第五十四章 轟の失脚
まばゆく燃えさかっていた轟という花火は、ある日、突然、その光を失った。
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増長した轟に、まわりの反感が限界までたまっていた。そして、あるとき、そのたまりにたまった不満が、いっきに噴き出したのだ。
きっかけは、いくつもの告発だった。轟にひどい扱いを受けてきた共演者やスタッフが、次々と声をあげはじめた。あの男は、裏ではこんな横暴なふるまいをしていた、と。
最初は、たった一人だった。勇気を出して声をあげた、若いスタッフが一人。でも、その一人が口を開いたとたん、堰を切ったように、同じような証言が次から次へと噴き出してきた。私も、私も、と。それまで、轟の勢いにおされて、じっと黙っていた人たちが、これほど大勢いたのだ。その数の多さが、轟がどれほど多くの人を踏みつけてきたかを、そのまま物語っていた。かつて正直で痛快だともてはやされた荒々しさが、今では、ただの暴力的で身勝手な悪事として断罪された。
そして、とどめを刺したのは一本の映像だった。轟が、あるスタッフを大勢の前でひどく罵倒している。誰かがこっそり撮っていたものが、ネットに流れたのだ。私はその映像を見て、背筋が寒くなった。かつて父の、あの消えろ、という映像が掘り起こされたときと、まったく同じだったからだ。皮肉なことに、轟は、自分があれほどこきおろしていた古い世代の栄一鶴と、まるで同じやり方で身を滅ぼした。時代を変えたはずの新しい星も、けっきょくは、同じ過ちの上に倒れていったのだ。
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人々の手のひらは、あっという間に返った。
あんなに轟に熱狂していたファンが、今度はいっせいに轟をたたきはじめた。ゆうべのアレ、ひどいよね。あれほど轟の話で笑い合っていた勤め先の若い子たちまでが、そう眉をひそめている。スポンサーは逃げ、テレビ局は轟を番組から外した。ほんの少し前まで、あれほどまん中にいた男が、みるみるうちに居場所を失っていった。
少し前まで、駅の広告にも、雑誌の表紙にも、あの不機嫌そうな顔があふれていた。かつて父の顔があった場所を、根こそぎ奪ったのが轟だった。でも、気づけば、その顔も、街からすっと消えていた。まるで、はじめからいなかったかのように。あれほど時代のまん中で輝いていた顔が、消えるときは、こんなにも静かなのか。私は駅のホームで、空いた広告の枠を、しばらく見上げていた。
私がいちばんこわいと思ったのは、人々の、あの変わり身の速さだった。ついこのあいだまで轟のひとことに熱狂し、轟こそ時代の救世主だともてはやした、その同じ人々が、今では、まるで汚いものでも見るように轟を罵っている。そこには、かつての愛のかけらもなかった。人の心は、風向きひとつでころりと変わる。そのあまりのあっけなさに、私はぞっとした。
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その崩れ落ちる速さは、栄家の比ではなかった。
栄家は、何十年もかけて築いたものを、数年かけて失った。でも轟は、ほんの数年で駆けのぼり、そして、ほんの数か月で転がり落ちた。ゆっくり根を張ってのぼった者は、倒れるときもゆっくりだ。でも、いっきに駆けのぼった者は、支える根がないぶん、倒れるときもいっきだった。何ものにも縛られない轟のあの自由さは、裏を返せば、彼を支えてくれる確かなものが何もない、ということでもあったのだ。まぶしく、身軽であることの代償を、轟は最後に払わされた。
轟自身が、その後どこでどうしているのか。確かなことは、誰も知らなかった。人気者だった頃は、あれほど彼のことを書き立てたメディアが、落ちぶれたとたん、ぱたりと報じなくなった。まるで、そんな人間ははじめから存在しなかったかのように。栄光の光が強ければ強いほど、消えたあとの闇は深い。
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そして、轟が消えたあとのまん中の座に、悠々と腰をおろしたのは、やはり鎌だった。
鎌は最後まで、自分の手を汚さなかった。ただ、轟が勝手に自滅するのを待ち、轟が倒れると、何ごともなかったかのように、その空いた場所へ滑りこんだ。鎌は、轟のことを一度も公然と批判したことはなかった。むしろ表向きは、彼は才能のある人ですよ、とその才能をほめさえしていた。でも、そのおだやかな笑顔の裏で、鎌はただ、じっと待っていたのだ。轟が、自分で自分の首を絞めていくのを。
轟が消えてしばらくすると、あの轟がまん中に座っていた番組に、いつのまにか、鎌の育てたタレントたちが、当たり前のように並んでいた。誰も、そのことに疑問を持たなかった。まるで、はじめからそうであったかのように。時代は、こうして静かに、その主を替えていく。争わずして勝ち、手を汚さずしてすべてを得る。それが鎌という男の底知れなさだった。
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私は、その轟のあまりにあっけない最期に、またしてもかつての栄家を重ねた。
まん中にのぼりつめ、おごり、反感を買い、そして群衆に見放されて消えていく。轟もまた、栄家とまったく同じ道をたどったのだ。──私は、何にでも栄家を重ねてしまう。それは、もう分かっている。それでも、この二つの滅びは、あまりによく似ていた。人々の好意ほど、あてにならないものはない。その、あてにならないものの上に、栄家も轟も、大きな夢を築いてしまった。そして、その夢が崩れるさまを、私は二度も見せられたのだった。
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轟の失脚とともに、第三の勢力は、あっけなく、歴史の舞台から姿を消した。
ふしぎなものだ。轟は、栄家からまん中の座を奪った相手だ。私にとっては、敵だったはずの男。それなのに、こうしてその滅びを書き記していると、私は、彼のことさえ、忘れたくないと思っている。憎んだ相手であっても、消えてしまえば、ただ、さびしい。忘れられていくものが、また一つ増えた。ただそれだけのことが、私にはたまらなかった。
でも私には、もう一つ、気がかりがあった。あの轟の傍らに、いつも寄り添っていた一人の女性。巴は、この轟の転落のなかで、いったい、どうしているのだろう、と。
轟が増長し、まわりから見放されていくなかでも、巴だけは、最後まで、そのそばを離れなかった。批判されても、あざ笑われても、じっと轟を支えつづけた。そして今、轟がすべてを失ったこのどん底で、巴は、どんな思いで、あの崩れた男のそばにいるのだろう。──もっとも、巴の胸のうちなど、赤の他人の私に分かるはずもない。私はただ、遠くから、勝手にその姿を思い描いて、勝手に胸を痛めているだけなのかもしれない。
それでも、つい、想像してしまう。人のいなくなった事務所の、がらんとした部屋で、巴が一人、たまった後始末をしている姿を。あれほど尽くした相手のために、最後の火を消してまわる姿を。──それが本当の巴の姿なのか、それとも、私が読みたい物語を、また勝手に重ねているだけなのか。私には分からない。
まっすぐな忠誠を貫いた、あの女性が、これから、どんな道を選ぶのか。轟が消えたあと、彼女がどこへ行くのか。それを、遠くから見届けること。それもまた、光の外にいる私の、ひそかな務めのような気がしていた。




