第五十七章 かつての恩人
周縁の仕事を続けるなかで、私たちは、思いがけない人と、再会することになった。
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それは、ある、地方の町の、小さな制作会社の事務所でのことだった。
あかりのローカル番組の収録のために、私たちは、その事務所を訪ねた。すると、そこにいたのは、一人の、年老いた男性だった。そのしわの深い顔を見て、私は、どこかで会ったことがあるような気がした。
その人は、粗末な作業着を着て、若いスタッフたちにまじって、機材を片づけていた。とても、会社の社長には見えなかった。でも、その日に焼けた顔には、長年、地道に現場で働いてきた人だけが持つ、静かな、風格のようなものが、あった。栄家の華やかな人たちとは、まるでちがう。でも、なぜか、私は、その人から、目が離せなかった。
向こうも、私たちに気づいたようだった。栄家の方ですね。男性は、静かに、そう言った。私は、あの栄一鶴さんに、若い頃、ずいぶんと世話になったんですよ、と。
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その人は、浜口さん、といった。
聞けば、浜口さんは、父が、まだ無名の大部屋役者だった頃、はじめて父に大きな役を与えてくれた、恩人だったという。父の才能を、いち早く見抜き、父が世に出るきっかけを作った人だった。
浜口さんは、なつかしそうに、若い日の父のことを語ってくれた。あの頃の一鶴さんは、目をぎらぎらさせて、必死でしたよ。何としても、まん中に立ちたい、忘れられたくない、と。そのなりふりかまわない貪欲さに、私は、賭けてみたくなったんです。この男は、化けるぞ、と。浜口さんは、父の、そのいちばん飢えていた頃を、いちばんそばで見てきた人だった。そしてその飢えこそが、のちに、父を頂点へと押し上げ、そして、破滅へと導いたのだ。
でも父が有名になってからは、二人の関係は、あっけなく終わった、という。父は、もっと大きな後ろ盾を得るために、世話になった浜口さんを、あっさりと切り捨てたのだ。用済みになった恩人を、ふりむきもせずに、父は、もっと高いところへと、のぼっていった。
それでも浜口さんは、父を恨んではいなかった。この世界は、そういうものです。上を目指すなら、時には、非情にもならなきゃいけない。一鶴さんは、ただそれを徹底しただけですよ。浜口さんは、そう言って、父をかばうようなことさえ、口にした。でも私には、分かった。その言葉の裏に、どれほどの痛みが隠されていたかを。信じていた相手に、裏切られる。その痛みを、浜口さんは、何十年も、たった一人で抱えつづけてきたのだ。
切り捨てられた浜口さんは、中央の華やかな世界から身を引き、故郷の、この小さな町で、細々と、地元の番組を作りつづけてきたのだという。
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私は浜口さんに、どう声をかけていいのか、分からなかった。
父が、この人にした仕打ちを思うと、合わせる顔が、なかった。でも浜口さんは、少しも、恨みがましい様子を見せなかった。
栄一鶴さんも、落ちぶれた、なんて。人の運命は、分からんもんですなあ。浜口さんは、そう言って、静かに笑った。その笑顔には、憎しみも、皮肉も、なかった。ただ、どこかさびしそうな、あたたかさが、あった。
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そして浜口さんは、あかりに、あたたかいまなざしを向けて、こう言った。
いい、歌い手さんだ。うちの番組で、ぜひ、また歌ってくださいよ、と。
かつて、栄家に切り捨てられた、その人が、今、落ちぶれた栄家の娘に、手を差し伸べてくれた。私は、そのあまりの心の大きさに、胸がいっぱいになった。
どうして、そこまでしてくれるのですか。私は思わず、そう尋ねた。すると、浜口さんは、少し考えてから、こう答えた。恨んで生きるのは、疲れますからねえ。それに、この子には、罪はない。親の代であったことを、子どもに背負わせるなんて、そんな酷なことは、できませんよ、と。その言葉に、私は涙がこぼれそうになった。栄家が、けっして持てなかった、そのあたたかさ。それを、栄家に切り捨てられた、この人が、持っていた。
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私は因果、というものを、思わずにはいられなかった。
父は、かつて、この浜口さんを切り捨てた。そして今、切り捨てられたはずの浜口さんに、私たちは、助けられている。
もし、父が、あのとき、浜口さんを切り捨てていなければ、二人は、ずっと、いいパートナーで、いられたのかもしれない。でも父は、目先の利益のために、恩人さえ切り捨てる道を選んだ。その報いが、めぐりめぐって、今、こうして、返ってきていたのだ。
まいた種は、必ず、刈り取らねばならない。それは、悪い種も、いい種も、同じだった。父は、非情という種をまいた。だから非情という報いを受けた。でも浜口さんは、人を大切にするという種をまいた。だから今、あたたかい実りのなかにいる。因果とは、けっして、ただの罰では、なかった。それは、その人が生きてきた、生き方そのものが、静かに返ってくる、ということだったのだ。
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私は浜口さんの、そのおだやかな笑顔を見て、思った。
華やかなまん中を追い求め、人を切り捨てつづけた、父。その父が、最後に行き着いたのは、孤独と忘却のなかだった。
でもまん中から身を引き、この小さな町で、地道に生きてきた、浜口さん。その人は、今、あたたかい仲間に囲まれて、おだやかな笑顔で、老後を過ごしていた。
どちらが、本当に、しあわせな人生だったのだろう。私には、もうその答えは、分かっているような気がした。
栄家の栄光は、あまりにもまぶしかった。でも、そのまぶしさは、遠くから見ていた人を、うらやましがらせただけで、栄家の人間そのものを、しあわせにしたわけでは、なかった。父は、あれほどの栄光を手にしながら、最後まで、忘れられることにおびえ、たった一人で老いていった。一方、浜口さんの、小さな地方の暮らしは、傍からは、地味で、みすぼらしく見えたかもしれない。でも、その人は、まわりの人に慕われ、心穏やかに日々を過ごしていた。しあわせとは、光の量では、なかったのだ。
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浜口さんとの再会は、私に、多くのことを教えてくれた。
人を切り捨ててのぼりつめても、その栄光は、長くは続かない。でも人を大切にして、地道に生きた人のまわりには、最後まで、あたたかいつながりが、残る。
父が失ったもの。それは、名声でも、お金でも、なかった。人と人との、あたたかい、心のつながり。それこそが、父が、栄光と引き換えに手放してしまった、いちばん大切なものだったのだ。
その日、家に帰ってから、私は母に、浜口さんのことを話した。母は静かにうなずいて、こう言った。あの人には、昔、私も、ずいぶんよくしてもらったのよ、と。母もまた、浜口さんのことを覚えていた。そして、父が、あの人を切り捨てたことを、ずっと、心のどこかで悔いていたのだという。栄家が切り捨ててきたのは、浜口さんだけでは、なかった。数えきれない、たくさんの人を、栄家は、栄光のために踏みつけにしてきた。その、一人一人の痛みが、めぐりめぐって、今、栄家に返ってきている。私はあらためて、そのことを思い知らされた。
浜口さんの、あのおだやかな笑顔を思い出すたび、私は、そう、強く思った。せめて、あかりには、そういう、あたたかいつながりのなかで、生きてほしい、と。私は、心の底から、そう願った。でもそのささやかな願いさえ、やがて、残酷なかたちで、打ち砕かれることになるのだったのだった。それは、あまりにも、はかない祈りだった。




