むときが来たら、そのときは、けっして、あの子を、ひとりにはしない。この腕のなかに抱いたまま、どこまでも、いっしょにいく、と。
私は、母のような生き方を、できるだろうか、と、時々、考えた。おそらく、できない。私には、母ほどの強さも、覚悟も、なかった。母は、栄家が、いちばん輝いていたときも、いちばんみじめだったときも、少しも変わらなかった。栄光にもおごらず、落魄にもくじけず、ただ、まっすぐに、家族のそばに立ちつづけた。その、変わらなさこそが、母の、いちばんの強さだった。うつろいゆく、すべてのもののなかで、母だけが、変わらずに、そこにいてくれた。それが、私たち家族にとって、どれほど大きな支えだったか、しれない。
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母は栄家の、最後の砦だった。
でも砦、というのは、守るものが滅びるとき、その守り手もまた、ともに滅びるものなのかもしれない。
私は、まだ知らなかった。母の、あの静かな覚悟が、やがて、栄家の滅びの、いちばん深いところで、どれほど哀しく、どれほど、うつくしいかたちで、果たされることになるのかを。母という、最後の砦が崩れるとき、それは、栄家の物語が、本当の終わりを迎えるときでも、あったのだった、あったのだ。母は、たしかに、私たちの、最後の砦だったのである。




