第五十五章 巴の去り際
轟が、すべてを失った、そのあとも、巴はしばらく、彼のそばにいた。
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まわりの誰もが、轟を見捨てた。かつて、へいこらしていた取り巻きたちも、潮が引くように、いなくなった。でも巴だけは、最後まで、轟のそばを離れなかった。
落ちぶれた轟の、身のまわりの世話をし、荒れる轟をなだめ、ひとりになった轟を支えつづけた。それは、まさにあのぎおんが、栄家を去るときに見せた、あの静かな強さを思い出させる姿だった。
落ちぶれてからの轟は、荒れに荒れていた。自分を見捨てた世間を呪い、酒におぼれ、時には、巴にまで当たり散らした。ふつうなら、とっくに愛想を尽かして、去っていく場面だった。でも、巴はそんな轟を、けっして責めなかった。ただ、黙って、荒れる轟のそばにいつづけた。あの人は、今、いちばんつらいんです。巴はまわりに、そう言って、轟をかばいつづけた。その変わらない忠誠に、私はただ、頭が下がる思いだった。
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でもあるとき、轟のほうから、巴に、こう告げたのだという。
もう、おれのことはいい。おまえは、ここを出ていけ、と。
轟は自分の増長が、すべてをだめにしたことに、ようやく気づいていた。そしてこれ以上、巴を、自分の沈む船に付き合わせてはいけない、と思ったのだ。
おまえには、才能がある。おれみたいな男に尽くして、一緒に沈んでいくことはない。おまえは、おまえの道を行け。それが、おれの、最後の頼みだ、と。
それは、轟が、生まれてはじめて、自分より、他人のことを考えた瞬間だったのかもしれない。すべてを手にしていたときには、轟はまわりの人間を、道具のようにしか見ていなかった。でもすべてを失って、たった一人になって、はじめて、そばにいてくれる人の、ありがたさが、身にしみて分かったのだ。だからこそ轟はそのたった一人の大切な人だけは、自分の道連れにしたくなかった。それは、遅すぎたけれど、たしかな愛だった。
かつて、あれほど傲慢だった轟が、はじめて、人を思いやる言葉を口にした。皮肉にも、すべてを失って、はじめて、轟は、人の心のあたたかさを、取り戻したのかもしれなかった。
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巴はしばらく、黙っていたという。そして静かに、こう答えた。
私は、あなたの力に惚れて、そばにいたわけではありません。あなたという人に、惚れていたのです。だからあなたが落ちぶれても、私の気持ちは、変わりません。でもあなたが、そう望むのなら、私は、行きます。あなたの、最後の頼みですから、と。
巴の、その言葉には、少しの恨みも、皮肉も、なかった。ただ、静かで、まっすぐな真心だけが、こもっていた。力に惚れた者は、力が消えれば、去る。でも、人に惚れた者は、その人が、どうなろうと、離れない。巴はまさに、その後者だった。だから、彼女が、轟のもとを去るのは、心変わりしたからでは、なかった。ただ、愛する人の、最後の願いを、かなえてやるための、去り際だったのだ。それは、去るという形をとった、最後の、愛の証しだった。
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そして巴は深く頭を下げて、轟のもとを去っていった。
恨みごとは、一言も、言わなかった。未練がましく、すがることも、なかった。ただ、静かに、そして、まっすぐに、彼女は、去っていった。
その去り際の潔さに、私は、胸を打たれた。負けた者のそばを去るとき、人は、みじめになりがちだ。でも巴は最後まで、そのまっすぐな生き方を、少しも曲げなかった。
私はあとになって、巴が、去っていく、その日のことを、人づてに聞いた。巴は荷物を、小さな鞄一つにまとめただけで、静かに、家を出たという。振り返ることも、なかった。泣くことも、なかった。ただ、まっすぐ、前を向いて、歩いていったそうだ。その後ろ姿には、負けた者の、みじめさなど、みじんもなかった。むしろ、そこには、何かをやりとげた者だけが持つ、静かな、誇りのようなものが、漂っていた、という。
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私は巴のことを思うたびに、あのぎおんの残していった詩を、思い出す。
野原の草は、きれいに咲いている草も、枯れている草も、ぜんぶ、おんなじ。覚えていてくれる人が、一人でもいれば、じゅうぶん、と。
巴もまた、ぎおんと、同じだった。栄光のまん中で輝くことを、求めなかった。ただ、自分の信じるものに、まっすぐに生きた。そしてその役目が終われば、潔く、舞台を降りていった。
思えば、栄家の物語には、こういう女性が、幾人か、いた。ぎおんも、そうだった。母の妙子も、そうだった。そして、巴も。彼女たちは、みな、まん中の光を求めなかった。ただ、自分の信じる人のそばで、静かに、まっすぐに生きた。そして、その生き方を、最後まで変えなかった。まばゆく輝いては、消えていく、男たちの物語の、その陰で、こういう女性たちの、静かな強さこそが、本当は、いちばん美しかったのかもしれない。
巴が去ったあと、轟は本当に、たった一人になった。でも、私は、思う。あの、巴のまっすぐな愛を、いちどでも受けたことは、轟にとって、この上ない幸せだったにちがいない、と。すべてを失った、その最後に、あの人だけは、力ではなく、自分という人間を愛してくれた。それを知っていることは、どんな栄光よりも、あたたかい支えだったはずだ。まばゆい光を失っても、人の真心だけは、消えずに、心に残る。それだけは、たしかなことだった。
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きっと、世間は、巴のことなど、すぐに忘れるだろう。轟という大きな花火が消えれば、その傍らにいた、一人の女性のことなど、誰も、覚えてはいない。
でも私は、忘れない。
あの滅びゆく世界の隅で、たった一つ、まっすぐに咲いていた、あの花のことを。泥の中に咲いた、一輪の花のような、あの巴という女性のことを、私はこの記録のなかに、しっかりと書きとめておこう。
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巴が、その後、どこで、何をして生きたのかは、私は知らない。
でもきっと、彼女はどこにいても、あのまっすぐな生き方を、貫いているにちがいない。誰に知られなくても、誰に覚えられなくても、彼女は彼女の信じる道を、静かに歩いているだろう。
私は巴のような生き方に、ずっと、憧れていたのかもしれない。私は栄家という檻のなかで、いつも流されるように生きてきた。でも巴は、ちがった。彼女は自分の意思で、自分の生き方を選び取った。誰に認められなくても、自分の信じる道を、まっすぐに歩いた。そのしなやかで、けれど、ゆるぎない強さ。それは、光を浴びることでしか、自分の価値を確かめられなかった、栄家の人たちには、けっして持てなかったものだった。
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轟と、巴。まばゆく燃えて、そして、あっけなく消えていった、二人。でもその短い輝きのなかに、私は、忘れられない何かを、見た気がした。
とりわけ、巴の、あのまっすぐな忠誠は、汚れた、この世界で、奇跡のように美しかった。
私はあの去っていく巴の背中に、心のなかで、そっと手を合わせた。どうか、あなたの行く先に、幸せがありますように、と。
轟と巴の物語は、栄家の物語の、すぐ隣で、静かに幕を閉じた。まばゆく現れ、まばゆく消えていった、もう一つの栄枯盛衰。それを見届けたことで、私は、いっそう深く、思い知った。この世に、変わらないものなど、何一つないのだ、と。ただ、変わらない真心だけを、のぞいては。
こうして、第三の勢力は、完全に、歴史から姿を消した。そして栄家の都落ちも、いよいよ、その最後の局面を迎えようとしていたのだった。




